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第6話 最後の約束(1/2)
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“もうあいつしか見えない‥‥。どうすればいいんだ‥‥”
By野上
ー月曜日、俺の熱は無事下がり、俺は学校へ登校した。
「おはよー」
「はよ~」
教室へ入り席へつくと、高藤がやってきた。
「よ、野上おはよ。熱下がったんだ?」
「あぁ、まぁ」
言うと、そっかと言って高藤は屈託なく笑った。
それを見てあーと口を開く俺。
「ん?」
「いやー‥そのさ、ありがとな。色々‥ご飯とか」
言うと、あぁと言って高藤はいいよ、と言った。
「いっつも宿題見せてもらってるしな」
‥え、
「‥それが理由?」
「ーえ?‥ってあっ!バカッ、本気にとんなよ、冗談だよ冗談!」
慌てたように言った高藤を、俺は少し笑って見つめた。
ーー
「また明日~」
「じゃなー」
放課後を迎え、皆はそそくさと教室を出ていく。
今日の補習は、臨時でなくなったらしい。
「野上、また明日な~」
「おぅ」
笑顔の高藤に手を上げて言って、俺は一人教室の中に残った。
委員会があるらしい雛原を、教室で待つためだった。
‥別に進んでじゃない。彼がそうしろと言ったから、俺はここにいたのだった。
逆らったりして無駄に暴力を奮われても、俺の身がもたない。
はぁとそれっぽいため息をついて、俺は窓際の席に腰を下ろしグラウンドを見つめた。
野球部とテニス部の練習風景が見えた。
まだ照りつける日光は厳しいのに、皆無邪気に笑みを浮かべていた。
それが何故だか‥、少し眩しく思えてしまった。
ーガラ
「悪い、ちょっと長引いた」
しばらくして、雛原が教室へ戻ってきた。
きちっとしたシャツやネクタイに、黒の髪をした雛原は、誰がどう見ても、優等生に他なかった。
コツコツと、雛原は俺の席まで歩いてくると、今日家来る?と、尋ねた。
「ん‥いい。今日は‥勉強、したいから」
断ると、そう‥と言って、雛原は自分の荷物を片付けた。
少しして、
「ー帰るか」
と言う雛原の言葉に、俺は少しの間を開けてうん、と言って席を立った。
‥いつもなら、セクハラじみたことを一つ二つしていくのに何故かそれをしない雛原にほんのすこしの違和感を覚えたけれど、
‥俺はそこに触れようとはしなかった。
気づけば、季節は秋に切り替わる季節へと成り変わっていた。
三年生の俺たちはそれぞれの進学に向けての勉強で追い詰められ、他学年はもうじきある文化祭に胸踊らせていた。
「のーがみ~っ!再来週の文化祭楽しみだなぁ~~ッ」
‥‥。
‥いや、‥訂正。受験生も大いに、このイベント事に色目づいている奴もいるらしい。
「どんなかな~去年は喫茶店とか、屋台とか、ダンスコーナーとかあったけど、今年はどうかなっ!」
‥‥‥。
「‥‥さぁ。知ら‥」
「俺的には~よくテレビであるみたいに、メイド喫茶とか、女の子がわーっているやつとか理想なんだよねー。もちろん屋台とかも楽しいよ?でも今年は最後だしそれ以上のもてなしを期待しちゃうっていうかッ」
‥‥‥。
「いや、高藤‥うん、分かった。分かったからちょっと離‥」
「そーいえばさ~っ!一組の萌ちゃんと五組の斎藤、ついに別れたんだって~!お前知って‥」
~‥‥‥うざいッ!
