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梅雨入り
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――
「わ~雨凄いね」
窓の外を眺めながら村上香織はそう言った。村上のその声に恋人の和田孝志は「あー俺傘持ってくるの忘れたわー」と返した。
洋介はその二人の会話を聴きながら、今朝のニュースで降水確率80%て言ってたし、梅雨入りしたんだから傘くらい持ち歩けよな。と心の中で返す。
「涼、傘持ってきた?」和田は露木の方へ話題をふる。ボーっと外を眺めていた露木は和田に話しかけられ、はっと我に帰る。
「え、傘?」状況のつかめていない露木に「そうそう、孝志ったらまた傘忘れたんだって。いい加減置き傘くらいすればいいのにね」と村上が言う。
「いいじゃん、また香織が入れてくれるだろー」
「えーまたー?孝志、私の置き傘あてにしすぎだよ」
「置き傘どころか、香織はいい嫁になるってあてにしてるぜ」
「えー意味わかんないんだけど」
露木の返答など、ろくに聞かず二人は話し出し。意味が分からない、なんて言いながらも、村上はまんざらでもなさそうに笑う。
あぁ、こいつらはまた、露木の前でよくもそんな会話をしてくれる。露木の件を無しにしても、こいつらのバカップルっぷりには背中が痒くなる。聞かされるこっちの身にもなっていただきたい。と洋介だけではなく、このクラスの何人かは思っているはずだ。
そして、洋介はたまに思う。この会話から露木を助け出してやれたらどれだけスッキリするだろうと。
まぁ、俺には無理だけどな。と洋介はあっけらかんと考えるようにする。
洋介はいつも見ているだけだ。露木の事に関してもそうだが。それだけではなく、何か行事ごとがあっても彼は、進んで脇の目立たぬ場所を選んだし。スポーツをするにしても、人数に余裕があれば参加せずにベンチや端で見守っている。
友人からもよく「お前にはやる気が感じられない」だの「もっと貪欲にいこーぜ」だの言われる。
「大きなお世話だ」洋介はその度にそう言い返す。
洋介にとってはこれが最も楽な生き方なのだ。
俺は見てるだけだ。それでいい。あまり波風を立てるのも好きじゃない。
我ながら保身的でジメジメしているな、と洋平は思う。
「じゃあ、俺らもう帰るなー」
洋介が一人考えに耽るなか、和田と村上は露木にそう言い残し二人で席をたった。
「ああ、また明日な」
露木は彼らを見ることなく言葉だけで送る。
見ないのだろうか。それとも見れないのだろうか。そんな事を考えながら洋介は露木を見る。
露木はしばらく席を立たない。あの二人が去って充分に時間をおき頃合を見て重い腰をあげる。
荷物は一つだけ、指定の学生鞄だけだ、鞄は適切な膨らみ方をしている。持ち帰るべき物は持ち帰り、余計な物は持ち込んでいない。露木は平凡な性格だ、変に垢抜けてもないし、暗い人間でもない。ただ彼は和田が好き。男が好き。男が好きなのか?それとも和田だから好きなのか?今までに他に誰か好きになったことは?それは女だった?それとも男?
