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ーーーーーーーーーー
……
「……で…ので………」
…深い、暗いまどろみから、俺は目が覚めた。
目を開けると、真っ白い汚れのない天井。
耳そばで何やら堅い話をしているその声は低い男の人で、
そして多分ここは病院だと分かった。
何で、こんなところにー?……
その疑問を考えるより早く、その声はした。
「……じゃあ…やっぱり精神的なものから…きてるんですか?」
その声は間違いなく、ーー彼だった。
白い、遮断されたカーテンの隙間へ目を向けながら、俺は上半身をゆっくりと起こす。
外では雨が降り続けていて、室内にいてもザーザーという音が聞こえた。
ー途中、ピリッとした頭の痛みが襲ったが、気にしなかった。
シャッという音をたててカーテンを開けると、そこに向かい合って座っていた二人が一斉にこちらを振り返った。
そこにいたのは、医師らしきその少し若めの男の人と、こちらを見て瞳を揺らし口をほんの少しだけ開ける、湯馬の姿だった。
「ー先輩……!、大丈夫ですかっ?体どこか変じゃないですか?どこか痛むとこありますか?平気ですかっ?」
湯馬は言って、瞬時に俺の方へ駆け寄って、問い詰めてきた。
「あぁ、起きましたか?体調はどうですか、野上 塁君」
続いて、俺が湯馬に返事を返すよりも早く、そばにいた医者はそう言って俺に向かって笑った。
俺は、眉を寄せた。
少し、どういう状況かを掴めなかった。
「あの…俺、何で……こんなとこに」
いうと、そばにいた湯馬が俺に視線を向ける。
「先輩…覚えてないんですか?」
…覚えてない?
湯馬のその言葉に、俺は首を縦にも横にも振れなかった。
「ーまあ、とりあえず今は無理に思い出そうとせずに体を休めて下さい。」
すると医師はそう笑顔で言って、何かを取りに一度奥へと戻っていった。
俺はそれを見、目をしたに向けてから、先輩という声に顔を上げる。
そばに立つ湯馬はベッドに上半身だけ起こし座る俺を見て、ちょっと笑っていた。
頬に湯馬の手が触れそうになって、俺は瞬時に体を後退させた。
「……先輩?」
湯馬は俺を見て、手を差し出したまま眉を寄せていた。
「すみません、お待たせして。ちょっといくつか質問したいんだけど、いいかな」
医師はそんなに時間はかからず、すぐに戻ってきた。
湯馬は出した手をさっと引き、医師に出された椅子に腰をおろした。
医師はその湯馬の隣に腰かけ、俺の方を向いてペンと白い紙を持っていた。
「えーと、まず私はここの病院の草壁と申します。君は約30分ほど前に校門をくぐる直前辺りで倒れていたようです。記憶はないですか?」
その唐突なそれに、えっと目を開く俺。
「え…あの、倒れてた?…て、…」
訳がわからず、布団をぎゅっと握る。
すると、医師はにこっと笑って口を開く。
「あぁ、分からなかったらいいんですよ?覚えていないのなら、それでも構いませんからね。焦って考えようとせずに、楽にしてくださいね」
「はい…」
その表情と言葉に速まる鼓動が収まり、ほっと息をつく自分に気づく俺。
何でこんなに焦っているのか分からなかった。
けれど心臓が、異様に落ち着きをなくし、ぐしゃぐしゃに掻き乱されているのを感じた。
ー
「えー…続いてなんですが」
質問はそれから5分、10分と続き、ようやく質問に淡々と答えられるようになったとき、医師は不意にこう言った。
「今、付き合ってる恋人はいますか?」
その質問に、俺は少し目を揺らした。
何故こんな質問までしてくるのか分からなかったし、こういう話を湯馬の前でしたくなかった。
こくん、と軽く頷くと、医師は変わらない顔で笑ってじゃあーと口を開く。
「その恋人の方とは、上手くいってますか?それとも、ちょっと行き詰まったりしてる?」
俺はごくんと一度唾を飲んでから、長い空白の時間を要してから、あまり…と言った。
湯馬の顔を、見ることができなかった。
「じゃあ、ここからちょっと差し迫った質問するね。それで、付き添いの彼だけど…一緒にいるのやだったら出て待ってもらうこともできるけど、どうする?」
医師は不意にそう言って俺を見た。
湯馬の方へ顔を向けると、俺がどう言ってもいいようにか、笑顔でこちらを見ていた。
俺は少し黙って、声を出した。
「いいです………別に。いても」
言うと、医師はそっかと言って俺を見た。
湯馬の方はやはりまたも見れなかった。
「えーと…じゃあこれは一応の質問なんだけど、君が付き合ってる恋人は、男性かな、女性かな」
そうして医師は笑顔で、おれのほうは見ずに紙の方を見てゆるやかにそう問いた。
俺は静かにその質問に男性です、と答えた。
すると医師は、そっかと言って、何かを確信するような目をしてペンを走らせた。
外はまだ雨が降りやまず、俺は病院のベッドに座ったままぼうっとしていた。
さっきのさっきまで自分が何をしていたのか思い出せず、頭痛がした。
