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第4話:回想2
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『……おじさん、かみさまなのか?』
千紘のその問い掛けに男は一瞬きょとんとした表情をしてみせた。しかしすぐさま困ったように頭を掻く。
『……あーまぁ似たようなもんだ』
『じゃあ、じいちゃんに会わせてくれる⁉』
眉を潜める男に向かって少年は拙いながらも事情を話し始めた。大好きだった祖父が死んでしまったこと。どうしてももう一度会いたいこと。居なくなって欲しくないこと。全て聞き終えたとき、男の顔から優しさの色は消え、神妙な顔つきになっていた。
『……いいか坊主、死んだ人間は例え誰であっても、神だとしても蘇らせることはできない。それはよくねぇことなんだ』
『っ、なんで』
『じいちゃんが、じいちゃんじゃなくなっちまう』
引いた雫がまた零れだす。男は少年を胸に抱きよせ、強く腕を回した。
『辛いな。苦しいな。分かるよ。……いつだって、大事な奴が消えるのは怖い』
男の双眸の奥に何かが宿っている。ここではない、別の遠くのものを見つめているようであった。
『それでも、生きなきゃなんねえんだよ。今自分の手が届くものを大事にしながら、辛苦と向き合って、生きていくしかねぇんだ』
これは一体、誰に向けての言葉なのだろうか。
少年は声をあげて泣いた。男の胸に縋りつき喉が枯れるほどに泣いた。幼子の哀哭が夜闇の空気に響き渡る。男は何も言わず少年の頭を優しく撫で続けた。触れる骨ばった掌の温度が、余計に涙を溢れさせるのだ。
* * *
「おーい、聞いてんのかー?」
いつの間にか千紘の目の前に降り立っていた男がひらひらと手を振る。驚いた青年は思わず肩を跳ねさせた。
「んで何の用だ? 迷子か? 受付本部は反対方向だぞ」
「迷子じゃねぇわ!」
千紘が上ってきた階段の方を指さして男は告げる。揶揄い交じりな声色に千紘は目を吊り上がらせた。
6年前のあの日、泣き疲れたのか千紘はいつの間にか眠ってしまっていた。目が覚めたときは祖母の家に居たのだ。当時母親から聞いたところ、祭りではしゃぎすぎて眠ってしまったのを迎えに来た父がおぶって帰ってきてくれたのだという。
祭りの翌日はすぐ自宅に帰らなければならなかったため、もう一度神社に向かうことはできなかった。忙しなく日々を過ごしている中でその時の記憶は段々と朧気になり、今の今まであの夜の出来事をすっかり忘れてしまったというわけだ。
「……オレのこと覚えてる……すか?」
「あ?」
恐る恐るといった様子で千紘は相手に問いかける。男は目を細めた。じーっと、青年のことを穴が開くほど見つめる。動けば触れてしまうかもしれないほどの至近距離に青年の体は硬直し心臓が不規則な動きをし出した。暫くうんうんと頭を悩ませた後、男はぱんっと手を叩く。
「ごめん!」
けろりと笑う相手を前に千紘はがくりと肩を落とした。いや、分かっていたことだ。顔は一度しか合わせていないし、身長だって随分と伸びた。何より自分だって相手のことを忘れてたのだから文句なんて言える権利はない。それでもやはり心にはくる。
「いや~おじちゃん人間の顔覚えるの苦手なんだよね~。皆同じに――」
「狩野千紘!」
男の台詞を遮るようにして千紘は叫んだ。突然の声量に驚いたのか男の飄々とした面立ちが崩れた。あまりにも青年が真剣な顔をしているものだから、男の目が点になるのだ。
「17歳、高校生。アンタは?」
ふっ、と男の視線が上に向く。金色の双眸が濃藍の空を映す。何かを考えているような素振りであった。静謐とした空気が緊張感を生みだしている。
「……カラ」
カラ。ぽつりと聞こえた二音を千紘は心の中で反芻する。じわじわと、温かいものが身体中を駆け巡るような心地を覚えた。
「また、ここに来てもいいか?」
「……好きにすればいいさ」
そう言ってカラという男はあの時の様な穏やかな笑みを浮かべるのだ。
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