洋介はいくらでも考える。考えた先に答えはまだない。
露木が教室をさり、洋介は読みかけの本に目を通すことにした。BGMは雨の音だ。
洋介は推理小説を好んで読む。恋愛物は読まない。嫌いな訳ではないが興味が無かった。
推理小説においてもよく、愛故に手をかけてしまった。という話もあるがいまいちよくわからない。
人間はそこまで他人を愛せるものなのだろうか。自分の人生を犠牲にしてまで守り抜く愛情なんてものは、あっていいものだろうか。
宗教信者の一部でおこなわれる一種の洗脳のような、通常の思考回路を奪われる事とはまた違うのだろうか。彼らも自分にとっての神と呼べる存在を、崇め敬い時には命さえ捧げる。
あれもまた、愛なのだろう。しかし、多くの恋愛の全てがそれと同じ形でない事は、さすがの洋介も理解しているつもりだ。
では、神が信者へ贈る愛。信者が神に贈る愛。和田が村上へ贈る愛。露木が和田へ贈る愛。
いったい、違いとはなんなのであろうか。愛という言葉は一つしかないというのに、どれも違って見えてしまう。
一度、恋愛ものの話しでも読んで見ようかな。洋介はそういう気分になた。
彼が恋愛小説に興味を示すのはこれが初めてだった。
靴箱から外靴を取り出しながら、右のつま先で左の踵を引っ掛け上履きをぬぐ。
外に目線をやる、雨の日のパラソルアートは、洋介が読書をしている間に数が減ってしまい、アートとはいえないものになっていた。
雨粒は容赦なく地面をうつ。傘をさして帰ったとして、濡れることには変わりなさそうだ。
玄関口まで出ると、いるはずのない人物の姿がそこにはあった。
雨の振る中庭を眺めながら、進むでもなく戻るでもなく露木はそこにつったていた。
洋介はデジャブのようなものを感じた。
確か一年前のあの日もこんな感じだった。
あの時と違うところといえば、露木が見ているものがあの二人ではなく、中庭に降り注ぐ沢山の雨粒だということと、洋介が露木の大体のことを把握しているということだろう。
その他にはあまり変わりはない。露木は洋介の事を知らないし、やはり仮面のような顔をしている。そして手には傘が見当たらない。
こいつも忘れてたのか。まったくどいつもこいつも、ニュースくらい見ろよな。
洋介は呆れながらも、どうしたものかと考える。声をかけるか否か。しかし声を掛けたところで、洋介の傘はやはりこの一本だけ。それもあの時と同じだ。
どうすることもできない。洋介は考えた末、そのまま何もせず帰ることにした。
手に傘が開く感覚が伝わる。露木のほうはもう見ない。
「なぁ、草間」
歩き出そうとしたところで、横から声が聞こえる。露木の声だ。いつもこの声を追っているので洋介はその声をもう覚えている。
「もう帰んの?」
露木に当然の様に話しかけられ、洋介は戸惑いながらも彼のほうを見る。
二人は目線を合せた、少しの沈黙が洋介にはとても長く感じられた。
「俺に話しかけられたのがそんなに不思議?」露木が言う。
「え?」
「そんな感じの顔してる」
露木に言われたことで、自分が感情そのままを表情に出していた事に洋介は気づかされる。
意識して表情を変えながら
「いや、俺のこと知ってるんだ、と思って」と洋介は言う。
洋介のその言葉に
「そりゃ知ってるだろ、だって同じクラスだろ?確かにちゃんと話したことなかったけど、俺はお前のこと知ってた。」と露木は少し笑いを含ませながら言った。
「それに、草間だって俺のこと知ってただろ?」
その言葉が発せられ、露木と洋介はお互いに何かを探るように見やった。洋介には露木がどういう意味合いをこめ、そのようなことを言ってきているのかがつかめなかった。ただ、露木は何かに気づいている。そのことだけは分かった。
「知ってた」洋介は言う。
「一年前から?」露木のその言葉に、洋介は驚くと同時に、露木は全て知っているのかも知れないという焦りが生まれた。
「ああ、一年前から。覚えてたのか?」
「いや、覚えてはなかった。ただ思い出したんだ。草間がよく俺の事を見てるのは気づいてた。はじめはあんまり気にしてなかったんだけど、段々思い出してきて、まさかあの時の奴かもって思ったんだ。それで今さっき確信した。草間はあの時隣りにいた奴だ。それで、お前は俺のことをずっと見てた。もう気づいてんだろ?俺が誰を好なのか」
露木は洋介から目線をはずさない。そこには怒りもなく恥じらいもない。只々、洋介の答えを待っている。
「知ってる。露木が誰を好きか」洋介は正直に言う。ごまかした事を言う必要を感じなかったのと、露木とそのことについて話したほうがいいと思ったし。露木もそれを望んでいるように思えた。