ー
「‥うぅ。野上ー‥、いくらなんでも本で頭叩くことねぇじゃんか‥‥」
「黙んないからだろ」
「そんなに勉強ばっかりしてると、逆に頭バカになっちゃうぞ☆」
「‥‥」
「‥‥すみません申し訳ございませんもう喋りません」
‥‥。
俺の周囲は、特に何も変わったことはなく、高藤は相も変わらずこんな感じで、雛原とは今でも終わりの見えない関係がつづいていた。
湯馬とは‥学年も違うため、会おうとしなくとも、あの彼女といたときに会った以来、会うことはなかった。
俺は未だに、湯馬に対して何の感情を抱いているのか分からなかった。
けれどただ、最近雛原の行動一つ一つに、どうしても湯馬との違いを比較してしまう自分と、雛原と体を交えることを、前より心地よいと感じていない自分がいた。
‥俺は勝手だった。
湯馬に抱かれた時は、雛原のことしか頭に浮かばなかったのに、湯馬が去って‥雛原に抱かれている今は、どうしても、‥湯馬しか浮かばないのだ。
ー
「あぁあ‥ッ!、だ、あぁあ‥ダメ、んんも‥」
「‥‥んんっ」
「は、あぁ‥‥‥‥っ!!」
‥‥彼と、
性交をするのは、一体これで何回目なのだろう‥?
荒い息を彼のベッドで寝そべり整えながら、俺は朦朧とした意識の中でそう思うのだった。
自分の中で、いい加減彼との縁を切らなければいけないと、俺はその頃ようやく感じ始めていた。
ー
「文化祭、楽しみ?」
「んー‥まぁまぁ」
「そうか」
‥それなのに、最近の雛原ときたら妙に優しいから別れを切り出すことができない。
放課後、俺の歩幅に合わせて肩を並べるようにして歩く雛原に、俺は最近胸の辺りが落ち着かない。
別れを切り出す‥といっても、付き合って最初頃に俺が飽きたら別れる的なことを雛原に言われていたから、上手くすんなり別れられるとは、ー俺も思っていないのだけれど。
「じゃ‥俺こっちだから」
分かれ道を前に一度立ち止まってそう言うと、雛原はああと言って俺を見た。
それを聞いて自分の家へ向かおうと足を一歩踏み出すと、不意に
「野上、」と言う声と共に腕を強く掴まれた。
「ー‥、なに」
驚いて振り返ると、雛原は俺を真っ直ぐ捉えていた。
「‥俺はさ」
そうして、何か言おうとする雛原に、俺は少し嫌な予感がした。
腕を離したかったのに、
雛原はそれを決して許さなかった。
「ーひなは、」
「俺は、」
‥‥‥‥ー、
「ーーお前が大事だ」
ー。
‥‥‥‥
雛原は、そうだった‥
‥‥こういう男だった。
彼は信じられないくらい勘がいい‥‥
俺がそういうことを言おうとしたことがわかって、こんなことをわざと言うー。
そうやって俺を、いつも困らせる。
そうやって俺を‥‥逃げなくさせる。
分かって、いたのに、
知っていたのに‥‥
‥‥やっぱり、
やっぱり、聞かなきゃ良かった‥‥‥‥
早く、帰れば良かった‥‥‥‥。
力付くでも、振り払えば良かったんだ。
それなのに俺は、
「‥‥」
‥‥‥‥何故、この場を立ち去ることができないーー?
