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ケイさん
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アキラと別れてから、俺は心の傷を忘れるかのように、以前からの計画を進めていた。
朝比奈教授の講義を受けてから、心理学に興味を持ち、自分なりに調べてみると、本格的に学んでみたいという気持ちが芽生え始めていたのだ。
どうせやるなら専門的に力を入れているところで学びたいと、大学を変えることも頭に置いて調べてみると、朝比奈教授の勤める大学に行き当たった。
すぐに転入の条件を調べて、なんとかぎりぎりで転入学が可能だとわかり、すぐにその準備を始める。
まず、親に報告すると、心理学に興味を持ったことは喜ばれたが、三年次からの転入については渋い顔をされる。
当たり前だろう。高い金を払ってもらって大学を行っておいて、また別の大学に、なんて親からすれば金銭面でも気分のよいものではないだろう。
その辺りは、学費さえ出してもらえれば、生活費は自分で賄うことを条件に、なんとか承諾を得る。幸いにも、ずっとバイト三昧で貯金はまとまった額が貯まっていたし、あとは今の小料理屋のバイトを続ければ、なんとか生活できるだろう。
最後に、住所が変わったことを軽く説明すると、特に何も聞かれることなく、そのことに深く安堵した。
新しい住居は、今の大学の最寄り駅近くに、安いアパートがあったので、そこに決めた。その駅からなら、転入先の大学にも便利だったから。
着々と準備が進み、それに集中している間は、何も考えずにすんでいた。
無事に、転入試験にも合格し、今の大学に通うのも、あと数日のことだった。
大学の帰り道、急に目の前に大きな影がよぎる。
思わずぎょっとして、体を硬くしていると、柔らかい声が聞こえてきた。
「ごめんよ、驚かせて。リョウ君だよな?俺のこと、覚えてないかな?」
忘れたくても忘れられない嫌な光景が頭をよぎった。あの時、この人もそばにいたんだった。
「ケイ、さん・・・」
「そう、Kのマスターの。申し訳ないんだけど、ちょっと時間もらってもいい?」
切羽詰まった様子のケイさんに、頷くしかない。きっとアキラのことだろう、そう考えると気が重くて仕方がなかったが。
すぐ近くのカフェに入る。大学生が多く利用するため、できるだけ奥の個室に近い造りの席にした。
「あの、話というのは・・・?」
自分から切り出す。できれば、早く済ませたかった。
「悪かった」
急に、深々と頭を下げられた。ケイさんみたいな年上の人に謝罪される経験などなく、慌ててしまう。
「アキラの、こと。わかってたのに、何もしてやれなかった。あいつが君を裏切ってること、ずっと前から知ってたんだ」
もっと早くに俺がなんとかしていれば、こんなことにならなかったた。と、頭を下げたまま言われれば、もういいです、と言うしかなかった。
でも、俺にとってはもう過去のことで、そもそも俺たちの問題だったのだから、第三者であるこの人が謝るのは筋違いだ。
「ケイさんに、謝ってもらいたい気持ちはありません」
きっぱり言い切ると、顔を上げたケイさんは悲しげな表情をする。
「むしろ、見捨てないでやってくれ、って頼まれていたのに、結局はアキラを見捨てたのは俺ですから」
「いや、でもそれは、アキラが・・・」
ケイさんは、事情を全て把握しているんだろう。アキラには、俺よりも近い人がいたんだな、と少し寂しくなる。
俺は、結局はアキラの口から、アキラ自身について、ほとんど教えてもらえなかった。
アキラが自分のことを言ってくれたのは、俺を好きだってことと、俺が離れていくのが怖くて誰かにすがらずにはいられなかった、ということだけ。
それすら、本心だったのかもわからないけど。
「こんなこと、言うべきじゃないのはわかってるんだけど、・・・アキラ、今、かなり荒れてる。君と別れてから俺でも手がつけられない」
心が冷えた。やっぱり、傷付けてしまったのか。
傷付く必要はないのに。アキラには、これからたくさんの幸せが待っているのに。
そう言ってあげたいが、もうそれもできない。
大学も変わってしまえば、もう遠くからアキラを見つめることすら出来なくなる。
「すみません、俺のせいです」
今度は、俺が深々と頭を下げた。
「俺は、もう無理だから。近くでアキラの幸せを運ぶことは出来ません。だから、どうか、アキラのこと、よろしくお願いします」
「君にそんなこと言わせたい訳じゃないんだ。今日会いに来たのは、謝りたかったのと、お願いがあってね」
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