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第一話・誰だ!
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◇
死んだばあちゃんから聞いた事があった。
遠くの空を見上げて、雲の切れ間に龍が立ち昇る様を一度でも見る事が出来たら、生涯幸せになれるんだよ。
「どういう事?」と尋ねるには当時の俺は幼すぎて、興味が湧く歳になった頃にはばあちゃんはこの世から居なくなってしまった。
両親は俺が産まれてすぐに飛行機事故で他界。
引き取ってくれたばあちゃんも俺が五歳の時に病気で他界。
身寄りのなかった俺は施設に引き取られ、高校を卒業するまでそこで面倒を見てもらった。
施設育ちだからって不幸だったわけじゃない。
ただ、限りなく自由の少なかったこれまでと比べると、今はなんと開放的だろう。
食べていくことで必死のバイト暮らしかもしれない。でもスマホは自由に扱えるし、職員にお小遣いを貰いに行く度に罪悪感を感じなくていい。
常に誰かの気配がして落ち着かないってこともないから、趣味は「黄昏れること」だと恥ずかしげもなく言える、いわゆるひとりぽっちが好きな性分としては狭い1Kアパートでさえ住めば都だ。
働いている時間を除けば、寄り道しようが買い食いしようが、何をしたって誰からも怒られることはない。
このジメジメした梅雨空でさえも、晴れ晴れと笑顔で見上げられる。
──あ痛。目に雨粒が入った。
目を擦り、もう一度梅雨空を見上げる。
今度は気を付けて、傘でガードしながら何かを探すように視線をうろうろとさせた。
「あっ……」
もはやクセのようになってしまった雨空の観察。
注意深く見ていなければ見過ごしてしまうそれを発見した俺は、瞬きを忘れて小さく声を上げた。
視線の先には、どんよりとした雲の切れ間に立ち昇る銀色の龍の姿。
蛇のように蛇行しながら雲の中へと消えてゆくその様は、映画や絵本の世界から飛び出してきたかのよう。
だが俺がそれを見たのは、今日で三度目だ。
そう、三度目。
姿形が完全に見えなくなっても、今日の俺はしつこくそのまま薄暗い空を仰いでいた。
ふとした瞬間に記憶から蘇ってくる、ばあちゃんの言葉を思い出していたからだ。
「でも俺……目撃したの三度目なんだけど……」
一度目は小学生の時、帰宅途中の夕焼け空で。
二度目は中学生の時、立入禁止の屋上に忍び込んで見上げた青空の先で。
三度目は、今だ。
その三回ともがこの梅雨時期だけれど、あんなにもあっさりと雲の隙間に消えて行ったのは初めて見た。
いつもはもっと、空の滞在時間が長かった。
まるで何かを見張っているかのように、遠い空中に漂い続けていた。
過去二回の目撃経験上、もしかすると今日はお急ぎだったのかもしれない。
しとしとと降り続く雨に逆らって、綺麗な銀色の龍はあっという間に素早く、消えた。
「まぁ信じたところで……なんだろうけど」
一度でも目撃したら幸せになれる── そんな言い伝えをそっくりそのまま信じているわけではなかったが、さすがに三回も目撃してしまうと、ただのおとぎ話だと一蹴するのが難しくなってくる。
言い伝えが真実かどうかよりも、実際にこの目で空想上のものを見てしまった俺は、実はもうじきとんでもなくラッキーな出来事に遭遇するんじゃ……なんて、ついつい期待してしまうってもんだ。
『お主とはつくづく縁があるようだな』
──なんだ、今の声。
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