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第1話
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ぢりりり。ぢりりり。ベルの音が眠る青年の鼓膜を貫いた。
「ん……」
枕に顔を埋めながら手だけもぞもぞと動かして目覚まし時計を探す。掴んだそれを力いっぱい叩き喧しい音を止めた。カーテンの隙間から差し込む朝日を感じながら狩野千紘は布団の中で大きくノビをするのだ。
「千紘~! そろそろ起きなさい!」
タイミングよく下の階から母親の声が聞こえてきた。青年は起きたばかりとは思えないほどの声量で「はーい」と返す。腹の奥から出てきたそれは運動部で鍛えられたものである。千紘は緩慢な動作で布団の中から這い出ると立ち上がった。
「……おはよ。じいちゃん」
仏壇に添えられた写真に向かって穏やかな声色で彼は告げるのだ。
狩野千紘。高校生。現在彼は母親と共に母方の実家へと帰省していた。
「おはよう千紘ちゃん」
「おはよ」
「千紘あんたちゃんとお爺ちゃんに挨拶した?」
「した。いただきます」
祖母と母に短い返事をしながら千紘は食卓に着くと朝食に手をつけはじめる。白米、みそ汁、焼き魚、卵焼き、キャベツのおひたしという典型的な和食メニュー。育ち盛りの高校生にとってはこれほど量を出してくれるというのはありがたいことであった。
祖父が六年前に他界して以降、千紘の祖母はずっと独りでここに暮らしている。心配性な千紘の父母は同居をしたがっているのだが、祖母自身が「迷惑をかけたくないから」と頑なに首を縦に振らなかった。本人が嫌がるなら仕方ない。独りで登山に行くぐらいにはまだまだパワフルに生きているようだし。そんな理由からこうして長期休みを利用して顔を見に来る程度にとどめているのだった。
「そういえば千紘ちゃん、またお祭りに行くかい?」
「祭り?」
朝食を食べ終わり、千紘が食器類を片づけていると背後から祖母が話しかけてきた。
「近くの神社で六年おきにやってるお祭りがあってね、千紘ちゃんとも一回行ったことがあるんだけど」
「あ」
そこまで教えられて千紘は漸く記憶が戻ってきたようである。
六年前、祖父が死んでしまった夏の日。お爺ちゃんっ子だった千紘はそれはもう荒れに荒れていた。祖父が死んだことを聞かされてから泣き、葬式中も泣き、式が終わり祖母宅に泊まっていた夜中もぐずり続け、朝起きてからも目を赤くはらしながらしゃくり声をあげていた。そんな千紘を不憫に思って祖母が気晴らしにと祭りに連れ出してくれたのだ。幼少期の頃のことであるためもう詳しいことは覚えていないのだが、家に帰ったときにはあれほど泣き喚いていたのが嘘のようにケロッとしていたような気がする。
「あの時は大変だったわ~! 千紘ちゃんなかなか泣き止まなくてねぇ。でも帰ったときは元気になってたから、よっぽど楽しかったのね」
「やめてくれよばあちゃん。もう時効だろ」
気まずそうな顔をする青年。幼い頃の醜態を蒸し返されればだれだって恥ずかしくなるものだ。居たたまれない感情を誤魔化すように千紘は皿洗いに集中し直した。
(そういや、確かあの日……)
あの祭りの夜、自分にとってとても大切な人に出会っていたような気がする。なにか忘れてはいけないことを忘れているような気がする。そんな胸のざわめきを千紘は感じるのであった。
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