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ー瞬間、緊迫した空気が一気に部屋を張りつめる。
湯馬は俺を支えると、俺の体を起こしてから目の前に立つ雛原を見つめた。
雛原は、同じように湯馬を見つめていた。
「お前…前に、野上とキスしてた…」
雛原はそれからそう言って、みるみるうちに目に怒りを露にさせた。
「どうしてお前がここに…さっさとそいつから離れろっ!関係ないだろ!」
ビクッと体を震わせると、湯馬はそっと俺の肩に手を置いて、湯馬は自分の少し後ろに俺を下がらせた。
湯馬が何をしようとしているのか、俺はそれが怖かった。
「ーあの…あなた、先輩と付き合ってる恋人の方ですよね?」
湯馬がそう言うと、雛原は射るような瞳で湯馬を見るとはぁ?と声を出す。
「当たり前だろ、俺とコイツは、もう2年生の頃から付き合ってる。だからお前みたいな一年に手出されるとかありえねーんだよ、もしかしてお前こいつに惚れてんのか?だったらさっさと諦めろ!!」
雛原は珍しく自我を忘れているような感情の出し方をしていた。
「それは無理なお願いですね、いつからどう付き合っていようが俺には関係ないし、惚れちゃったのなんて消せません。消せるものなら、それほど楽な方法はないでしょう?」
湯馬は冷静に、優雅に笑ってそう言った。
「ー黙れガキが!お前に関係ない、お前なんか俺と野上の仲に入ってこられる価値もない!後輩なら黙って下がれ!!調子乗んな!こいつは俺がいんだ、俺はこいつがいんだ!」
雛原は肩でハァハァと荒い息をしていた。
湯馬はそれを見て、にっこり笑った。
「…あなたって、気性荒いですよね?」
「ー…は」
雛原はその言葉に目を揺らした。
「最初の頃は、俺もバカだったんで、あなたのことただの優しい先輩の恋人くらいにしか思ってなかったんですけど、…でも違いますよね?」
「……」
「あなたは先輩の前になると性格が変わる、平気で暴力を奮う、それで先輩のことを逃がさないように上手くコントロールしてた、…それがあなたですよね?それが先輩とあなたの関係ですよね」
「ー違う!黙れ……!!」
雛原は額に汗を掻いていた。
この寒い中で汗を掻くなんて、何かが絶対的におかしかった。
「黙れ……って言われても。俺のセリフなんですよね」
湯馬は言った。
雛原はキッと湯馬を睨み付けた。
「あなたが今まで先輩に何してたか分かってます?ただ抱くだけならまだしも、暴力を奮ってまでする必要性はなんですか?あなたのせいで先輩は恐怖心にとらわれるようになってしまったんですよ」
「湯馬、」
「ーそんなの知らない!知らねぇよ!俺はこいつが好きだ、こいつも俺が好きなんだ、そういってるだろ!」
「知らないわけないんですよ、あなた以外誰が先輩に手を出せるって言うんですか、あなたでしょ?あなたですよね」
「ー湯馬っ!」
俺は叫ぶ。
けれど湯馬はひどく冷たい目をして俺を見た。
そして、
「…もう、いい加減限界なんですよ………」
彼は静かに、そう呟いた。
彼の表情は、喜怒哀楽の内のそのどのものにも見えないような顔をしていた。
「…本当、これでも我慢してる方なんですけど…」
ー湯馬はそう言って、少し自嘲気味に笑うのだった。
湯馬は少し右半分の顔を片手で覆うようにしてから、前に立つ雛原を見て、そしてすぐ顔を下へとむけた。
「あぁもう本当に…」
「…」
「…あなたを今、殴りたくて殴りたくて、……仕方ありませんよ」
ー、っ
湯馬のその言葉に、前にいた雛原を見ると、右の掌を強く握り締める様子が見えあのときの光景がよみがえった。
「湯馬!もうよせっ……!」
思わず叫んだ声に、雛原がこちらを見て体がすくむ。
そして湯馬の腕を無意識に掴んでいる自分の手に今気づく。
「あ…ごめん」
慌てて離し言うと、湯馬はこちらに振り向いて軽く笑った。
「いいんですよ」
そういって、離した俺の手を湯馬はギュッと自分のもとへ引き寄せるように掴み、握った。
こんな状況なのに、俺は強く握られたその手に、胸を間違いなく跳ねさせていた。
けれどすぐ目の前に立つ雛原の鋭い目を感じ、俺はハッとして雛原の方を振り向いた。
雛原はこちらを見て、殺気だたせていた。
「…へーぇ、見たところ…すっごく仲が良いみたいだな…お前ら」
それに何も言えず黙ると、雛原は自分の髪をくしゃっとかきあげるようにしてから再びこちらを見た。
その強い瞳に身が固まる。
湯馬はそんな俺を悟ってか、先ほどよりさらに少し後ろに俺を推し隠すようにした。
すると、雛原はそれが気に入らなかったのか、次の瞬間うぜえんだよ!、と言って、自らの手をこちらに、湯馬の方に向かって奮った。
湯馬!と、俺は思わず叫ぶけれど、湯馬は体をピクリとも動かそうとはしなかった。
それどころか、くることが分かっていたかのように、湯馬は酷く、冷静に見えた。
ーそうして瞬時に見た湯馬の顔は、まるで何も映さない虚空を見つめるような顔をして…、ただ自分の顔面に向かってくる拳を見つめていた。
ーバキッ!
