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下半身が触手になっちまったんだけど別にそんなに困らない(前編)
下半身が触手になっちまったんだけど別にそんなに困らない(前編)
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昔、山なし落ちなし意味なしという言葉があったらしいが。
まさか、世界全部がそういう状況に叩き込まれるだなんて思ってもみなかった。
「……なあ、もう一本入れてもいいか?」
そう聞くと、俺の恋人の体がピクンと跳ねる。きっと、本当は怖いんだろうと思う。でも、いやがってるんじゃない――と、思う。そう、思いたい。
「うん」
俺は、恋人の笑顔が好きだ。何となく照れたように、恥ずかしそうに、ちょっと困ったように笑う、優しい柔らかい笑顔が大好きだ。
「いいよ」
前の世界だったら、その「もう一本」が触手だったってえこたあ、まあまず絶対にねえんだろうなあ。前の世界で触手っていったら、イカかタコか――クラゲはさすがにヤベエよなあ。つーかとにかく、セックスの時にそんなもん持ちだしゃしねえよなあ。
「……細いの入れるから」
って、今さらそんなこと言うならそもそも追加しようなんて思うなって話だよな、はは。
「別に、好きなの入れていいよ」
恋人の声はどこまでも穏やかで、俺はなんでだか、なんだか胸が痛くなる。
「……別によお」
もっと優しく言いたかったのに、俺は妙にぶっきらぼうな声をあげちまった。
「いやだったらいやだって言っていいんだぜ? 俺別に――おまえがいやだって言ったからって、おまえのことおっぽりだしたりゃしねーよ?」
「そんなことを心配したことなんかないよ」
そう言って、俺の恋人はおかしそうに笑った。
「……っあ……」
笑った拍子に、俺が基本的に恋人の穴の中に入れっぱなしにしてる触手が妙な感じでこすれあっちまったんだろう。恋人が切なそうな声をあげる。
「気持ちよくなっちまったか?」
「……気持ちいいのは、いつだって気持ちいいよ」
茶化すようなこと言っちまったのに、真顔でそうこたえられて、俺はちょっと胸がキュッとした。
「ん……俺も、気持ちいー……」
恋人の体を体の正面に持ってきて、そこはまだ人間の両腕でギュッと抱きしめる。俺達は、顔や上半身はまだ人間のままだ。いや――っていうか、恋人のほうは、基本的にはまだ、一応人間――なんだろうと思う。
俺の下半身は触手になっちまった。
俺の恋人の手足はなくなっちまった。そりゃもう綺麗さっぱり、ドロンと消えてなくなっちまった。
その代わりに、俺の恋人にはマンコができた。元々は完全に、100%男だったのに。40過ぎのおっさんだったのに。それを言うなら、俺だって30過ぎのおっさんだったんだけどよ、はは。
……つーか、俺の下半身が触手になっちまったのはまだいいとして、その代わりなんだかどうだか知らねえが、チンコがなくなっちまったのはマジでショックだった。まあ、一応今んとこ、触手がちんこの代わりみてえになってるけど、ついでにいうなら触手を穴に捻じ込むのもかなり気持ちいいんでそれはまあいいんだけど、俺の触手からビュービュー出る粘液が、ちゃんとザーメンの代わりになって俺の恋人のことをきっちり孕ませてくれるのかどうか、正直かなり不安だ。
それを言うと俺の恋人は、私に新しく出来た女性器の奥にだって、ちゃんと子宮があるのかどうかわからないんだからお互い様だよ、と言って笑うけど、ぶっちゃけ俺の触手は、恋人のマンコの奥にきちんと何かがあるのをきっちり確かめてる。
だからたぶん、子宮はあるんだろうと思う。
「……チョウチンアンコウか何かみたいだなあ、私達」
俺の恋人がクスリと笑う。
「は? チョウチンアンコウ? なんで?」
「うん、チョウチンアンコウは、オスがメスの体に噛みついて、メスから栄養を吸い取って生きているんだ。まあ、一種の寄生――というか共生だな。チョウチンアンコウの住む深海では、オスとメスが出会う確率が低いから、一度出会ったオスとメスは、もう決して離れないように体をつなげてしまうんだ。そして、オスの体は時がたつにつれ、メスの体に融合していってしまう。私達とよく似ていると思わないか? まあ、その……わ、私達の場合は、メスがオスに寄生しているような形になっているわけだが……」
「……あー……」
恋人の体に触手を絡める。
「それって、サイコー……」
「うん……そのうち本当にくっついちゃったりしてな。……ん? そうすると、子供を産む時にちょっと困るかな……?」
「ま、そん時になったらなったで、どーにかなるんじゃねーの?」
「ああ、そうだな。今までだって、なんとかなってきたものな」
「ん」
どちらからともなく、俺達はキスをして舌を絡めあった。
「……な、なあ」
「ん、どした? やっぱりもう一本入れるのは怖いか?」
「い、いや……と、いうか……」
恋人は真っ赤な顔でもじもじした。つっても、頭と胴体しかねーから、本当にモゴモゴ胴体をくねらせることしかできねーんだけどよ、こいつは。
「その……な、なんというか……なんというかその……わ、私その……ゆ、ゆるくなってきているのか? だ、だからその、も、もう一本入れたい、なんて……」
「はあ!? ばーか、ちげーよ!」
あんまりおかしくって、俺はゲラゲラ笑っちまった。
「俺はただ……なんつーかな、うん……俺はただ、その、なんつーか……ほんとは俺、おまえの中に俺のこと全部入れちまいてーの。だからもう一本入れてえって言ってんの。うん、そんだけ。別に、おめーがゆるくなったとか、そーいうこと全然ねーから! うん、マジで!」
「……そう、か」
俺の恋人はクスリと笑った。
「……君は、私の赤ちゃんになりたいのか? 私の中に入って、私の赤ちゃんになってしまいたいのか?」
ああ、手が残ってたら、きっと今ごろこいつ、俺のこと抱きしめて優しく頭を撫でてくれてたんだろうなあ。
「……わかんねー。……そーかもしんねー」
「……そう、か。……こんな世界なら、いつかはその夢もかなう日が来るかもしれないな」
「ん……そだな。……つーかさあ」
「ん、どうした?」
「いや、なんつーか、ふつーだったらさあ、俺ら、世界がこんな、なんつーの? 地獄だか異次元だか魔界だか他の星だかみてえに変わっちまって、んでもって、自分達もこんな、化け物じみた体になっちまって、普通だったらもう少し、嘆いたり悩んだり絶望したり苦しんだり発狂したりするもんじゃねえ? なのに俺ら――ある意味元の世界にいた、っていうか、世界と俺らがこんなふうになる前より幸せだったりするよな。これってすごくね?」
