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ーーー飛香が異世界にやってくる三ヶ月まで時は遡る。
大樹はいつものように仕事を終えて帰宅していた。
歩みは自然と足速になる。
それもそのはずだった。
ずっと入院中だった弟の大地が、漸く仮退院にこぎつけたのだ。
久しぶりの一家団欒を、大樹は心待ちにしていた。
「ただいま!」
「おかえり、兄ちゃん!」
玄関先で待っていたらしい大地が、嬉しそうに大樹を出迎えた。
パァッと頬を綻ばせ、勢いに任せて抱きついてくる。
思っていたよりずっと元気な姿に、大樹はほっと胸を撫で下ろした。
「こら、大地。いきなり危ないだろ?」
「だって、嬉しいんだよ。久しぶりに帰って来れたんだもん」
そう言って頬を綻ばせた大地は屈託のない笑みを浮かべた。
担当医から外泊の許可が降りたのは数年ぶりで、嬉しくてたまらないといった風に笑みを絶やさない大地の頭を、大樹はそっと撫でる。
普段ベッドで寝たきりの生活をしている大地は、同年代の子供たちと比べると発育が遅れていた。
身長も低く、華奢な腕には注射針の痕がいくつも残っている。
その姿を痛々しく思っていると、廊下の奥から慌てた様子の玲子が顔を出した。
「大地、嬉しいのはわかるけど、はしゃいじゃダメよ。まだ仮退院なんだからね?」
「はーい」
大地の返事を聞くと、壁に凭れかかった玲子は束ねた髪を解いた。
明るく染められた茶髪に、上品なメイク、少し着崩したスーツがキャリアウーマンを連想させる。
いつもは咥えているはずの煙草がないのは大地のためだろう。
ヘビースモーカーなのに、と大樹は苦笑した。
「ただいま、母さん」
「お帰りなさい。今日は早かったのね」
「早く終わらせた。明日は有給とるよ」
「あら。新人のくせに、いいの?出世に響いたりして」
「これくらい大丈夫だって。上司にちゃんと説明したし」
「はいはい。さ、二人とも手を洗ってらっしゃい。ご飯できてるわよ」
手を叩いた玲子は急かすように二人の背中を押すと、リビングに消えた。
不意に漂ってきた香ばしい匂いに食欲をそそられ、言われた通りに手を洗うと大樹はリビングの扉を潜った。
机に並べられた豪勢な料理に玲子の気合いが見て取れる。
大地が帰ってきた夜はいつもご馳走だった。
「お母さんね、僕と兄ちゃんの好きな唐揚げ、失敗しちゃったんだよ」
「あ、こら、大地!?」
台所の隅で隠すように置かれていた黒焦げの山を指差し、大地はくすくすと笑った。
気まずそうに頬を掻いた玲子は恨めしそうに大樹を睨む。
「今じゃ料理は大樹の方が上手なのよね、憎たらしい」
「母さんが素質なさすぎるんだって。余り物が勿体ないとか言って、何でも放り込めばいいと思ってるだろ。炒飯にキュウリの輪切りとかあり得ないから」
「あ、それ食べた事あるよ!べちゃべちゃになって味も薄くなってるし、あれはないよね」
「なによ、大地まで。二人とも今日の晩御飯お預けされたいの?」
「「ごめんなさい」」
大樹と大地の声が重なり、瞬間リビングに笑い声が響いた。
それから会話は弾み、大樹たちは暗くなるまで親子三人の時間を楽しんだ。
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