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Epilogue
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「いらっしゃい」
温かみのある木の扉を開ければ、カランカランと鳴るベルの音と共に、マスターの穏やかな声が店内に響いた。
俺はカウンターの奥にいるマスターに軽く会釈しながら、迷いもなく君といつも座っていた席へと向かう。
その途中、マスターにいつものコーヒーを注文しておく。
するとマスターは軽く頷き、豆を挽き始める準備をし始めた。
『Café,陽だまり荘』はコーヒーの注文を聞いてから豆を挽きコーヒーを淹れてくれるので、飲むまでに多少時間がかかる。
けれど挽きたてのコーヒーはとても美味しく『Café,陽だまり荘』はコーヒー通の客さんに人気のカフェなのだ。
ちなみにコーヒー好きな俺がここの常連になったのは言うまでもない。
コーヒーが好きだと言った俺に君がこのカフェを紹介し、最後には二人で毎週の様に来る様になったのだ。
『この店を教えたのは陸(りく)が初めてなんだ』
母さんにも言ってないのだと、君ははにかみながら俺に言っていた。
その時を思い出し、つい笑みを浮かべながら俺は窓際の一番奥の席に座る。
けどそれは『あれ』の存在を思い出す事によって、幸せな気持ちは一瞬にして掻き消える
「 ……………… 」
俺は『あれ』がはいっているカバンにそっと触れ、思わず小さなため息をついてしまう。
この時ばかりは俺に『あれ』を託した君が憎らしく思えてしまうのだ。
けど意を決し、俺はカバンの中から『あれ』を取り出し、テーブルに広げた。
それは二通の手紙と二冊の本
君がいなくなる数日前に預かったのだと、玲子(れいこ)さんは言っていた。
二通の手紙にはそれぞれに「久し振り」と「さよなら」と書かれている
俺は「久し振り」と書かれている手紙を手に取り、特に何も考えずに宛先面を見た。
『 Dear 陸 』
するとそこには、懐かしい君の字で俺の名前が書かれていた。
たったそれだけの事なのに、心にそっと温かさが戻ってくる。
俺は少しの間それを見つめてから、そっと封を開け様とした。
「…あれ?」
けど思ったより封がくっついている。
見ればのりで丁寧に端から端までしっかりと止めてある…几帳面な君らしい。
僕ならのりなど使わず、セロハンテープで簡単に止めて終わりだというのに…
「さすがA型」
俺としては、ここは綺麗に開けたい所なのだが…生憎とペーパーナイフなど持ってない。
けど手で開けてしまえばビリビリと破けてしまうのは目に見えている。
大雑把なO型の俺は、さてどうしようかと悩み始めた。
「良ければ使って下さい」
穏やかな声に目線を上げれば、俺の横でマスターが微笑んでいた。
その手にはペーパーナイフが握られている。
どうやら俺が手紙の封を開けようとしている事に気が付き、わざわざ持って来てくれたらしい。
「あ、済みません…ありがとうございます」
俺がペーパーナイフを受け取ると、マスターは微笑みながら頷き、再びカウンターへ戻って行った。
マスターの背中を見ながら、ふと大人の男性は皆ああなるのだろうか、と考えてみる。
さりげない気遣いと穏やかな笑みが似合う大人になれっ…いや、親父は全然出来ないから、きっとマスターが特別なのだろう。
なれるのであれば俺も是非ああなりたい、親父ではなくて。
なんて事を無理やり考えながら、俺はペーパーナイフで封を開けた。
???
Dear 陸
やっほー陸、元気にしてる?
僕はね、相変わらず元気だよ(笑)
ねぇ、陸
今どこでこの手紙を読んでるか、当てて見せようか?
『Café,陽だまり荘』で読んでるでしょ?
陸は『陽だまり荘』のコーヒー好きだからね
きっといつもの席に座って、コーヒーが出てくるのを待ちながらこの手紙を読んでるはず
正解でしょ?
さっすが、僕!!
さてと、では前置きもそろそろ終わりにして本題に入るとしますか
陸が今、この手紙を読んでるって事は、僕はこの世にはいないという事だよね
母さんには僕が死んだら陸に渡してって言ったから、多分そうなってるはず
母さんに渡されたと思うけど、この手紙ともう一通、それと二冊の本があると思う
その本はね、僕の日記だよ
病気が発覚したあたりから、僕が死ぬ直前まで、結構分厚いでしょ?
なんでこの日記を陸に渡すかって?
それはね、陸には悪いと思うんだけど…この日記を陸に読んでもらいたいからなんだ。
まぁ、陸は読みたくないと思うけどね
責めてるわけじゃないよ
その、恋人の闘病生活の様子が書いてある日記なんて、僕が陸だったとしても読みたくないしね
気持ちは分かるつもり
でも、それでも…僕は陸に読んでもらいたいんだ
一回読むだけでいい、その後は捨ててもいいから
だから陸、この日記を最後まで読んで下さい
お願いします。
手紙の方は日記を読んだ後に見てね
じゃあ、よろしくね
From 旭(あさひ)
???
僕はそっと手紙を封筒に戻すと、日記をみつめた。
いや、見つめたというよりは、睨みつけたっていう方が正しいかも知れない。
まるで目の敵を目の前にしている様な感じで睨んでいる筈だ。
「…まいったな…」
俺は小さくため息をつきながら呟いた。
君もひどい事を言うもんだ。
別に読む事に対して全部が全部嫌というわけでは無い。
日記を…読む事に対しては特に問題など無いのだ、むしろ逆に読みたいと思う。
俺がいない時の君はどんな風に過ごし、どんな気持ちでいたのかを知る事が出来るのだろうから…
けど問題は日記を読み終えた後
怖いのは日記を読み終えた事によって再び味わう事になるであろう、喪失感、絶望感。
君がここに…俺の隣にいないという現実。
……二度目など味わいたくなど無いのが本音だ。
俺は一冊目の日記を手に取り、指で背表紙をそっと撫でた。
……読みたくない。
けど、俺はこの日記を読まなければいけないのだ。
だってこれは君の…最期の願い、なのだから…
そっと息を吐いた後、俺はページを捲った…ーー
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