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出会い
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「……だ……誰?」
目の前に現れたキラキラの「王子さま」に。
何とか言えたのは、それだけだった。
◇ ◇ ◇ ◇
天涯孤独というのだと思う。両親は小さい頃に事故で亡くなり、残された僕は、施設で育った。
色んなバイトをしながら、料理の専門学校を出た。料理が好きだった。おいしいものを食べると、幸せだと思う。愛情というものがよく分からない僕でも、おいしい料理を作れれば、食べてくれた人を笑顔にできるかもしれない。そう思ったから。卒業後、ある料亭につとめた。見て覚えろという職人達。怒鳴られて、萎縮してしまうと余計に叱られた。三年頑張った結果、料理の腕は上がったけれど、好きだった料理を嫌いになってしまった。自分の食事は作れるけど、包丁を持つと心が竦むくらいには、トラウマ。今は料理とは関係ない工場で働いている。
学生時代の友人も、三年で疎遠になったし、好きな人も居ない。工場は誰かと話さなくてもできる作業で、たまに嫌に絡まれるくらいで、仲の良い人を作る気もしない。よくないとは思いながらも、現状は変わらない。ぼんやり疲れてる。
今日は、いい日じゃなかった。
バイト先の工場から帰る時、工場長の息子の敦也さんに絡まれた。昔からよくあったけど……。疲れて歩いてたら、車に水たまりの水を思い切りかけられた。
だから、帰ってすぐ、シャワーを浴びることになった。
トイレとバスルームが一緒の、バスタブの中でシャワーを浴び、体を拭いた。下着をはいた時、聞いたこともない異様な音がしたので、今出たばかりのバスタブの方を見ると――ブラックホールみたいな、変な渦が、空間に、どんどん大きくなっていく。
何これ。……え、何? 夢?
呆然と見ていたら、そこに突然現れたのは……王子さま?
目の前で立ったその人は、すらりと背が高い。サラサラの銀髪、青い瞳、整った鼻筋。なんだか圧を感じる凛々しい立ち姿。何より、刺繍の入った豪華なマントに、すべすべしたシャツ。こんなの着てる人。王子以外にいるかな、という格好で。過去見た中でダントツ整った顔。キラキラしていた。
「……だ……誰?」
何とか言えたのは、それだけだった。キレイすぎて、不思議と怖いとかはなかった。
すると、王子さまは何かを言った。でも、全然言葉が分からない。王子さまは眉を寄せると、僕の額に指先で触れた。その瞬間、キィンと頭の中で音がした。
「――これで分かるか?」
「え……あ」
突然、聞き取れて、頷くと、王子さまは微笑んだ。
「名前は?」
「大上 凛(おおがみ りん)」
フルネームを言うと眉を顰められたので、「凛」だけで言い直した。
「リンだな。ここはお前の家か?」
頷くと、王子さまは、僕をジロジロと見つめて、それからため息をついた。
「ち。時空の穴か」
忌々し気に呟く。眉を寄せたそんな姿ですら、なんだか凛々しくて、ほれぼれしてしまいそう。
こんな人の前で、パンツ姿。服を着たかったけど、「よく聞け」と言われて、僕は王子さまを見上げた。
王子さまの説明は、こうだった。
この人は、「シャロワ王国の第一王子」 ……王子さまで、あってた。
「名前はルシス」「王宮で、ある占いをしてもらっていたら、突然時空の穴に吸い込まれた」とのこと。……全然意味が分からない。
それから続けて言うことに、「時空の穴を追えるものが居るから、その内迎えが来る」「それまで目立って騒ぎになりたくない。かくまえ」とのこと。
えええ。何それ……。時空の穴って何。怖い。
「話は分かったか?」
分からないことだらけだけど。
