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第9話 辿り着く答え(1/2)
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“‥‥どうしてこんなにも、胸が痛いんだろう。‥‥もう、振り向かないと決めたのに”
By野上
ー季節は、もう真冬だった。
「おはよー」
「はよー」
「野上おはよー」
「あぁ、おはよ」
「宿題やったー?」
「当たり前だ」
「見しー」
「叩くぞこら」
「……すみませんした」
ー教室の窓から見える外の景色は、辺り一面白い雪で覆われ、吐く息さえも白色を見せる。
受験まであと残りも僅かだった。
雛原は、俺と高藤の受験する学校より一つ頭の良い大学へ進学をする。
理系大学の4年制。
文系大学を志望する俺たちとは進路も変わるのは当然だろう。
それに彼は、そもそも持つ頭が違う。
「ー雛原」
教室の前方扉が開く。
入ってきたのは担任だった。
「ちょっと良いか、話がある」
言われ、雛原は立ち上がりそちらへ向かった。
恐らく…進路のはなしだろうということは予想がついた。
担任にとっても、彼のような逸材を持つ生徒は貴重であり、良く思わない訳もない。
それが果たして、その本人とって嬉しいことなのか、負担でしかないことかどうかは知らないけれど。
「先輩」
廊下を歩いていると不意に声をかけられ振り向く。
後ろを向くとそこには、笑ってこちらに歩いてくる湯馬の姿があった。
「ーー湯馬、何でここに。1年の教室は下で…」
言うと、湯馬はにっこりと笑った。
「大丈夫ですよ、さっき下に職員室に向かうあの人の姿見えたんで。だから心配しないで下さい」
「ー」
…言われ、俺は何も言えずににこにことする湯馬から目を反らし、ぎこちない瞬きをした。
「ねぇ先輩、もうすぐ…というか、明後日なんの日か分かります?」
空き教室に入ってすぐ、湯馬はそう言った。
中は肌寒く背中に悪寒が走り、俺は両手を体へ回した。
「明後日?」
回した手で体を擦りながら白い息を吐き、少し眉を寄せながら俺は問いた。
すると、湯馬はちょっとむっとしたような顔をして俺を見る。
「先輩、本当ロマンスとか何もないですよね」
そう唐突に言われ、は?と言う俺。がしかし、すぐ湯馬の言いたいことがその数秒後分かり、湯馬を見る俺。
もしかして、
「クリスマス…?」
言うと、湯馬は一瞬驚いてから、そうして次には満面の笑みで笑った。
「良かった、分かってるんじゃないですか」
それに、いや…と言う俺。
「…今、思い出した」
言うと、湯馬は苦笑するように笑った。
「勉強のしすぎで、倒れたりしないで下さいよ」
それに、当たり前だろ、と俺は返した。
ー湯馬はそれから特に口を開かずに俺を見て弧を描くようにほんのすこし笑みを浮かべ見つめた。
雪がまだしんしんと降り続いていた。
「先輩、」
ードキ
「何?」
………
「クリスマス…会えませんか?」
…どきん、
それは、この話の流れから予想できなかったことではない。
「…あー、と…」
「……」
「俺…はーー」
何といえば、正解なんだろうー?…
俺はまだここにきて、そんなことを今も、考えているー。
「湯馬、」
「あの」
「ーえ?」
不意に止められ湯馬を見る俺。
「…すみません、俺…もしかして先輩のこと、困らせてます?」
湯馬は言って、視線を反らし少し寂しそうに笑った。
「いや…そうじゃなくて…」
そう口を開く俺。
「まだ…分からないんだ。一応受験生…だし、まだ、学校に来るかもしれないし、」
言うと、湯馬は俺の言葉を聞き、そうなんですか、と言って笑った。
「じゃあ、また会えるかどうか連絡してくれませんか?俺携番渡すんで」
その言葉にえ、と少し瞳を揺らす俺。
ささっと小さい紙に番号を書くと、湯馬は俺にそれを手渡した。
「…これ、絶対登録してください」
言って、湯馬は差し出さない俺の手を掴んで引っ張って、俺の手の平にぎゅっと無理やりその紙を握らせた。
「ゆう…」
「あの人のことですけど、」
湯馬はそう言って、俺は心臓を鳴らした。
「俺は…はっきり言って、手をあげるような恋人とは別れた方が良いと思います」
「…」
「先輩がもし別れられない状況なら、俺が手伝いますし、俺が先輩守るし」
「……」
湯馬は言うと、俺を見ていた目を一度反らした。
俺は湯馬の言葉に、何も答えられなかった。
そして、
「……先輩、俺、…ずっと、連絡待ってますからーー」
瞬間ふわ…っと、俺は温かいそれに包まれた。
湯馬は正面から、俺の体に両手を回し、優しく抱き締めていた。
湯馬の体から体温を感じ、俺は寒さが収まっていった。
湯馬の肩より少し上に顔を出して、俺は身を固まらせた。
吐く息は相変わらず白いのに、頬が温かい変な感覚が襲った。
俺より二つも年下なのに、俺より背も胸板も厚い湯馬は、少し癪だった。
けれどもここは、他のどこよりも温かい空間であった。
湯馬は俺のすぐ耳元で、先輩と口を開いた。
低すぎず高すぎない、心地よい声だった。
「…先輩、ちゃんと食べてます?」
「え?…なんだその質問」
「だって先輩、改めてこうやってみるとちっさいし、背中とかガリガリ」