ーーーーー
ーー
「いらっしゃいませ~ッ何名様でしょうか~?」
「え、えと、二人‥‥なんですけど」
「かしこまりました、こちらへどーぞー」
‥‥ー文化祭では
前年同様、喫茶店をすることになった。
案内役やらはすべて時間制で決められており、俺は午前の9時頃担当だった。
高藤はノリノリで客通しを行っていたけれど、俺ははっきりいってこういうのは苦手だ。
ふー‥と息を吐いてから注文を取りにいく。
「あー‥‥ご注文は、何かありますか」
よく分からない黒の正装を着て、淡々と言葉を連ねると、二人ほどの女性客はメニューを見てからえ~とーっと言った。
「私、ココアがいいな。冷たい」
「はい」
「わたしはジンジャーエール」
「はい、かしこまりました」
注文を聞いてメモり、すぐその場を去ると、不意にガシッと肩を高藤にとられ、よろめいた。
「おいおいなんだーお前は?ぜんっぜん笑顔ないじゃないか、無っつか真顔っつーかッ」
‥‥その言葉にため息をつく俺。
「‥仕方ないだろ、キャラじゃない。別にしてて楽しくもないし」
「ーアホっ、なんだその態度は。あれを見てみろ!、雛原の必殺悩殺スマイルを!!」
言われ振り向くと、明らかにハート目の女子が雛原に集まっている様子が見える。
注文を取っているというより、質問攻めに合ってるっぽい。
つか‥無駄に笑顔振り撒いて女の子トラにしてどうすんだよ。アイツの本性知ったら、きっと熱い熱もすぐ冷めるに決まっているのに。
‥‥詐欺師め。
「野上~三番テーブル行ってくれる~」
「あーはいはい」
「ー笑顔忘れずにッ!」
「‥。‥‥はい」
‥‥あぁ、早く時間経ってくれ。
ーー
「はぁ‥」
やっと終わった自分の時間帯の任務に、俺は廊下の窓に手をおいてため息をついた。
右手には先ほど差し入れでもらった缶コーヒーがあったので、プルタブを開けて一口ゴクリと口にした。
外はガヤガヤと賑わいでおり、空はうっとおしいほどの晴天だった。
中ではにこやかに笑う雛原の姿と、囲む女の子らの姿があって、俺は再び外を見た。
‥嫉妬ではない。
‥‥今さら、嫉妬なんてするわけない。
ただ、こんな風景見ていても面白くなかった。ただ、それだけだった。
少しして、アハハハと言う声がどこからともなく聞こえ、俺は飲み干したコーヒーを捨てようと階下へ降りていった。
下では人がごった返し、人混み嫌いな俺はうっと眉間にシワを寄せ、すぐ持っていた空の缶コーヒーを捨て、踵を返した。
側では無数のカップルが歩いており、一瞬湯馬とあの女の子を思い出した。
もしかしたら会うかもしれない、と脳裏を過ったが、関係ないと頭を振った。
いても、いなくても、俺が動揺する意味なんかない。
彼とは終わった、終わったのだ。
そして俺は、‥‥彼とも縁を切る。
もうすべて、何もかも、‥リセットするために。
‥‥
「ねーさっきの見たー?」
「うん、あれちょっとヤバくない?」
不意に側を、女の子二人が通る。
「男の子かっこよかったっぽいけど、何かやったのかな」
「でも一人に対してあの人数はなくない?可哀想~」
「‥‥」
‥何の話だろう。
喧嘩‥‥?
この学校の生徒だろうか?‥
「でも、側に女の子いたっぽいよねー。彼女かな?超可愛かったけど」
「さぁねー。目でかかったよねー」
‥‥。
‥‥‥‥?
ーもしかして、野上先輩ですか‥?
‥‥‥まさか、あの子?‥
いや、‥‥いやまさか。
だとしたら、カッコいい男の子が湯馬に‥‥
‥‥いや。いや、でも、‥‥だとすれば尚更辻褄が合う。
ー彼女たちの男が一斉に俺のとこ来て、人気の少ない校舎裏に呼んだんです、バットとか凄い凶器持って‥‥
‥‥‥。
‥まさか、
本当に‥湯馬?