「うん、すごいな」
俺の恋人はニコニコと笑った。
「……ってことで、もう一本入れていいか」
「うん、いいよ」
「んー、ど・れ・に・し・よ・う・か・なー♪」
恋人の目の前で触手をフラフラふってやると、恋人の顔が赤くなったり青くなったりする。
「……イボイボとかついててもへーきか?」
「……それくらいなら……大丈夫、だと思う……」
「ん。無理そうだったらやめるから」
「うん――でも、あんまり遠慮しなくてもいいよ?」
「んー、でも俺、おめーに惚れてるから無理させたくねーし」
「私は、君に惚れているから無理くらいしたいんだよ。あ、誤解するなよ。君が私に無理をさせたことなんか一度もない。けれどもその、君もそんなに私に遠慮することはないんだよ?」
「ん、わかった。んじゃ、遠慮なく。……なあ、どっちがいい? どっちに入れて欲しい?」
「あ……その……お、女の子のほうは、ま、まだちょっと育ちきってない気がするから、その……」
「ん――こっちな」
「あ……」
触手から粘液が出るのはマジ便利でいい。こんな世界で毎回毎回ローション探せって言われたら俺は泣く。主にめんどくさくて。
「あ……あ……」
こんな世界になっちまったっつーのに、こんな体になっちまったっつーのに、俺の恋人は、いまだに思い切り声を出して喘ぐのが恥ずかしくてしかたねえらしい。俺が口を酸っぱくして言って聞かせたし、触手を口に捻じ込んで実力行使をしたりもしたから思い切り唇を噛んで声を殺そうとするのはやめたけど、それでも必死で声を抑えようとしているのがメチャクチャエロい。
「ん、つらいか? やめとく?」
「…………」
フルフルとかぶりがふられる。それを見ながら触手をグッと押しこんだら体がビクッとはねた。
「なあ……すげーな。世界がこんなふうに変わっても、体がこんなふうに変わっても、それでもやっぱり前立腺があって、俺達こうやってセックスしてると死ぬほど気持ちいいんだな」
「…………ばか…………」
涙目でそんなことを言われても、誘われてるとしか思えねーのは、こんなふうに変わっちまう前の世界だった時とまるっきり変わらなかった。
いったい何がどうしてどうなって、どういう理由で世界が、そして私達自身がこんなふうに変貌してしまったんだかさっぱりわからない。
世界が変わり、そして私達が変わる前の日、いったい何があったか、何かきっかけになるようなことがあったか、いろいろと思い出してみたり考えなおしてみたりしたが、どうもさっぱり心当たりがない。
一つだけ、いつもと違うことがあったとすれば、その……なんというかその……そ、その日初めて、私のほうから私の恋人に、その、なんというか……自分から、セ、セックスして欲しいとせがんだことくらいしか思い当らないのだが、いくらなんでもそれがきっかけということはないだろう。というか、それがきっかけではないことを全身全霊をあげて切実に望む。
私がしどろもどろになりながら、抱いて欲しいと自分からせがむと、私の恋人は本当にうれしそうに笑って、私をギュッと抱きしめてくれた。その時に限らず、彼はいつだってそうなのだが、その夜はとりわけ、私の恋人はとろけるように優しく、何度も何度もキスを繰り返しながら、何度も何度も私を求めてくれた。
考えてみれば、あれが。
私が自分の両腕で恋人を抱きしめることができた最後の夜だった。
「なあ……俺、気持ち悪くねえか?」
触手の渦と化した自分の下半身を見つめながら、泣き出しそうな声で私にそう問いかける恋人を、私はギュッと抱きしめてやりたくてしかたがなかった。
けれどもその時すでに、私の手足は失われてしまっていた。
だから、私は。
「全然気持ち悪くなんかないよ」
せめて自分にできることをした。
にっこりと、私の恋人に微笑みかけ、安心させるようにうなずきかけてやった。
「かわいいよ――というのとは、さすがにちょっと違うような気もするが、少なくとも私は気にしないよ。気持ち悪いなんて思ったりしないよ」
「……そか」
私の恋人は、ホッとしたようにニッと笑った。
「……まあ、俺はちょっと気色悪いくらいですんでよかったっちゃあよかったけど」
私の恋人は私を見下ろして小さくため息をついた。
「おまえは――不便な体になっちまったなあ」
「ああ……まあ、しかたがないよ。この際、命があっただけでもありがたいと思わなければな」
「ん、そだな。……なあ」
「ん?」
「俺、おまえのこと持ち運んでいいか?」
「え?」
「いや、だって、おまえそれ、自分じゃ動けねえだろ?」
「ああ……まあ、それはそうだが……」
「だが?」
「しかし、私をいちいちあちこち持ち運んで歩くのは、重いし邪魔だろう?」
「まあ、そりゃそうかも知れねえけど、それでも俺は持ち運びてえんだよ。……いいか?」
「え……ま、まあ、君がいいならいいが……」
「よし!」
私の恋人は本当にうれしそうに笑って、ウネウネとした触手でヒョイと私を持ちあげた。
触手は、不思議なほどすべすべとしていて気持ちがよかった。
「……あー……」
私の恋人は、たくましい両腕とすべすべと気持ちのいい触手で、私をギュッと抱きしめた。
「こーいうこと言うと、すっげー不謹慎で、すっげー残酷で、すっげー不人情だってこたあよくわかってんだけどよ。あー……これでもう、おまえまるっきり俺のもんになっちまったなあ……」
「……もう、とっくの昔に君のものだったというのに」
私に頬ずりをしながらキスを繰り返す恋人に、私も不器用にキスを返しながらそう言った。
「……あのさ」
「ん?」
「こーいう時に、ほんと不謹慎だってこたあよくわかってんだけどさあ」
「ん? どうした?」
「……なあ」
私の恋人は、ひどく不安げな顔で私を見つめた。
「俺の、この触手……おまえの中に、入れてもいいか?」
「……それはつまり、その触手をつかって私とセックスがしたいということなのかな?」
「……うん。……あのさあ」
「うん」
「……あのさあ」
「うん、どうした?」
「……あのさ」
私の恋人は、がっくりと肩を落とした。
「俺……もしかしたら、もう男じゃねえかもしんねえ」
「え? そ、それはいったい、ど、どういう意味だ?」
「……俺」
私の恋人は、クシャッと顔をゆがめた。
「チンコなくなっちゃった」
「…………は?」
「……もしかしたら、触手のどれかに変わっちまったのかもしんねえ」
「あー…………それは、また…………」
その時はさすがに、私も恋人に何をどう言ってやればいいのかさっぱりわからなかった。