俺は微かに笑った。
「当たり前だろ。背中に肉はつかない」
「ー中にちゃんと温かい服着てますか?登校するときとか、ちゃんとマフラーしてる?」
「なんだよ急にお前は、母親か。ちゃんとしてるから安心しろ」
言うと湯馬も微かに笑ったような気がした。
「先輩可愛い…こうしてると本当に、可愛くて仕方ない。俺、先輩のことやっぱりすごい好き」
「…お前は、そういうことをよく恥ずかしげもなく言えるな」
「そうですか?だって、本当にそう思うから」
「だからって…」
「だから思わずぎゅーってしちゃいました、ごめん先輩」
「…」
「ていうのは、冗談…ではないけど、先輩寒そうだったんで」
「ーえ?」
「俺…体温割りと高い方なんです。だから、こうしたら、ちょっとは温かくなってもらえるかなって…」
「ー」
湯馬、と言おうとして、
「先輩…あったまりました?」
そうして湯馬は、とんでもなく優しい声色をして俺の耳元でそう…囁くのだ。
湯馬はやさしい…。
だから堪らなくなるー
雛原が時折優しい、あの優しさを…彼は持っている。
それが、俺の身を、心をこんなにも簡単に溶かすのだ。
彼は、俺の乱れた心のうちを、いつも癒してくれる。
彼は優しい…ー
俺以上に、雛原以上に。
彼は優しい。
優しいんだ…
…俺は彼が、湯馬が好きだ。
いつからかわからないけれど、湯馬しか見えなくなったのだ。
彼のこの温もりを、あたたかさを知ってしまったから。
彼のひた隠しにしていた想いを、知ってしまったから。
俺はもう戻れない。
雛原といたあの頃には。
もう…、あんな関係には戻りたくないと思っている自分がいるのだ。
湯馬の手をとりたい。
彼の元へ行きたい。
この場所を…俺だけのものにしたいー。
あの日も、あの日も助けてくれたから、
だから、彼だと
だから、ここなんだと、
ーけれどそれは、本当にしてもいいことなのか…?
…それでも俺はそう、まだそうして、
ただ思案するばかりでいるしかない。
「雛原」
クリスマス前日、学校が終わって放課後、俺は誰もいなくなった、雛原と二人の空間になった瞬間、そう声をかけた。
雛原は担任に用があるのか、なにやら白い紙を持って教室を出ようとしていたが、雛原はドアに手をかけて俺の方へそのまま振り向いた。
外ではまだ、生徒たちが賑わいながら下校をしていた。
雪は、ゆっくりとした動きで、ふわふわと上空から地上へと舞い降りていた。
「何?」
雛原は特に表情も変えずに、無表情にそう疑問で返した。
俺はそれに少し言葉が詰まったが、すぐ口を開いた。
「…あのさ、ちょっと大事な話…したいんだ。ーいいか?」
言うと雛原は、これといった表情もまたせずに、うん、いいけどと言った。
雛原は俺の言うことを何も察していないようだった。
「…あー、俺、…さ」
俺は少し声が出なかった。
教室の中が、寒くて足が震えた。
雛原は少し促すように何?と、また言う。
俺は、下に向けていた目線を、そんな雛原に向けるしかなかった。
「俺、ちょっと今から行かなきゃならないんだけど」
「ごめん、」
「いいけど…。じゃさっさと話して」
「…あ…うん」
…雛原は少し眉を寄せた。
俺は瞳を瞬間少し不安定に揺らした。
「…つか、その話またこれが終わってからでも、」
「ー別れてほしい」
「ーは?」
気づいたら手に、ぐっしょりと汗を掻いていた。
雛原は、俺の方を見て体を固まらせた。
手に持っていた紙をピクリとも動かさずに、俺の目を見て固まっていた。
時計のカチカチ…というその小さな音が、聞こえるほどに静かだった。
雛原は俺を見て、目を少し大きく見開いていた。
彼は、多分俺の言うことに、驚いていた。
「…別、れる?」
雛原はそう声を出した。
俺はその声に少しだけ体を動かした。
雛原はこちらに向かって歩み寄った。
俺は体を少しずつ後退りさせた。
「…野上、何で逃げるんだ」
雛原はこちらへ歩きながら言った。
俺は声を出そうとしたが、ただ口を開いて閉じるしかできなかった。
雛原は、後ろのロッカーに背をつけ逃げ場をなくした俺の約1メートルほど前で足を止めた。
雛原は、俺を見てまだ、目を開いているように見えた。
「雛…」
そして口を開こうとして、
「………別れないでくれ」
…そう聞こえた声に、俺は目を開かせた。
前にたつ雛原は、少し体を震わせ、目をゆらゆらと情緒不安定にさ迷わせていた。
雛原は少しずつ俺に近寄った。
雛原は俺の元まで来ると、そっと自分の手を俺の頬に乗せ、すがるような目で俺を見つめた。
雛原はすこし、様子がおかしかった。
雛原のその表情は、哀れだった。
「…俺はお前と、…別れたくない……」
そして、そう、言った言葉に、俺はただ、何もできずに彼を見つめるしかできなかった。
彼は、いつになくひどく…弱っていた。
「雛、原…?」
俺は頬に当たるその温もりを感じながら、その目の前にある自信をまるでなくしたかのような彼の表情に、俺は瞳を揺らした。
「野上…別れないでくれ…頼む」
雛原は俺の腕を掴んだ。
ぎゅっと力の入ったそれに、俺は少しの恐怖を感じ体を微かに揺らした。
雛原は瞳を潤まし俺を見つめていた。
「…お前が、好きなんだ。お前じゃなじゃなきゃ、ダメなんだ…」
え…?