「えと……かくまうって、どれくらい?」
「たまに消える奴がいるが、自然には戻れない。オレは王子だから、手間暇かけても必ず追ってくる。向こうがオレを見つけた段階で、念だけでも繋がれるから、いつ帰れるか分かるはずだ」
「……念?」
さっき、言葉が分かるようになった感覚。魔法なのか、とにかく変な力があるのは、確かみたい。
それに、お風呂の上の空間から出てきた、こんな姿の王子さまなんて。……信じるしかない。
「あの、僕の家より、いいところはあると思うんだけど……もっといいお家の人を操る、とかは?」
「ここの空間に繋がって追ってくるはずだから、ここに居ないといけない」
「……なる、ほど……」
「光栄に思え。オレの世話ができるとか、そうあることじゃないぞ?」
……唖然としすぎて、言葉が出てこない。そっか、王子さまだから。光栄……世話ができる……? できたら辞退したい……でも言えない。基本、偉そうな人には逆らわず生きてきた性が、こんな時にも出てしまう。
「あの、とりあえず……部屋の方にどうぞ。僕、服を着るので」
そう言うと、王子さまはバスタブから出て、歩いていこうと……。
「あっ! 待って……!」
「なんだ?」
「靴は、脱いでほしい、です」
「家の中で靴を脱ぐのか?」
「僕、片付けるので、ここで脱いでもらえれば……」
王子さまは少し嫌そうに靴を脱いで、部屋の方に歩いて行った。
うーん。色んな意味でくらくらする。ちょっと泣きそうになりながら、服を着て、バスルームを出た。王子さまの靴を玄関に並べる。
部屋に戻ると、「リン」と呼ばれた。
「お前のことは、リンと呼ぶ。王子、は誰かに聞かれたら目立つから、ルシスで良い。普通に話せ」
「……ルシス……」
呼び捨てしにくいけど。
「それで? 別の部屋に行くドアはどこだ?」
「……?」
「居心地が悪すぎる。もっと広い部屋に案内しろ」
「――あの……僕の家は、この部屋と、さっきのトイレとバスルームが一緒の部屋だけで」
言った瞬間。ルシスの空気が凍ったのが分かった。
……うん。まあ。言いたいことは分かるよ。でも、こっちだって、突然来られてさそんな顔されても……。
「こんな狭い部屋に、何日も居なければいけないのか……」
ルシスは、深いため息をついた。
出てってくれてもいいんだけど……。とは言えない。
「とにかく、僕、ご飯食べるけど……ルシスは?」
「……いらない」
「あ、食べてきたばかり? あ、もしかして、食べなくても生きていられる?」
「そんな訳ないだろう」
「……じゃあ何で食べないの?」
「貧相な食事など食べられない。何か買ってくるなら、食べてやってもいいぞ」
心の中で、ため息。
「僕、そんなにお金無いから。あと今日はもう仕事で疲れてて」
「ならば、いらない」
「……とりあえず作るから」
ため息をつきながら、料理を作り始める。
分かんないよ、王子さまの食事なんて。考えた末、仕方なく、普段より品数を増やして作り終えた。ごはん、ほうれん草のおみそ汁、ジャガイモと豚肉の煮物、卵焼き。
「ルシス。できたんだけど、試しに一口どう……?」
ルシスは、「いらないと言ってる」と頑な。
これ以上余計なこと言うと怒られそうなので、僕は座って、頂きます、と手を合わせた。後で何か買いに行かないとだめかなあ。と思いつつ。
食べてる僕には近づかず、ルシスは、窓を開けた。
「家の中ばかりか、外も狭いのか。空も見えないじゃないか」
密集してる家やアパート。確かに、ここからの空は狭い。
「こんな狭いところに住んでいるのか? 一人で?」
哀れそうに見るのやめてよう。思った瞬間だった。
突然。ルシスの頭に、ぽん、と耳が飛び出した。続けてぽんっ!と、尻尾も出現。
え?
耳? 尻尾?? え??