「……いやでも、おまえのことはこの触手をつかってかわいがってやるから」
「いや、私は別にそんなことを心配したりなどはしていないのだが……」
「あー……まあ、おまえのほうはなんとか無事みてえで……えッ!?」
そう言いながら、私のむき出しの股間をしげしげと見つめた恋人が、ギョッとしたように目をむいた。
「な、なんだ、ど、どうかしたのか?」
「い、いや、あの、ええと、ど、どうかしたのかって……お、おまえ、じ、自分で気がつかねえのか!?」
「え? あ……そ、その……ゆ、ゆうべその、な、何度もしたから、その、なんというか、そ、そのあたり、ちょっとその、い、いつもと違う感じで……い、いつもと違う感じなのは、ゆうべ何度もしたからなのかと……」
「あ……あー……そ、そっかー……あー……えっとー……」
私の恋人は、困りきった顔でグシャグシャと短く固い黒髪をひっかきまわした。
「あー……あのな」
「う、うん、私のそこ、ど、どうにかなってしまっているんだな?」
「あー……うん、まあ……あ、で、でも安心しろ! こ、これはえーっと……ある意味ラッキーな変化だから! つーか、たぶんこれで損することねーから! たぶん得することのほうが多いから!」
「ああ、うん、気をつかってくれるのはうれしいが……その……私のそこ、い、いったいどうなってしまっているんだ……?」
「あ、うん……えーっとあれだ、お、落ちついて聞けよ? あ、まあ、俺の触手が平気なら、これも平気だろうたあ思うけどよ……」
「どうした? うろこでも生えているのか?」
「いや……うろこじゃねえよ」
私の恋人は、大きなため息をついた。
「あー……あのな」
「うん、私は大丈夫だからはっきり言ってくれ」
「……あのな」
「うん」
「……おまえ、ふたなりになってる」
「…………は?」
「いや、だから……おまえ、マンコできてる」
「…………それはえーと…………それはつまり…………そ、それはつまりその…………わ、私に女性器ができてしまっているということか!?」
「うん……なんつーか、普通の女のマンコよりはちょっとちっちぇえ感じだけど……それでもこれ、どー見てもマンコだよなあ……」
「傷とかじゃなくて!?」
「いや、傷じゃねえだろこれ。あー……ちょっと触ってもいいか?」
「あ……う、うん、い、いいよ……」
「大丈夫、優しくするから」
優しいささやきと共に、私の恋人の指がのばされ――。
「――あッ――!?」
傷口に触れられた時に感じるのとはまったく違う刺激に、私は大きく慄いた。
「あー……やっぱこれ、マンコみてえ」
私の恋人は、どこか感心したように言った。
「…………まあ、人間の下半身が触手になるくらいだから、男に女性器が追加されるくらいの変化があってもおかしくはないな…………」
私はさすがに、呆然としてそうつぶやいた。
「あー、うん、言われてみりゃそうだな」
私の恋人は、ニヤッと苦笑した。
「……でも、さ」
「ん?」
「んー……なんつーか、すっげーくやしい!」
「え? ど、どうしてだ?」
「……だって」
私の恋人は、ギュッと唇を噛みしめた。
「だって、なんで俺のチンコがなくなっちまってからおめえにマンコができるんだよ!? 俺……俺……せっかくおまえにマンコができたんなら、おまえのこと、きっちり孕ませてやりたかったのに……!」
「……ありがとう」
両足は、戻ってこなくてもいい。
でも、両腕には戻ってきて欲しかった。
私は、私の恋人を、両腕でギュッと抱きしめたかった。
「でも――」
「でも? あ……も、もしかしておまえ、お、俺の子なんか――」
「ばか。そんなことあるはずがないだろう? 君の子を宿すことができたら、それは私にとっては無上の喜びだ。そうじゃなくて、その――」
「ん? どした?」
「その、なんというか……そ、その、その触手ではその……か、かわりにならないだろうか? ほ、他にその、それらしい器官もないようだし、その……なんというかその……た、試すだけ、試してみても……」
「……ん。そだな」
恋人は、ちょっとうるんだ目で私を見つめ、そうしてギュッと、きつく私を抱きしめてくれた。
こんな世界で子供を産んで、きちんと育てられるかどうかわからない。と、いうかそもそも、私と私の恋人の間に、子供が生まれるのかどうかもわからない。
それでも、私達の間には、間違いなく、愛と、恋と、そして大きな希望とがあって。
こんな時にこんなことを思ってしまうのは、本当に不謹慎なことなのかもしれないが。
それでも私はどうしても、失ったものはいろいろあるけど得たもののほうが多いような気がする、と、思わずにはいられないのだ。
「……うわ……」
ぶっちゃけ、下半身が触手に変わっちまった時より驚いたかもしれねえ。
「ヤッベ、うわ、お、俺こんなに汁出す体質になっちまったの!? あ……ご、ごめん! 苦しいよな、これ?」
「……あ……」
派手にイッたせいで意識がトんでるんだろう。ボーッとして、まだ自分がどうなってるのかよくわからないらしい可愛い恋人が、ポーッとした目で俺のほうを――見てるんだか、ただ顔と目がこっちに向いてるだけなんだか。
「ごめん……こんなにその……なんつーか、汁が出るとは思ってなくて……」
「……」
俺の触手から、俺自身が自分でも引くほどどっぷりたっぷり吐き出された汁――だか体液だか粘液だか、もしかしたらザーメンだか――で、ポヨポヨとふくれた恋人の腹を、触手の先で恐る恐るなでてやると、意識が戻ってきたのか、恋人が俺を見てフッと笑った。
「別に、そんなに申し訳なさそうな顔をしてくれなくてもいいよ。……気持ちよかったんだろう?」
あ、まただ。
また、こいつはこんな不安そうな顔をする。
世界がこんなになっちまう前から、俺達が人間っていうよりも化け物って言ったほうがいいような姿になっちまう前から、こいつは俺に、その、なんだ、セックスした後気持ちよかったかどうか聞く時は、いつでもこういう不安そうな顔をしていた。俺が何回、何十回、何百回、何千回、何万回、俺はおまえとヤるのが世界で一番、最高に気持ちがいいんだって言ってやっても、こいつはいつもどうしても、自分の体は俺のことをきちんと気持ちよくさせてやることができないような気がして不安でしょうがねえらしい。
世界が変わっちまっても、自分の体が変わっちまっても、そういうところはまるきり変わりゃしねえんだな、って思うと、俺はなんだか泣きたいような笑いたいような、それとも怒りたいような叫びたいようなどなりつけたいような、そんな、なんつーかこう、俺にしては珍しい、すげえ複雑な気分になった。
「……ああ。最高に気持ちよかった」
