アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第3話 変われない心 (1/2)
-
“お前が俺を拒んでも、俺はお前を、一生手放すつもりはねーよ”
By雛原
ーーー
-
「んんぅ…っあ、んぁ……!」
腰を高く持たれ、強く打ちこまれる。
「はぁ、ん…っあぁ、ああっっ」
熱い塊に粘膜が甘く震え、びくびくと刺激を感じる体。
「…おい、まだイクなよ?俺がイったらイクんだ」
囁かれるようにそう命令される声に、俺は小さくはい…と赤い顔をして呟いた。
膝だちをした雛原は、自身を俺の奥深くまで俺の腰をがっしりと掴んで何度も突いた。
体を揺すられ打ちこまれる度に、声と唾液をだらだらと出して、俺は深い闇へと沈んでいった。
……
…ヒソヒソ……
……ねぇ、あれ聞いた?
…聞いた聞いた、本当なの?アレ
…らしいよー…実物写真あったもん
…うわー…ショック~…
…二人ってそういう関係だったんだ
…でも怪しかったもんね、あの二人…
…そうなの?
…だっていっつも二人だけ放課後教室に残ってるのよ、知ってた?
…嘘ー、そうなの?…残って何してたんだろ…
…何って、そりゃ決まってるでしょ…
……え?…。マジで?…
…見た人ってアレらしーよ。…一年の
…あー、湯馬 春斗
…湯馬 春斗、
…ゆうましゅんと、
ー……先輩が言うこと聞かないから、こうなるんですよ……
…湯馬の手が、俺のネクタイを掴もうと伸びた。
「、っぁ」
ー
「…どうした?」
目を開けると、雛原の部屋に居た。
俺は天井を見上げ暫し固まってから、その声に隣を向いた。
「……雛原」
ベッドに肩肘をついてこちらに体を向けるようにして横になる裸体の雛原を見て、俺は呟いた。
「…どうしたんだ。変な夢でも見てたか?…うなされてた」
言って軽く俺の髪をくしゃっと掴むように片手で撫でる雛原。
その感触に、今のこの和やかな雰囲気に…俺は心臓が落ち着いていくのが分かった。
「いや…ちょっと、夢見てた」
それに、そう言って俺は仰向けにごろんとなってから、自分の顔を手のひらで覆って言った。
雛原は、何も言わずに俺の頭をポンポンとした。
…雛原は、時折酷く優しい。
だから、たまらない。…だから彼から、俺は離れることができない。
……いつまで経っても。
「夏休み、どうする?」
下のみ履いて、雛原はベッドから立ち上がりカレンダーを捲った。
しなやかな雛原の白く綺麗な背中に自然と目を惹き付けられた。
程よくついた腕の筋肉と、紙を掴む長い指。
緩く柔らかい黒髪と、全てのパーツが恐ろしく整った顔…
こちらを見る、少し細く、力強い瞳ーー
「一応受験生だから、家で大人しくしてるか」
尋ねるようにして言ったその彼の言葉に、ベッドから上半身を起こして俺は頷いた。
「ん、そうした方が良いと思う」
…言うと、雛原は俺から目を離し、シャツを羽織った。
…雛原は、自己も確認済みの、極度の完璧な二重人格男だった。
ー「おはよ~」
雛原は、クラスでは真面目で頼りがいのある優等生で通っている。
いつもシワ一つないシャツ、上まで上げられたネクタイ、整わされた髪、軽くにこやかに笑っている優しい表情。
そのすべては彼であり、またそれは彼ではなかった。
ー「ー雛原、問題A解いた?」
ー「あぁ、今解いたよ。教えようか」
ー「マジで~サンキュー!助かるーっ」
ー「いいよいいよ。教えるの、俺好きだから」
…
雛原に駆け寄るやつは多い。
実際、優等生というのは見た目だけの見かけではなく雛原は本当に頭が良かったのだ。
彼と初めて会話をした時も、勉強のことだった。
……
ー「なぁ、これってこう?」
ー「…ん?あぁ、ここは移行するから…こうかな」
ー「…雛原、頭良いんだな」
ー「クス、…全然。……至って普通だよ?」
そう言って、
軽く首を傾げるようにして目を細め笑った雛原に、俺は多分、
そのとき一目惚れをしていた。
ー「…あの、雛原」
…高校二年の、季節が秋から冬へと切り替わる頃。
俺は、雛原と俺の二人のみが教室に居たそのチャンスともいえる瞬間に、思いきって告白をした。
