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それから、野上、と呼ばれたのは、
放課後のことだった。
「ーあのさ、放課後ちょっといい?話せる?」
雛原は目線を少し下にそう言った。
その言葉は多分、昨日の話の恐らく続きだった。
ーー俺は、席から立ち上がった姿勢のまま、後ろを立つ雛原を見て、体を固まらせた。
雛原はそんな俺を見て、少し小さな息を吐いた。
「…」
何も言えないままそのまま時間が過ぎるのを待つと、雛原は少し俺の方へ近寄ってきた。
それに思わず無意識に体を怯ませると、雛原はその足を止めた。
そして、
「…俺が、怖いのか?」
そう…どこかさみしげに顔を俯かせる雛原を見て、俺は目を開いた。
「、ぁ、…いや」
はっとして言葉をつなごうとするも、雛原はいいんだ、と言って俺の声を遮った。
二人だけの教室の静寂が、周りの笑い声を漏れさせた。
「もういい…。もういいから…」
雛原は不意に自らの髪をくしゃりと掴んだ。
「…今まで、ごめん。野上…こんなつもりなかった。」
雛原は消え入るような声でそう言った。
「でも俺は、お前がちゃんと好きだ……。色々、今までそれらしい態度はしてないかもしれない、冷たかったかもしれない、ーけど……、けど、…俺はちゃんとお前が好きだった、好きだったよ…」
「え……」
「どこにも行かないでくれ、…お願いだから……お願いだから…」
「…雛原?、ちょ」
「…どうすればいい?、どうしたら、やり直せる?…俺がこれから、お前だけを見ればいいのか?」
ーどくん、
雛原の目に、酷く戸惑った自分が映る。
「…ぁ、俺…は」
雛原との距離が、何故かいつの間にか近くあり、瞳を揺らす。
そしてその手が、俺の頬を触る時、彼の温かいその温度が肌を伝わる。
上げた瞳に彼の顔が映り、力強い瞳が映り、反らせなくなる。
「野上…俺じゃ本当に、…ダメか?」
いけない……これは、
「雛原、…」
「ー俺は、……本当に、……お前だけなんだよ」
……流されるーー
ーー
ガタタタ…ッ!、
「っ、ひなは…おい、」
「ーお前が好きだよ」
ードキン
心臓が、乱される。
「雛原、…!んっちょ、」
「…お前は俺のこと、好きじゃないの?」
鼻と鼻があと約数センチのところまで顔を近づけ、雛原は囁く。
「近い…雛原……。俺は、もうお前とはー」
瞬間唇が触れる。
柔らかい感触に、手をすぐそばにあった胸に当て押し返す。
「ひなは、ら…っ、ちょ…っと!!」
「OKしてくれる?、俺のこと」
机についていた後ろ手が、大きな手に重ねられる。
「いや…あの、雛原、…」
息がかかる。
手が絡まる。
「野上…、俺だけ見て…」
その手が、顎にかかる。
上げられる顔に、唇を噛む。
…押し返せない体にただ愕然とする。
どうしてこんなことに、
…話しをするんじゃ、なかったのか、
そう思って思い切り力を出してその体を押したのにー
なのに。
…どうして、
「………せん、ぱい…?」
……
………どうして、このタイミングで、キスなんてしてくるんだーー
…暫く誰も口を開かなかった。
湯馬はただ立って、こちらを見つめていた。
俺と雛原は教室の後ろ扉に立つ湯馬を見つめていた。
…雛原は俺の手の上に自らの手を置いていた。
俺は、雛原のシャツを手で握っていた。
湯馬は少しして、は、と笑った。
「…なんだ、…そういうことか」
湯馬の言葉に、心臓が何故か大きく鳴った。
湯馬はこちらを見て、…俺を見て、目を反らしたー。
「…なんだ、そういうことなら、言ってくださいよ…」
湯馬は言った。
「…俺、なんかバカみたいじゃないですか、…そういうことなら、早く言ってくださいよ…先輩」
「…」
「こういうことになってるなら…何ではやく、言ってくれないんです?…」
ー湯馬は完全に、
勘違いしていた。
湯馬は目を反らして、頭を下にしていた。