それでも俺はいつもの通り、恋人の頭をなでながら優しく言ってやって、ついでにちょっとキスをしてやることしかできなかった。
「に、しても……これ、出さねえと苦しいよなあ」
そう言いながら、恋人の腹に入ったままの触手を抜こうとすると。
「……え? え、あ、ええッ!? ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て!?」
「ん、どした? あ――も、もしかして、動かされると痛かったりとかするのか!?」
「そ、そうじゃない、けど――」
恋人は真っ青な顔で俺を見つめた。
「で、でも、あの、その、な、なんというか――そ、それ、ぬ、抜かれちゃったらその――で、出ちゃうじゃないか!?」
「うん、だから、出さねえと苦しいだろ、これ?」
どう考えたって、外から見てわかるレベルでふくらむまで腹の中にドロドロした液を詰め込まれて、そのうえ触手で栓なんかされてたら苦しくて苦しくてどうしようもねえだろうってことくらい俺にだってわかる。
「いやだッ!!」
恋人は、真っ青な顔で悲鳴を上げた。
「え? いやだ、って、おまえ――」
「いやだ――いやだ、そんなの!!」
恋人は、顔どころか全身から血の気を引かせちまったんじゃないかって感じの動揺っぷりを見せながら、俺の触手を腹の中に詰め込まれたまま、手足のない体をジタバタともがかせてブンブンかぶりをふった。
「いやだ――いやだ――ぜ、絶対にいやだ!! そんな――そんな――そんなことしたら――」
恋人の歯がガチガチとなった。
「き、君に、その、あの、その――だ、出すところ全部見られちゃうじゃないか!? いやだ――いやだそんなの、絶対にいやだ!!」
「……でも、なあ」
俺はちょっと苦笑した。
「いやだって言ったって、おまえその――こういうこと言うのはあれで何だけどよ、おまえ、そんな体なんだから、これからずっと、その、なんだ、そういうことする時、俺の手借りねえわけにゃあいかねえぞ? 俺ぶっちゃけ、こんなわけのわかんねえとこに変わっちまった世界で、いくらおめえがそう頼んだからって、手足がねえおめえを用を足すあいだだけ一人ほっぽらかして遠くに離れてる気はまるきりねえぞ?」
「…………あ…………」
恋人の顔が、真っ青を通り越して土気色になった。
「……あー」
俺はなんとなく、恋人の頭をクシャクシャとなでた。
「なんだかなあ」
「……え?」
「んー……なんだかなあ」
俺は思いっきり苦笑した。
「なーんつーかよー、おめえ、世界がこんな、地獄だか魔界だか他の星だかみたいに変わっちまったってことよりも、俺が触手の化け物になっちまったことよりも、自分がダルマになってふたなりになっちまったってことよりも、俺に、その、なんだ、腹の中のものぶちまけるとこ見られるってことのほうがよっぽどショックなんだなあ」
「…………赤の他人に見られるほうがまだましだよ…………」
恋人は、グスグスと鼻をすすりあげながら弱々しい声で言った。
「あー、まあ、今の世界じゃまずありえねえだろうけど、元の世界だったら、歳とって介護されることになったら、赤の他人に下の世話されたりするようになることもあるんだもんなあ……」
「でも……君に見られるの、いやだ……!」
「でもよー、いやだっつってもしょーがねえだろ。あきらめろ」
「……うぐっ……」
恋人がのどを絞めあげられたみてえな声を出す。あー、ヤベ、すっげー可愛い。
「……ま、なんつーか、いうまでもねえことだけどよお、そういうとこ見ても、俺別におめーのこと嫌いになったりしねーから。つーか、俺にとってはむしろご褒美だから、うん」
「…………」
真っ青になって震えてる恋人を見てハッと気づく。これ、もしかしたら、俺にそういうとこ見られるのがいやっていうだけじゃなくて、腹の中が苦しいのがそろそろ限界ぶっちぎりそうになっちまってるんじゃねえのか!?
「……おまえのせいじゃねえから」
そう言いながら、震える恋人にキスをする。
「だって、おまえ、手も足もねえんだもん。我慢も抵抗もできるわけねーじゃん。そのうえ、俺に腹の中にしこたまドロドロしたもんぶちまけられちまってよお。これで我慢だかなんだかできたら、そいつそれこそ人間じゃねーよ。だからよ、その、なんだ、もうあきらめろ。こりゃおまえ、あれだ、えーと、ああそうそう、フカコーリョク。不可抗力っていうやつなんだから。――な?」
「……ひぐっ……」
「ああもう、泣くなよ」
そう言って頭をなでながらも、ああ、泣いてるこいつってなんて可愛いんだろう! って内心萌えまくってるんだから、俺もたいがい――っつーか、根っからどうしようもねえな。
「とにかくさあ、出さなきゃしょうがねえだろそれ?」
「……自然に体内に吸収されるのを待つ……」
「いや、そうしたって結局、おめえいつかは出すもん出さなきゃいけねえんだからな!? それちゃんとわかってるか!? っていうか、死ぬほど気が長いこと言うなおい!? え、なに、もしかしておまえ、俺の触手に腹の中のもの吸いだして欲しかったりするわけ!?」
「君の触手にはそんな機能もあるのか!?」
「いや知らんけど。でも、やってみたらもしかしたら出来るかもしんねえ。……ちょっとやってみっか?」
「や、やめてくれ!! そ、そんなことをされるくらいなら、その――ま、まだ普通に出したほうがましだ!!」
恋人が悲鳴をあげながらジタバタともがく。あ、すげえ、手足がなくなっちまって腹ん中に触手詰め込まれててもこんだけ盛大にもがくことができるんだ。人体の神秘だな。
「ん、わかった。じゃあ――抜くぞ」
「…………あ…………」
「大丈夫」
恋人をギュッと抱きしめる。腹の中ドロドロでいっぱいで、外から見てわかるほどポヨンとふくれちまってる時にそんなことしたら、きっとすげえ苦しいんだろうけど、俺はどうしてもそうせずにはいられなかったし、恋人も、苦しがるよりもホッとしてくれているようだった。少なくとも、俺にはそう見えた。
「嫌いになったりしねえから。むしろ、もっと好きになるから」
「…………ん…………」
唇を噛みしめて、目にいっぱい涙をためている恋人を、もう一度ギュッと抱きしめて。
俺は一気に、恋人の腹の中から俺の触手を引き抜いた。
「……ひ……ひぐっ……」
自分がなぜ泣きじゃくっているのかもよくわからないままに泣きじゃくっていた。
「ああ、ほら、もう泣くな」
ポンポンと私の背中を叩く手と、優しく私の頭をなで、髪を梳く手と――。
「なあ、もう苦しくねえか?」
優しい声とともに、そっと体に絡みついてくる触手に、私はビクリと身を震わせた。