彼が恋人がいるかもしれないと思ったが、言ってスッパリと振られるならそれはそれで良かったし、いつまでも言わないよりは、思い切りその告白に拒絶される方が俺自身楽だと思った。
けれど、
ー「うん、いいよ。じゃ今日から付き合おう」
…何故か、彼の返事は…OKで。
雛原は愕然とする俺を見て、驚くでもなく気味悪がるでもなく、ただいつも通りにこっと笑って、そう言った。
その日から、雛原は俺の恋人になった。
もちろん普段は必要最低限のことしか話さない、至って何ら変わりのないクラスメイトの関係。
雛原はいつも通りで、俺もいつも通りだった。
それから3日程過ぎた時、不意に雛原がヤろうよと言ってきて、俺はそれに断る術もなく頷き、俺は雛原に抱かれた。
終わると、痛かった?と彼は聞いて心配そうに俺を見つめた。
俺はそれと同時に撫でられる頭の、その手の感触に、幸せを感じていた。
…けれど、それが2回、3回と数をこなしていく度に、彼は少しずつ正体を見せ始めた。
…もう一人の別の顔をー。
ー「…野上って、元々こっちの人?」
不意にそう言った雛原に俺は目を向けた。
ー「…いや、そうじゃない」
ー「ふーん。…じゃあ男じゃなくて、俺が好きなんだ」
ー「、まぁ…」
下を少し向いて言うと、雛原はふと俺のネクタイをぐいっと引っ張って、顔を近づけた。
ー「な…」
俺は目を開いて顔を上げた。
ー「……嬉しいねぇ…こんな女子から騒がれるモテ男が、俺のことを好きだなんて」
ー「…別に、モテては」
ー「でも、俺嫌いなんだよね。…すぐ他に目がいくような奴って…俺」
ー「え…?」
その言葉に目をぱちくりとさせる俺を見て、雛原はニヤリと口元を上げた。
ー「だからさぁ…俺のことが好きなら、お前が全力で俺に尽くせよ。俺は正直、男なんて興味ないし、野上はまぁこの無表情な顔が歪む様があるからこうして付き合ってるけど…俺、飽き性だからさぁ」
ー「……」
ー「…でも、俺従順なやつは好きだよ。俺のすることに素直にはいって言う奴なら、大歓迎」
ー「…どういう」
ー「…ま…簡単に言うと、お前に抵抗も、嫉妬する権限も何もない。……お前は俺の恋人だけど、ただの物ってことだよ…」
そう弧を描くように笑って言う雛原に、俺は瞳を揺らし手をぎゅっと握るしかなかった。
ー「…じゃ、もしかして、彼女…いるのか?」
ー「ぷ、クスクス…当たり前じゃん、もちろんいるから」
雛原は、ぐっと唇を噛む俺を見て楽しそうに笑っていた。
ー「あーあ…。俺にいないわけないじゃん、俺だって男だから。…でも、俺に嫉妬したら駄目だよ。野上にその立場なんてないから」
ー「、」
ー「……でも、野上は俺だけを見るんだよ?…お前が勝手に俺を好きになって、付き合ってほしいって言うから…だから俺は付き合ってあげてるんだからさ…俺が飽きるまで、お前は俺の恋人でいてもらうよ」
ー「っ」
ー「…それと…もし、野上が俺以外の奴に関心なんて持ったりしたら…許さないから……俺」
…そう言った雛原の言葉に、俺は目の前の彼に、
ささやかな幸せが音を立てて崩れていくのを感じたーー。
…目の前が、真っ暗になるようだった。
ー…けれど、
慣れというのは恐ろしいもので、そう言われて1ヶ月もすると俺はそれをふっ切ったようにして彼を受け入れていた。
彼の気分で、無理矢理服を脱がされ、無理矢理体を犯された。
…俺は抜けられない沼にはまったように、彼に声を上げ、彼に揺すられ涙した。
…でも、好きだった。
それでも、どう言われようが、どれだけ酷い仕打ちを受けようが、俺は彼が好きだった。
好きで好きで、…だから俺は今でも彼に従って…びくびくとしてー
いつまでたっても、俺は彼に見切りをつけることができていない……
こんなこと駄目だと、分かっているのに、
彼が最低な人間だと、分かっているのに、
それでも俺は、…彼の甘い呪縛から
未だに…逃れることができていない……。
半年以上だった、……今でもーー
…普段のただのクラスメイトを演じるのも、今ではすっかりと慣れたものだ。
知り合い程度の俺と雛原がそういう関係だなんて誰も気づくわけないだろう。
ましてや優等生の雛原が、そんなことするなんて、あり得ないんだろう。
…雛原は、そういう男だった。
俺たちは、そういう関係だった。
