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凪はひたすら泣いていた。恭司が知らなかった事への安堵と、酷い仕打ちをしてしまった事への罪悪感。色々な感情が綯い交ぜになり、押し潰されそうに苦しい。
「...田邊社長、貴方にははっきりと申し上げておいたはずです。彼は飽く迄私の秘書で、取引の材料にするつもりは無いと。...今回の商談は無かった事に。それから弊社は今後一切、御社とは取引致しませんので、そのおつもりで。」
恭司は冷たく凍て付く様な眼差しで田邊に断言した。もう怒りは当に頂点を超えている。こんな事になるのならば数時間前に破談にしておけば良かったと悔悟の念しかない。
「 ─ !? た、たかが秘書一人の為に、十億の取引を棒に振るのですか!?正気じゃない!大体今回の事だって、私は此処の場所を書いた紙を渡しただけで、彼が自分で勝手にこの部屋へ来たんだ!私の責任じゃ無い!!」
バスローブの前を開けさたまま興奮して捲し立てる田邊。こんな奴にたかが紙切れ一枚で躍らされたのかと思うと心底虫酸が走る。
「彼はたかが秘書では無い。人の大事にしてる者に手を出した事、善く善くお忘れ無き様お願い致します。」
ああ、それからと恭司は続ける。
「貴方の秘書の里中さんが、私が相原をこちらに送ったと思ったみたいで、御礼の電話を下さいましたよ。貴方が相原と引き換えに、弊社の言い値で商談を成立させる様、指示を受けているとも仰ってましたので。きちんと録音してありますから必要ならば仰って下さい。コピーを差上げますから。」
恭司がそう告げると、田邊の顔は見る見る青ざめていく。犯罪を立証されたも同然だ。
もう良いだろうと踏んだ隆雄が退室を促すと、田邊は茫然と黙ってそれに従った。
田邊が退室すると恭司は静かに凪の側へ行くも、泣きじゃくる凪に掛ける言葉が見つからない。何を言ってもきっと凪は自分自身を責めるのだろう。心身共に打ちひしがれた凪に、これ以上の傷を負わせたく無かった。
「...凪、手解くから出して。」
「......ふっ、うぅっ、....ひっ...っ」
蹲り、土下座の様な形でベッドに小さくなって泣いている凪の背中を擦りながら、凪が動くのを待った。怖怖と顔を上げずに手だけを滑らす様に差し出した凪の手首に括られたネクタイの結び目に手を掛けたが、強固に結ばれたそれは簡単には解けそうも無い。
「......隆雄、ハサミを貸してくれないか。」
隆雄がハサミを持ってくる間、恭司は何も言わずに凪の鬱血した手首を優しく擦っていた。
程無くして手首のネクタイを切ると、鬱血痕が露になり、それを見た隆雄は眉を顰め、恭司は悲痛な表情をする。凪が何れ程の思いで耐えていたかを考えると遣る瀬無かった。
「...手当てしなきゃね。救急セット持ってくるわ。」
隆雄がそう言い、歩き出そうとすると、
「......り...い。...ヒッ、...かえ...っ、り.....たぃっ...ここ、...から...で、出たいたいっ...っ、」
その悲痛な訴えに、恭司と隆雄は顔を見合わせて頷くと、帰り支度を始めた。凪の気持ちを鑑みれば、一刻も早くここから出たいのだろうと分かったからだ。
服を着ている間も凪は顔を上げられなかった。このベッドの上にいる事が嫌で嫌で堪らない。背中や手首を優しく擦ってくれる恭司の手の温もりが辛くて、馬鹿な自分を恥じる気持ちでいっぱいだった。
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