アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
真理呼 倉・終章8完結~R18腐、オリジナル、
-
八
翌朝早く、俺たちは、鈴の故郷の街へと向かった。
心ここにあらずの鈴も、懐かしい街への旅は嬉しいのか、少しだけ頬を上気させ、傍から見ると俺たちは、絶世の美女と醜男の、単なるアベックにしか見えなかった。
しかし、地元に入ってみると、鈴の素性は凄いものだった。
辺り一帯を長らく束ねてきた、『北岡』の一族が絶えた後、天野という分家の一族が資産を継いだ。
鈴の生家はその天野家で、もしご尊父が身罷れば、資産は全て鈴のものなのだ。
「頗るつきのお坊っちゃまだったんだな、おまえ…」
確かに上品な犬だった。
血統書つきという印象だった。
まさしく良家の子女だったのだ。
「どうする。松東一党とやらには」
「会わない。こんな姿だし、鈴じゃないって決めつけられたら父さんに会えなくなる…」
「かもな。0K、病院直行しよう。親父さんならわかってくれるさ」
「わかってくれなかったら?」
「死んだお袋さんのふりでもしとく?」
軽口が過ぎたかと、俺は一瞬ひやっとしたが、意外にも鈴はくすっと笑ってくれた。
あの事件以来初めての笑み。
力なくではあったが、鈴は初めて笑ってくれたのだ。
土地の名士が入院している病院とあって、入院先はすぐ知れた。
見舞い客の出入りに紛れて院内に入ると、一番でかい病室だろうと当たりをつけ、たどり着くと大当たりだった。
名札は『天野秀臣』。
夏の終わりのタ光が、カーテンの隙間から、初老の男のうたた寝を包んでいる。
おれは鈴を促して、父親の横へと一人で行かせた。
再会に立ち会う野暮はすまいと個室から離れようとした時。
病にやつれた男の目が、ゆっくり開いた。
鈴を見て、微笑むかと思われた男の目は、瞼も引き裂けよと見開かれ、
「みお…!」
恐怖に引きつった表情と、上擦った声で男は呟き、次の瞬間、
「うわあああああああっ」
絶叫を、一つだけ残して父親は身罷かった。
享年五十七。
九
あの日から、何年が過ぎただろう。
中折殴打事件は裁判の寸前、本人が父親に真実を突きつけられたらしく、危ういところで、俺は刑務所行きを免れた。
物書きには戻れなかったが、書くのは苦痛でもあったから、渡りに船と廃業し、昔取った杵柄で、ちいさな街の髪結となった。
日沼とは今でもたまに飲む。
東京に出たときは『まりか』にも寄る。
滝ゆみは今でも時々現れ、常連たちを苛立たせているが、俺のいる日は絶対に来ない。
「『だから毎日来てよ』って、こないだ叔父が言ってました」
「叔父ってやめたげようよ。俺にとってはまりかママだし」
「僕にとってはやっぱ叔父です」
「それはそうなんだけどさー」
硬派中の硬派で鳴らした叔父さんだったという。
無頼の仲間とつるんではいたが、本人は正義派で、日沼は昔から、心ひそかに憧れていたのだという。
「それが突然女の姿で現れて、一族郎党大パニックでしたよ。僕も四年くらい会わなかった。でも気づいたら…全然大丈夫でした」
「きっかけは?」
「特にありません。要するに、僕は今でも叔父が好きだってことです」
好き。
なんて素晴らしい結論だろう。
「先生も。鈴君が好きなんでしょう?」
「多分な。自分ではよくわかんないけど、行けるとこまで行ってみようかなと」
「先生、ひとがいいですからね」
「それを言うなって」
ちいさな町の片隅に、俺の美容室がある。
完全予約制で、秘密クラブみたいなそこは、午前中しか営業しておらず、俺は午後ずっと、人形を構って暮らす。
髪を梳き、肌を手入れし、ただ穏やかな時間を過ごす。
人形は、美しいドレスを纏った、若い女の姿をしている。
父親を恐怖させ、絶叫のうちに身罷らせてしまった鈴は、ついに完全に心を閉ざしてしまった。
今ここにいるのは抜け殻の、人形となり果てた鈴にすぎない。
だが、いつかきっと、鈴は再び帰って来る。
その日のために俺は鈴を、守り続ける決心をしたのだ。
その日が来たら、鈴は再び笑うだろう。
涼やかに。
あでやかに。
そしてその日、鈴の呪いは解け、姫と王子は永久不変の幸福の中を生きるのだ。
その日まで、眠れ鈴。
幸福な夢を。
短編連作 倉 全編完
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
27 / 28