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忘れえぬ人2=SIDE H=
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腕を引かれたまま廊下に出ると、彼は速度を落とすことなくエレベーターへと向かう。
背中の広さも、艶めいて見える髪の流れもあの頃と変わっていない。
「……腕、離していただけませんか」
なるだけ感情を押し殺して抑揚をつけずにやっとのことで言うと、彼は足を止めて振り返ってオレを見下ろした。
真っ直ぐな綺麗な眸。
男らしいくっきりとした輪郭と、柔らかい円を描く目許と、意思の強そうな唇。
「悪ィ。ついて……きてくれるか?」
自信なさそうに眉を下げてオレに問いかける。
「貴方も……知らない振りすれば良かったのに、もう僕と縁は切れているんですから」
肩を落としてエレベーターのくだりボタンを押すと、深くため息をついた。
忘れるなんてできなかった。
他の誰と付き合っても、体を重ねても、あの頃以上のキモチにはなれなかった。
大怪我をして、目を覚ましたときには彼はいたのに、それっきり、綺麗さっぱりとオレの前から消えてしまった。
ヤクザの息子で、刃傷沙汰になってってことが続いたし、保身を考えればそれも仕方のないことだろうと諦めた。
諦める他に、何もできなかった。
「まあ、そうなっちまうよな。しょうがない。西覇は……いつ、帰国したんだ?」
オレの言葉に少し傷ついたような表情を浮かべたが、ぼやくように天井を仰いだ。
帰国という言葉にオレは目を丸くした。
今、偶然に会ったにしては、何でオレが日本を離れていたのを知っているんだろう。
確かに、高校3年の時に担任から留学の話をもらい、大学はアメリカのボストンで進学した。
「去年の8月です。……僕がアメリカに行っていたのをなんで知って……」
エレベーターに乗り込むと、彼はオレの顔をじっと見つめてくる。
あの時と変わらない眼差し。
「俺は大学までは四国にいたんだ。四国で合気道をやりなおしてさ、大学までは鍛えてた。就職はこっちで決めて…戻ってきた。」
聞いてもいないのに、彼は自分のことを話し始めた。
どーでもいいなと思いつつ、開いたエレベーターを降りてゆっくりと中庭を歩く。
「オマエんちに行ったよ。そんで、アメリカ行ったって聞いた……。いつ戻ってくるンかなって、毎週末、オマエんちあたりに通ってる……もう、5年くらいか……」
何言ってるんだ?この人は。
オレはその背中をじっと眺める。
「……実家では暮らしてません。あんな風に……オレのことを捨てておいて、何言ってるんですか」
何も無かったかのように、すべての痕跡を消していなくなった。
何一つオレに言わずに。
他の奴等より、もっとこっぴどくオレを拒否して、いなくなった。
「……そうだな。西覇は怒っていて当然だよな。まさか俺も仕事で会うことになるとは思わなかったけど……。だから、これは運命なのかなとか思ったりしてる」
今更、オレの前に現れて一体何がしたいというのだろう。
今更、運命とかそんな能天気なことを、どの口で言っているんだ。
本気で怒りが増して、思わず拳を握り締めて叩きつけようと繰り出す。
パシッと乾いた音が響き、オレの拳は彼の掌に包み込まれていた。
「……俺は、ずっと……一生、オマエのことがスキだ……」
拳に熱い唇が押し当てられる。
あの時、交わした最後の告白。
同じ言葉を、彼はゆっくりと口にする。
あの時、止まった時間が動き出したように思えた。
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