…そう音を立てて、そう教室中に響かせて、湯馬の体が、床へと向かって倒れた。
そう、
思っていたのに。
ーパシっ
次の瞬間の
軽い、そんな音に俺は瞑った目を開けた。
俺はゆっくり目を開いてから、息を飲んだ。
「ーまた、暴力ですか?」
そこに立つ湯馬は、向かってきた雛原の手を軽々と、掴んでいた。
それから湯馬は、質問した返答は聞かず、目を目開く雛原に向かって次の瞬間固く握った右手を、…雛原の腹に向かって、思い切り突いた。
雛原は瞬間、何の声も発さずに、そのまま後ろにがたんっ!という音を響かせて倒れた。
俺は思わず雛原と叫んだ。
「…ぅ、…げほっ!ごほっ、…」
雛原は床にらしくもなく尻餅をつき、苦しそうに咳き込んでいた。
湯馬はそんな雛原を上から見、無表情に視線を向けた。
「どうですか殴られた気持ちは?…気持ち良いですか?」
そう言う湯馬を見て、雛原は下から睨みつけた。
「お前…」
そうして口を開こうとする雛原を遮り、湯馬は、何ですか?と言った。
そんな湯馬を雛原はまだ、強い瞳でじっと見つめていた。
「ーま…手を出したことはごめんなさい。俺もそのつもりなかったんだけど、なんかやっぱり、あなたを目の前にすると我慢できなくて。すみません、後輩の分際でこんなことをしてしまって」
にこっとして言う湯馬を見、雛原は何も言わなかった。
湯馬はそれを見、静かに口を開く。
「…でも誤解しないで下さいね、これは俺があなたが単に嫌いだからやったんじゃないって。これはずっと先輩が受けてきた痛みで、先輩には絶対に出来ないことを俺がやったんだって…ここ、間違えないで下さいね、先輩」
湯馬はそう言うと、睨みつける雛原を無表情に見つめ、それから、と言った。
「俺、謝りませんから、殴ったことに対して。だって俺も前あなたに散々殴られたんだし、おあいこでしょ?1発だけってことに関して、感謝してほしいくらいですから」
「…」
「先輩がいつからあなたにこんな目にあわされているのかは知らないけど、これでよく分かったでしょう?こんなことが、本当にあなたの想っている人に対する態度だったんですか?…何も抵抗できないことをいいことに、あなたは先輩の…、…あなたは先輩の優しさに、つけ込んでいただけだ」
そんなことを一通り喋ると、湯馬は踵を返した。
俺の方を向いた湯馬に、雛原は待てと言った。
「お前は…」
「…」
「お前は、どうなんだよ、」
雛原の声は、嫌に室内に響いた。
「ー何がです」
湯馬の声は、相変わらず心地よい。
「お前は…だったらお前は、野上のそうゆうとこ、利用してなかったって、そう言い切れんのか、お前はそこにつけ込んでないって、そう言えるのか」
雛原の言葉に、湯馬は暫くの間黙っていた。
「お前はいつから、こいつと仲良くなってるのか知らねぇけど…野上からお前に近寄ったとは思えない。お前が無理矢理迫ったとしか、俺には思えない」
「……その通りだといったら?」
瞬間、雛原は湯馬をさらに強く鋭い瞳で見つめ睨みつけた。
「最低だろ…俺のこと散々言っといて、お前はどうなんだよ、俺と付き合ってるって分かって手出したんだろ?お前のがよっぽどひどい、卑怯だろ、自分は相応しいとでも思っているのか、こんなことしてる自分は正義のヒーローとでもいうのか」
湯馬は、そんなこと思ってない、ーそう言った。
「…ヒーローだなんて、…はは。あり得ない、あり得ません、…俺は確かに、あなたの言うとおり、卑怯で酷い奴ですよ。あなたのことを最低な男なんて、俺が言い切れる訳もない、あなたに先輩が殴られてると知って怒り狂っても、俺はあなたばかりを攻めることはできない。だって俺も、…良い奴ではないから」
「…」
「ーだけど、だけど、…先輩が、この人のことが、それくらい好きだったんです。ずっと、…好きだったんです」
ードキン
雛原は、もう何も言わなかった。
