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変装
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それから、仕事が急に慌ただしくなり、日々に追われる内に、先生の恋人の有無を確かめるという件について、後回しになっていく。
変わったつもりでも変わらない、嫌なことからは逃げる俺の性格が、とことん嫌になったが、今、プライベートに振り回されれば、確実に仕事にも影響が出る気がして、それを言い訳にずるずると答えを探さずにいた。
先生が、地方の仕事のための出張に出ることが多く、俺の方もバタバタと出先への直行直帰が増え、先生と顔を合わすことが極端に減ったことも、俺の後押しをしていた。
それでも、この仕事が一段落したら、きちんと確認しなければ、と自分に言い聞かせて、先生に任された発達障害児のためのイベントに力を入れていた。
前回のイベントでは、初回ということもあり、まずは対象者に集まってもらって、次に繋げようとの考えから、遊び場の提供と相談ブースの設置という、シンプルなもので。俺や先生の担当する相談ブースでも、カウンセリングほどの時間はとれなかった。
だが、今回は、音楽療法の専門家を招き、子どもたちがそちらにいっている間に、悩みの多い保護者たちに、ゆっくりと語り合ってもらう、いわゆるグループワークを行う予定だった。
俺がそこの担当することになり、とりあえず、グループワークの方向性を考えたり、各参加者の状況の把握など、やることはたくさんあった。
*****
『リョウ君なら、いつも通り落ち着いてやれると思うよ~緊張しすぎないように、ね。あと、いつも言ってるけど、変装忘れないでね』
先生からの激励メールをもらった朝、いつもより気合いを入れて家を出た。
先生のいう変装とは、先生が仕事では眼鏡をかけ、野暮ったい服装をしているように、相手に警戒心や威圧感を与えないように、地味で目立たない格好をすることで。
『リョウ君は綺麗な顔してるから特に念入りにね』なんて、冗談を言われたが、俺も仕事では相手を不快にさせない程度に地味な格好にしていた。
今日はベージュのチノパンと少し濃い目のベージュのジャケットに、白のシャツ、先生が絶対にかけろと言った度の入っていないプラスチックフレームの眼鏡を身に付けていた。
もともと小柄な俺は、こんなことをしなくても、相手に威圧感は与えないと思うのだが、目立つことは苦手なのでちょうどいいのかもしれない。
イベントが始まって、しばらくは俺もすることはなく、音楽療法を行っている室内を観察していた。保護者と離れるのが難しい子どももいるため、まずは親子で参加してもらい、盛り上がってきたところで、ボランティアや保育士に子どもたちを任せ、保護者同士のグループワークを始める手はずになっていた。
前回は参加していなかった子どもも参加している。各々のファイルを頭に思い浮かべながら、音楽療法に参加する親子をゆっくり眺めていた。
ふと、ある親子に目が止まる。
ほとんどの親子が、母親と子どもの組み合わせで、中には両親と子どもという組み合わせも見られたが、その親子は父親と5歳くらいの男の子という、組み合わせで。
たしか、一組だけ父子での参加者がいたな、と思い出していた。
後ろ姿からは、表情まではわからないが、父親が一生懸命子どもに話しかけている様子が伝わってくる。
その様子に、なぜかアキラの姿が重なって、微笑ましく温かく見守る。
アキラはあんな風にいい父親になっていくんだろうな。
少し切なくもなり、慌てて他の参加者にも目を向ける。
そろそろ、時間的にはグループワークを始める時間だ。一足先に、音楽療法の部屋から抜け出し、グループワークを行う予定の隣の部屋に移動する。
室内は、すでに役所の担当者と整えており、パイプ椅子が人数分、丸く円を描くように並べられていた。
いよいよ、自分の仕事を果たす時だ。
多少の緊張を抱えながら、外にはそれが漏れないように、柔らかい笑顔を顔に浮かべる。
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