アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第10話 俺と彼の素顔(1/2)
-
“‥‥キスをしよう。これ以上ない、ありったけのキスを”
Byーーー
ー年はあけ、1月を迎え、センター試験もようやく終えた。
あと残すは本命の大学の入試だけ、となっているとき、同時に俺たち3年は卒業も近かった。
辺りの騒ついた雰囲気は前よりも消え、皆少ない時を少しさみしげに送っている気がした。
「野上」
「おぅ」
「なあ今日さ、放課後勉強しない?空いてる?」
「放課後?」
高藤の言葉に、俺は少し黙ってから良いけど…と言った。
すると高藤はサンキューと言って笑い、颯爽と自分の席へ戻った。
いつもなら雛原がどう言うか分からないから…って考えるのだが、あの日俺が別れを告げた瞬間から彼とは口も聞いてなかったから、その心配は全くなかった。
ふと右斜め前に座る雛原を目に入れてから、俺は目を離した。
最近、以前よりも雛原の体は痩せた気がした。
「雛原~」
「、はい」
「…」
…そして最近、雛原はよく担任に呼ばれる。
進路が近いからだろうけど、何と無くそのせいで、雛原は疲れている気がする。
どことなく、目が虚ろで、クラスメイトと会話をするときの笑顔も、引きつり気味に見える。
彼はもしかして、悩み事を抱えるタイプなのだろうか…?
周りには愛想良くして、俺には全く違う顔を見せる。
ということはつまり、俺には彼の素とか少しくらい見せてくれていたのではないかと、…俺はそう、思っていたのだけれど…
…でも違うのか。
彼にはやっぱり、俺はそれくらいの存在にまで、思われてなかったか。
分かっては、いたけど。
分かっては、いたつもりで…いたけど。
ー…て
何を今更…俺は考えてんだろう。
彼に俺は必要とされたいと思ってるのか?
俺に全てを打ち明けてほしいと…?
……
は…、
…あぁ、そんなこと、
ーーあるわけがないのに。
「野上」
その後放課後を迎え、俺はトイレ行ってくると言って教室を出て行った高藤を見送り、自分の席に着き顔を机に伏せようとしたとき、不意にかかった声に目を開いた。
ーそれは間違いなく彼で、先日間違いなく俺が別れて欲しいと言った彼で、俺が手をあげた彼で、…俺が湯馬の手を取れない、多分、…その原因の彼。
振り向くと、彼は一番前の窓側の席に座る俺を教室の後ろから背筋を伸ばし立って見つめていた。
相変わらず、芸能人顔負けの顔立ちをしていたけれど、やはり前よりも、体の線が細くなった気がした。
外はまた雪が降っており、教室も肌寒かった。
そして俺は、雛原のいつもある力強い目がないことに、今気づいた。
「野上、今…暇か?」
そして、かけられた雛原の言葉に、俺はえ?と小さい弱々しい声を出した。
何故か心臓がざわざわと音を立てていた。
たった数日話さなかっただけなのに、雛原と二人で話しているこの空間に俺は体が緊張していた。
「…駄目か?、…お前と話したいんだけど」
「…」
そう言う、雛原の声は、優しかった。
こんな穏やかな声を、俺は久々に聞いた。
雛原は目線を下に、俺に問いた。
この遠い距離で話す彼に、彼なりの少しの配慮を感じた。
こうして見た彼は、あの日の彼でも、あの日の彼でもなかった。
ーあの日、あの時手を出した彼とは
到底似ても似つかない姿だった。
「あー…」
俺は、そんな声を出して、返答に言葉を詰まらせた。
二人の教室の静寂が、俺の飲む唾の音さえ響かせる気がして嫌だった。