湯馬のその言葉に、雛原の、一瞬戸惑うような瞳が見えた気がした。
湯馬は、雛原を見る俺を見た。
そして、俺がそれに気づき振り向くと、湯馬は目を反らした。
すると、
「出るなら、さっさと出ればいいだろう」
床にまだ尻餅をつく雛原は、下を向いたままそう言った。
俺は雛原の方を一度見てから、湯馬を見た。
湯馬は俺を見つめていた。
ー俺たちは、教室を出た。
ーーその後の、残された教室の、小さな声を、俺は、…知るはずもない。
「俺だって………ずっと、…好きだった…」
……
「好きだ…………野上……野上…」
………
……もちろん、悲痛にその綺麗な顔に光る、目から流れる涙も…
俺は、知るはずもない
ーーー
ー
クリスマス当日。
俺は、一人外で白い息を吐いていた。
周りをしあわせそうに歩く恋人を見つめ、俺は小さく息をついた。
最近はといえば、なんというか、やたらところ構わずいちゃつく人が多い。
俺にとってはそんなこと何の害にもならないけど、見ていてこっちまで幸せになる、とかいう、考えも持ちわせてないから、つまり俺からすると鬱陶しさしかない。
堂々と腕組んで笑い合ってキスまでして…。
あのカップルなんて正にそうだ、 人目も気にせず道の真ん中で抱き合ってる。
あり得ないだろ、いくら好きだったとしても、どうしてここでわざわざ見せつけるみたいにあんなことを…
クリスマスにみんな揃いも揃って恋人連れて、幸せそうにして、本当、ー馬鹿じゃねえの。
すると、不意に、ふ…と目の前が真っ暗になった。
先ほどまで映っていた、男女のカップルが視界から消え去る。
ほんのりとした目元だけが、温かかった。
「ちょ…っ、ー」
「何見てるんですか?」
その視界を妨げる原因を退かそうとすると、そんな声が聞こえて、次の瞬間目の前に、俺の待ち続けていた、ー彼の顔があった。
「何って…」
言おうとすると、彼は俺の先ほど見ていた方向を見つめ白い息を吐き出した。
「ーあそこにいるカップル見てましたよね?先輩…。そういうの困るなー、ただの子どもとか、女の子が談笑してるだけとかならまだマシですけど」
「はぁ?」
俺は意味が分からず眉を寄せた。
すると彼はこちらを向いて、優しくにっこりと笑った。
「だって…他の人のそういうとこ見られたら、それだけでも十分嫉妬しちゃうから、ー俺」
俺の頬のサイドを両手で包んで、顔を近づかせて、彼は、湯馬は…、そう言ったのだった。
「…嫉妬、深すぎ。」
俺がそう言うと、湯馬は近づかせていた自分の顔を俺の額に合わせるようにした。
「…そうですか?先輩、だって俺来てるのに、気付いてくれないから」
「…悪い。後ろから来ると思わなかったから…、つか、声普通にかけろよ馬鹿。…びっくりした」
「先輩の気をより引くためにはああした方がいいかと思ったんです。…駄目でした?」
「アホかお前は…。気なんか引かなくても、もう十分…お前の気持ちは分かってる」
「じゃあ今日辺り、先輩の気持ちも俺に分かりますかね?」
ー。
「…ばーか、さっきから顔近いっつーの」
さっきまで嫌という程視界に入っていた恋人たちは、いつの間にか消えていた。
ー
「先輩、何食べたいですか?」
辺りの日が落ち、雪もいい感じに降り始め、町の彩りあるイルミネーションが光を放つ頃、俺は正面に座る湯馬にそう言われ、え、と言って前を向いた。
前に座る湯馬は店のメニュー表を手に、こちらを向いて少しムッとした顔をした。
「先輩、ちゃんと聞いて下さいよ。クリスマスなのに。せっかく先輩とデートなのに」
「…あ、あぁ悪い。少し、ぼうっとして」
言うと、湯馬はそうですか、と言ってちらりと俺を見てからすぐメニュー表へ視線を戻した。
俺はそれを見てから小さい息を吐いて、夜に光る雪とイルミネーションを眺めた。
…別に彼といることがどうこうではないのだけれど、どうしてもちらつくのだ。一昨年の、あの時の彼が。
ー俺はこいつがいんだ…!