「あのさ、‥それってどこであったか聞かせてくれる?」
二人の女の子は、こちらを見て目をぱちくりとさせた。
ーーー
‥‥俺は自分がよく分からなかった。
何故こんなことをしているのか。
‥‥けれど、いても立ってもいられなかった。
彼だとしたら、湯馬だとしたら、そう思う度に、胸が張り裂けそうだった。
人混みなど、どうでも良かった。
人の目など、どうでも良かった。
‥‥心臓が、異様に鳴って、目を細めた。
ー彼女たちの言った、校舎裏へ走り向かうと、俺は足を止め息を整えた。
はぁはぁと息を吐いて吸ってを繰り返すと、側でガシャンッという音がして俺は顔をあげた。
‥そこにいたのは、
数人の男と、あの日見た女の子だった。
予想は外れていなかった。何も、かも。
そして、視線の先に、
「‥‥ー」
やっぱり‥‥‥
湯馬がいた。
‥‥湯馬は、口から少し血を流しており、ゲホゲホと咳き込んでいた。
側では、数人の男がそれを見、嘲笑い、湯馬の彼女であろうその子も、なぜか数人の男の方へ肩を持っているようだった。
「おいおい、もう終わり?‥もっと楽しませてくれよ、立てよほら」
男に無理やり立たせられ、湯馬は壁に背をつけ、体をようやく保たせているように見えた。
「綺麗な顔は守ってやってんだからさーありがたいと思えよ?」
「つか、一発くらいかましてみろっつの。ずっと殴られっぱなしなのが趣味なわけ?」
男の言葉に、周りの男らも便乗し、声を出し笑った。
「‥‥はっ、‥‥するわけないだろう‥‥あんたらみたいな、っ‥、男に、手なんか触れたら、‥‥俺の手が、腐る、ーッ」
ーー湯馬は、次の瞬間、思い切り腹を拳で殴られた。
「ー、‥‥!!、げほ‥‥ッう、‥ぅぐ」
湯馬は倒れ、‥再び咳き込んだあと、ピクリとも動かなくなった。
「‥‥はっ。いい加減にしろよこのガキ。」
「年上あんまなめてっと、まじで殺るぞ」
‥‥‥そして‥ぐったりと倒れる湯馬の背に、男の足が落とされたーー
ー俺だけを見て‥‥先輩‥‥
ーだからこんなに好きになったのかな、‥‥諦めの悪いくらいに
ー先輩、ほら‥‥俺の手を掴んで
ー好き‥‥好き‥‥好きです‥‥
ーどうして、あなたはそうなんです‥‥
ー俺、待ってます‥
ー‥‥もう、やめてください
ーずっと、好きだったんですよ
‥‥‥‥どう‥して‥‥‥‥
‥‥どうして、‥‥コイツは‥
ーガッ‥!!
「ー‥‥ッッ!!」
‥‥
‥‥‥‥
‥‥‥‥本当、俺も相当バカだけど、
お前も相当‥‥‥バカだろ。湯馬‥?‥
‥‥あー、いてぇ‥‥‥。
何か、腰が尋常なく痛い‥‥。
頭もぼうっとするし、‥俺体生きてる?
つか、‥湯馬は無事なんだろうか
血流して殴られて、本当何やってんだよ‥あいつは。
‥‥俺が行かなかったら、あのまま蹴られて死んでたぞ馬鹿‥
俺のこと、ちょっとは見直しただろうか?
少しは俺も、役にたっただろうか。
ろくでもないことばっかりして‥人脅したりしてるから、そのツケが回ったんだ
俺のこと、なめてるからだ。
アイツはもっと年上敬うべきだろ、ほら、好き嫌い関係なく、俺も誰も関係なく、笑っていればいいのに‥‥
‥‥先輩って、言ってればいいだろ
俺を好きなら、俺を見ればいいだろ‥
わけわかんないことに巻き込まれるなら、俺を頼れよ
変なことしてんなよ
