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ーー
「せんぱーい、ちゃんとついてきてますかー?」
ー数分後、ガヤガヤと混むその人だかりの多い場所を縫って通りながら、前を歩く湯馬が振り返って俺を見て、そう尋ねた。
ずんずんと人混みを掻き分けるように進む湯馬を見ながら、対して足をもつらせながら必死に前に進む俺は、少し眉間にシワを寄せて、涼しそうな顔をしている湯馬の方を見た。
「つい‥てきて、る。‥‥けどっ」
言うと、えー?と声を出す湯馬。
「けど、なんですかー?」
続けて、湯馬が少し大きめの声を出して、俺に尋ねる。
それくらい、大きい声を出さないといけないくらい、ざわついていた。
「‥けど、何か人‥多いっ」
「えー?あはは、当たり前ですよー。今日お祭りなんですから~はは」
呑気そうに笑う湯馬に、対していらつく俺。
「~っ、だからってな‥多すぎだっつーのっっ!、‥見ろっ!ここから向こうまで人しかいない!!」
「先輩何食べますー?綿飴ありますよー」
「‥聞けよ!!」
「え?」
‥‥‥。
‥‥本音をいうと、お祭り事は、‥あんまり好きじゃない。
「先輩先輩、見てくださいアレ。これ当てると、もらえるんですって」
「ふーん‥もらえば」
「‥え、当たること前提ですか?、ん~‥じゃあやろっかなぁ」
湯馬は言って、ウキウキとお金を払って射的用の鉄砲を手に取った。
周りは相変わらず人でごった返し、話し声でざわざわとしていた。
こうして止まっているだけで、側を歩く人の肩が体に当たってイライラとする俺。
に対し、湯馬は優雅そうにして的を射る。
「あー、惜しいもうちょっと」
それを見て、はっと笑う俺。
「無理だろ、何1等狙おうとしてるんだよ。無謀だ、当たるわけがない」
「何ですかそれ?酷いなぁー。何事も挑戦が大事って言うでしょう‥?ーあ、かすった」
「‥‥あのさぁ、お前当たったとしてもあのでかいクマどうするわけ?お前クマ好きなのか?」
「えー?何言ってるんですか?アレはあげるんですよ?ーーもちろん、先輩に」
‥‥‥‥
え‥‥‥、?
ーー‥‥
‥‥あぁもう本当、俺は何故こんなに後輩に振り回されているのだろう‥‥。
「先輩、すごい似合ってますよ。そのティディベア」
「‥‥‥」
「可愛いな~、あっ一枚写真でも撮っていいで」
「~ざけんな撮ったら殺す!」
湯馬はまた、楽しそうに笑った。
‥‥
‥‥‥ー
「ーー先輩。はい、どうぞ」
人混みを出て、少し人の空いた場所に運良くあったベンチに腰を下ろしていると、湯馬がたこ焼きとジュースを買ってやってきた。
「悪い、金払う」
「良いですよそんなの。何も言わずに受け取って下さい」
「いや、でも‥‥」
「ー先輩」
‥‥。
「‥‥横、座りますね。」
湯馬はストンと、言って腰を下ろした。
時刻はもう、7時を回ろうとしていた。
辺りは薄暗くなり、提灯の灯りが爛々として賑わう人を照らし出す。
いくつもの屋台が並ぶ中を仲の良いカップルが通り、笑顔が飛び交っては過ぎ去ってを繰り返す。
ー俺たちがいる場所は、祭りの本拠地から少し離れたような、割りと静かな空間だった。
遠くの方でガヤガヤとした声が聞こえ、近くではまばらに通る男女の話し声が微かに聞こえた。
朝から家を出て、こんな夜になるまで何をしているんだろうと、前を向いて少し上にある空を見て、ふと頭を過った。
湯馬は、俺の隣に近すぎず遠すぎない距離に座り、同じように前を向いて薄暗い空を見つめているようだった。
高い鼻と、整った目や口のパーツと、少し動く喉仏が、とても綺麗だった。
俺のもう片側の隣には、湯馬から今日貰った服の入った袋とでかいクマが置いてあって、自分の膝の上には、湯馬の買ってきてくれたたこ焼きと、手にはジュースを持っていた。
湯馬はその内、ぼっとする俺の方を不意に振り向き、にこっと囁くように笑った。
「食べないんですか?先輩」
俺はその問いに振り向いてから、いや‥と呟いた。
「お前も食べてないじゃん」
「俺は、先輩が食べたら食べようかと思って」