雛原は、俺の方へ近づこうとはしなかった。
えーと、さ…と、俺は言った。
「今日、高藤と…放課後勉強しようって言ってて…さ」
「…」
雛原は無言だった。
ただ床をぼうっと見つめ、俺の声を聞いていた。
「あ…ぇ、と」
また静寂になるそれが、俺は無性に嫌だった。
けれど無理に声を出しても、何を言えば良いのか俺にはわからなかった。
ー少しして。
パタパタという音が廊下から聞こえ、俺は教室の前側のドアを見た。
すると、ガラッという音をして高藤が帰ってきた。
「わり~、待たせてっ、長かった?」
場違いなその明るい声に、二人のあった空間は、瞬く間にして消えていった。
「あ…あぁ、別に…」
それに、俺は瞳を不安定に揺らし答えると、高藤は俺を見て、すぐ後ろに立っていた雛原を見て、俺の方へ動かしていた足を止めた。
高藤の目が、こうして雛原の目を捉えている姿は、確か以前にもあったことだった。
「…あ、雛原居たんだ。どしたんだ?そんな後ろで」
高藤は真顔だった顔に笑顔を浮かべ、そう言った。
一瞬真顔だった高藤に何か探られた気がして、少し胸のあたりが落ち着かなかった。
「…あぁ、別に」
雛原は言った。
「あ~そうなんだ」
高藤は言った。
「俺たち、これから勉強するんだけど、雛原もする?」
その高藤の言葉に、雛原は一瞬俺を見て、いや…と言った。
「俺…帰るわ」
雛原は言った。
雛原を見ると、雛原は自分の机に準備してあった鞄を肩に掛けて、そのまま何も言わず、後ろ扉から教室を出て行った。
少しして、
「…何?なんかあったの?」
そう言う高藤の、珍しく冗談ぶってない、優しい声が聞こえた。
「あぁ…、うん。…別に」
俺はそう答えた。
高藤はそれに、ただにっこりと笑っていた。
…ーー
「…だから、これがここにくるから、AとBは同じ。こことか、ここも」
「つーことはそんな難しく考えないでもいいってことね?」
「そー。…つか勉強しようじゃなくて、勉強教えてほしかっただけだろお前」
「えー何言ってんの?当たり前じゃん」
「…ふざけんなよお前」
二人だけの教室は、声がよく響く。
小さい声で話しただけでも、この室内中に、隅から隅まで自分の声が届くようだった。
俺の席の前に椅子を持ってきて座り、机に顔を近づけペンを走らせる高藤は、整った高い鼻と、程よい大きさの俯かれた目に柔らかい茶色の髪を当てており、またその髪が微かに彼が動く度に揺れ、ふわふわとしていた。
「高藤って…、何で彼女つくんねーの?」
そうしてふと、口をついて出た。
すると高藤は動かしていたペンと、揺れていた髪を途端ピタリと止め、少しの間そのまま固まってから、俺の顔を見上げた。
雛原ほどまでの顔立ちではないけれど、高藤もこうして見ると、普通にモテそうな顔をしていることが改めて分かった。
「え…?」
高藤はよく分からないといったような顔をした。
「…何でそんなこと、聞くんだよ」
高藤の言葉に、今度は俺が困ってしまう。
「別に意味はないけど…ただ、なんでかなって、思って」
そういうと、高藤は俺を見てから、視線を少し右下に落とした。
「…そうか」
高藤はそう言って、視界に降る雪を映した。
つられて同じように左の窓を見ると、上空から粒の大きな白の雪と、一面を覆うきれいなその景色があった。
「俺、さぁー、」
高藤は肘をついて、掌に自分の顎を置いて言った。
そして、
「ずっと、片想いしてる人がいるんだわ」
と、そう言った。
「へぇ…」
俺はそれだけ言った。
前に座る高藤は至って普通で、いつもと同じように笑みを浮かべていた。