無視するなよ
俺のこと見ろよ
俺のことだけ想ってろよ
‥‥頼むから、
あんまり俺を‥‥‥‥心配させないでくれよ
ーーーーーーーー
ーーーー
「‥‥きて、‥‥せ、‥‥い、‥‥いッ」
‥‥その必死な声は、前にも、聞いたことがあった。
俺の名前をずっと呼んで、俺の体をずっと擦って‥‥
うるさいって、思ってるのに‥‥呼んでる方は馬鹿だから、そんなこと、気づきもしないんだ。
どさくさ紛れに抱きついて、キスまでして‥‥
‥‥‥‥そうだ、‥そうだった。
あの雨の日に、体を起こしてきたのは、通行人なんかじゃない。
俺を起こして、周りの言葉も無視して、俺をおぶって、俺の家まで帰って、着替えさせたのは、‥‥‥‥湯馬だ。
ベッドまで運んだのも、濡れた髪を拭いてくれたのも、‥‥最後にぎゅっと俺の体を抱き締めたのも。
‥‥‥全部、
全部ぜんぶ‥‥
‥‥湯馬‥‥‥‥だった。
ーー
「‥‥先輩!!」
‥‥バーカ、‥‥声でけーよ
「‥‥‥‥心配しなくても、生きてるから」
そう言うと、湯馬はとんでもなく情けない顔をして、仰向けになる俺の体に
勢いよく抱きついた。
‥‥ポン、と抱きつく湯馬の頭に片手を乗せ、軽く撫でてやると、湯馬はばっと俺から一度離れ俺の顔をまじまじと見つめた。
「先輩‥‥良かった、無事で‥‥良かった。良かった‥‥」
うるうると瞳を潤ます湯馬に、コツンと俺は頭に拳で軽く小突いた。
「阿呆。無事で良かった‥なんていうのは、俺の台詞だ、馬鹿」
「え‥?」
言うと、湯馬はきょとんとした顔で俺の顔を見つめ、俺は小さく息をついた。
‥本当、さっき色々殴られてたくせに、人のことばっかり心配しやがってー
「‥お前は馬鹿だな」
「え‥っ?、」
「ーでも、‥俺も‥‥お前が無事で良かった」
言うと、湯馬は一瞬俺を見て、またぎゅっと俺に腕を回した。
「先輩‥‥ごめんなさい」
「何で謝んの‥?」
「だって、俺、巻き込んだから」
「‥違うよ、俺が勝手に来ただけ」
「でも、先輩は何も悪くないのに、」
「見てられなかったんだから仕方ないだろ」
「え?」
「お前は‥‥すぐ人心配させるプロだな」
「先輩‥‥」
「ーて、ば‥!キスはするなよっ!おい、」
「どうして?」
「どうしてじゃない!!、‥‥だからお前は、そうやってすぐ先輩の上に乗るなって前もー」
「‥‥あのー、ここ保健室だからちょおっと静かにしてもらえるかなぁ‥‥?」
‥‥‥。
‥、えっ!?
ー
「‥おいこら湯馬。‥ここが保健室って何で早く教えてくれないんだ危うく変なとこみられそうになっ」
「ーえ?だって普通分かりませんか?消毒液の独特の匂いするし、というより保健室以外のどこだと思うんですか?」
‥、‥言葉を遮るのかよ。
ハァと言ってベッドから上半身を起こした俺は、頭を片手でクシャッとしてから側に座る湯馬を見た。
先程の殴られたあれが嘘かのように、湯馬は変わらない綺麗な顔つきをして俺を見つめていた。
「大丈夫か?‥腹とか、殴られてたろ」
言うと、湯馬はいえと言って少し笑った。
「平気です。ほら、今の俺すごいげんきでしょ?こういうの、され慣れ過ぎて俺もうへっちゃらになっちゃって」
そう言う湯馬の顔は、少し寂しげに見えた。
なんと言うか‥
今思えばもしかして俺、湯馬に関して‥色々知らなさすぎなのか‥?