「そっか、どう思った?気持ち悪いって思う?」
「いや、それは思わなかった」
「それは」露木は洋介の何か含ませた言い方が気になったようで、その部分を突くように復唱する。
「可哀想な奴だとは思った。何の疑いもなくその気持ちを受け入れてるから、気の毒だと思った」
「それは、どういう意味?」露木は尚も変わらず洋介をじっと見つめる。こんな力強い目をしている奴だったろうか。と洋介は思った。
「気のせいだって考えなかったのか?何も考えずに和田への気持ちを受け入れたのか?少し考えれば分かったはずだ、自分がどんな立場の人間になってしまうか 」
「考えればこの気持ちは無くなるのか」
「考えれば、その感情が錯覚で気のせいだってことがわかるはずだ」
雨脚はどんどん強くなる。もう、雨の音と自分の声と露木の声しか聞こえない。その他の音は違う世界にいってしまった。二人は取り残されてしまったようにみえた。
「考えたさ。考えない訳が無いだろ。気のせいだって思った、それで何とか誤魔化してた時もあった。女が好きなんだって事しか考えないようにもした。彼女をつくってみようとしたこともあった。けど、いつも無意識に、あいつみたいな子を探してるんだ。考え方とか性格とか雰囲気とか。居心地のいい存在を求めてるのかと思った、だからあいつみたいな奴を求めるんだって。でも、そんな子を探しなからも孝志と話してる時は、こいつとずっと一緒にいれたらいいのにって思うんだ。一緒にいれるなら友達でも何でもいい、そう思うようにしたこともある。ただ友達だと色々な矛盾がうまれてくる。いつか俺はそれに気づくんじゃないかってずっと怖かった。そしたら、村上と付き合いだした、その時やっぱ友達じゃダメなんだと思った」
露木は一度口を閉じた。
絶え間無く雨粒に打たれる地面をじっと見ている。
少し間をおき露木はまた口を開く。
「もしかしたら気のせいかもしれない、錯覚なのかもしれない。でも、もしそうだったとしても、きっと変わらない。この気持ちがどうゆう出来方をしたか。そこはもう重要じゃないんだ。もう出来ちゃってんだから、どうしようもない。」
「どうしようもない」
「そう。どうしようもない」
「辛くない?早くどうにかしたいって思わないか?」
「辛くないか、と聞かれれば辛いよ。けどそんなもんだろ。雨が降ったら濡れるのは当たり前だろ?それと同んなじで恋愛って辛いもんなんだよ、それが片思いなら尚更。それでもいつか終わりはくる、別にそんなに焦る必要はないさ」
「そういうもんか」
「そういうもんなんだ」
「そっか、もっと苦しんでんのかと思ってたけど、意外と客観的に考えてたんだな」
洋介の言葉に、少し微笑みをみせる。
「苦しんでるさ。それは草間がよくしってるだろ?お前が知ってくれてるから俺は悲劇のヒロインになれたんだ」
「いまいち意味がよくわからない」
「お前のおかげで客観的に考えれたんだよ、だから草間に感謝してるんだ」
露木の言っていることに洋介はなかなかついていけない。
「感謝されてるのか。俺はお前を見てただけだ、気持ち悪いと思われても仕方ないと思ってた」
「そうだな、お前は俺をずっと見てた。はじめは気持ち悪かったかもしれない。でも、一人じゃ無いと思えたんだ、草間がなんか応援してくれてる気がしたのかも」
一度言葉を切り、露木はまた洋介を見つめる。
「ありがとう。それだけ言いたかったんだ。実は今日、草間があの時の奴だったらいいなって思ってた。草間が俺のとこ全部知ってたらいいなって、知った上で俺のことを見てたらいいなって思ってた。」
「そうか、俺は全部知ってたよ」
なんにせよ、自分が見ていたことで露木が少しでも救われていたなら、それで良かったのだろう。
「うん。ありがとう」
露木は笑った。洋介が初めて見た、心からの笑顔だった。
雨はまだ止む気配がない。でも先程より少し雨脚は優しくなった。
「帰るか」露木が言う。
「傘、無いんだろ?」洋介がそう言っているそばから、露木は鞄の中をごそごそと探り、一本の折り畳み傘を出してきた。
「持ってたのか」洋介は予想外の事に驚く。
「梅雨入ったんだから、傘くらい持ってて当然だろ。ニュースで降水確率80%だって言ってたし」
「ああ、そうだよな」
洋介は先程、露木の全てを知っていると思ったが、その言葉は撤回しなければな。と思った。
まだ、何も知らない。見ているだけでは、本当の意味で何かを知ることなんてできない。