「見えないだろ?…つか、そうさせてんだしなー」
当たり前かぁ…、そう言って、高藤は笑った。
「…」
「誰か気になる?」
高藤はそう問いた。
「いや…」
「別に、言えないって訳でもねぇよ」
いうと、高藤はそう言って、俺を見た。
「…じゃあ、誰?」
すると高藤は笑った。
「ぷ、聞くんだなそこ」
「…お前が言えるっつーから」
言うと、んーと高藤は言った。
「じゃあ…野上の好きな人は?それ聞いたら、言ってもいいかな」
その言葉に、俺は少しだけ隠し切れずに目を開かせた。
「え、…」
「ん?」
戸惑うと、高藤はにこっとして俺を見た。
「何?いるの?」
そうやたら楽しそうに言う高藤に、俺は思わず反射的にいない!と声を出してしまう。
すると高藤は俺を見てから、にこっとまた笑った。
「…ふーん。いないんだ、野上」
「…」
その尋ねるような言葉に、俺はただ無言で少しだけ顔を俯かせることしかしなかった。
するとふと見た高藤は、長い睫毛を伏せて笑っていた。
…そっか、そうかと言って、高藤は何か何故か自分を納得させるようなことを言って、笑っていた。
持っていたペンを机にトントンと突いていて、教室にその音が響いていた。
高藤が何を考えているのか、俺にはわからなかった。
ーそんなに長い時間を用さずに、高藤はしばらくして、それをやめた。
「…」
「…」
「俺の好きな人を言う前にさ、」
しばらくして高藤は言った。
俺は高藤を見た。
「…」
そうして
「…少し、俺の話聞いてくれる?」
そう、言った。
「ーあるところに、かなりの鈍感でモテモテなAさんと、同じようにモテるけど本命には絶対OKしてもらえるはずのない可哀想なB君がいました。」
「…、ーは?」
高藤はそうして不意に、そう意味のわからないことを言って、まだ話していいとも言っていない俺を無視して、淡々と口を動かし出した。
「何故B君が可哀想かというと、B君は友達であるAさんのことが好きで、Aさんは違うC君のことが好きだったからです」
「おい…高藤」
「C君はB君と同じくらいモテる部類でしたが、Aさんは何故かB君ではなくC君のことが大好きでした。B君からすれば、C君は恐らく性格最悪の男と何と無く感じていましたが、それでもAさんは好きだったようでした」
「…」
「B君は絶対俺の方がいいのに、と内心思っていましたが、中々想いを告げられずAさんはC君と付き合ったままでした。」
けれどそんなある日、と高藤は言った。
「…Aさんはなんと、突然現れたD君に好きだと言われました。」
「…」
「Aさんがそれでなんと答えたのかは分かりませんが、D君は積極的…、Aさんは次第に心が揺れ始めました」
「…」
「Aさんは結局、どちらが好きなのか最終的にわからなくなります。C君もD君も、それくらいAさんにとっては大きい存在だったのです」
ーそうして、
だけど、と
高藤は言った。
ふと見た高藤の顔は、窓の方に向けられていた。
瞳はきっと、降りゆく雪を再び映していた。
高藤の横顔は、その時惹かれるほどに、とても綺麗だった。
高い鼻と長いまつ毛に笑っていないその顔が、彼のいつものひょうきんさを無くさせ、やけに大人びていた。
けれど高藤は暫くして、その綺麗な顔を少し崩し、まるで自嘲するかのように笑った。
初めて高藤の顔に、曇りのような、影の差した表情を見て、俺はただ心臓を乱した。
「…けれど…B君は…、」
高藤は再びそう言って声を出した。
俺は、その声に導かれるように高藤を見た。
でも、高藤は俺の方は見なかった。