呆然としている僕の前で、ルシスは、ため息をついた。
「――驚かせたか?」
僕が頷くと、ルシスは苦笑した。
「何とか人型で居られるかと思ったが……思った以上に魔力の消費が激しいな」
「……人型……?」
ルイスが近づいてくるのを、見上げる。
「……怖くないのか?」
そう問われて、じっと、耳の生えたルシスを見つめるけれど。なぜか怖くはない。首を振る。
「やはり、食事を貰う」
この際、どんなものでも食べておいた方がよさそうだ。……って、かなり失礼なことを言ってるけど。
ルイスは僕の隣に座った。箸は無理だけどフォークは使えるみたいで、卵焼きを食べたルシスは、数秒固まった。
「口に合わなかったらごめんね……」
謝ってしまった僕を見て、ルシスは一言、「うまい」と言った。
「え」
「さっきの、貧相とか言ったのは、取り消す」
「え。あ、うん……ありがと」
なんだか。ふわふわと。浮かんでしまうみたいな気持ち。嬉しい。僕のごはん、うまいって。
人に食べてもらうの、久しぶり。
食べながら、ルシスはオレを見つめた。
「オレは狼の獣人だ。オレの世界では、獣人はこの姿で生活している。ここに来た時、お前が人間だったから、咄嗟に隠した。だが、こっちの世界でそれをするのは、魔力を相当使うらしい」
「別に、この部屋の中でならそのままでいいよ」
そう言うと、ルシスは苦笑した。
「お前、順応性、高すぎないか。怯えるとこだろ、人間なら」
「ルシスは、人間のことは知ってるの?」
「たまに向こうに人間が迷い込むこともある」
「そっちに行く人も、居るんだ……」
そうなんだ。じゃあ僕も、いつかどこかに行くこともあるのかな。そんなことを考えていると、食べ終わったルシスが、僕を見つめる。
「次はもっと量が欲しい」
「え。あ、うん。分かった……おいしかった?」
ルシスは、ああ、と、笑顔で頷いてくれた。
食器を洗い終えたオレは、大きめのTシャツとズボンを出した。
「今日は、これを着る? 下着……着るなら、これは、新しいから」
とっても嫌そうだったけど、何も言わず受け取って着替えてくれた。多分、ずっと王子の服でいる訳にはいかないと思ったのかな。
尻尾は、腰のところから出ている。
「リン、少しいいか」
「うん??――――え」
不意に腕を掴まれて、引き寄せられて。
びっくりしてると。くんくんと、首の近くで匂いをかがれる。
「ひゃ……!」
びくっ!!と震えた僕を、ルシスはまじまじと見つめてくる。
「な……なに? ごはん、足りなかった?」
……え、僕、食べられちゃうとか?
さすがに怖くなってそう聞くと、ルシスは、クッと笑い出した。
「人間は食べない。怯えるな――いい匂いが、するなと思っただけだ」
いい匂い??
……もうよく分かんないけど、もう疲れたから、寝たい……。ひとつ、問題が。
お布団がいっこしかない。
窓辺に座って、空を見上げているルシスを横目に、布団を準備。
「ルシス。あの……布団がひとつしかないんだけど」
ちら、とルシスがこっちを見て、「ベッドが見当たらないからどうやって寝るのかと思っていた」と、ため息。
「僕、端っこでも寝られるから」
そう言うと、また僕を見つめてから、ルシスは「驚くなよ」と言い、僕の前で突然、四本足の狼に変化した。
驚くなって無理……!
狼のルシスは、布団の下の方に乗っかって、くるんと丸くなった。これなら一緒に寝れるってことかな。さっきから思ってたけど。基本的には、優しい気がする。
電気を消して、布団に足を入れて、狼になったルシスを見つめる。むくむくと、触りたい心が沸いてきた。
「もし、嫌じゃ無かったら……触ってもいい?」
ルシスは少し顔を起こして、ちら、と僕を見た後、また顔を戻して目を閉じた。いいってことかな、と判断。そっと手で触れた。
「わー。やわらかい……」
ふわ、と気持ちが和らぐ。あったかいなあ……。ふふ、と笑いながら、しばらく撫でさせてもらって。「ありがとう。手触り良くて気持ちよかった」と最後にひとなでして、僕も布団に寝転がって……そのまま、眠りについた。
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