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008
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『もしかして、何かあった…?』
大樹の弟ーーー大地は産まれた時から身体が弱かった。
当時の大樹は何でもないことのように大丈夫だと言って笑っていたが、幼い頃から入退院を繰り返す状態を大丈夫とは言わないだろう。
もしかしたら無神経な質問だったかもしれないと、飛香は自分を責めた。
『いや、大地も元気にしてるよ。今は一時的に退院してて、嘘みたいにはしゃいでる』
『そうなんだ。よかったじゃん』
『ああ、本当に』
どこか遠くを見つめるような仕草で大樹は愛おしそうに呟いた。
その横顔は憂いを帯びていて、不安を押し殺しているようにも見える。
嬉しいはずなのに、大樹は複雑な表情をしていた。
『…何か気になることでもあるのか?』
珍しく煮え切らないような顔をした大樹が気になり、飛香は思い切って尋ねた。
『大地くんと喧嘩したとか……』
大樹が悩む理由など他に考えれず、まじまじと見つめる。
大樹はきょとんと目を丸くした後、苦笑して首を振った。
『いや、そんなんじゃないんだ。喧嘩とかじゃなくてさ。ただ……』
『……?』
『いや…何でもない。ほら、今日は飲もうぜ。無礼講だ!』
一気にビールを飲み干した大樹は二杯目を頼むと、まくしたてるように昔話を始めた。
『急に呼び出したりして悪かったな。久しぶりにおまえの顔が浮かんでさ。どうしてんのかなって』
酔いを冷ますように背伸びをすると、大樹は名残惜しそうに振り向いた。
すっかり暗くなった外は肌寒く、火照った身体には丁度いい。
『別に、いいけど。奢ってもらったし。久しぶりに色々話せて楽しかったよ』
『お。今日は珍しく素直だな』
『たまには、ね。また誘ってくださいよ、先輩。もちろん、奢りで』
『かわいくねー後輩だな!』
『ははっ』
小突かれた額を押さえ、飛香はチラリと大樹の様子を見た。
茶目っ気のある仕草や子供っぽい笑顔は以前と何も変わらない。
だが、たまに見せる寂しげな表情に飛香は気付いていた。
『大樹』
『ん…?』
『……いや。何でもない』
少し考えてから、飛香は言葉を飲み込んだ。
詮索するのは好きではないし、何かあれば大樹から話してくれるだろうと思ったからだ。
この選択が、後にどんな後悔をもたらすかも知らずに。
『玲子さんと大地くんによろしく』
『ああ、わかった。今度は家に来いよ、母さんが会いたがってたぞ』
『了解』
『…じゃあ、またな』
ドキッとするほど満面の笑みを浮かべて背中を向けた大樹を、飛香は見えなくなるまで見送った。
そしてこれが、飛香が見た大樹の最後の姿だった。
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