倒れて今ここにいるということは、湯馬が運んできてくれたことだけは何となく分かった。
「じゃあ、服脱いでくれるかな」
そうして医師は、不意にそう言って笑って、俺を見た。
「え…」
俺はそれに体を動かせず固まらせた。
布団を握る手が汗を掻いていることに気づく。
「あ…気まずかったら、彼に出ていってもらう?」
医師の言葉に、俺は唇をぎゅっと噛んだ。
「いいです………」
言って、俺は自分のきていたシャツをポツポツと外していった。
手が震えるかと思ったが、意外としっかりと着実に手はボタンを外していた。
パラ…とすべてのボタンを外しシャツを開き、腕を脱がしていくと、医師と湯馬の視線が向かれ、俺は目を伏せた。
完全に上半身裸になった俺を見て、医師は真顔でまた何かを書いていた。
湯馬の視線がいたいほどに感じて、顔を上げられなかった。
医師は、暫くして顔を上げ俺を見た。
「……野上君、君は、いつから恋人に暴力をふるわれているのかな」
その質問に、俺は軽く腕をぎゅっと手で握って、ただそれだけで赤く腫れ上がった傷の痛みが全身を駆け巡るのを感じて…俺はかたく目を瞑るのだった。
ーーーー
………
…長らくして、--雨は止んだ。
ーーーーー
……
「ー野上君は、今家にご両親はいるかな?」
医師は、立ち上がりながらそう言った。
「いえ…、両親は、多分家には…」
「じゃあ携帯番号とかは分かる?」
「…分かりません」
言うと、医師は俺の方を向いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そっか、…じゃあ両親にはまた伝えることにしよう」
だから今日はもう安静にして、落ち着いたら家に帰っていいよ、と医師はそう続けて言ってその場を後にしようとした。
俺は慌てて引き留めた。
「ーあ、あのっ…帰っていいって……ーー」
すると、医師は不思議そうに振り返ってから、こちらを向いて軽く笑った。
「別に、そのまんまですよ?君は別に怪我をしていたわけでもないし、両親の方も今日はいないようですし…無理にお金はもらいませんよ。あとは君とそこの彼と、ゆっくり話をした方がいいんじゃないかな」
見抜いたようなその言葉と笑みに、俺は何も言うことが出来なかった。
“帰りはまた声かけて、奥にいるから。今日のお客さんは君たちで最後だからね“
医師はまた続けて去り際そう言うと、本当に俺たちの前から颯爽と消えてしまったのだった。
部屋には、俺と湯馬だけが取り残された。
「………」
「……」
…静寂が辺りを包み、俺も湯馬も、何も言葉を発しようとはしなかった。
彼とゆっくり話をした方がいい…なんて言われても、実際何をどう話せばいいのか俺にはわからない。
思えば、彼とこうしているのは、行かないで…といった彼の言葉のあの教室での時以来だなんてことを、俺は今になって思い出すのだ。
「…先輩」
ビク
俺は思いがけず、不意にかかったその声に体がビクつき頬に赤みが差す。
慌てて気づかれないよう平常心を必死に保つと、湯馬が椅子から立ってこちらへ近寄ってきて、俺は逃げることもできずにそれを上半身を起こした状態で見る。
ーと、湯馬は先ほど医師が座っていた椅子に腰掛け、俺の顔を見つめた。
俺は先ほどより近いその距離に、視線を下にして目をさ迷わせる。
湯馬の方をじっと見続けることは、今の俺には出来なかった。
「先輩…」
「……」
「先輩、…何で…何で黙ってたんですか、恋人…」
「……」
「…暴力って、いつから…?」
「……」
「俺は…あなたがあの人を好きだから身を引いたんです、…あなたがあの人と付き合ってたから、だから俺はー…」
………
「……何で…言ってくれなかったんです……先輩」
「……」
「…暴力をふるわれても、あの人がまだ好きなんですか?」
「………」
「俺…そんな頼りなかった?…そんなに俺は…先輩にとってひ弱な奴だったんですか?」
「……」
…湯馬は、膝の上に置いていた握りこぶしを、ブルブルと震わせていた。
ー俺はそれを見て、何故か心臓が震えた。
「何とか……言って…何とか言って下さい…先輩、」
「……」
「…先輩……」
ーだけど
「先輩…せんぱい………」
このふるえは、いったいなんなんだー
「ーー先輩………!!」
「……ーっ、」
俺は瞬間、堪らず、気づけば湯馬を抱きしめていたー。
椅子に腰掛けていた湯馬の身をこちらへ力強く引いて、湯馬の肩に顔を埋めるようにして抱きしめた。
湯馬はそれに振り払うこともせず、俺の体へ手を回した。
…湯馬の体は少し、震えていた。
「……、先、ぱい…」
湯馬の声が、すぐ耳元で聞こえた。
「……うん」
「…どうして、こんなことするの……?」
「…何で…?」
問うと、湯馬は間を少し開けて口を開く。
「…だって、…先輩、俺……先輩のことどう思ってるか知らないんですか?それとも、分かっててこんな、」
「…。…お前が…泣きそうな顔してるからだろ」
「…え?」
