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遙×真琴パラレル(Free!)
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事の起こりは遡ること十五、六年前。
自分がまだ三つだか四つだか五つだか、とにかく物の分別も碌に付いていないほど幼かった頃。
季節は確か…桜の咲く前だっただろうか。
『まこと、どこいくの』
『わかんない。とおいとこ!』
『いつかえってくる?』
『んと…わかんない』
『じゃあ…もうずっとあえない?』
『あえなくないよ!おとなになったらかえってくるよ!』
『おとなってなんさい?』
『あのね、はたちになったらおとななんだって!』
『はたち?』
『うん!だからね、はたちになったらかえってくるね!』
『ほんとに?』
『ほんと!そしたらまた、はるちゃんとあそべるよ!』
『…わかった。じゃあ、やくそく』
『うん!やくそく!』
…思えば、そんな約束を誰かとした。確かにした。
まだ幼稚園かそこらの頃の事だから、今の今まですっかり忘れていたのだが。
思い出した、ハッキリと。
何故今そんな遠い昔の記憶を無理矢理引っ張り出しているのかと言えば、まるで飛び込みのセールスマンかのような出で立ち(少しばかりネクタイが曲がっている)で俺の目の前に立っているデカい男が、どうやらその約束の主である…らしいからに他ならない。
曖昧なのは仕方がないだろう。
なにしろ十五年も前に離れたきりで、正直そこに面影が残っているのかすらもあやふやなのだから。
てっきりセールスか新聞の勧誘か某国営放送の集金だろうと思いつつも、覗き穴から見えた迷子の仔犬の如き眼差しにうっかり絆されてドアを開けてしまった俺の目と耳に飛び込んで来たのは、お決まりの勧誘文句などではなく。
俺の顔を確認するが早いか先程の不安気な表情を見る見る蕩けさせ、ふにゃふにゃとした人好きのする笑顔になり。
そして弾むような声色で『久しぶりだね、はるちゃん!』と言って俺の両手をデカい両手で取ってがっしりと握って来たのだ。
呆気に取られていると、今度はまた眉尻をハの字に下げ、見るからにしょんぼりしながら『忘れちゃった…?』なんて聞いてくるものだから罪悪感に苛まれ、脳細胞をフル稼働させ奥底に埋もれてしまっていた過去の記憶を一瞬にして呼び覚ました自分はある意味凄いと思う。
「…まこと、か?お前」
「っ!うん!」
俺のことを『はるちゃん』と呼んでいた、『まこと』
苗字は、記憶違いでなければ…たちばな、そうだ、橘。
橘真琴、そんな名前だった。
良く良く見れば、背こそ伸びたが顔は然程変わっていない。
垂れ目で垂れ眉で口元が緩くて、いつも甘ったれた声で俺を呼んでいた『まこと』そのまま。
「本当に、帰って来たのか…」
「うん。だって約束したから」
思い出した記憶の中でこいつと俺は、二十歳になったら帰ってくる…そう約束し指切りをしたのだ。
「…良く見付けられたな」
あれから自分も何度か転居を繰り返し、この町に戻って来たのはほんの一、二年前。
ずっと連絡を取り合っていたのならいざ知らず、手紙も、電話も、年賀状すら遣り取りした覚えが無い。
にも関わらず、良くぞ探し出し部屋まで来れたものだと感心してしまう。
「苦労したよー?って言いたいとこなんだけどね、偶然なんだ」
「偶然?」
聞けば外回りの最中で道に迷い、生まれ育った地元にほど近いとは言え初めて訪れた区域に土地勘など無く、携帯は不運にもバッテリー切れ、そんな時に限って公衆電話も見当たらず。
ほとほと途方に暮れ果てていたまさにその時に自分の姿を見かけて後を付いては来たものの、違っていたらえらいことだとアパートの前で小一時間頭を悩ませた結果、決死の覚悟でインターフォンを鳴らしたのだと言う。
「なんで俺だって解ったんだ」
「だってはるちゃん、昔とちっとも変わってないから」
…幼稚園の頃から変わってない、と言うのは果たして褒め言葉として受け取って良いものか怪しいところだが、悪気は無さそうなので深く考えない事にした。
「とにかく元気そうで良かったよ!」
「…真琴もな」
「それじゃ、俺はそろそろ行くね」
「今来たばっかりでか」
玄関先にこいつが来てから現在に至るまで、ものの数分しか経過していない(記憶は十五年分遡ったが)
「上がって行けよ」
「そうしたいのは山々なんどけど、実はまだ仕事中で…」
直ぐにも会社に戻らなくてはならないのだ、と苦笑いしながらジャケットの内ポケットを探り、
「良かったら連絡して?」
取り出した名刺入れの中から一枚を抜いて寄越すと、そう言い置いて慌ただしく、実に慌ただしく走り去って行く…かと思いきや回れ右をして戻って来て、後ろ頭を掻きながら照れ臭そうにはにかんだ。
「ごめん、駅ってどっち?」
「…あっちに向かって歩いて十分ぐらいだ」
「ありがと!じゃあまたね!」
今度こそ行ってしまったその背中を見えなくなるまで見送り、
「…なんだったんだ…」
取り残された俺はと言えば、手元に残された名刺をひたすら凝視し首を傾げるばかりだった。
その日の朝に見た『今日の星占い』で、思わぬ出会いがあるでしょう…とかなんとか言っていたのを思い出したのは、日も暮れてかけてからのこと。
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