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先生
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「リョウ君、次これお願いね」
目の前に置かれた書類の量にうんざりした。まただ。またこの人は、面倒なことを全て押し付けようとしている。
「先生っ、俺、この前も言いましたよね?俺も自分の仕事で忙しいんです、ご自分の仕事はご自分で責任を持ってやってくださいって!」
そう言いながら、持ってこられた書類を先生、朝比奈教授に返す。それでも、半分以上は自分の机に残しているのだから、俺は甘いんだろう。
「だってね、こういう書類仕事は性格の丁寧な君がやったほうが、早いんだよ?僕がやってたら、他の仕事が回らないよ?」
俺たちのやり取りを聞きながら、事務のバイトの女の子が、くすりと笑った。
「ほら、小林さんもそう思うって!僕が他の仕事終わらせられなかったら、君にも小林さんにもお給料出せませんよ~?」
「そんなこと言ってる暇があれば、手を動かしてください」
構ってられなくなって、先生を放置し、自分の仕事に集中する。
「朝比奈先生とリョウ先生は、本当に仲がいいんですね」
「あれでも、昔はもっと可愛かったんだけどねぇ。先生、先生って。なんであんなにツンツンしちゃったかなぁ」
まだくだらないおしゃべりを続ける先生たちを、完全に無視する。
先生の下で働きはじめてもう6年が経つ。先生という呼び方は、本人から強制された。教授と呼ばれると老けた気がするから、らしい。実際、俺と一回り年が離れているのだから、それも当然かもしれない。
働き始めた頃、いや先生と出会った頃は、こんな人だとは思わなかった。
落ち着いた大人のイメージは、オンの時だけ。つまり完全な仕事モードの時だけだった。
オフになれば、それはそれは、面倒な人で。見た目はオンよりこざっぱりするが、面倒くさがりで、適当で、無計画、甘えん坊で、子どもっぽい、挙げ句の果てに、下半身がとてつもなくだらしなくなる。
それでも、心理学者としての先生は、駆け出しの臨床心理士として働く俺から見れば、雲の上の存在に近いのだが、オフのだらしない姿ばかり見せられ、尊敬の念もどこかに消え失せた。
しかも、この『朝比奈心理学研究所』という名前の事務所を立ちあげた先生に、就職に困っていたところを拾ってもらった恩もあり、あまり強くも出られないという非常にややこしい状態だ。
はぁ、と大きなため息を一つもらす。
あちらの二人はまだ無駄話に花を咲かせているようだ。
「でも、リョウ先生ってあんなに整ったお顔なのに、本当に誰とも付き合っていないんですか?」
「ねえ、もったいないよねえ。僕があの顔に生まれてたら、どんな男だって落としたい放題だったのに」
嘘つけ。どんなやつでも落とす自信があるって酔っぱらえば口癖のように言うくせに。
「ホント、もったいないですよ。いっそのこと、先生とリョウ先生が付き合っちゃえばいいんじゃないですか?」
平然と恐ろしいことを言う小林さんは、俗に言う腐女子なるものらしい。カミングアウトしているとはいえ、先生の性癖を簡単に受け入れ、かつ楽しんでいる様子だ。
俺が若い頃にも、こんな子いたのかな。
「それがね、僕が出会った頃からずっと口説いてるのに、リョウ君ってば、振り向いてくれないの」
クスン、とわざとらしく泣き真似をする先生を冷ややかに見つめる。
ここで、俺が少しでも反応すれば、絶対に調子に乗る。
「先生、ここの書類に判子をお願いします。それと、無駄話をする余裕があるようですので、先程お預かりした書類は全てお返ししますね」
これくらいの仕返しなら許されるだろう。
途端に、情けない顔をする先生に思わず、笑いが込み上げた。
こんなやりとりが日常的で、そしてそんな日常に安心する。
───俺は、ここで、生きている。
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