「先輩‥?」
「あぁ、いや‥。つか、どうしてあんなことになってたの。びっくりしたんだけど」
話を反らすように言うと、湯馬は俺を見て、困ったように笑った。
「あーあれですか?‥あれは、ちょっと絡まれちゃっただけですよ、ほら俺顔いいから」
「‥彼女にまで加担されてか?」
言うと、湯馬は一瞬目を開いた。
「‥つーかあの子、湯馬の彼女なのか?短期間で彼女作ってたから前ちょっとびっくりし‥」
ードキ
「‥先輩って本当、ストレートな人ですよね」
不意に手に触れた湯馬の手に、俺は心臓を一つ鳴らした。
「‥彼女なんていらなかったけど、それでも作ったんです。あなたのこと忘れるつもりはなかったけど、誰かが側にいれば、少しは傷も癒えると思って‥」
見つめられる瞳に、俺は金縛りにあったかのように体を動かせずにいた。
「だけど‥俺運悪すぎですね。その子、そっちの方と繋がりがあったみたいで、俺がやっぱり別れてって言ったらあんなことになっちゃって」
「‥‥え」
何で別れたか分かります?と、湯馬は問いた。
俺は何も言えずに、よくわからない緊張の糸にベッドのシーツを強く握った。
湯馬は暫くして、俺を見て微笑んだ。
「ー‥‥変わらなかったからですよ、何も。彼女がいても、いなくても、変わらなかったんです。何も‥。先輩がいないと、やっぱり駄目だって‥意味ないんだーって。改めて気づいたら、何か鬱陶しいだけになっちゃって、彼女」
言って、湯馬は優しく笑った。
湯馬の手が、俺のほほに当たって、ドキンと心臓を俺はまた揺らした。
「‥ごめんなさい。先輩に、関係をやめると言って、先輩のこと無視して‥おまけにこんなことに巻き込んでしまって‥‥本当に、ごめんなさい、先輩」
謝罪の言葉に、俺は少し眉を寄せた。
「謝んなよ。だからそれは、‥俺が勝手に来ただけだっつったろ」
言うと、湯馬ははにかむようにして笑った。
「‥そう言ってもらえると、嬉しいですすごく」
「‥‥俺、結構まじに話してんだけど」
「だから言ってるでしょう?‥嬉しいって」
笑う湯馬に、俺は納得のいかない顔で湯馬を見つめた。
「雨の日に‥‥」
「え?」
俺の言葉に、湯馬は過剰反応してこちらを振り向く。
もう、彼だと確信するように俺は口をひらいた。
「‥俺のこと、世話してくれたのお前だろ」
すると、湯馬は一度目を泳がしてから、諦めたように俺を見た。
「‥‥バレて、たんですか」
切ないような、儚い表情を浮かべて湯馬は言った。
「最初は記憶なかったけど、思い出したんだ。‥お前の声が、聞こえたから」
湯馬は、俺を見つめて、瞳を濡らしていた。
頬に当たっていた湯馬の手が少し震えていた。
「あのとき、‥先輩の家の前を偶然通りかかって良かったって本当に思いましたよ。‥‥先輩倒れてるし、体温低いし、全然動かないから、どうかなるかと思った‥‥」
‥‥湯馬
「今日だってそうです、‥先輩は無茶苦茶だ。俺が来ただけなんて、そんなの理由にならない、俺はあなたが傷ついてほしくない、俺はあなたが倒れてるところなんか見たくないんです‥それなのにあなたは、」
そう言って、湯馬は唇を強く噛んだ。
「‥‥湯馬、ごめんな。お前に、そんなに心配されてると思ってなかったんだ、ごめんな」
頬に当てられた手にそっと手を重ねて言うと、湯馬は瞳を揺らし俺を見つめた。
「先輩‥先輩‥」
「うん。‥何?」
尋ねると、湯馬は俺を見ていた。
「俺‥本当はずっと、聞きたかったんです。体調は大丈夫なのか、ずっと聞きたかったんです」
「うん‥そうか」
「それに先輩と話したかった、今日だって一緒にお店回りたかった、先輩に会いたかった、‥ずっと、先輩のことしか考えられなかった」
「‥うん」
「本当は関係を断ちたくなかった、本当は先輩じゃないと俺駄目だった、‥本当は先輩のこと、ずっと、好きだった‥、あなた以外いらない、あなたが欲しい、あなたじゃなきゃ駄目なんですーー」
「‥‥‥‥‥ー」
‥湯馬、と言おうとした、次の瞬間には、
もう‥
‥‥唇は塞がれていた。
俺の後頭部に手を持っていって、湯馬は、深く‥濃厚なキスを交わしていた。
「ゆ、‥ん、‥‥は、‥、馬鹿、先生が‥」
「‥‥今はいませんよ」
あぁそうか‥と、安堵する辺り、俺はもう‥駄目だった。
「先輩‥‥」
‥‥俺は、湯馬に身を許していた。
同情でもなく、一時的なものでもないそれに、ー俺は‥‥。
‥‥‥‥もう、嘘はつけない。
「‥‥ずっと、あなたとこうしたかった」
俺は彼が、
湯馬が 好きだった。
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