そうして多分、と高藤は言った。
「…B君は……、……C君にも、D君の、」
「…」
「その立場にさえ、」
…そして高藤は、
「…………立つことが、できなかった」
………
……そう言って、
顔をその大きく、長い指で、隠すように覆った。
……しんしんとした雪が積もり、教室は相変わらず静寂だった。
ふと見た時計の針は、早くも5時半を越え、カチコチと響いた。
目の前の高藤は、顔を手で覆いながら、笑った。
高藤は、ごめんと、言った。
「…ぷ、俺バカだー…。」
高藤は言った。
「…こんな話、するつもりなかったのに、…ごめん。何か俺、AとかBとか言いながら、自分から暴露してるようなもんなのにさー」
「…」
「あ、本気にした?、じゃあ…今の嘘。忘れて?なんか勉強するの面倒になってきたし、野上が彼女何で作らないのかとか聞くからさー、だからあることないこと今瞬時に考えて作っちゃった。俺結構すごくね?意外と国語力あったりしてな~」
「…」
「野上がこんな作った話しまさか本気で聞くとは思わなかったよ、普段と違う感じで話してわざとそれっぽくしてただけなのに。あはは、つか何でそんなことわざわざすんだって話しだよな。瞬時に考えたにしてはこり過ぎだし、つかただの馬鹿だよな、俺」
「…」
あはは~と高藤は笑っていた。
俺は、何も言わなかった。
すると高藤はしばらくして手を、顔から離した。
瞳から涙は、流れていなかった。
そして、
「…本当……馬鹿だよ…………」
高藤は、静かに笑顔をなくし、そう言った。
「高藤…」
俺は気づいたら、声をかけていた。
「うん、」
すると、高藤はうなづいた。
俺は、目を合わせない高藤を見つめた。
「…俺は、今の話…正直、よくわかんねぇ、けど…」
「……うん」
「…、俺は、…」
「……」
「……俺は、………」
高藤は、俺の方を見た。
その瞳は、少しだけ揺れていた。
「……俺は、お前のしてることは多分、」
「…」
「…間違ってないことだと、」
「思う」
ーすると高藤は、そのあとすぐ、顔に笑みを浮かべて、こちらへ向いて笑った。
「うん、」
「…」
そうして高藤は
「…俺も、」
「…」
俺の方へ顔を向けてから、
「俺も、…そう思うわ‼︎」
高藤はそう言って、綺麗に並んだ歯を出し、笑うのだった。
ー家に帰ると、俺はバフっと布団の上に仰向けに寝転がった。
何というか、気分が少し、不安定だった。
ただでさえ、湯馬や高藤のことがあってぐるぐるとしているのに、今日でさらにそれが重くなったように感じる。
…高藤の好きな人…。
まさかそういうこと、聞くことになるとは思わなかった。聞いたのは俺だけど、まさかあんなに重い話だと思わなかったし、高藤にそんなに、好きな人がいたなんて、知らなかったし…
ー俺の話し聞いてくれる?
…。
話し…て、なんだよ。あれ。
意味わかんねぇ。訳わかんねぇ。
高藤が告っても、絶対にOKしてくれない人…?
そんな奴、いるのか。…あの顔なのに、いるのか。
結局、好きな人は聞かずに帰ってきてしまったけれど、…一体そいつは誰なんだろう。
…いつもお気楽な高藤をそこまで入れ込ませる奴は、一体どこの誰なんだろう?
ーその立場にさえ、…立つことができなかった
「…」
ーB君は友達であるAさんのことが好きで、Aさんは違うC君のことが好きだったからです
…。
ーAさんはなんと、突然現れたD君に好きだと言われました
……。
…………?
ー何か俺、AとかBとか言いながら、自分から暴露してるようなもんなのにさー
……
……………
え?
