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片影
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茹だるような暑さが久しぶりに袖を通した制服にまとわりついている。
「あっつぅ…」
眩しくて見上げることも出来ないくらい強烈な太陽が碧の白い肌をじりじりと焦がす。
しょわしょわと蝉が大合唱をする雑木林の隣を通ると耳がじんじんする。
夏休みも半分を過ぎたというのに、夏は終わりそうにもない。
通い慣れた通学路を自転車で疾走しているのに、熱風が身体を撫でるだけで暑さは増す一方だった。
名ばかりの図書委員とはいえ、さすがに当番をサボる訳には行かず碧は炎天下の学校へ久々の登校をしていた。
碧の学校の図書室は少し立派で司書がいる。
なので普段は殆ど図書委員らしい活動はしていないのだが、その司書さんの夏休み2週間は委員持ち回りで図書室の受付をする事になっていたのだ。
夏休みの図書室開放は午前中だけなのでそんなに大仕事ではないはずなのが、この暑さが碧の気持ちを重たいものにしていた。
「月島、おはよう」
同じクラスの深田と駐輪場で鉢合わせになる。
深田も同じ図書委員だ。
図書室の開放は九時からなので、運動部員たちはとっくにもう学校に来ていて、こんな時間に登校してくるのは碧たちくらいなのだ。
「おはよう、暑いね」
碧はカゴから鞄を取り出すと頭の上に翳す。
「ああ。朝からひどい暑さだ」
深田はかったるそうに空を見上げている。
身体は大きいが本が好きで、口数は少ないけど一緒にいて居心地の悪い思いはしたことはない。
同じ委員なのでわりと一緒に過ごす事が多かったが、碧は深田と過ごす時間が嫌いではなかった。
「図書室にクーラーがあればいいのにねえ」
図書室は旧校舎にあって、クーラーが完備されていない。
旧校舎は日陰が多いので比較的涼しいとはいえ、やはりこの時期は暑い。
「まあ、扇風機があるだけ感謝だな」
暑いと言ってるわりには涼しげな様子で深田は答えた。
「そうなんだけどね」
会話をしながらふと資料室のある辺りを見上げる。
今日は桐生も学校にいるのだろうか。
桐生と付き合いだしてまだ学校で会ったことないな…などと考えてしまって少しだけ体温が上がった。
多少立派な図書室とはいえ、開放している意味があるかどうか疑問を持つほどに利用者は少ない。
今日は今のところ宿題の為に本を借りに来たであろう生徒が二人。
それも目当ての本をさっさと見つけてすぐに借りて帰る。
滞在時間は二人合わせてもおそらく15分というところだろう。
きっと原因はこの暑さに違いない。
とてもじゃないがここで勉強をする気にはなれそうにない。
しかし深田はそんなことを気にする様子もなく、少し離れた自習席で読書に耽っている。
碧は受付席で扇風機の直風に当たりながら、窓の外を眺めていた。
窓の外では相変わらず蝉たちがさまざまな声色で大合唱を続けてる。
「まだ10時半か…」
そうだ、今日は先生の家にお気に入りのアイスを買っていこう。
ソーダ味は美味しいって言ってくれたけど、梨味の方が気に入ってくれそうな気がする。
桐生はお菓子やアイスなど殆ど口にしたことが無いらしく、物珍しそうにそういう類いの物を食べる姿に碧は何とも言えない幸せを感じていた。
誰も知らない自分だけに見せてくれる桐生の表情を宝物の様に思う。
あまり似合わないカラフルな氷菓子を神妙な顔をしてかじる桐生を思い出してにやけてしまいそうになる。
「…いけない、いけない」
誰かに見られてしまいでもしたら変な風に思われてしまう。
今は当番に集中しないと…と自分を戒める。
キィ…と古い扉が開く音がして思わず『いらっしゃいませ』とでも言いたくなるような気持ちで入室者の方を見た。
「あ…!」
現れたのは目が眩む程の美貌を眼鏡で何とか微かにさせ、すらりと伸びた体躯を白衣で覆った、つい今まで想いを馳せていたその人だった。
曖昧にさせても消せない美しさ。
桐生が職場でなるべくその身を目立たぬようにしていたということを、その全てを知ってしまったから気づく。
せ、先生だ…!
姿を見たいと思っていただけに浮かれてしまう。
「…あ…ぅ…んと…っ」
静かな図書室で声を掛けることに躊躇していると、碧の前を通り過ぎる桐生が目の端で笑う。
「っ…!」
自分だけに向けられた艶っぽい笑みに碧は思わず小さく呻いた。
碧は一瞬にして赤く染まる。
桐生はそんな碧を横目に颯爽と奥の専門書の棚に消えてしまった。
…う…わぁ…。
なんという破壊力。
目が合っただけなのに、まるで唇を重ねた後の様な動悸に碧は胸を押さえてしゃがみこんでしまった。
これはまずい…家で会う時より、すごくドキドキする。
なんというか、ものすごく嬉しい。
今日が当番の日なのを桐生は覚えててくれたのだろうか?
たまたまだったのだろうか?