………
…
ーー雛原の部屋へ行った翌日、俺は学校へ登校した。
相変わらず廊下も教室もざわついているようだった。
「野上おはよ~」
「あぁ、はよう高藤」
「つか明日から夏休みじゃん?何するよ」
「別に…勉強だろ」
「なっ、うひゃ~出たよ真面目!」
高藤はあはははといつもと同じように笑った。
…至ってどこも、何もおかしいところはなかった。
変化などなく、皆いつも通り自分の思うままにバカ騒ぎをして遊んでいた。
俺はそれに、安堵のような、小さなため息をついた。
ー
お昼休み、雛原が委員会の集まりで呼ばれたのを見計らって、俺は階下にある1年生クラスに足を運んだ。
脅迫は続いていると言って、放課後4時に来いと言った彼に、会うためだった。
「湯馬いる?」
前の扉を開け言うと、皆の顔がこちらを一斉に向いて、俺を見た。
「あ、…湯馬君ですか?、湯馬君ならあそこに…」
すぐそばにいた女の子がおずおずと言って教室の奥の方を指さした。
見ると、湯馬は窓際に一人ぽつんと座っていた。
周りがざわざわと騒ぐのに気づくと、湯馬は顔を上げ暫くしてようやく俺を見てから、微かに目を開いたようだった。
どうしてここに…と、湯馬の少し開いた口が言っているように見えた。
「場所を変えよう」
手でこちらに来るよう合図して湯馬が俺のところまで歩いて来ると、俺はそう言った。
湯馬は少し顔をうつむかせているだけだった。
「何でばらしてねぇの、俺たちのこと」
空き教室へ入ると、俺は先に中に入った湯馬を後ろから見て真っ先にそう口を開いた。
中は蒸し暑く、気温がひどく高いような気がした。
湯馬はその言葉に少しの間をあけた。
「なんだっていいじゃないですか、…そんなの俺の気分ですよ」
視線は床に、少し顔だけをこちらに向けるようにして湯馬はそう呟いた。
何もせず突っ立ったまま俺の方を見ない湯馬に、俺は開きかけていた口を閉じて、また開いた。
「…昨日は、急用ができたんだ。行くつもりだったけど、それで行けなかった、悪いことしたと思ってる」
少し視線を下げ詰まらせながらそう伝えると、気づけば前にたつ湯馬が俺を見て眉を寄せ見つめていた。
「…何ですかそれ?…何であなたが謝ってくるんです?…何のつもりです?」
湯馬は怒ったように体をこちらに向けて俺を見た。
それに、俺は目線を下に、言葉を続けた。
「別に…何かのつもりで言ってるわけじゃない。…行こうとか思ってたのもお前にばらされると怖いからだし、お前に純粋に会おうと思ってたわけじゃないし」
言うと、湯馬は俺をじっと見つめる。
「…じゃあ何で謝るんです、あなたが俺に謝る必要は何もない…。俺に脅迫されて、無理矢理来るよう仕向けられて、それでどうして謝る必要があるんです…?悪いのは俺です、あなたじゃない。それに謝られたって、俺はあなたを解放する気はないし、次俺の言うことに背いたら、」
「…いいよ、分かってる」
言うと、湯馬は真剣に見つめる俺を見てその黒い瞳を揺らした。
「分かって、るって…」
少し動揺するような顔をする湯馬に、俺は息をはいた。
湯馬は俺を見た。
「じゃあ…何ですか?一体何が目的ですか?…謝って俺から解放される気もないなら何でそんなことをー」
「…でも、お前がここで待ってたことに変わりないだろ」
「え?、」
「俺はただ、お前をここでいつまでも待たせたと思うと嫌だったんだ。例え脅迫してようがしてなかろうが、ずっと来ない奴を長時間待ち続けるなんて…俺だったら酷だ、耐えられない。そう思ったから」
そう言うと、湯馬は目を開くように俺を見た。
…何ですかそれ…と、口を開いた。
「…別に、そのまんまの意味だけど」
言うと、湯馬は黙って俺を見つめた。
「どうして…あなたはそうなんです…」
湯馬は何故か少し辛そうに目を下に向けた。
「そうって何が」
「俺があなたに何をしたか、分かってるんですか?無理矢理あなたを縛って、俺はあなたを無理矢理抱いた、あなたに恋人がいると分かって、そんなことしたんです、手に入らないと分かって、弱味を握ってあなたを好き勝手してるんです、触って、勝手に嫉妬して、俺はあなたを振り回してる…それなのに、それなのにどうしてーー」