ーピロピロピロピロ、
びくっ
不意になり出した携帯の着信音に、俺は働かせていた頭を止め目を開いた。
机の上に置いていた携帯を手に取り相手の名前を見てから、俺は少しだけ迷ってから通話ボタンを押した。
「…はい、もしもし」
そう言って声を出すと、向こうから同じように、もしもしという声が聞こえた。
「ー先輩ですか?」
…相手はそう言った。
「…じゃなかったら、俺は誰だよ」
言うと、通話相手である、そいつは、
湯馬は、…少しはにかむようにあははと笑った声を出した。
「先輩、今何してました?」
そうして二言目に吐いた湯馬の言葉に、俺はえ?と思わず聞き返した。
すると、湯馬も同じようにえ?と言って、俺に問い返した。
「…あー、えっと、俺は別に…今は何もしてないけど」
言うと、湯馬はそうなんですか?と言った。
「今が何かしているときなら、電話もやめようと思ってたんですけど」
湯馬はそう言った。
俺はそれに、少し髪をくしゃっとしてからベッドに腰を下ろした。
「いいよ。何か話あるなら、今は大丈夫だし、部屋で一人だから」
言うと、受話器越しの湯馬ははい、と言った。
「…話といえば、話、なんですけど…」
湯馬は言った。
「うん」
「……」
「…湯馬?」
湯馬はそのまましばらく黙り、俺は湯馬の名を呼んだ。
「…あぁ、えっと、すみません。その、なんて言うか…俺も相当焦ってて、これでも」
「ん?」
俺は湯馬の言う意味が分からず聞き返す。
「…先輩のこと、誰にも取られたくなくて、つい電話したんです。ごめんなさい、…勝手なことして」
湯馬の言葉に、俺は少し目を開いた。
「先輩は、あの男と付き合ってたら幸せになれない、そう思うのは本心ですけど、…でも本当はそんなのどうでも良くて、俺が有利になるようにしてる面も充分あるんです。ごめんなさい、先輩」
「…」
「でも俺は好きですから、先輩のこと。もう誰にどう思われても、先輩が好きですから。先輩がもし俺をえらんでくれなくても、俺は先輩のことずっと好きですから。…ずっと、中学の頃から、ずっと…」
湯馬の声は、何故だか全身の血をざわざわとざわめかせた。
「……湯馬、ずりぃ」
言うと、
「…ごめんなさい。でも、俺はズルくても、卑怯でも、俺はやっぱり、先輩が手に入るなら、何でもしますから」
と、湯馬は囁くように、けれど芯のある声で、そう言った。
「何でもって…?」
聞くと、湯馬は少し間を開けた。
「…先輩がもし、まだあの男の人の方を選んだら、俺は先輩の優しいもう一人の彼氏になってあげます。」
「はぁ?…」
「それでその恋人が暴力を奮ったり、先輩に冷たかったりしたら俺が駆けつけるんです。そしたら先輩弱ってる時なんで、俺の優しさに触れてどんどん惹かれて行くでしょう?それを利用して最終的には俺は先輩の恋人貢献です。」
湯馬のその言葉に俺は静かに笑った。
「…馬鹿か、お前。俺ら、前もそういう感じだったろ?それでこんなんだから、貢献とか、普通に考えて絶対無理だろ」
また同じこと繰り返すのか、と言うと、湯馬は少し黙った。
「…繰り返しは、しません」
「え?」
湯馬の言葉に、俺は心臓を揺らした。
「…もう、繰り返しはしない。前のように、無理やり先輩を抱いたりしない。俺はただ先輩に優しく接して、今度は確実に、ーー絶対、俺は、もっと違う方法で先輩を振り向かせる。」
…続け、振り向かせたいー、
と、…湯馬は言った。
それに何も反応しない俺を感じてか、湯馬は笑った。
「…とか、言って見たりして。あはは、ごめんなさい、今のはちょっと迷惑過ぎました?」
「…」
湯馬の声に、俺はぎゅっと携帯を握った。
「先輩?」
そうして、
「……お前は、…本当アホだ。」
湯馬のその言葉らに、おれはただ小さく、そう言って声を出すのが精一杯だったんだ。
ー翌日、学校へ登校すると、気のせいかいつも以上に辺りが騒ついている気がした。
「ーよぅ!野上!」
そうして、玄関で靴を脱いでいると、朝からテンションの高いその声に俺は振り向く。