「ゆう…」
「先輩、」
、
「ーーさようなら」
………
ただ、
…それだけ言って、
湯馬はその場から姿を消した。
教室には、俺と雛原だけが残った。
「…」
「…」
ーさ よ う な ら
「……」
…ここまできても、まだ糸は、
絡まったまま、だった、
なんて。
誰が思うのかー
「…野上」
「…」
「……俺、」
「…」
「先週、両親が死んだんだ」
ー
……静かなその声は、予想以上に
俺の耳を貫いた。
……
「…両親、が…?」
俺の声は、酷く小さかった。
「…うん」
雛原は言った。
「…どういうこと」
俺は言った。
「…今まで言ってなかったんだけど、俺のとこ親父がさ、癌だったんだよ、前からずっと」
「え…」
「それで、俺…病院とかずっと通ってたんだけど、先週いよいよ心臓やばいことになって、…いったっていうか」
「…」
「それで母さんは、元々親父大好きな人だったから、親父が亡くなったそのすぐ後に自分の手切って死んだよ」
「…」
「……今更こんな話してごめん。でも、いいから、嘘だと思っても、全然いいから」
「…」
「…」
「…だったら、」
「…」
ーその時
…雛原の瞳は、不安定に揺れていた。
「…そう思うなら、」
…何で、
「………言うんだよ…?ー」
……そう、言った後で、俺は思った。
…彼は多分、ずっと、…泣いていたのかもしれない、と。
俺の、他の誰にも、ー見えない場所で、
…声も、出さずに…
彼はきっと、
ー泣いていた、と。
…俺の胸元に、
埋め押し付けてくる雛原の頭を
俺は、
何もできずに…ただ、見つめているしかできなかった。
…
「…」
「……」
「…雛原、」
「……」
「雛原、ごめん…気づけなくて」
「…いい、そんなの」
「……ううん、良くない」
「…」
「良くねぇよ…」
「……」
「…雛原、俺は…」
「…」
「…お前以上に、好きな奴ができた」
「…」
「だから、ごめん…雛原」
「…」
「お前とは……もう、無理なんだ…」
「…」
「…お前とは、もう、…付き合えない」
「…」
「…」
「…あぁ、知ってる」
「…」
「…ずっと、わかってたよ」
「…」
「…お前が、いつか俺から離れて行くことなんか、…」
「…」
「……ずっと、わかってたよ」
雛原は、顔を決して上げずに、そう言った。
「…今まで、本当にごめん。お前に、酷いことばっかして…本当にごめん」
「…うん」
「でも、好きだったから。…本当に、ちゃんとお前のことが、好きだったから」
「…うん。」
「……あいつは、」
「ん?」
「…あの、一年の男は、知らねぇけど…でも、いいんじゃない」
「…」
「……」
「…何で?」
言うと、うん、と雛原は言った。
「……なんか、…なんとなく。」
その雛原の声は、まるで、
ー息を吐くような声だった。
ーー教室を出る間際、俺は雛原の方を振り返った。
「雛原、俺さ」
言うと、雛原はうん、と言ってこちらを向いた。
「…俺も本当に、雛原のこと、好きだったよ」
言うと、雛原は一瞬だけ目を開いてから、ふ…と綺麗な顔をして笑った。
「……そんなこと、知ってるに決まってるだろ」
雛原のその時の顔は、多分一生、
ー忘れない。
……
「…ハァ、ハァ…」
向かったのは、あの時のあの場所ー
彼が何処にいて何をしているのかなんてわからなかったけれど、でも、ここに勝手に来ている自分がいた。
おもいその扉を開けると、冷たい風が差し込んだ。
陽は照っておらず、辺りは雪で、天気は曇っていた。
一歩前に踏み出して、目を前に向けると、
向こうのフェンスに手をついて立つ、その姿が見えた。
「湯馬」
と呼ぶと、そこにいる彼はゆっくりとこちらを振り返った。
「……先輩?」
目を開き、驚いた顔をして、湯馬は近づく俺を見ていた。
あの時のあの温度と空気が、一瞬だけあたりを包むのだった。
ー
「先輩、…どうして」
「…どうしてって…来たらダメ?」