考えるだけでは物事の本質は掴めない。
錯覚か……そうなのかもしれないし、
違うのかもしれない。
でも、露木のことをもっと知りたいと思う気持ちは、錯覚とはまた違うように思う。
露木を綺麗だな、と思う気持もまた、錯覚とは違う気がする。
きっと、そういうものなのだろう。
露木と一緒にいれば、この気持が幾つも幾つも積み重なって、いつかどうしようもないものになる。
「草間〜お前家どっち方向?」
露木の声が聞こえる、雨の音はそんなに強くない。露木は傘をさして歩き出していたようで、なかなか来ない俺を振り返り待っている。
「あ、ごめん。駅方面」
そう言いながら露木のほうへかけて行く。
「そっか、なら一緒じゃん。折角だからさ、俺の日頃の鬱憤聞いてよ」
「それは、凄そうだな」
「凄いなんてもんじゃない。孝志のあのアホは全然俺のことを視界に入れてない。俺だってちょっとは頑張ってた時期もあったんだ、けどあいつ彼女なんかつくりやがって」
「へー頑張ってたんだ」洋介がそう茶々を入れると、露木は少し顔を赤くする
「まぁ一応は。家で2人になった時とかにそれっぽい雰囲気つくってみたりとか。そっちのケが全くダメなのか探りいれたりだとか」
「成る程な、そして全て完敗だったわけだ」
「そーゆーこと、本当にむかつくよな」
「でも好きなんだろ」
「まーな。お前も何かむかつくな」
そう言いながら露木は口を尖らせる。
「ごめんごめん。好きなんだな、と思って」
片思いが辛いのは当たり前か。洋介はふと考える。そういえば、前からこの痛みは感じていたかもしれない。露木が和田を見てる時、嬉しそうに笑う時、悲しそうにうつむく時。これから更に辛さは増すだろうな。
俺のこの気持はいつか終わるのだろうか。
終わる気はしないし、まだ終わらせるつもりもない。
だけど、叶うようにも到底思えない。
そういうもんなのか。
「なぁ、露木。どうやったら和田のこと忘れんの?」洋介は気になった事をそのまま口にした後、口が過ぎたなと後悔した。しかし、露木は特に機嫌を悪くしたそぶりはなかった。
「そうだな」露木はうんと考え
「他に、好きなやつが出来たりとか、それどころじない、と思わせる何かがあったりとか?」
「成る程な」
「なに?忘れさせてくれんの?」
「どうだろうな、忘れればいいなーとは思うけど」
「ふうん」
洋介と露木は傘を並べて歩く。
傘はさしているものの、どうしてもズボンの裾や、腕の部分は濡れてしまっている。
でもそれは仕方のない事だと洋介も露木も思っている。
雨が降れば濡れるものだ、そういうものなのだ。
洋介と露木はこれから、色んな話をする事になる。
露木も洋介の事を特別な存在としてみることになる。
それがどういった意味での特別なのか洋介は知っている。
それでも、洋介は露木の話をいつまでも聞く。
二人は雨が好きだ。
それでもいつか雨が止むといいな。と思わずにはいられない。
梅雨が終われば、濡れた地面も、ジメジメした制服も靴も、すべてカラカラに乾く。
「なぁ草間、夏休みとか何か用事ある?」
「特にないけど」
「じゃあさ、一緒にパーっと遊ぼうぜ!海行ったり山行ったりさ」
「いいな、ついでに課題も一緒にしよう」
「さんせい!!草間頭良さそうだから助かった」
「露木もそんなに悪くなかっただろ」
「いや、俺はいっつも一夜漬だから」
「そうだったのか」
また、知らなかった事が一つ
「今回の期末もヒーヒー言いながらやってたし」
「なら夏休みでしっかり勉強しないとだな」
「え、それはまぁ、後で考えよう。とりあえず、しっかり遊んで。日頃の鬱憤を晴らしてだな、孝志への怒りを溜めたままでは勉強なんて手に付かないっていうか」露木がブツブツと喋り出し、それを遮るように洋介は口を開く。
「そういえば、あそこのプール新しくスライダー増えたみたいだな」
「まじで⁉︎」
「まずはそこ行ってみるか」
「おう!そうしよう!!草間って水着どのタイプ?スタイルいいからブーメランとかでも普通に似合いそうだよな、俺はああゆう締め付けられる感じ苦手でさ」
露木はよく喋る奴だったんだな。また知らなかった事が一つ。
洋介はそんな事を考えながらも、今年の夏休みは忙しそうだ、と思った。
夏には夏の良さがあり、梅雨には梅雨の良さがある。
露木といれば、きっとどれも輝いて見えるのだろう。ずっと一緒にいれたらいい。そう思った瞬間に洋介の片思いは始まった。
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