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そんな時だった、
彼が、野上が、湯馬と、
ーキスをしていたのは。
「…ぁ…」
野上は俺に気づくと、微かな声のような、息のようなものを出した。
無理やり体をこちらへ向けさせると、野上は悲痛の声を出し、途端前にいた湯馬とかいう男が野上に近づこうとした。
「やめてください…‼︎先輩は俺のためにこんなことになってるんです!先輩を今は動かさないで…‼︎」
その言葉に、俺はイラっとしたなにかが内を襲った。
「…あんたのためにこいつこんなんなってんの?…あんた最低だね」
言うと、湯馬はごめんなさいと言ったけれど、そんな言葉、俺はどうでも良かった。
ガッと湯馬を思い切り殴ると、そいつはすぐ床に倒れた。
途端に野上がそいつの名を呼んだけれど、見ているだけしかできなかったようだった。
続けてガッガッと顔ではなく、そいつの腹辺りを何度も殴っていると、いつの間にか腰の辺りに野上が抱きついていた。
やめてくれ、やめてくれと何度も言う野上の言葉は、俺の怒りを逆上させた。
野上は俺でなく…この男を見ている…
野上は今必死になって、俺でなく、この男を救おうとしている…
俺ではなく、この男を…
俺ではなく、別の奴をー
そう思ったら、いつ間にか野上の頬を平手打ちしていた。
野上は顔をその殴られた反動で下にしたけれど、すぐに顔を上げて、それから下に転ぶ湯馬を見つめた。
赤く腫れたその野上の頬を見て、俺は手が震えた。
…これじゃああの男と同じ……
俺は、親父と同じことをしているー
そう思うと、体が震えた。
ー母さんの悲痛だったあの顔が、野上のその腫れた顔と…
リンクして見えた。
ーーけれどこんなこと、…許せるわけもなかった。
俺は野上を家に連れ込み、しつけが必要だと言って、それ用の縄で全裸にした野上を吊るすように縛り上げ、首輪をつけ、足を大きく俺に見えるようにベッドの上で開かせた。
野上はそれらをされる間、特に抵抗もせず、無表情に俺のされるがままにその身をさらけ出していた。
もう何を言っても意味などない…そうとでも言うように、野上は宙に視線を泳がせていた。
ー俺は感情のままに、野上を何度も抱いた。
怒りをぶつけるように…、あの男でなく、俺を感じるように…俺だけで染まるように…ー
俺は必死だった。
彼の目に、俺を映させるためにー
…俺は、必死だった。
「…野上、可愛い」
その俺の言葉に、野上はただ…
ぼうっとした顔のまま、俺ではないどこか先を、
ずっと見つめていた。
…今更好きだなんて、言っても遅いのだろうか。
自分だけ好き勝手ばかりして、今更好きだなんて…彼は受け止めてくれないだろうか?
でも、そんな考えも、している場合ではなくなった。
「ー別れてほしい」
…野上はその後、確かに俺にそう言った。
俺はその言葉の、意味を理解するのに少しの時間を要した。
わ か れ て ほ し い
…その言葉は、未だかつて、言われたことのない言葉だった。
俺は数分の時間口を閉じてから、別れないでくれ…と勝手にそう言っている自分がいた。
野上は必死にすがる俺を見て、酷く動揺しているのが分かった。
「お前が大事だ…別れないでくれ…お前が好きだ、…好きだ…」
自分でも分かるほどに、俺は哀れだった。
他人にこんなにすがるなんて、バカなことをしていると思ったし、俺が何故こんなことをしないといけないのかとも思ったが、そんなこと、言っている場合ではなかった。
…そんなこと、考えている余裕なんてなかった。
野上が離れていってしまうー
それを思うだけで、目の前が真っ暗になった。
思い返せば、野上だけだった。
俺のことを全部受け入れてくれたのは…。
俺のことを、理解してくれようとしてくれたのは…
顔だけじゃなかった…、
彼は、俺の全部を、好いてくれた……
それなのに俺は…
どうしてー…?