「いや…そうじゃなくて、」
「お前ってさ、本当なんつーか、タイミング悪すぎなんだよ」
「え、?」
「勝手に人のとこズカズカ踏み込んだと思ったら、急に優しいし、かと思ったら、グイグイ来るし、」
「…え?」
「それにすぐ勘違いするし?」
「……」
湯馬は目の前まで来た俺を見て、口を閉じた。
俺は前に立つ湯馬を見て、一つ小さく深呼吸した。
「…ここってさ、覚えてるか。前に…お前が俺に告白してきた場所って」
「…え、…それは、覚えてます、けど…」
「半ば強制的な、脅しの効いた告白だったけど」
「、それは、…すみませんでした。」
「…」
「でももう、…言いませんから。先輩は、やっぱり…あの男の人選んだんですし、…」
「…」
「…だから、もう、言いませんよ…」
酷くしょんぼりとした湯馬を見て、俺は少しだけ笑った。
「なんですか…?感じ悪いな…先輩独り身の俺見てそんな楽しいですか?」
湯馬の言葉に俺は顔を上げた。
「そんなわけないだろ、何言ってるんだ」
「だったら何で笑うんですか。…俺少し一人になりたいんですけど」
湯馬は言って、プイとそっぽを向いてしまった。
俺がその湯馬の背中に近づくと、湯馬はすぐそれに気づき、なんですか?と言った。
「…俺は一人になりたいって言ったんですけど」
「……どうして」
「…振られたからでしょう、あなたに」
「…俺がいつ振ったんだ」
「だってさっき先輩とあの人は2人でキスしてたじゃないですか」
「…それで?」
「…二人はやっぱり切れなかった、やっぱり先輩はあの人のことが好きだったってことでしょう」
「…」
「いいですよ別に…俺は別に何とも思ってないし、わざわざこんなとこまで来なくてもいいし」
「…」
「…昨日、電話なんてしてごめんなさい。迷惑でしたよね?先輩のこと、どーのこーのって…」
「…」
「ていうか…俺恥ずかし過ぎ。先輩があの男選んでも俺は先輩を振り向かせるとか…、…実際そんなの、無理だって…分かってたのに」
「…湯馬」
「…馬鹿みたい、馬鹿みたいですよ。目の当たりにしたら俺、絶対この人のことなんか、俺の手に入るわけないんだって、俺…思っ」
「好きだよ」
…静かに風が、体を撫で吹く。
俺は湯馬の背中から腕を前に回し、近い、湯馬の茶色の髪を見つめていた。
湯馬はえ…と、数分後、僅かな声を出した。
「…せん、…ぱい?…何で、こんな…好きって」
「ーそのまんまだよ」
「え…、」
言うと、湯馬は言う意味がようやく分かったのか、自らの耳を赤く染めた。
「…あ、…えと、…え?先輩俺…ちょっと今…混乱してて、」
「湯馬…耳、赤い」
「…、ちょっ、そんなとこ、見ないで下さいっ!」
ばっと後ろを振り向く湯馬。
その彼の顔は、見たことのない照れた表情をしていた。
「…ぁ、…えと、…俺」
「…お前でも、そんな顔するんだ」
「ー、しますよ!何ですかそれ、バカにしてますか!」
それにくっくっと笑うと、湯馬は頬をほんのりとピンクに染めて拗ねたような顔をした。
「…先輩、意味わかんない…」
「意味?好きの意味か?」
「ーそうじゃなくてっ、…あの男の人のことが良かったんじゃ…」
その言葉に、俺は小さくため息をついた。
「…あのな、俺がいつ、あいつがいい、お前じゃ嫌っつったんだよ」
言うと、湯馬はえ…?と言って俺を見た。
「だって先輩…キスしてたじゃないですか…あの人と…」
「ーあれはしたんじゃなくてされたの。」
「え?」
「だから無理矢理、押し返したけどされたんだよ…。お前がそこでタイミング悪く来ただけで俺はあいつのこと、受け入れるつもりはもうなかったし…」
言うと、湯馬はこちらを見て目を瞬かせていた。
「じゃあ…先輩は最初から俺のこと…、俺の方を、受け入れるつもりだったんですか?」
「…それは、……まぁ」
言うと、湯馬は瞬間、ぎゅうーっと、俺の体を抱きしめた。
ー
「ちょ…っ、ゆう…」