…あのときの彼は、とても必死だった。
あんなに感情的になっている彼は、初めて見た。
…怒りを露わにして、俺が必要だと言って、俺にすがる真似までしてー。
彼は、俺が本当に自分の側から離れようとした時、そういう行動を、表情を見せる。
いつも俺になんて優しくしてくれる時はごくわずかで、俺でない他の彼女が彼の本命…と知っていたし、そうだろうと思っていた。
けれどそれならば何故俺に執着するか分からない。
彼は確かに俺に、飽きたら解放すると俺に言った。
でも飽きたらなんて、…それにしたってしなくたって、どちらにしても執着し過ぎじゃないか?
俺が彼のいいおもちゃにすぎないなら、それはそれでいい。けれど、もしそうではなかったら?…
本当に俺のことを、彼が好きなのだとしたら?
…暴力を奮われても、それでも俺は、本命が自分だとすれば、…俺は彼をまだ選ぶのだろうか。
ただのSMな関係ではなく、俺は、彼自身を…選ぶのだろうか?
俺はやはり、彼のことが好きなのだろうか?
「先輩、先輩」
湯馬の声に目を開いた。
目の前でこちらを見つめる湯馬に、分からない罪悪感が胸を襲った。
「…先輩、俺の言ったこと、聞いてました?」
湯馬の言葉に、俺は視線を下に落とした。
すると湯馬は何も言わず、俺を見つめた。
…なんというか、最悪だ。
湯馬といるのに、俺は雛原のことを考えている。
思えば俺はいつもそうだ。
彼といても、そしてまた違う彼といても、違うことを考えてしまう。
俺は、いつからこんなふうになってしまったんだろう。
どうすれば自分のこの優柔不断さがなくなるのか、俺には分からない…。
どうすればいいのか、どうすれば、正解なのかー
俺には、まだ…
「先輩」
目線を下に、睫毛をふせる俺に、湯馬はこちらを真っ直ぐに見て声をかけた。
湯馬は俺の目を、捉えていた。
「…何?」
店内は薄暗く、そして外も暗かった。
俺は真剣な顔をしてこちらを見つめる湯馬に、緊張が張り詰めた。
「…先輩は結局、あの人とはどうするんですか」
何故ならば俺は
「俺のことは…本当はどう思ってるんですか?」
まだ、
自分の答えを、決めてはいなかったから。
「…俺は、」
頭の中が、ぐちゃぐちゃのまま解決しようとし、俺は瞳を彷徨わせた。
今日この日に彼と会っているのなら、俺は彼を選んだようなもので、だけれど俺は今、一昨年の雛原のことを考えていて、ここにいる湯馬のことを見ていない。
けれど俺は湯馬が好きだと思った。彼が好きだと、そう思った。
けれど雛原のことは?
まだ雛原のことを考えているということは俺はまだ彼を好きなのか…?
正解なんて、見出せなかった。
彼のこの手を取ろうと思って…雛原に別れを告げたのに、…何故俺は今更気持ちが揺れるのだろう。
散々な目にあってきたのに、俺はまだ、何も分かっていないガキなのだろうか。
ー俺にはお前が必要だ…
……。
「湯馬…」
…だけれど俺は、何故だかは分からないけれどまだ、この手を、とってはいけない気がした。
「はい」
「…悪い、少し時間をくれ。色々…整理したいんだ」
湯馬はそれに一瞬瞳を揺らしたが、すぐに綺麗な笑みを浮かべて笑った。
「いいですよ、…先輩がそういうなら」
その綺麗すぎる笑みを、俺は見つめた。
…彼は間違いなく、俺の好きな人だった。
だけれどまだ、もっときちんと事を片付けてから、彼と向き合いたかった。
俺が彼なのだと自信を持って、確信を持って言える時がくるまで、俺は彼に、何も言ってはいけない気がした。
「ーじゃ、もうこの話はやめましょう。ほら、せっかくのクリスマスですよ、早く食べましょう」
…そう、俺は思ったのだけれど、彼はどう思っただろう?
「あ、あぁ…」
俺は、間違ったことを、しているだろうか。
ふと見た湯馬は目の前で、楽しそうにニコニコと笑って、頼んだハンバーグを美味しそうに口にし、その顔が外のイルミネーションの灯りで、赤、緑、青と…たくさんの色の光で輝いていたー。
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