アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
碧の恋2
-
桐生誠一郎は1学年上の日本史の教諭だった。
あれから碧は気がつくと桐生を目で追う様になり、すれ違う時に挨拶をするようになり、たまに会話が出来た時は1日浮かれてしまい、
二年に進級し担任が桐生になったと知った時はクラスの女子に混ざって舞い上がってしまったのを碧は今でもよく覚えている。
授業の他にHRや朝や下校前に桐生を眺めることが出来るのは碧にとってこの上ない幸せだった。
「月島君、今日の日直だね。ちょっといいかな?」
ホームルームが終りいつものように帰りの支度をしている碧に桐生が声を掛ける。
「え?…あ、…は、い」
びっくりした。
担任だから名前を覚えているのは当たり前だとしても、個人的に声を掛けられたのは新学期になって初めてだったからだ。
「これから時間はあるかな?ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど…頼める?」
部活をしていない碧は塾くらいは入っているが大抵は放課後の時間を持て余している。
「だ、…大丈夫です」
いつもはいつでも目で追っているのに、いざ桐生を目の前すると目を合わせられない。
「えー!ずるーい!桐生先生、私たちも時間ありますけどぉ!」
会話を盗み聞きしていた桐生のファンの女子たちが碧の席に近づく。
彼女たちは普段から桐生に色目を使っており、何かと質問だとか何とか理由をつけて甘えた声を出して絡んでいるのだ。
碧は目を伏せたまま唇を噛む。
先生は自分を選んで声を掛けてくれたのに、邪魔をされたように思えて何だか悔しい。
「私たち先生のお手伝いだったら何でもしちゃいますから!一緒についていっていいですかぁ?」
強く女子達が桐生に迫る。
声を掛けてもらって嬉しかったが、明らかに桐生を意識している女子達と一緒となるときっと居づらい。
碧は彼女のように自分を主張するような勇気はなく、誘いを辞退しようと口を開く。
「先生、俺…っ」
「町田さん、村岡さん、すみません。僕は月島君に頼みたいんだ」
桐生は女子生徒たちに向けてニッコリと笑う。
「ちょっと女の子にはお願い出来ないことなんでね」
極上の笑顔を送られた彼女達は、くらりとしてしまいそうな表情を浮かべて顔を赤く染めている。
「…じゃ…じゃあ、しょうがないですけど…」
積極的だった女子たちが笑顔一つで押し黙る様は圧巻だった。
まさにキラースマイルというやつだ。
碧は美貌とは時に武器になるものなのかと感心してしまう。
「次は頼ませてもらうよ」
それでは行こう、と碧の肩をぽんと叩くと桐生は歩き始めた。
「あ…はいっ」
碧は慌てて後を追った。
廊下を歩く桐生が通り過ぎる度に、女子生徒達が緊張した面持ちで挨拶をしている。
「せ、先生!さようならっ!」
「はい、さようなら」
挨拶を交わした女子生徒たちは、ぼうっと桐生を見送ったり、きゃーっと喜んだり、女の子同士で嬉しそうに手を握りあって跳ねたりしている。
自分もその気持ちが良くわかるだけに、そんな桐生と連れだって歩いている現実に緊張してしまう。
「急に悪かったね。そんなに時間を取らせるつもりはないから」
桐生に振り向かれてドキッとする。
「え!…あ、はい、俺…僕は大丈夫です」
顔が赤くなっていないか心配になって、下を向く。
「それは有り難い。今度何かお礼をしないといけないね」
また前を向き歩き出した桐生に5、6人で連れだった女子生徒たちがキラキラと瞳を輝かせて『桐生先生、さようなら』と声を合わせている。
…お、お礼…。
ドクドクと碧の鼓動が早くなっていく。
何かが欲しいというわけではないのだけど、桐生とまた一緒にいれる機会が出来るかも知れないと思うと自然と胸が高鳴ってしまった。
頑張ろう…と碧は胸を押さえて小さく呟いた。
「あと」
また桐生が振り向く。
「は、はいっ!」
碧は胸に当てた手をさっと隠す。
「一人称は『俺』でいいと思うよ。そっちの方が月島君に似合ってて可愛い」
「!」
ぼんっと頭から煙が出てしまったかも知れない。
なんでこの人はこんな事を言うんだろう?
自分の影響力を知っていてやっているのならかなりの悪魔だし、知らないでやっているのなら小悪魔だ。
結局どのみち悪魔な訳なのだけど、どっちにしろ碧には少し刺激が強すぎる。
「大丈夫?」
碧は言葉が出せなくてこくこくと頷いた。
もう碧は赤面を隠す事が出来なかった。
何故なら顔どころか全身が赤くなってしまったからだ。
「ふふっ、真っ赤になってしまったね」
碧を覗き込んだ桐生が微笑む。
恥ずかしかった。
男が男にちょっと可愛いと言われただけで、こんなに赤くなってしまったら絶対におかしい。
しかも可愛いのは『俺』という一人称であって、自分の事じゃない。
わかってるのに、頭より先に反応する身体がもどかしい。
「…ち、違い、ます!」
勘違いしているわけじゃないし、別にやましい気持ちが…いや、きっと…気持ち悪いって思われたくない。
だからそういう訳じゃないと言いたい。
「あの、その、慣れてなくて…先生の顔、というか」
「顔?」
桐生が少し驚いたように首を傾ける。
「あ…いや…えっと…」
違う、顔じゃない!
先生の格好いい顔が見慣れてないだなんてそんなこと言えない!
…何か違う理由を…っ!
あまり話したことが無いから…先生の言葉?
言葉っていうのも少し違う。
なんて言えばいいんだろう。
どう誤魔化したらいいんだろう。
ぐるぐるとうまくいかない頭を回転させている碧の言葉を待っている桐生が息を洩らす。
「そうか、ごめん。僕はどうも日本人離れした顔だってよく言われるからね」
桐生が自分の顔を撫でる。
違う!
違うのに、先生が謝ることじゃなくて、悪いのは俺なのに!
結果的に失礼な事を言ってしまった碧は桐生にうまく言葉を伝えることが出来ずにいる。
本当の事を隠しているから、言葉が続かない。
「父も母もすごく日本人顔なのだけどね、僕だけ髪も顔もあまり似てないんだ。母がクォーターだから隔世遺伝したのかも知れないね」
初めて聞いた。
…クォーターなんだ、先生のお母さん。
外国の血という自分には全く手の届かない世界に、桐生の美しさがなんだかとってもしっくりした。
そしてなんて格好いいのだろう。
碧は自分とはかけ離れている桐生の存在に更に憧れてしまいそうになる。
じゃなくて、早く謝らなくちゃいけない。
「あの…すみません…違うんです、俺…」
「先生、さようなら!」
碧の言葉を遮るように女子生徒が通り過ぎる。
桐生は挨拶を返すと碧の肩に触れる。
「旧校舎に行こう。そこで手伝って欲しい事があるんだ。人も少ないから話もしやすい」
そのまま肩を優しく押されて自然と足が動く。
「…は、い」
触れられた肩が熱い。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
9 / 161