「あ……わ、わた……私……私……あ、あ、あ……が、我慢、で、できなくて……!」
「いや、だから、我慢する必要なんかまるきりねーから。つーか、無理に我慢されちまったら逆に俺がこまるから。ん、よしよし。さっぱりしたろ?」
「……ふぐぅっ……!」
涙と鼻水とよだれがドバドバと垂れ流される。醜態の上に醜態を重ねていったいどうしようというのだ、と、頭の片隅からひどく冷たい声が聞こえてくる。
「別に泣かなくてもいいのになあ」
私の恋人は苦笑しながら、私の頭をクシャクシャとなでた。
「つーか、今のは俺が完全に悪かったよ。うん、ごめんな? 苦しかったろ?」
「……うえっ……」
優しく私を慰めてくれる恋人に、私はろくな返事も返すことができなかった。
「うん、まあ、おめーが泣きたいんなら、別に泣いてたって俺ぁかまわねえけどよ。でも、そんなに気にすることねえぜ? いやマジで」
「…………ごめんな」
「だから謝るなって。あんなん我慢できるわけねーし、それによお――それに、なんつーか」
涙と鼻水とよだれでドロドロのズルズルのベタベタになった私の顔に、チュッチュッとキスを繰り返す恋人の声は、穏やかで優しく、そして――そう、そして――。
「それに俺――ぶっちゃけすっげーうれしいし。だってよお、おめーのあんなとこ見られるの、この世で俺だけだろ?」
そして、本当にうれしそうだった。
「あ、あ、あ、あたりまえだ!」
だから私も、もっと優しい穏やかな返事を返したかったのに、なのに私は怒ったような返事しか返すことができなかった。
「あ、あんな――あんなところ――あ、あんな、あんな――こ、この歳になって、あ、あんな粗相をするところなんか、ほ、ほ、他の誰かに見られたら私はその場でショック死する!!」
「うん、でも、俺に見られても死なねーんだなおまえは」
「え……」
ふと不安になって恋人の顔を見つめると、恋人はうれしそうににこにこ笑いながら、また私にキスを繰り返した。
「あー……やっぱ、おまえってチョー可愛いわー……」
「……汚してしまって、ごめんな」
「ん? 気になるか? だったら洗えばいいだけのことだろ」
「いや、洗うったってな……」
私はちょっと絶句した。
「今のこの世界には、風呂場はおろか、水道だってろくにないしな……」
「でも、水場みてーなとこはあるよ。俺見つけたもん」
「君、そういうところほんとよく見てるよな。……あー、でも、その、なんだ、ケチをつけるわけではないが――」
「ん、なに?」
「……その『水場』の『水』って、私達が浴びても大丈夫な液体なのか?」
「あー……まあ、俺が先に触手突っ込んでみるから。そんで、触手が無事なら俺らも大丈夫だろ。……たぶん」
「うん……まあ、実質そういう方法で確かめるしかないよな。あ、でも、別に君、自分の触手をつけなくても、私の体をそこにつけて確かめてみたっていいんだぞ?」
「……あのなあ」
私の恋人は、深々とため息をついた。
「そういうこと言うなよなあ。俺別に、そういうことがしたくておめーのこと連れ回してるんじゃねーんだからよお」
「それを言うなら、私だって、君に私の代わりにすべての厄介事を引き受けさせるためにこうしていっしょにいるわけではないよ」
そうはいっても、きっと、実質的にはそういうことになってしまうに違いないのだろうけど。手足を持たない、手足を失ってしまった私は、きっと、これから先、実質的には常に彼の手を借り、彼に世話を焼かれ、彼に依存し、彼に守ってもらわなければ生きていくことなど到底不可能なのだろうけど。
それでもやはり、私は彼にできるだけ、私のために危険を冒してほしくはなかったし、私のために傷ついたり苦しんだりしないでほしかった。
「……ん。そだな」
そう言ってにっこり笑いながら、私の恋人は私の額にキスをした。
「でもまあ、とにかく今回は俺が確かめるよ。つーか、おめーの体の、えー、なんだ? 体積? おめーの体の体積よりも、どう考えても俺の体の体積のほうがでけえんだから、したらやっぱ、こういう時には俺が確かめるべきだろ? あれだ、俺のほうがおめーより、残機が多いんだからさあ」
「は? ざ、ざんき?」
「あ、おめー、ゲームあんまり詳しくなかったっけ」
私の恋人はそう言っておかしそうにケラケラと笑った。
「あー、あれだ、つまりよーするに、俺の体のほうがおめーの体よりでけーんだから、俺の体が減るほうが、おめーの体が減るよりダメージ少ねえだろうって、俺はそういうことを言いたかったんだよ、うん」
「……馬鹿言うな。私はいやだよ、そんなの」
「うん、でも、俺もおめーの体が減っちまうの嫌だし。つーか、おめーこれ以上減ったらガチでなくなっちまいそうだし。だから、うん――ま、とりあえず、ここは俺に任せとけ」
そう言いながら私の恋人は、私を抱きかかえたまま――腕と触手とで私の体を保持するこの体勢を、『抱きかかえる』と言っていいのかどうか、実は私には今一つわからないのだが――、無数の触手をうごめかせてニュルニュルニョロニョロと移動を始めた。
「……なあ」
「ん?」
「……なんでもない」
自分から話しかけておいて、なんでもないはないだろうと、私は内心大おおいに自分自身にあきれたが、私の恋人は別に気にする様子もなく、機嫌のよい笑みを浮かべ、「そっか」と軽くこたえただけで、元気よく触手をうごめかせ続けた。
「……なあ」
「ん?」
「……あのな」
「どした?」
「……ありがとう」
「へ? 何が?」
「ん……いろいろと、だ」
「ふーん……そっか」
私の要領を得ない返事に、私の恋人は本当にうれしそうな笑みを返し、そしてそのまま機嫌よく鼻歌を歌いはじめた。
「……なあ」
「ん?」
「……こんな時に唐突にこんなことを言うのは、その、なんというか、ちょっと変かもしれないが」
「どした? 言ってみ?」
「……好きだ」
「知ってる」
「……大好きだ」
「わかってる」
「……愛してる」
「とーぜん俺も愛してる。え? つーか、それって別に全然変なことじゃねーじゃん? つーか、それはいつ言ったって別に全然変なことになったりなんかしねーことじゃん? つーか、別に変なことだって、俺はおまえにそう言ってもらえりゃあ、いつだってうれしいからなあ。これからも、どんどんガンガン言いまくってくれ、うん」
「うん……わかった。……ありがとう」
「だから、なんでこういう別に礼なんかいらねー時にわざわざ礼なんか言うかねおまえは」
私の恋人はそう言って苦笑しながら、それでもひどくうれしそうに、私の唇にキスを繰り返し、私の体内に触手をすべりこませた。
「……あっ……」