もし知ってて来てくれたのなら、どうかしてしまいそうだ。
家で一緒にいるのは慣れて来たが、学校で見てしまうとやはりずっと思ってきた頃の自分に戻ってしまって、ひどく浮かれてしまう。
「月島?」
「ぅわ!」
突然後ろから深田に声を掛けられ碧は跳び跳ねる。
「おい…大丈夫か?顔赤いけど、もしかして熱中症か?」
しゃがみこむ碧を深田がすっと抱き上げる。
「わっ…だ、大丈夫、大丈夫!」
後ろから抱かれる様に起こされて受付席に座らされる。
「身体も熱いな」
薄いシャツ越しの触れ合いに深田がほそりと呟く。
「大丈夫だってば!」
大きい深田に子供のように扱われてなんだか情けない。
しかし深田の方はお構い無しで碧のおでこや頬に手を当てたりしている。
「…やっぱり熱い。保健室に行くか?顔も赤いしな」
深田が覗き込む。
「本当に平気だよ、心配し過ぎだって」
意外と心配性な深田に、碧は困った様に笑う。
「誰か来たからこっちに戻って来たんだが、真っ赤になって座り込んでいたから驚いた」
確かにそれは驚かせてしまったかも知れないが。
「ごめん、本当に大丈夫。しゃがんでらから顔赤くなっただけだと思う」
うーん…と深田が唸る。
「入室者がいるから二人で出るわけにはいかないが、一人で歩けるなら保健室で横になった方がいい。熱中症を甘くみたら駄目だ」
どうやら本気で心配してくれているみたいだ。
熱中症ではないんだけどな…。
どうしよう。
「うちの弟が去年大変な目にあったんだ。早く休むのがいい」
ううう。
深田はお兄ちゃん気質らしい。
桐生と目が合って逆上せた…なんてとてもじゃないが言えない。
「…だけど新校舎まで一人で歩いてる時に倒れたりしたら…と思うと心配だな。…まずは職員室まで先生を呼びに行って…」
深田はブツブツと独り言にのように考えをまとめていて、碧の様子に気づいてくれない。
「深田…大丈夫だよ?」
きっとすぐにこの高揚も落ち着くと思うし。
「ねえ、深田…」
碧がどうしていいのか困っていると、いつの間にか数メートル前に秀麗な姿が近づいて来る。
「どうかしたの?」
低く響く相変わらずの美声。
久しぶりの学校で聞くとまた趣が違う気がする。
「桐生先生?…ああ、ちょうど良かった!」
深田が桐生に気づき表情を晴れさせる。
「月島がちょっと熱中症ぽくってどうしようかと思っていたんです」
真剣な深田の様子に桐生が視線を碧に向ける。
「!」
多少なりとも慣れた筈だと思っていた桐生の美貌に、新しい感情が生まれてしまって、結局碧は当てられてしまい更に頬を染めてしまう。
「本当だ…ずいぶん真っ赤な顔をしているね」
細められた琥珀色の瞳に碧の身体が熱くなっていく。
なんで深田は平気でいられるのか不思議に思う。
桐生の視線になんで耐えられるのか。
「先生、もし時間があるなら俺が月島を保健室に連れていく間だけちょっと図書室にいてもらうことは出来ないでしょうか?」
深田は本当に真剣に碧の身体を心配しているようだ。
なのに、多分熱中症では無いし、理由が理由なだけに情けなくて申し訳ないが、もうこの場は深田の言う通りにした方が良さそうな流れになってしまっている。
深田…ごめん。
碧がしょんぼりしていると、抱えていた本をカウンターに置いて桐生が腕時計を見る。
碧は顔を上げることが出来ずに桐生の借りようとしていた本に視線を移す。
『自然崇拝』『アフリカ民族の儀式』『宗教と哲学』難しそうな題名が目につく。
そういえば助手を頼まれてた時、桐生は宗教の研究をしているって言っていた。
その資料だろうか。
「………いや、まだ時間があるし僕が月島君を保健室に連れていくよ」
「!」
桐生の申し出に碧の鼓動が早くなる。
「…いんですか?」
深田は自分の事のように申し訳なさそうな顔をしている。
「職員室にも用があるし、どのみち夏休み中は保険医が常駐していないから誰か教師が付き添わなくてはいけないしね」
そんなシステムだったのか。
ただ保健室に行くだけでは利用出来ないらしい。
「そうですか。じゃあお願いします!…月島、大丈夫?」
深田に顔を覗き込まれ頷く。
「う、うん…大丈夫っ」
完全に置いてきぼりを食らい碧はそわそわしてしまうが、久しぶりの学校で桐生と二人になれるのはやぶさかではない。
「一人で歩けそうなのかな?」
桐生が再び碧を見る。
「大丈夫…です…すみません…っ」
碧は桐生の顔を直視出来ないままぺこりと頭を下げた。
「じゃあ無理せずゆっくり行こうね、月島君」
月島君…そんな風に呼ばれてドキンと胸が鳴る。
なんだかとても変な気分だ。
少し悪いことをしているような不思議な優越感に碧はつい胸を躍らせてしまった。
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