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先輩、暇です。
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「ありがとうございましたー。」
店で食事をしてちょっとコーヒー飲んで、そうして残っていたお客さんが店から出て行ってしまった。寂しい。たまに来てくださるお客さんの背中が見えなくなるまで、俺はカウンターから眺めていた。
舘ノ木優正(たちのき ゆうせい)、少し地元密着型なファーストフード店でバイトを初めてかれこれ3年経ちました。
大学に受かってすぐに面接をしてからお世話になっているこの店は、別に忙しい店じゃない。むしろ毎日が平和で退屈と感じるくらいだ。でもお客さんが来ないよー…なんて嘆いたことは今までで一度もない。ほどほどの集客数でほどほど利益をもたらしている。
ただそれが物足りないと感じて辞めたりする後輩もいたりする、俺は気にしたことないけど。だってのんびりできる方が楽しくね?
「先輩、暇です。」
この後輩みたいに。
お客さんが引けたのをいいことに、厨房からひょっこり顔を出したのは俺の後輩で会田紀一(あいだ きいち)。大学は違うけれど、何かとプライベートも飯を食べに行ったりカラオケに行ったりとこの店の中では一番気が合う友人と言えるだろう。
趣味もそこそこあっていて、何を話すにしても気を遣わなくて済むし俺が年上だからっていっても会田は遠慮することもない。今のように。
暇、とはお店に対して失礼だけれども今は深夜。時計の針が二時を指している。うちの店は24時間といってはいるが店内で食事をするお客さんはこの時間ではそうそうやってこなくなる。なんたってうちは住宅街の中にある。不良もあまりいない平和な町だと24時間は無意味だな。
「暇って言われてもな、こんなのいつものことだろ。」
「そうですけど、なんかないですかね。」
「…じゃ、裏で寝ている店長でも起こして来いよ。」
「嫌ですよ、絶対怒られるじゃないですか。」
口では暇だ暇だと言いながらも、会田はサボろうという気はあまりないようでエプロン外してモップを持ってくる。そして俺にも布巾を持ってきて「じゃ店でも綺麗にしましょうか」とにこやかに提案してくる。最初からそうしろ。
やれやれ、呆れながらも床用洗剤を盛大に撒き後輩のために店先に「清掃中につき滑ります」という注意書き看板を出しておく。どうかお客さん来ませんように。会田の洗剤の撒き方は力士が塩をまく以上の勢いだ。
じゃ、俺もテーブルやらを拭きますか…会田に釣られるようにして俺も布巾を濡らしてテーブルを一つ一つ磨いていく。
「先輩、うちの店って24時間である意味ってなんですかね。」
「気分じゃね?ドライブスルーはたまに入るし。」
「そうですけど、そのうち24時間じゃなくなったりしちゃいますかね。」
「そうかもな、暇だし。」
一時間に数回入る程度のドライブスルーのためだけに24時間ってのも変な話だし。
せめて繁華街の中にあるのなら、酔っ払いや終電を逃した人で利益が見込めるものだけどうちにそういう人たちはやってこない。それは働いている人間も偉い人たちもご存じのこと。
ってことはだ、24時間なんてやめちゃったほうが電気代とか人件費とか節約できるわけ。
会田は「えー、困るー」とモップをかけながら軽く言っているけれど、俺も会田と同じく困る。だって大学生にとって深夜の暇すぎるバイトほどうまいものはない。
暇なら仮眠すらさせてもらえるし論文だって書かせてもらえるのだ!…ってさすがに無法地帯すぎるよな、いや店長の許可ありだからいいけどさ。その代り店長も今みたいに寝ているわけだし。
「先輩も困りますよね。」
「そうだな。今更バイト探すのも面倒だし。」
大学三年生、就活だって忙しくなるし。その間だけのバイトなんてどこがとってくれるんだか。
だから現実はちゃんと分かっているが24時間営業を辞められるのは困る。すっごく困る。
テーブルを拭く手を止めて両腕を真上にぐっと伸ばして肩の骨を小さく鳴らす、それに反応して会田はこっちを向いた。モップの柄を腕に抱いて洗剤まみれの床を靴裏で少し撫でて、何か考えて。
「ねぇ、先輩。」
「ん?」
「24時間じゃなくなったら、一緒に働く機会減りますかね?」
会田はこうして平日の夜中に働いているが、土日にも昼間から働いていたりする。それにたいして俺は平日の夜中だけ、土日はいろいろ忙しい。しつこい様だがこれでも大学三年生だ、いろいろ忙しいんだ。
ということは、会田が言うとおり24時間じゃなくなったら会田と会う回数はぐっと減るだろう、なにせ会田と顔を合わせる回数の7割は仕事でなのだから。
モップをかける手を止めて俺の方を見る会田は眉尻をさげて寂しそうで。でも俺は聞かれたから素直に答えるだけしかできない。まぁ仲がいいだけにその気持ちはわかるけどな。
「減るな、月に5回くらいになるんじゃね。」
「うわ、死活問題ですねそれは。」
「いっみふめーい。」
俺にとって会田とは。
少し不真面目な、だけど意外としっかりしていて頼りがいがある気の合う後輩だ。時たま大げさで不思議なところがある面白い後輩。
「だって先輩のこと大好きですから。」
「へー。そんなこと言われても奢ってやらないから安心しろ。」
「けちー。」
俺にとって舘ノ木先輩は。
俺の気持ちを一欠けらくらいしか理解していない、鈍感で優しくて憧れの先輩だ。
先輩は声をだして笑って、またすぐにテーブルを拭き始める。それに促されるまま俺もモップを動かす。先輩がやるから俺もやる、ただそれだけ。
もしも24時間じゃなくなったら……なんて、とても恐ろしい話だ。先輩に会えなくなるなんて耐えられないと思う。だけど先輩はそうじゃないんだろうな。悔しい、ただの後輩としか見られていないこと。
でも、今はそれでいいということにしよう。
「…だって好きですから、我慢できますよ。」
いつの日かでいいや。本気で真剣で大真面目で嘘でもジョークでもない、本当の本当に先輩のこと愛しているって伝えるの。
時計の針が三時を指した、そろそろ店長が起きるころだ。撒きすぎた洗剤を早くなんとかしないと怒られる。あぁ今日も暇だけどいろいろ忙しい。
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片思いやっふー。
2014/08/05
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