湯馬は言葉を一度切って、悔しむような顔をした。
多分、…似ている。
こいつは…俺に。
直感的に、俺は何故かそう思った。
「…お前ってさ、何で俺が好きなの?俺なんて、お前が思ってるほど良い先輩じゃないと思うけど」
言うと、湯馬はそれに少し目を開いてから目を伏せる。
…長い睫毛が、彼の頬に影を差したところが嫌に視線を惹き付けるようだった。
「…何でそんなことを聞くんです?」
彼は冷静にそう尋ねた。
「何でって…やっぱ知りたいだろ、普通に。同性に好かれるなんて初めてだし」
「は…。初めてって、恋人がいるくせに何を言ってるんですか」
少し笑って言う湯馬の言葉に、一つどくんと心臓が跳ねる。
……恋人。
あぁ、そうか。恋人って、そういうのだったっけ。
「…あぁ、…そうだった。……そうだったな」
ー「お前は俺のただのモノだよ…」
頭を、いらない言葉が過ぎるのが分かった。
「…?…どうかしました?」
「いや…別に、」
手で顔を半分隠すように答えると、湯馬は少し不思議そうな顔をした。
…もし、彼と、…湯馬とまだ縁が切れていないと知ったら、雛原はどうするんだろう…。
あの笑顔が素顔を見せたとき、俺はどうなるのだろう。
…好きなのに、それを想像しただけで、
……ぞっとしてしまう…俺は一体何なんだろうーー。
「先輩、…どうしたんです?」
「え…」
「…だって何だか急に…顔色悪いですよ?」
湯馬の言葉に、俺は顔に持っていっていた手を強ばらせ、瞳を揺らした。
「先輩…?」
…その声に、俺はそのまま静かに足をゆっくりと後ろにずらし下げた。
湯馬はそれを見て不審そうに俺を見つめ眉を潜めた。
「…先輩、何です?具合でも悪いんですか?」
その問いに俺は答えられず手で顔を半分覆ったまま突っ立つ。
「どうしたんですか、…何か言いたいことでもあるなら言ってください」
「……」
「……」
ーそうしてふと、
予鈴のチャイムが二人だけの教室に大きな音を出し響き渡る。
立っているだけで暑さで額から汗が流れ落ち、少しくらりとしたものを感じた。
湯馬は毅然として立って、真っ直ぐに俺を見つめていた。
けれど暫し互いに黙ったまま向き合っていると、湯馬がコツ、と踵を返し、俺はその音に下にしていた目線を上に上げた。
「言いたいことがないんなら…俺もう帰ります。流石に、また遅れていくのもあれですし」
言って扉に向かう湯馬に、え…と口だけ動かす俺。
「先輩も早く教室戻って下さい、同じクラスに男がいるんですし、こういうことは慎まないと万が一バレたら嫉妬されちゃいますよ」
「……」
淡々とそう言って、湯馬は無表情に扉に手を掛け言い、本当に帰ろうとした。
「ー湯馬……!」
俺はそれを声を上げて呼び止める。
湯馬は、…ドアに掛けていた手を離そうとして俺の声にそのままゆっくりと振り返って俺を見た。
「何ですか…?」
湯馬は何の表情も変えずに、けれど少し落ち着いた緩やかな声で俺にそう尋ねた。
……言うならば、今しかなかった。
今言わなければ、何故かいけないと思った。
この無理矢理接点を繋がれた関係から、脱却するには、今しかないとーー
「…もう、やめてほしいんだ。」
そう言った、俺の声は……がらんとした教室に嫌に響いた。
湯馬は少しだけ目を開くようにして、だけれど平然として俺を見ていた。
「やめてって…」
「ーー俺らのこと。……脅迫とか、写真…とか、……ごめん、もう、やめてほしいんだ…」
湯馬は少し頭を下げるようにして言う俺を見てドアを持つ手を心なしかぎゅっと力を入れたように見えた。
湯馬は数十秒後、呆れたように息を出して俺を見た。
「先輩…今さら何言ってるんですか?急に何を言い出すかと思えば…それ?、あはは、…そんな要望受け入れると思いますか?…冗談はよしてもらいたいですね」
その言葉に俺はぐっと下唇を噛んだ。
「……お願いだ、本当に、…やめてほしいんだ」
「ー無理ですね。そんな頭を下げられたって、俺は嬉しくもなんともないし。というよりむしろ、お願いするならもっと他の方法を考えて俺にしてほしいものですね」
……、
「……何を、……すればいい」
「ー。…え?」
それに湯馬は微かに上げていたその口端を不意に下げ、突っ立つ俺を見た。