…気づいたら、俺は湯馬に腹を強く殴られていた。
床に尻もちをついて…壁に背をつけて…俺は呆然と、目の前に立つ湯馬を見た。
湯馬は俺を見下ろし、怒りの燃えるような瞳ではなく、酷く冷めた、感情のない瞳で俺を見つめていた。
あの日見た、雨の日の、野上に向けた表情とはまるで別人の顔だった。
「先輩がいつからあなたにこんな目にあわされているのかは知らないけど、これでよく分かったでしょう?こんなことが、本当にあなたの想っている人に対する態度だったんですか?…何も抵抗できないことをいいことに、あなたは先輩の…、…あなたは先輩の優しさに、つけ込んでいただけだ」
湯馬はそう言うと、踵を返した。
俺は待て、と、湯馬を止めた。
「俺のこと散々言っといて、お前はどうなんだよ、俺と付き合ってるって分かって手出したんだろ?お前のがよっぽどひどい、卑怯だろ、自分は相応しいとでも思っているのか、こんなことしてる自分は正義のヒーローとでもいうのか」
そう言うと、湯馬は自嘲するように笑った。
そうして、ヒーローだなんて…と口を動かした。
「あり得ない、あり得ません、…俺は確かに、あなたの言うとおり、卑怯で酷い奴ですよ。あなたのことを最低な男なんて、俺が言い切れる訳もない、あなたに先輩が殴られてると知って怒り狂っても、俺はあなたばかりを攻めることはできない。だって俺も、…良い奴ではないから」
「ーだけど、だけど、…先輩が、この人のことが、それくらい好きだったんです。ずっと、…好きだったんです」
…湯馬のその言葉を聞いて、俺は柄にもなく心が揺れた。
純粋に、好きだというその気持ちが、俺の胸に突き刺さるようだった。
…彼は似ていた。俺に…。
けれど彼と俺は全く違う…。
だって…彼はこうして、自分の想う人を手に入れているー
俺は本当に好きな人を、こんなにも呆気なく、逃してしまった…
誰もいなくなった教室で、俺は自分の目から流れるそれに気づかない振りをした。
だからあれは…悪足掻きだった。
ーガタタタ…‼︎
野上が困るのを承知で、野上がもう俺とは無理なことを承知で、俺は野上に迫った。
野上は元の力のないその手を必死に俺の胸に押し当て、俺から逃れようと必死だった。
好きだった、…好きだった、
こんなことをしてしまうほどに、俺は彼が…好きだった。
「せん、ぱい……?」
教室に、俺と野上以外の声が聞こえた時、俺はそちらを見つめ、愕然とするそいつを見つめ、さよなら、と言ってすぐ去って行ったそいつをみつめ、俺は違うことを考えていた。
ー「……好きなの、あの人のこと……」
「…先週、両親が死んだ」
俺は野上に言った。
それは、嘘ではなかった。
本当のことだった。
……
…
ーガチャ
「あ、母さん?お帰り、久しぶりだね、帰ってくるの」
「………」
「…どうしたの?母さん?」
その時の母さんは様子がおかしかった。
俺の言うことに何の返事もせずに、何かをぶつぶつと呟いていた。
「母さん…?母さん?、ねえ、どうしたの?何て言ってるの?」
「……」
「え?」
俺はその言葉に、耳を疑った。
「……なきゃ、……かなきゃ、…ー逝かなきゃ」
「ー」
…その時の、母さんを止める権利が、俺のどこにあるというのだろうー?
俺は、親父が亡くなったのだと……悟った。
……
…
…血が、床に赤々と広がって行くのを見つめ、俺はその倒れた、白い頬に自分の手をそっと添えた。
そうして、
「……母さん……」
そう無意識に、俺は口を動かしていた。
……好きだった、…好きだった。
俺だって……好きだった……
母さんが‥‥
野上が‥……
俺だって………
ちゃんと、好きだったのに‥…………
それなのに、どうして……
どうして皆……
俺から離れて行くんだろう………ー?
ー「…ごめんなさい、…ごめん、なさい…ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
…怯える野上を頭に蘇らせ、俺は…
静かに目を瞑った。
ー「お前以上に、…好きな奴ができた」
…野上はそう言って、俺の元から去った。
野上は去り際、俺も好きだったよと言って、俺を見つめた。
それだけで、十分だった…。
その言葉だけで、もう十分だった。
……もう、本当に。
これで、いいんだ………。
俺は、ようやく、そう、思えている自分がいたのが分かった気がした。
ーー
…ー今彼が、彼とどんな日々を送っているのかは分からない。
けれどきっと、俺といた頃よりも彼は楽しく笑っているのだろう。
俺の時よりも、楽しく、伸び伸びとしてー…
俺はその後、携帯に登録していた女の子のアドレスを全て消去した。
消してみると、クラスの勉強関係で繋がりのあるひとだけが残って、俺はそれに失笑した。
そうして見ていく中で、野上と、表示された名前を見て、俺は手を止めた。
…数分迷ったそのあと、俺は思い切って、野上のアドレスを自分の携帯から削除した。
ベッドの上にドサっと体を倒して、俺は目の上に手を置いた。
頭の中を、後悔しかない映像ばかりが駆け巡り、少しして俺は軽快なその音に体を起こした。
相手は、祖母からだった。
「ーもしもし」
「あ、そうちゃ~ん?」
「あ、うん」
「引越しの準備は出来たん?、色々大変やったねー」
「うん…でも、平気だよ」
「そうちゃん…うち来たらえっと甘えんさいね。遠慮したら、絶対いかんよ~?」
「…うん、ありがとう」
俺はその声に、小さく口はしを上げて、
…ただ緩やかに笑った。
…この先にもし、俺にとって魅力的な人が現れたとして、その人と恋人関係になったとしても
きっと俺は、
彼のことを
忘れはしないー
ー「俺も雛原のこと、好きだったよ」
…その彼の言葉を頭に浮かべ、俺は心を穏やかに、目を瞑ったーー。
完。
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