俺の恋人が、俺の触手セックスに初めて抗議した――っつーか、不安そうな声をあげたのは、細い触手を子宮口から捻じ込んで、子宮の中をいじりまわそうとしていた時だった。別に、特に意味とかあってそういうことしてたわけじゃねーんだ。俺はただ、この細い触手どこまで奥に入るのかなー、とか、これで子宮の中撫でくりまわしたらどんな感じなのかなー、とか、そういうことを考えてただけだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そ、そこ、その――よ、よくわからないんだが、そこ、その――もう、その、あ、赤ちゃんの部屋の中だろう?」
「へ? あ、あー、たぶんそうなんじゃねえの? 俺もほんというとよくわかんねーけど」
「……あ……」
俺の恋人は、泣き出しそうな顔でフルフルとかぶりをふった。
「そこ、だ、だめだ……なあ、そこ、だめ、しょ、触手、出して――!」
「え!? あ、ご、ごめん、痛かったか!?」
「い――痛くはない、けど――」
俺の恋人は、必死としか言いようのない目で俺を見つめた。こいつにまだ手足が残ってたら、その手足を使って、俺のことを必死で押しとどめてたんだろうな、と思う。
「でも、そこ、赤ちゃんの部屋だから――赤ちゃんを育てる、大事な大事な場所だから、だから、乱暴にしないで――!」
「……わかった。……ごめんな」
そう言いながらそっと触手を引き抜いて、やっぱりそっと、恋人の頭を撫でた。そうしながら俺は、なんだか泣きだしたいような気持ちになっちまってしかたがなかった。
「乱暴にするつもり、なかったんだ。ただその――ごめん、俺ただ、そこどういうふうになってるのかな、って思って――でも、怖かったよな。ごめんな。もうしねえから」
「ん――私のほうこそ、大げさに騒いでしまってごめんな」
俺の恋人は、すまなさそうな顔で笑った。
「別に、他の場所だったらいくらでも好きなようにしてくれていいから。ただ、その――そこは、その――わ、私にはきっと、一生無理だと思ってたのに、せっかく、その――も、もしかしたら、出来るようになるかもしれないっていう可能性が――!」
「……おまえ、そんなに女になりたかったのか?」
「……女になりたかったわけじゃない」
俺の恋人は、苦しそうな顔で、苦しそうな声で、ポツリとそうこたえた。
「私は、ただ――君の子を、産みたかっただけだ――!」
「ん――そっか」
俺は、両腕と触手で恋人をギュッと抱きしめた。
「……なんだかな。人間って、不思議なものだな。不思議で、そして、とことんどうしようもないものだな」
俺の恋人は、苦笑いしながらそう言った。
「私はな、その――昔から、世界がこんなふうに変貌する前から、その、なんというかなあ――封建時代とかに、家の跡取りとか、世継ぎとか、そういう、なんというんだ? 自分の血をひいた子供を、異常なまでに求める傾向があったりしただろう? それに、その、肉体的にも経済的にも負担のかかる不妊治療を何年も行ってでも、自分達の血を、遺伝子を受け継ぐ子供を求める夫婦もたくさんいた。私はな、私は正直、そういう話を聞くたびに、血のつながりだけが家族の条件というわけではないし、血が繋がっていない相手どうしのあいだにも情愛は通いあうのだろうから、そんなに無理をしてまで自分の、自分達の血統にこだわらなくても、しかるべきところから養子なりなんなりをもらったりすればいいのではないかと常々思っていたんだ。けど――私がそんなふうに考えることができていたのは、それは――それはしょせん、それが『他人事』だからだったんだなあ――」
俺の恋人は、深く、大きくため息をついた。
「私は――私は――君と愛しあうようになってからずっと、ずっとずっと、本当は、君と私とのあいだにできる子供が、君と私の血と肉とを受け継いでくれる子供が、欲しくて欲しくてたまらなかったんだよ――! うん――おかしいよなあ。私はずっと、そんなのはなんというか――そう、なんというか、ある意味古臭くて融通のきかない、まったく理性的ではない姿勢だと心のどこかで思っていたのに、いざそれが実際に自分の身に降りかかってみると、自分だってそういう人達とまったく同じことを思い、まったく同じことを望んでいたんだものなあ――」
「でも、それってある意味とーぜんのことだろ。好きな相手の子供が欲しいっていうのは、人間として、っつーか生き物としてとーぜんのことだろ。おめえがそうしてえって思ったからって、何もおめーがそんなに申し訳なさそうな顔する必要なんざありゃしねえや、ばーか」
俺はそう言いながら、両手で恋人のほっぺたをつまんでムニムニとこねくり回した。
「うん――そうだな。それは、本当にそうだな。――ありがとう。君にそう言ってもらえて、ホッとした」
俺の恋人は、本当にホッとしたようににっこりと笑った。
「ったりめーだろ。つーか、おまえ俺がおまえになんか意地悪なこと言うとでも思ってたのか? うわー、俺、そっちのほうがショックだわ……」
「そんなことを思ったりなどしてはいないよ。でも、そういうふうに聞こえてしまったのなら謝るよ。ごめんな、変なこと言ったりして」
「別に、謝ってくれなくってもいいけどよ」
俺はまた、恋人のほっぺたをムニムニした。
「でも、うん、そっか――おまえ、そんなに子供が欲しかったのか――」
「……今の私が子供を産んでも、育てるのは、実質すべて君の手を借りることになると思う」
俺の恋人は、苦しそうな顔でそう言った。
「それでも――それでも、産んで、いいかな――?」
「おめーに産んで欲しくなかったら、俺ぁハナからおめーのマンコに中出ししたりなんかしやしねえや、ばーか」
俺は、恋人の頭をコツンと小突いた。
「それに、おめーのガキなら俺だってとーぜん欲しいに決まってるし。……でも、な」
「……でも?」
「あー、その、なんだ、その――ガキができなくても、あんまりがっかりすんなよ?」
「大丈夫だよ」
俺の恋人はおかしそうに笑った。
「もともと、男として生まれた私に子供を産むことができる可能性なんて皆無だったんだよ。それが、もしかしたらという夢を見ることができるようになったんだ。子供ができなくったって、いい夢を見たと思うことができるさ」
「そっか。……あと、な」
「ん?」
「その、なんつーか……生まれてきたガキが化け物でも、あんまりがっかりすんなよ?」
「化け物というのなら、言ってはなんだが親の私達からしてすでにある意味十二分に化け物じみているよ。だってあれだぞ? だるまふたなりに、下半身触手男だぞ?」
俺の恋人は、また、おかしそうに笑った。