湯馬の瞳が俺を見て揺れていた。
「…何をって、…先輩それ本気で聞いてるんですか?」
俺はその言葉に頷いた。
「あぁ…。本気だ…本気で聞いてる」
そう顔を下にして言う俺を見て、湯馬は綺麗な形をした細い眉を眉間に寄せ、ーそれから黒い笑みで笑った。
「じゃあ、俺にここで今すぐ膝まずいてお願いしてみて下さい。俺を解放してくださいって床に頭をつけて言ってください、そしたら俺気が変わるかもしれない、それやってみてくださいよ、先輩」
つかつかと俺の方へ近寄って来ながら湯馬はにこやかに言い、そして俺の前で立ち止まった。
湯馬は俺とあまり身長差はなかったが、微かに前会った時よりも肩の位置が上がっている気がして俺は無表情に湯馬のニコニコとした顔を見つめた。
体つきは俺よりもはるかに上を上回っているのがわかるような、堂々と胸を張った湯馬の姿勢に、俺は次の瞬間、目線を湯馬の顔から、首もとに、ネクタイに、視線を下げ、膝をゆっくりと折っていった。
…膝にカクンとしてついた床は冷たく、この室内の暑さにの中にいた俺はそのひんやりとしたそれに少し目を細める。
ペタンと完全に床に正座して湯馬の前に座ると、目の前に、湯馬の足の膝から、太もも辺りが見えた。
「先…」
「お願いだ…俺を、解放してくれ…」
俺は湯馬の声を遮りそう言って、手を床につけ、
床に向けて、頭を静かに下げていった。
額に、ヒヤッとした床の冷たさが直に当たり広がって、熱い体を冷まさせるようだった。
俺は視界に何も映さず、まぶたを閉じて、湯馬の前で、体を折り曲げ、床に正座し、床に額をつけ、ただ頭をぼうっとさせた。
ついに本鈴のチャイムが鳴る音が耳に聞こえたが、俺はその体勢を崩さず、そしてまた湯馬も俺の前からぴくりとも動くことはなかった。
…しかし少しして、湯馬の体が真っ暗な暗闇の中で動いた気配がして、俺は手に力を入れ体を強ばらせた。
そうしてそ…っと、頭を手が、…優しく撫でるような感触に、俺は目を開いた。
その手が、床についた俺の額を、頭を上げるような感触に、俺は歯向かうことなく、その手に合わせ、…ゆっくりと顔を、曲げていた体を、徐々に…怖々と起き上がらせていった。
湯馬は膝を曲げ俺と同じ目線になりしゃがみ、顔を上げた俺の片頬を右の手のひらで撫でるように触って当て、俺に瞳を向けていた。
そして、
「……もう、やめてください……」
ただ、一言そう言って、湯馬は酷く、怒ったような、泣きそうな、切なそうな…そんな表情をして俺を見つめた。
一瞬、泣いているのかと思った。
湯馬は先程の笑みとは打って変わって切なそうな顔をして俺の頬を触る手を震わせているようだった。
「‥先輩、‥酷いですよ‥‥酷いですよ‥」
湯馬はそう言って、膝立ちになってから、優しく俺の背に腕を回して自分の胸に引き寄せた。
俺の後頭部に湯馬の手が回って、自分の肩に俺の顔を押さえるようにして力を入れた。
ただでさえ暑くて暑くて仕方ないというのに、更に湯馬と体をぎゅうっと密着させられ、更に熱が上昇し、体が熱く火照る。
「‥‥そんなにあの男が好きですか」
「‥」
「そんなに、あの男が良いんですか」
「‥」
湯馬の体は、震えていた。
‥俺は何も、答えられなかった。
--それから暫くして、何分の間そのままでいたかは分からないその状態から湯馬はゆっくりと俺の体を離して、‥そして潤いを持った熱い目をして、湯馬は俺の顔を見つめた。
「‥‥絶対許したくないけど‥‥」
「‥‥」
「‥でも、分かりました、‥」
湯馬は俺をじっと見つめそう口にした。
俺は目を開いて、ただ彼を見つめた。
「じゃあ‥ー」
「ーーただし」
「え?、」
「条件を一つ‥呑んでもらえるなら‥‥の話ですが」
湯馬の目が、俺を見据えた。
「条件って‥‥」
どくんとそれに心臓を鳴らし湯馬を見つめ言うと、湯馬はそんな俺を見て、口元を緩め笑った。
「‥‥簡単ですよ。‥‥今週の土曜日、一度だけ‥‥俺とデートしてください‥‥先輩。」
‥‥その予想もしてなかった言葉に、俺は湯馬を見つめたまま微かに声を漏らした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
5 / 26