アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
高校生×大人(悠斗くんと年上の人)
-
「ねぇ、悠斗くん」
「…はい」
少し怒ったような、けれどもどこか寂しげな表情を浮かべて、それでも自分の髪を撫でてくれるキレイな手に、申し訳ない気持ちが募る。
「僕がどんなに楽しみにしていたか、知ってるよね?」
「うん…知ってます」
「だったらどうして風邪なんてひいたりするのかな…よりにもよって今日」
返す言葉もない、とはまさにこのことだと思う。
実は今夜、毎年恒例の花火大会があるのだ。
あまり約束ごとを好まないこの人が、花火に行こうと珍しくも本人自ら都合を取り付けてきたのは、なんと二ヶ月も前に遡る。
突発的にどこに行こう、何をしようよと誘われることはあっても、この人のほうから事前に「予定を空けておくように」なんて言われることは滅多にない。
つまり、今夜の花火大会はこの人にとってそれほど大切な、特別なものであったのだろうと今更ながらに思う。
そんな日に、よりにもよってそんな今日この日この夜に限って、ここ何年もひいたことのない風邪をひいてしまったのだ俺は。
それも寝込むほどヘヴィなヤツを。
決して不摂生が祟ったわけではない。原因は姉だ。
アネキが合鍵を何時もの場所に置き忘れて夜遊びなんかしに行ったのが悪い。
各自に渡してもどうせ失くすのだからと言う母の独断により、俺たち姉弟には二人で一本の合い鍵しか与えられていない。
出掛ける際には必ず植木鉢の下、それが我が家のルールだ。
だがしかし、アネキは屡々やらかす。それを知っていてマイ鍵を作っておかなかった俺の落ち度も少しはある。ほんの少しは。
だがしかし、まさかあんな雨の晩ゆにやらかすとは誰も思わないだろう!
あんな豪雨の、母は海外旅行中、父からは帰宅が遅くなる旨を予め知らされていたあんな日に!
…と言うのが一昨日のこと。
そんな顛末で俺は、物の見事に夏風邪をこじらせ、最愛の人との約束をキャンセルするという事態に陥ってしまったと言うのに、だ。
俺に風邪をひかせた張本人は朝から張り切って浴衣を着付けてもらい、美容室でバッチリすぎるヘアメイクまでも施され、自分の艶姿をこれみよがしに見せつけ、挙句の果てには「わたあめで良ければ買ってきてあげるけど」なんてセリフで病人の心を逆撫でてから迎えの彼氏と共に花火大会へと出掛けて行ったのだ。
悪びれる様子など一切、これっぽっちも、微塵もなく。
「まったく、何年経っても変わらないね彼女は」
困ったお姉さんだ、と苦笑いを浮かべ、でも彼女らしい…なんて懐かしそうに、眩しそうに。
まるで、過ぎ去った遠くて愛おしい日々へと思いを馳せているかのような目の前の美しい人に、ほんの少しだけ自分の中の仄暗い部分がざわめきかける。
「まぁ、ひいてしまったものは仕方がない」
「…ごめん」
「いいさ。思うようにはいかないものだからね、こういうのは」
だからこそ恋とは面白い。
ずっと昔、まだこの人も姉も高校生だった頃にそう言っていたっけ。
…こんなことを思い出すのは、熱のせいだ。
「それに、ね」
「え?」
「思いがけず珍しいものも見れたことだし」
「珍しい…?」
言われてあちこち見回してみるが、これと言って彼の興味を惹きそうなものは特に見当たらない。
この部屋でなければ他の場所か…とキョロキョロしている様子が面白かったのだろうか、
「…っ、ハハ!」
堪え切れないとばかりに声を上げて笑われた。
なかなか拝むことの出来ない、それはそれは貴重な姿に思わず心の中で手をあわせていると、一頻り笑って気が済んだらしい彼が何故か徐ろに俺の耳をキュッと引っ張り。
「ちょ、なに…」
「知りたいだろ」
「だからなにを…」
慌てる俺を弄ぶかのように耳元に唇を寄せて来たかと思うが早いか、そっと声を潜めて一言。
「…寝込んでる、キミ」
吐息まじりに甘く囁かれて。
一気に熱が上がったように感じたのは、きっと気のせいなんかじゃないだろう。
予期せぬ事態にあたふたしていると、
「…ぁ」
ドォン、と。
遠くで鈍い音が響く。
それから夜空が光に彩られて、パチりパチりと弾けて散った。
「始まったみたいだ」
「うん」
「ここからじゃ良く見えないね」
「屋根に上がればもっと…」
「あぁ!屋根の上から見る花火もきっと綺麗だ!」
冗談で言ったつもりの俺の言葉に、たちまちその目が輝く。
よもや本気でやる気か、と思わず身構えその覚悟も決めたのだが。
「でもキミの風邪をこれ以上悪化させたら困るからね、今年は音と光だけで我慢しよう」
そう悪戯っぽく微笑んで。
つい、と、
形の良い爪の先で俺の頬を擽った。
「…来年」
「うん」
「来年は、僕らも行けるかな?」
「行く。絶対」
「うん…行こう」
見えない花火を窓越しに見つめながら、どちらからともなく唇を寄せあって。
指切りみたいにそっと小指を絡めた。
夜咲く花
帰り道で土砂降りにあい濡れ鼠になった姉が翌日から夏風邪で寝込んだ…と言うのは、ここだけの話にしておく。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 6