「だから、どんな化け物じみた子供が生まれてきたところで、そんなのはある意味当然のことだよ。ただ、まあ――私のように手足を持たずに生まれてきてしまったら、その、なんだ、生きるのに少し不便かなあ、とは思うが――」
「その場合は、そのガキが大人になるまでになんとかつがいの相手を見つけて押しつけるしかねーな」
「え!? つ、つがいの相手!?」
「そーだよ。んでもって、俺らみてーな夫婦になりゃあいいじゃんか、なあ?」
「ん――そうだな。……夫婦、か」
俺の恋人は、俺のつがいの相手は、うれしそうに、くすぐったそうに笑った。
「……子供、できるといいな……」
「そうだな。できるといいな」
俺はそう言いながら、両手で恋人を抱きかかえて、何十本もの触手で、恋人の腹をそっと撫でた。
俺達のガキは、今はまだどこにもいねえけど。生まれてくるガキは、もしかしたらとんでもねえ化け物なのかもしれねえけど。
俺の恋人は、きっと最高のおふくろになるに決まってるんだから。
だから安心して、とっとと生まれてきやがれガキンチョ、と、思った。
「あ……ど、どこまで入るんだ、それ……?」
「んー、ぶっちゃけ俺にもどこまでいけるかやってみねーとわかんねー。……なあ」
動きをとめて、真剣な目で私をのぞきこんでくる恋人の優しいまなざしに、私はとても、ホッとする。
「つらかったり、いやだったりするんなら、やめるぞ?」
「……大丈夫。ちょっと、その……ちょ、ちょっとだけ、怖くなってしまっただけだ」
「やっぱやめるか?」
「……やめなくていい」
ああ、手が欲しい。腕が欲しい。恋人に抱きつきたい。恋人を抱きしめたい。
「無理すんな」
私の頭を撫でる、その手は優しい。
「俺、おまえがいやがることはやんない。――やりたかねえよ、そんなこと」
「大丈夫」
ああ――可愛いなあ。
私の恋人は、本当に、なんと可愛い男なのだろう。
「いやじゃない――から。本当に、全然いやじゃないから。その、あの、な、なんというか――」
ふいとそっぽを向こうとする私の顔を、ペトリと恋人の触手が押しとどめるので、私はちょっとだけ苦笑する。
「あの――わ、私も、その――な、中、気持ちいい、から――」
「――ごめん」
「え?」
「なあ」
ああ。
私のことを見つめる恋人の目は、いつも、なんと真剣なのだろう。
「ヤベ――俺、おまえにそんなこと言われたら、激しくしちまう――!」
「いいよ」
ああ、やっぱり。
手が欲しい。腕が欲しい。君に触れたい。君を抱きしめたい。
「激しくしても、いいよ。私は平気だから。私は大丈夫だから。あ――ただ――」
「わかってる」
優しい目。優しい声。優しい口づけ。
「赤ちゃんの部屋乱暴にされるのは、絶対にいやなんだろ。わかってる。わかってるから――」
「うん――ありがとう。その代わり、その、う、後ろは、いくらでも、好きなようにしてくれてかまわないから――」
「――うん」
ズッ――と、腸内の触手が動くのを感じて大きく喘ぐ。
「なあ――中、気持ちいいか? こんなに奥までズッポリ入れちまってても、それでもやっぱり、気持ち、いいか――?」
「うん。すごく、気持ち、いいよ――」
世界が変貌して、私達の体が変わってしまって、それで感覚まで変わってしまったのか。それとも、感覚そのものは変わってはいないのか。
そのこたえはきっと、永遠にわからないのだろう。元いた世界――というか、変貌前の世界では、性行為中にその、なんというかその、こ、ここまで奥まで、ここまで深々と、自らの内臓を侵食されるということは、常識的に考えて、まあ、まず、絶対に起こり得なかったことなのだろうし。だから、元の世界で同じことをされた時に私がどう感じていたのか、などということは、いろんな意味で、もう絶対に検証のしようがない。
「あー……どーしよー……」
恋人の力強い両腕が、私をきつく抱きしめる。恋人の可愛い触手が、私の内側により深く、より長々と突き刺さり、私は恋人に抱きしめられたまま身悶える。
「俺……俺……おまえのこと、すっげえ好きだ……」
「うん、あ、ありが、と。わ、私も、君のこと、すっげえ好き、だよ……」
ちょっと激しくされると、私はすぐにろれつが回らなくなってしまう。これは、世界が変貌する前から、体が変わってしまう前からそうだった。
「……なあ」
おずおずとした触手が、私に新しく出来た下の唇をつつく。
「絶対――絶対乱暴にしねえからさ、だから、その――こ、こっちも、していいか――?」
「もちろん」
ああ――可愛いなあ。可愛くて可愛くてたまらない。
「して――して――いっぱいして――いっぱいして。私を可愛がって。中に入れて。中に――中に、出して。そして――そして――」
私の返事を待っているのだろう。きっと無意識のうちになのだろう。私の体内をえぐる触手の動きがとまっているのが、少しさびしく、かなりもどかしい。
「私の中にいっぱい出して――私に、た、種付け、して――私――私の――私のこと、孕ませて、お願い――!」
「――だからよお」
ああ。
私を狂わせる、恋人の低くかすれた声。
「あんまり俺をあおるなよ。――おまえのこと、ブッ壊しちまうかもしれねえだろ?」
「壊して、いいよ」
本気で、そう思った。
君になら、壊されてもいい。君は私を、壊していい。
「だって、君はきっと、壊しても、私のことを壊しても、私が元に戻るまで、ずっとそばにいてくれるのだろうから――」
「……ばっかやろう……」
ああ。
噛みつくような、口づけ。
君が好きだ。
君が好きだ。
君を、愛している。
「あ……その触手、まだ奥に行くのか……」
「ん――つらいか?」
「ううん。……つらく、ない。……ああ……」
ああ。
「おなかのなか、君で、いっぱい……」
「――ッ!」
「あンっ!」
思わずあられもない声をあげてしまった。腸内の触手が大きくのたくり、女性器にズルリと触手が挿入される。でも、女性器に挿入された触手の動きは、おっかなびっくりと言っていいほどに遠慮がちで、とても優しくて、目ではよく見えないけど、そんなことがなんとなくわかって、私は、うれしくて切なくてもどかしくて、思わずちょっと泣いてしまう。
「……いてえか?」
「そうじゃない、よ。ただ……ただ……ただ、うれしくて……」
「……ん。そっか」
私の裸の体の上を、無数の触手がツルツルと滑る。くすぐったくて、気持ちよくて、私は思わず笑ってしまう。
「く、くすぐったいよ。い、いたずらするな、こら」
「んー? だって、おまえの体、すべすべで気持ちいーんだもん……」
「…………」
どうこたえていいかわからず、私はただ、無言でちょっと笑った。
ただ。