「俺のことで…お前が泣く必要ない…俺のことばっか、気にしてないでいいから、お前はもっとここじゃなくてもっと違うとこに行った方がー」
「ー必要ある!!」
ーーびく
不意に湯馬は声を上げそう言って、俺の体を肩を持ち離し、正面から俺の顔を見つめた。
湯馬の顔は、相変わらず綺麗で、そして…懐かしかった。
「…先輩は何も分かってない…俺が先輩をどれだけ好きかも、俺がどれだけ先輩の恋人が今憎いかも、どれだけ奪い取ってやろうと思ったのかも…どれだけ俺が…あなたに会いたくて、寂しくて…たまらなかったのかもーー」
湯馬はそこで、ぐっと何かをこらえるようにして、力強い目で俺を見つめた。
「……ゆう」
そして、
「ーあなたが好き」
ーどくん
…湯馬の瞳はもう、揺らいでいなかった。
ー
「…湯馬…何、言って…」
「ー逃げないで」
目をそらそうとすると、パシッと腕を掴まれ反射的に目が湯馬を見るー。
「湯、馬…」
「…先輩…俺、あなたのことを守りたい……」
ー……、
…瞬間、喜びと恐怖が、体を包むーー。
「湯馬、…はな」
「俺だったら、あなたを傷つけない、あなたを幸せにする、俺が守る、あなたが好き、好きなんです、これだけ言ってもまだ、あの人が好きなんですかっ?」
「…湯馬、待て…違う、もうそれは分かってー」
「分かってないから言ってるんです」
…そう言った湯馬の目は、少しだけ怖かった。
湯馬…と言おうとすると、不意に俺は湯馬によって腕を掴まれていた手を強く握られ、ドサッとそのままベッドへ倒される。
体を起こそうとすると両肩を両手で下へ押さえつけられ、体はびくともしなかった。
「湯馬…お前」
「ーさっき、先輩何でこんなとこにいるか分からなかったんでしょう?」
「え?」
唐突に言われたそれに、戸惑う俺。
すると、湯馬はにこっとして俺を見つめ、教えてあげますよと言って笑う。
ーいい、とすかさず言うも、湯馬はその俺の制止さえもバッサリと切り捨てるー。
「先輩、あの男のこと思い出して、恐怖してたんですよ」
「ー」
………あの男?
瞬間、胸の動機がし出す。
「目の前に誰もいないのに、…真っ青な顔して、あの男を怖がってた、逃れようとしてた。先輩は、あの男を好きじゃない、ただあの男からにげられないようにされてたただけーー」
「ー、」
ーお前は俺のモノだよ
…記憶が、フラッシュバックするー。
「…そういうことだったんですね、そうだったんですよね。恋人に暴力をふるわれていたのなら、あんな幻覚を見るのも辻褄が合う、思い返せば保健室にいたときもそうだ、…異常なくらいにまで視線を動かしてまるで我を忘れたようになっていたのもすべては恋人のせい、恋人がそれだけあなたにとって怖かった、恐怖する存在だったんだ」
「…ち、違う、違う…」
…目の前が、見えなくなっていくー
「何が違うっていうんですか。先輩はあの男なんて好きじゃないんですよ、あの男に良いようにコントロールされてるだけだ、もういい加減目を覚まして下さい」
…輪郭が、声が、薄れぼやける。
いまどうして、なぜなにをやっているのか、分からなくなる。
「おれ、は…」
おれは
ー……こういうの、大好きなくせに
…おれは
ー手放すつもりないよ…?
お れ は
「………先輩?」
「……」
「先輩…どうしー」
「……ぃ」
「……え?」
「…ごめんなさい、ごめんなさい」
「ー」
湯馬が、目を開くのが分かる。
何もない、空白の頭の中で、俺はそれを見つめる。
「…ごめん、なさい…ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「……せん、」
…彼の顔が、まるでボロボロと崩れ落ちていくように、視界に歪みが走る。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
…こんなつもりじゃなかったのに
こんなつもり、なかったのに
ー先輩…、ほら。手出して下さい
ーあなたのことが好き…………
…こんな、つもりじゃー
ーぎゅ……っ
「ー先輩…!」
「…ー」
歪みが
「もう………」
「………やめて…」
………収まるのがわかる。
ー
………
「先輩…ごめん、ごめん…俺が悪かったから…悪いのは俺だよ、俺だよ…先輩………」
「……」
…そこはとても、
とてもとても温かい、柔らかな場所だった。
ー今日は、珍しく幸せな夢を見た。
辺り一面色鮮やかな花で覆われ、前を向けば俺だけを愛する人がこちらを見て優しく微笑んでいる。
俺は迷わずそちらへ向かって歩いた。
俺だけに向けられた手を、ようやく手に取るのだー。
彼は笑った。俺も笑った。
やっと、やっと繋がれた…と。
もう何も心配はいらない…
彼といれば、もう何も怖がることはないー
彼がいれば、俺はそれで良い
…あなたに今、俺はようやく言おうー
ずっとずっと言えなかった、その言葉を。
ー好きだという、
この短い言葉を。
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