そこには、ニコニコとやたら楽しそうな、高藤の姿があった。
「…何?高藤…その嬉しそうな顔は」
半ばげんなりとして口を開くと、高藤は歯をニッと出してめげずに楽しそうに笑った。
「ばあか、お前何言ってんの?今日はアレだぜ?あーれ!」
高藤のその言葉に、俺はただ眉を潜めてはあ?と言う。
そして、そのまま靴を靴箱に入れようと扉を開けて、俺は何かが瞬間下にドサササーッと落ちて行くのが分かり目を少し開く。
足元に散らばるそのラッピングされたそれらに俺はただじっと目を向けていると、高藤がすぐ近くに駆け寄ってくる。
「おぉ~、すげぇ。流石野上だな。去年の倍?漫画みたいだな」
そう言って、高藤は顔をこちらへ近づけ楽しそうに言い、俺は怪訝な顔をした。
「…はぁ?意味がわかんねぇ、なんでこんなに大量…」
ボソッと呟くと、高藤ははぁ?と声を出す。
「ーアホかお前、卒業だからだろー。今日はバレンタインだし、近寄りがたいお前にはこうやって渡すのが女の子的にもしやすいんだよ、だからこんなに、大量のチョコが今ここにこうやってだなー」
高藤の言葉に、俺は少し息をつきながら下に落ちたそれらを手で取った。
拾っている際、高藤にそれどうすんの?と言われ、持って帰って食べるしかないだろ、と言うと、高藤は少しだけ口を緩めて、笑った。
「お前は、まじ優しいよな」
その時の高藤の瞳は、とても澄んで見えて、昨日の高藤の言葉が少し思い浮かんだ。
そう思って、「高藤、昨日の…」と言うと、不意に高藤のやったー!という声が聞こえて続きを止める。
見ると、チョコを幾つか手に、舞い上がっている高藤の姿が分かる。
「わーい、やったー!見て見て野上、俺もこんなにチョコがあった!いや~すげぇ嬉しいよーッ」
わーっと言う高藤に、俺は少し眉をひそめる。
「…おい。お前なんでそんなに喜んでんだよ。お前、昨日色々言ってたんじゃねぇのかよ」
その子はもういいのか、と言うと、高藤は、ん?と言ってこちらを向く。
「あ~あれねぇ。んーま、いいっつーか、…その子にはやっぱり、自分の好きな人とできてほしいからさぁ」
「え?」
その言葉に、思わず聞き返す俺。
すると、高藤はこちらを向いてニコッと笑った。
「ーその子、今日多分本命に気持ち伝えると思うんだよね。でも、俺はその子のこと大事だし、見届ける。だからある意味、いい区切りになるとは思うんだよね」
高藤は言って、少しだけ笑った。
「…まぁ正直、言っておけば良かったって、後悔はすごいあるけど…でもまぁ、これも俺の結果なのかなって…思うとこもあるしさ」
高藤は言って、少しだけ睫毛を伏せた。
「…じゃあもうその子のことは良いのか?」
尋ねると、
高藤は、うん、と言った。
「…その子とは仲割といい方だから、これからは…いや、これからも、…ずっと側で、友達としてその子のこと見守っていくつもり」
ー高藤はそう言って、ラッピングされた包みを静かに眺めていた。
「…高藤、それで好きな人は?」
「え?」
「名前。言うっつったろ」
「え?何?気になるの?」
言われ、そりゃそうだろ、と言うと、高藤は息を吐くように笑った。
「…まじ、野上には本当一生敵わない気がする」
そう言った高藤の言葉の意味を、俺は理解できるわけなんてなく、ただ高藤のその睫毛とふわふわとしたその髪を見つめていた。
教室へ入ると、不意にちょうど雛原と目があった。
雛原はいつもと同じ様に真っ直ぐとした姿勢をして、キリッとした服の身のこなしをしていた。
雛原はクラスメイトに、何やら話しかけられていた。
俺が自分の席へ着くと、何人かの男子が恐らく持っていたチョコに興味を示し、駆け寄った。
すげー、すごーという声を聞き流しながら、俺は席に着いた。
そうして何と無くだけれど、自分の席の右の後ろの方から、彼の視線を背中に感じた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
19 / 26