私の体は気持ちいいと言ってもらうことができて、ひどくうれしかった。
「……中も、外も、すっげー気持ちいい」
恋人の声が、熱く甘くとろけた蜜が、私の耳に注ぎ込まれる。
「なあ――おまえは? おまえは、気持ちいい、か――?」
「――うん」
触れあっているところから、どんどんとろけていくような気がする。
「中も、外も、ものすごく気持ちよくて、私――私、もう、とけちゃい、そ――あ――」
「――とけちまえ」
そうささやきかけながら、私を抱きしめる恋人の腕はかすかに震えていて、私はなんだか泣きたくなる。そして、それ以上に、恋人を思い切り抱きしめたくなる。
でも、私にはもう、腕も足もないから。
だから、せめて、私の口に踊りこんできた恋人の舌だけは、しっかり懸命に捕まえる。
「とけて――混ざって――孕めよ――孕んじまえよ――!」
「――好き」
何もできない。
何も考えられない。
でも。だけど。
「好き――好き――好き、大好き――大好き――大好き、愛してる――!」
私は何もできないけれど。私達は、生まれもつかない化け物だけど。
「ちょうだい――ちょうだい――君を、ちょうだい――君の赤ちゃんの種、私にちょうだい――私を抱いて――私に種付けして――私は孕ませて――ああ――お願い――ねえ、お願い――!」
たとえそれが、化け物じみた悪夢なのだとしても。
それでも私は、私達は、新しい何かを、新しい命を生み出してみたいのだ。
「――好きだぜ、ほんとに――」
私の顔を濡らすのは、私の頬を濡らすのは、どうやら恋人の涙であるらしくて。
ああ。
私はどうやら、恋人泣かせの人間であったらしい。
「……なあ……」
そうささやきかけてみて、気がつく。あんまり激しく腹の中で触手をのたくらせまくってると、こいつどうやらこたえる余裕がまるきりなくなっちまう、っていうか、そもそも俺の声そのものがろくに聞こえてねえみてえだ。
「――なあ」
触手の動きをとめて、俺の恋人が少し落ち着いたところで改めてささやきかける。
「……ん?」
俺の恋人が、トロンとした目で俺を見つめて首をかしげるのを確かめてからそっと耳元に口を寄せ、耳を噛みながらささやきかける。
「前と後ろ、どっちのほうが気持ちいい? どっちのほうが好き?」
「え――あ、ど、どっちも――」
「どっちも? ほんとに?」
「どっちも、気持ちいい、よ――」
そう言いながら、恋人がちょっとそっぽを向く。
「ほんとに? 正直にこたえねえと、どっちもやめちまうぞ?」
「え!? あ、ええと……ま、前のほうは、もう少しだけ、優しくしてほしい……」
「ん、わかった」
前のほうに入ってる触手を、ちょっとだけ引き抜く。
「あの、なんというか――く、くすぐるみたいな感じに――」
そう言いながら恋人が真っ赤になる。別に、それっくらいのこと頼む程度のことでそんなに照れなくてもいいのになあ。
「そっか、くすぐるみたいな感じにか。じゃあ――こんなふうか?」
細くてやわらかめの触手で、恋人の女の入り口をコチョコチョくすぐってやる。
「あ――それ、気持ちいい――」
「そっか、あんまり激しくされるのいやだったんだな」
「いやじゃ、ない、よ――」
俺の恋人はフンニャリと笑った。
「ただ――女の子のほう、まだ慣れてないから、激しくされると、その――ちょ、ちょっとだけ、怖くて――」
「ん――わかった」
恋人の頭をクシャクシャ撫でながら、俺はちょっとため息をつく。
「おまえなあ、頼むから、そういう大事なことはもっと早く言ってくれよ。俺、体はこんなふうに化け物じみちまったけど、別に他になんか特殊能力に目覚めたってわけでもないんだからさあ、おまえの気持なんか、口に出して言ってもらわなきゃちゃんとわかんねーんだよ」
「うん、ごめんな。でもその、なんというか――ちょっとだけ怖いけど、でも、それよりもっとその、き、気持ちいい、から――だからその、あの、や、やめてほしく、なくて――」
「やめるかばーか。俺だって別に――激しくやるだけが気持ちいいってわけじゃねえんだしよ――」
「……あ……」
女の入り口をくすぐられて喘ぐ恋人を見ていると、俺の下っ腹がジワリと――いや、カーッと熱くなる。
「……なあ」
「ん?」
「おまんこ気持ちいい、って言ってみて?」
「……なあ」
俺の恋人はクスッと苦笑いした。
「君、それ、そのセリフ、私に女性器ができる前から時々言わせようとしていたよな。そんなに好きなのかそのセリフ?」
「あー、うん、まあな。なんつーかほら、ある意味鉄板のセリフじゃん?」
そう言いながら俺は、前の世界でのことを思い出していた。前の世界で――つまり要するに、俺が下半身触手男、恋人がだるまふたなりなんていう化け物じみた姿になって世界も異次元だか魔界だか他の惑星だかクトゥルーだかルルイエだか(ぶっちゃけ、クトゥルーだのルルイエだのっていうのは恋人からの受け売りだ)みたいになっちまう前、俺が恋人に、おまんこ気持ちいい、って言わせようとすると、そのたんびに恋人は、ちょっと泣きそうな顔になった。初めて俺がこいつに、おまんこ気持ちいい、って言わせようとした時には、この大馬鹿野郎はマジで泣きそうな顔をしながら、「君はやっぱり、女の人のほうがいいのか――?」なんていう寝ぼけまくったことをぬかしやがったもんだから、ゲラゲラ大笑いした後でちょっとひっぱたいてやった。
「……今、私、すごくうれしい」
恋人はうっとりとした顔で笑った。
「だって、今の私にはちゃんと、その、あの、ええと、その……お、お、おま、おまんこ、が、あるから。だから――ちゃんと、気持ちいいって言える――」
「……昔っから、よーく知ってたことだけどよ。……おまえ、大馬鹿野郎だろ」
「……そうだな。……うん。そうなんだろうと思うよ……」
そう言いながら、恋人は首だけ捻じ曲げて俺をジッと見つめた。ああ、やっぱ、腕だけでも戻ってきて欲しいな。そうしたら、こいつきっと、俺にギュッと抱きついてきてくれるんだろうにな、ってちょっとだけ思う。
「……あ、ほんとに……」
俺の腕と触手の中の恋人の体が、トロンととろけたような気がした。
「おまんこ、気持ちいい……」
「…………」
あ、ヤベ、ちょっと出た。っつーか、けっこうドップリ出た。
「……いっぱい出たな」
恋人がクスッと笑う。
「……大丈夫。触手はまだいっぱいあるから」
「いや、別にそんなことを心配しているわけではないのだか」
そう言っておかしそうに笑う恋人にちょっとムカッときたから、古典的でベタすぎる手だけど、ディープキスをし
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