「なんだそれ」
「遠慮してるんですか」
「そんなんじゃないっつーの」
言うと、湯馬は少し笑って、そして前に向き直った。
「俺、」
目の前を若い学生が通りすぎた後に、湯馬がそう言って口を開いた。
「え?」
振り向き聞くと、湯馬は俺の方は見ていなかった。
あははは、という笑い声がどこからともなく聞こえた。
「‥中学のとき、今の高校に入る前の話なんですけど‥いいですか?」
湯馬は言ってはにかんだ。
突然のそれに、俺が曖昧にあぁ‥と頷くと、湯馬は少し視線を下にして笑った。
「俺、実は先輩と中学のときに会ってるんですよね。俺が新入生で、先輩が三年生の時に」
「ー‥え‥、」
言った、湯馬の言葉に、俺は目を開いた。
湯馬は平然と、前を向いていた。
「‥‥湯馬、どういう‥」
「ーまあ、先輩が覚えてなくて、分からなくて当然なんですけど。俺あの頃、ちょっと色々あって、荒れてたんですよね、中学に入って、急に女子が俺に媚売ってきて、それで結構遊んでたんです、彼氏いようがなかろうが、関係なく告白は拒まずに全て引き受けてた、そしたらその彼女たちの男が一斉に俺のとこ来て、人気の少ない校舎裏に呼んだんです、バットとか凄い凶器持って」
バットって‥‥漫画かよ。
‥‥
‥や、そうじゃなくて。
「湯馬‥あの‥、よく話の趣旨が見えないんだが‥‥」
言うと、湯馬はまあ聞いてて下さいと言った。
「それで、そこではもちろん何もできずにもうぼろぼろにされちゃって、軽いあざとかじゃすぎなくって、でも、俺のとこはお金が割りとある方だったんで、最終的にはそれで倍返しをして、そいつらは学校辞めたりして、お礼はしっかり返しておきました。俺結構そういう人だったんですよ、周りのこと基本どうでも良くて、お金が絡むと分かると、学校側も俺のことは一目置いてた‥逆らう人なんて誰もいなかった、だから俺そうだったんです、何をしても許されるとそう思ってたから」
そう言う‥湯馬の瞳が、揺らいでいた。
「‥でも、そろそろ遊ぶのも飽きてきて、だんだん言い寄る女子が面倒になってきて、冷たくしてたら、いつの間にか俺の周り人いなくなっちゃってて、それで気づくんですよ、ああ俺友達いなかったんだって」
「‥‥」
「ーそれからは、‥まあ孤立して、他人と関わるのも面倒で、‥丁度家もちょっと良くない状態だったので、その時の俺は何考えてたのかよくわかりません。ただ‥学校に通って、家に帰る繰り返しだった‥‥楽しいことも特になくて、全てが無意味に思えました。あぁ暇だ‥って、生きてる意味も分かんなくて、何でこんなことを思うのかも分からなくて、‥‥そしたら運良くか悪くか交通事故に遭って」
‥‥。
‥‥‥いや、ちょっと待て。
中学時代‥いや、中学一年で色々ありすぎだろコイツ。
「一年にいろんなこと詰め込みすぎてついていけねぇよ‥‥」
頭を抱えるようにすると、湯馬はあははと笑った。
「だけど、不思議と痛くなかったんですよねー。痛いには痛いけど、そこまでじゃないというか、死ぬってこれだけで済むんだみたいな‥ゆっくり血の気が引いていくのが分かって、冷たい自分の体が分かって、そして、気づいた時には、病院のベッドにいて、」
「あー‥」
「そしてそこに、」
「‥」
「先輩がいた」
‥‥‥ー
湯馬の言葉に、俺は小さく口を開いた。
俺は湯馬を、凝視した。
「‥‥何、言って、ー」
「覚えてませんか?」
湯馬の瞳が真っ直ぐに俺に注がれ、心臓が大きく跳ねる。
何故か心拍数が上がる。
「‥‥」
「‥やっぱり覚えてないですか?‥」
「いや‥‥」
‥心当たりは、一つだけあった。
数年前、クルマに引かれて血まみれの人を、俺は確かに介抱してあげたことがあった。
だけどその時のその人の顔は、
「‥‥湯馬‥だったのか‥‥?」
俺は気づくと、湯馬の頬に、手を伸ばしていた。
軽く手を当て触ると、湯馬は俺の手を掴んで、見たことのない笑顔で微笑んだ。
湯馬の頬は、温かかった。
「‥‥覚えて、くれてたんだ」
湯馬の言葉は、少し震えている気がして、俺は同時にキュッと力を入れ握られた手に、振り払えずに、ただ、酷く弱々しい湯馬の今の姿を、見つめていることしかできなかった。