「俺が、酷いことしてきたのは謝る、謝るよ…だからそんなこと言わないでくれ、頼む野上」
俺は突然すぎる、変わりすぎるそれについてゆくことができない。
頭の中は、最早パニック状態だった。
雛原は俺を見て、俺にすがった。
俺はその手を振り払えず、瞳を反らすのに精一杯だった。
雛原はそんな俺を見て頼む…と再び口を開いた。
腕を掴む力が強まり、着ていたシャツが下に伸びるのを感じた。
「雛原、」
俺は雛原の手を握り離させようとする。
「俺、確かにお前に色々酷いことしたよ、でも、謝るから、だから許してくれ、別れるなんて言わないでくれ、…お前が好きだ、大事だ」
「雛原…、」
「もうしないから、俺から離れないでくれ…野上。俺にはお前が、必要なんだ」
「ー雛原っ」
ーー遠くで彼とのまだ温かかった頃の記憶がよみがえる。
俺を見つめる、優しい瞳が浮かび上がる。
彼の優しいその記憶だけ、今思い浮かぶ。
「…野上、好きだ」
「、」
雛原はあの頃と同じ、優しい目をして俺を見る。
「お前が好きだ、大事だよ…お前以外、いらないんだ…」
頬から髪を触るその手の感触に、俺は睡眠薬にでもかかったように誘われていく。
彼の近づく顔に、唇に、俺は体を動かせず、身を固まらせる。
彼は俺を見て、再び好きだ、と言った。
俺は夢か、幻想でも見ているかのような感覚に襲われ、まぶたを少しだけ落とした。
頭がひどく、ぼうっとしていた。
顔が近づくのを感じながら、脳裏に湯馬の姿がよみがえった。
ー「先輩…好きです」
…その数秒後、いつの間にか俺と雛原の近づいていた距離は、離れていた。
そうして何故か、俺の手はじんじんとした、熱い痛みをそのとき持っていた。
…
……………
「………の、がみ?」
ービク
教室は静寂だった。
相変わらず外は白く、まだ雪が降っていた。
俺は胸のどくどくという音が加速する音を一人静かに聞いていた。
自分の熱い右手のひらを見つめ、俺は目を開いていた。
「あ…ひなは…ら…」
ーごめんと言おうとして、俺は口が震え言葉が出なくなる。
雛原はただ呆然と俺を見つめ、赤く手あとのついた頬を片手で押さえた。
俺は目の前のその雛原に心臓を鳴らし、目を泳がせた。
自分のしたことが、信じられなかった。
俺は雛原を、叩いたのだー。
「野上…おまえ…、」
雛原は俺の腕を再び強く掴んだ。
「っ、」
俺は逃げることを忘れ、糸も簡単にその手に捕らえられる。
「…野上…どうして、…」
俺は雛原の声が耳に入らなかった。
「…ぁ…、…ぃ」
ただ、…俺は恐怖に満ちていた。
「………野上?」
ー身体中が、彼の声がするたび、恐怖で震えた。
「…い、…怖い、怖い、怖い」
バシッと叩かれるあの音が、痛みが、よみがえるー
「ーえ…」
「…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、……ごめんなさい」
怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
ただ、…あるのはそれだけ。
それだけ。
ーそれだけ。
…俺は自らの手で自分の顔を覆い、ぐらぐらとその場を不安定に歩いた。
前に進むでもなく、どこにいこうとしているわけでもなく、俺はよろよろと不気味に歩いていた。
雛原は黙って静かに俺を見ていた。
俺はふらついた足で机の端に当たり、その内体をよろめかせた。
体が一瞬で宙へ舞い、床へ体が横へ倒れた。
けれどそのときの俺はおかしい。
もちろん今の状態の俺もおかしいけれど、…だっておかしいんだ。
だって、床に倒れたはずなのに、なぜかいたくないんだ。
あぁ、…叩かれ過ぎて、慣れて痛みをもう感じなくなってしまったのか…とか、
もしかして俺って気づかないうちに死んでたんだろうか……とか、
色々考えたけど、どれも何となく違う気がするんだ。
だってここは温かい…柔らかい……
この匂いは、この背丈は、この手の感触は、
この、
「ー大丈夫ですか?先輩」
心地よい声は、
「……」
…間違いなく、湯馬だった。
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