「ー何それ、…超嬉しいんですけど」
湯馬は言った。
「…、はぁ?」
「だって俺…もう絶対、終わりだと思ってたから」
湯馬は言って、俺の体に回す手に力を込めた。
「…俺じゃなくて、やっぱりあの人なんだって…すごい思ってたから…、だから、…嬉しい。良かった…先輩、俺のこと、好きなんだ…」
その心底嬉しそうな、安堵するような湯馬の声に、俺は脈拍が早くなるのを感じた。
「…先輩、本当に?」
「え、?」
「本当に…俺のこと好きなんですか?」
「…あぁ」
「いつから?」
「…それは、わかんねぇよ」
「あの人よりも俺のこと好き?」
「…あぁ」
「本当に?」
「ー本当だって。信じられないのか」
「キスしてくれたら、信じるかもしれないです」
「はぁ?」
湯馬の言葉に、俺は眉を寄せて、体を離しニッコリと笑う湯馬を見つめた。
「ほら、ここに。キス」
「…」
「そうしたら俺…信じますよ」
湯馬は言って、静かに目を閉じた。
…俺はその長い睫毛と赤い唇を見つめ、髪をくしゃりと触った。
数十秒悩んだ後、雪がまだパラパラと降る中で、俺は湯馬の肩を軽く持って、自分の唇と彼の待つ唇に静かにそ…っと当て重ねたー。
その時の彼の唇は、想像以上に熱く、俺の心を乱した。
「ん…っ、」
そうしてすぐ、俺が唇を離そうとすると湯馬の手が俺の後頭部に回り、それを阻まれる。
逆に再びぐっと唇を押し当てられ、舌が侵入し、俺は眉を少し寄せて少し上にある湯馬の顔を見つめる。
「…湯馬、お前…ん、…キス、だけって、」
「ーだけ、とは言ってませんよね。それに別に、だとしてもキスしかまだ、してませんし」
「…ん、んんっ…、…の、OK、したとた、ん…」
「当たり前じゃないですか、俺だって、溜まってないわけじゃないんですから」
「なの、…ここじゃなくたって、いいだろっ、」
「じゃあ…どこでします?この続きは…」
「そんなのどこだっていい、とにかくここでは…」
「ー分かりました。それじゃあ俺の家に行きますか、俺の家なら色々揃ってますし」
「ーは…?」
「やっぱりほら…久々の先輩とのエッチですし…、それなりには楽しまないと」
「え…」
「…今日明日は、寝られませんね」
「な、…」
湯馬の言葉に顔を少し赤くすると、湯馬は優しい顔をしてにこりと笑った。
「先輩、改めてもう一度…言ってもいいですか?」
「…何をだ」
「あの時俺が言った…あの言葉です。」
「え…?」
言うと、湯馬は髪を風に吹かせ、微かに笑って、
「付き合って下さい、…お願いします。」
…と、言った。
あの時、あの瞬間は、何だこいつ、何を言ってるんだろうくらいしか思っていなかったのに…今ではもう、この言葉が胸を刺すほどに甘く、ずっと欲しかったその言葉に成り変わってしまっている。
もし湯馬が、彼があの日俺に告白をしなかったら、俺はまだ雛原と続いていただろうか。
まだ、低迷し続けていただろうか。
…俺にとって、彼にとって、この結果がどういう方向へ向かうかは分からない。
けれどただ、分かることは、俺は彼を…目の前のこの彼を、好きなのだということー。
ずっと俺だけ見てくれていた彼を、俺は雛原以上に、好きになったのだということー。
…まだ完全に心残りが何もないわけじゃない。
気にかかることなんて、なくなったわけではない。
けれど、だけど今は、ただ…
「………はい」
…この手を、俺は取りたいーー。
この、ずっと差し出されていた、温かい手を、…俺はずっと…ずっと…
「……先輩、…離れたいって言っても、絶対離さないから」
「……ばぁか、それは俺のセリフ。逃がさねぇよ」
………
…
…三年の冬。
俺は雪の舞う屋上で、その温かな温もりに、
俺は確かに、ようやく…
彼によって、その身を強く…包まれていた。
【完】
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