ー
「‥‥助けてくれたのは、先輩だった‥、俺が目覚めるまで側にいてくれたのも、俺が意識が回復すると大丈夫?って言ってくれたのも、全部‥‥全部、先輩だった」
「‥‥」
「俺その時、顔とか最悪だったはずなんですけど、先輩、表情一つ変えないで俺に接してくれて、俺は事故で言葉を話せなかったんですけど、先輩は優しくて‥‥」
「‥そんな、優しいことした記憶は、」
「先輩にとっては、当たり前のことかもしれません。‥でも、俺は当たり前ではなかったから‥」
‥湯馬の目は、少し潤いを持っているように見えた。
「ー‥ごめんなさい、俺‥また変なこと言ってしまって‥」
「いや、変とか、思わない‥つか、そういうことがあったなら、今じゃなくて、‥‥もっと早くにその事話せよ」
「え‥?」
湯馬の目が、俺を見た。
「‥‥今さらそんな、‥気づくかよ。お前顔綺麗だから‥分かるわけねぇだろ‥。今だから言うけど、あのときの顔は、すげぇ腫れてたし、正直学生なのかどうかも定かじゃなかった、男なのは分かったけど‥気づくかよ。急に現れて好きとか‥‥もっと経緯話すとかあっただろ、他に全然俺振り向かす方法論あっただろ、どうしてこんな‥‥」
そこで言葉を区切った。
湯馬は俺を見つめて、微かに笑った。
「すみません‥、でも、そういうこと話したところで、先輩は他の人と付き合ってたし、俺に最初から勝ち目はないことわかってたし、だから絶対的な方法として、画像を事前に保存しておいたんです、そしたら先輩、俺の方にも気を引くし、断れなくなるって分かってたし」
「だからって、人脅してまでするかよ、最初から言えば良かったんだ、素直に正直に話して、卑怯な真似なんかつかう必要なんかなかった、そしたら俺だってー」
「俺だって?」
ドキンーー
湯馬の顔が不意に近づいて、俺は目を開いてどくんと心臓を鳴らした。
射るような瞳に、俺は視線を反らせずに、口を小さく動かした。
湯馬はそんな俺を見て、目を細めて口端を少しだけ上に上げた。
「‥‥ゆう」
「良いんですよ、」
「ー‥‥え?」
見ると、湯馬は瞳を、反らしていた。
「良いって‥どういうこと」
言うと、湯馬は俺の方に体を向けて顔だけうつむかせた。
「‥‥そのまんまです。先輩は、先輩のままでいてくれればいい‥この話を聞いて、俺にどうしたらいいとか、考えなくて良いんです、俺はあなたに救われて、それで勝手に好きになって、あなたに会うために高校も進学した。けど全部、俺の一方的な思いに変わりない、先輩は、狼狽える必要ないんですよ」
「別に‥狼狽えてなんて」
「じゃあ今、先輩俺のこと突き放せますか?、こんな昔から俺のこと想ってたんだって分かって、すんなり振れる?」
「‥‥それは、‥‥」
少しの間を開けて、湯馬がわらった。
「‥先輩には、無理ですよ。絶対」
「‥」
「‥‥だって先輩は、‥‥優しいから」
こんなの、普通だと、言いたかったのに、
言おうとしたのに、‥‥彼は
「‥‥先輩、俺本当に、あなたのこと、好きだったんですよ」
そう、言って‥彼の顔が近づいたと気づいたら、
もう‥‥
自分の唇に、彼の唇が、
当たっていた‥から‥‥。
「‥‥先輩」
「‥‥」
「‥‥‥今まで色々ごめんなさい。‥」
「‥‥‥」
「‥‥もう、あなたには近づかない。触れない。脅さない」
「‥」
「‥‥‥だから、もう、」
「先輩の言うとおり、」
「やめにしましょう‥‥こんな、付き合いは‥‥」
‥時刻は8時を過ぎ、空にあがる花火の音が、異様に耳に響いて痛かった。
ー‥家に帰ると、ちょうど携帯にメールの入るピピピピピという音が聞こえ、ズボンのポケットをまさぐる。
開けてみると、送信者は雛原だった。
From[雛原]
明日、家来いよ
なんとも短い、相変わらず雛原らしいさっぱりとしたメールだった。
俺はそれを読んでハァと、軽く息をついてから、自室にあるソファーの上にでかいクマのぬいぐるみを置いて、結局食べなかったたこ焼きとジュースをテーブルの上に置いてから、ベッドの上に倒れるように仰向けに体を沈ませた。
