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16.母親
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「…なぁ」
その一言を発するまでに、相当の時間が掛かってしまった。
このまま送ってもらって別れて、それでも良かったが、やっぱり何から何までお世話になったままなのは気が引けてしまう。
「……連絡先、交換して欲しいんだけど」
「こんな見ず知らずの人間と交換していいの?」
「…ちゃんとお礼はしたい」
いいよ、という返事に小さく安堵の溜息を吐きながら携帯の電源を入れると、何度も繰り返しメールの着信音が鳴る。
不思議に思ってメールボックスを開くと、あ、と声が漏れると同時に視界がじわりと涙で歪んだ。
『今日はあんたの好きなもの作るから早く帰っておいで』
『どこにいるの?今日は帰らないの?』
メールは殆ど母親からで、思わずふっと笑いが漏れる。
普段メールなんてしてこないくせに、数日引きこもった後で不意に思い立ったように出掛けた俺の様子から何か感じ取っていたのだろうか。
横から画面を覗き込んだ仁科も優しく微笑んでいて、早く着かないとね、と速度を上げる。
『電源切れてた。友達の家に居たからもうすぐ帰る』
ごめん、なんて言う勇気はなくて、それだけ打って返信した。
やっぱり俺はいつも自分の事ばかりで、周りの人の事まで意識が回って無かったんだ。
昨日や、アキが殺された日も…その前までもずっと。
中学1年の頃に離婚し女手一つで育ててくれているのに、俺ときたら荒れて不祥事起こしまくって……それでもいつもしっかり叱って一緒に頭を下げてくれる母親。
俺が居なくなったらどうなるんだろうなんて、そこまで考えていなかった。
こんな親不孝な俺を…まだ、あの小さいおんぼろのアパートで待ってくれているのだろうか。
「後少しで着くよ」
「…ん」
黙って色々と考えている間にだいぶ走っていたようで、顔を上げると見慣れた景色が車窓の外を流れている。
そういえばいつ頃お礼をしようかと思い、なぁ、とまた前を見つめたままの横顔に声を掛ける。
「うん?」
「忙しいのか、仕事」
「うーん…日曜が休みだから土曜日は忙しいけど、平日はそこまでないよ。早ければ定時であがれるし」
「そう、か」
俺の拙く短い言葉にも、仁科はちゃんと欲しい答えをくれた。
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