低い天井が見えて、次の瞬間に湯馬の顔が浮かんで見えた。
‥‥酷く弱々しいあの湯馬の姿が目に焼き付いて離れず、
あの俺の手を取って微笑む湯馬の表情が忘れず、
ーー顔を手で覆った。
‥‥
ー先輩は‥‥優しいです。
‥そうじゃない‥‥
そんなんじゃない、俺はー。
優しいのは、
湯馬の方だった‥
今日のあの手も、瞳も、表情も、
あのときの直に俺の肌に、唇が、手が触れたときの感触も、
決して怖いとは感じなかった。
‥逆に酷く胸を締め付けられた。
いたたまれない気持ちになった。
‥俺は好きになられるような、そんな奴じゃ‥ないからー、
‥‥
ー恋人繋ぎ~
ー今日は俺は先輩の恋人で、先輩は俺の恋人です
ーもうすぐ誕生日でしょ
ーほら、手握って下さい
ー先輩とキスして、えっちして、痕つけて‥‥先輩を俺のものにしたかった
ーもう‥‥やめにしましょう
‥‥‥
‥‥‥‥‥
‥‥どうして
どうして。
‥‥‥どうしてー
ー「中学の時に会ってるんですよね」
‥‥‥何で、今さら‥‥‥
‥‥どうして‥‥
片腕を目の上に置くと、目の前が、真っ暗になった。
気づけば、俺はそのまま、ベッドの上で仰向けに倒れたまま、朝を迎えていた。
「雛原ー、」
そしてまた平日は補習補習で時間を奪われる。
「何?」
「ここ教えてよ。何でこうなんの?」
「うん、あーでもちょっと待ってね」
‥‥。
‥湯馬とのデートがあった翌日である先日は、苛立つでもなく、特別機嫌の良いわけでもないような、雛原と会った。
会ったといっても、家に入って、もちろん会話を仲良くしていたわけでもなく、部屋に入ってまもなく‥
そういう行為に陥ってしまっただけ。
だけ、といっても、これが雛原の俺に求めることで、
これが俺と雛原の関係を成り立たせているものだから、今さらさして驚くことも、傷つく必要も、ないのだけれどー。
「ー野上、」
「何」
「さっきの英語どうよ、意味わかんなくない?」
「まぁまぁ分かった」
「はっ!?ありえねっ人間じゃないよお前!」
「そうかもな」
次の数学の教科書やらを準備しながら、淡々と適当にそう答えると、隣の席にいた高藤がなんだよそれ、と言って、ちら、と俺を見て息を吐いた。
「何だよ」
言うと、いいやと言って高藤は俺を見て言った。
「ただ、上の空だなぁーと思って。さっきもぼーっとしてなかったかな、と。」
ードキ
「‥、別に‥‥してない。ぼうっとなんか」
「ふーん?だったら別にいいけど」
言って、数学めんどーという高藤の方を見て、俺はフイと顔をそらした。
帰りは、途中で雛原と会った。
雛原は少し、俺のことを待っていたように見えた。
「よう、久しぶり」
少しだけ口端をあげた雛原は、モテないわけがない顔をしていると改めて思った。
「久しぶりって毎日会ってるようなもんだろ」
「そうかな。でも結局勉強してるばっかで、お前とは近づけないだろ」
言って、にっと雛原は笑っていた。
「‥‥そういうこと、思うんだ」
言うと、当たり前だろと、雛原は言った。
「でも、お前全然俺に近づいてくれないし、高藤といっつもべったりだし」
「はぁ‥?何で高藤?友達だし、当たり前だし、お前だって他の奴といるだろうが」
「それとこれを同じにしちゃう辺りが駄目なんだろうな」
「は」
俺は、雛原の言う意味がよくわからなかった。
「‥まぁ、あんまり他の奴といちゃつかないことだな。俺だって、嫉妬するんだぜ」
裏の顔をして、怪しげに雛原は笑った。
‥ただ友達としているのに嫉妬なんて‥俺の立場低すぎだろう。
だって、おれはどうなるんだ。他に彼女とか作ってる彼の方が、よっぽど俺が妬く権利を持っているはずだ。
それなのに俺はそれがないのか。
彼にはあって、俺にはないのか。
俺だけどうして、こんな不平等な立場を持っているんだっけ。
答えはそう、簡単だったはずだ。
「じゃ、また明日な。野上」
「おう」
‥‥‥俺が彼を、ただ、
好きだったからだ。
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