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寮に戻ってからも、ぼうっと夢見心地のままだった。
シャワーを浴びて、ローションのかゆみはなくなったけど、拓かれた場所はじんと痺れたままで、余韻がずっと続いてる。
散々叫んだせいか、声もおかしい。
「OBさんとどこ行ったんだよ? 風俗行って風邪貰って来たのか? 情けねーな」
寮長やってる同期にからかわれたけど、反論できない。
風俗なんて行ってないし、風邪ひいたんでもないけど。ホントのことなんて誰にも言えないから、小さく唸るしかできなかった。
「コーチには言っとくから、今日はゆっくり休んどけ」
寮長はそう言って、オレの肩をぽんと叩いた。
風邪って報告されるのはちょっと困ると思ったけど、とにかく色んなとこが痛かったから、練習休めるのは有難い。
「分かった。ありがとう」
掠れ声で礼を言ったら、「仲間だろ」って笑われた。
仲間――。
その単語に、やっぱり胸が痛んだけど、オレは黙ってうなずいた。
翌日はやっぱり、コーチに自己管理がなってないって怒られた。
「ぼうっとしてる暇ないぞ! 来週には夏キャンプにオープン戦。そして最後の秋リーグだ! しっかり投げろよ、エース」
喝を入れられて、うわ、と思う。
チームには他にも投手がいるし、オレはそんな、エースって言われるような立場じゃなかったけど。
「ドラフトも待ってるぞ」
そう言われて、ドキッとした。
勿論オレはずっと、プロを目指してやってるつもりだったけど。今は何か、その意味合いも少し変わっちゃった気がする。
あの人と――羽部さんと、同じ立場になりたい。もっかい会いたい。どうしてもそう望んじゃって、我ながら不純だ。
『ドラフトで指名貰えたら、ご褒美にまた、連れてってやるぞ』
別れ際、大OBさんに言われた言葉が、ちくんと小さなトゲみたいに心の隅に刺さってる。
そんなヨコシマな動機はダメだって思うけど。でも、やっぱりどうしても、会いたいって気持ちは誤魔化せそうになかった。
うちの大学の夏キャンプは、毎年北海道で行われる。
札幌から貸し切りバスで2時間のとこに合宿所があって、近くに球場もあるから、そこでオープン戦もやる。
日程は7泊8日。
オープン戦は、同じく札幌近郊にキャンプに来てる他大学と、木曜と日曜の昼に2試合。
後はずっと、練習と調整だ。
合宿所のグラウンド練習も、勿論オープン戦も、公開されてて見学も多い。
オレはそんな有名な選手って訳でもないから、きゃあきゃあ言われたりはしなかったけど。
でも、時々声援貰えたりするのは、やっぱり嬉しかった。
プロ球団のスカウトが来てるんじゃないか、と噂になったのは、合宿4日目、オープン戦第一戦の前だった。
スカウト自体は、そう珍しいことじゃない。早いトコだと、1月頃から見に来たりするし、プロ志望なのはオレだけじゃないし。
去年も一昨年も先輩たちので見てるんだから、今更もうオレたち4年は、スカウトスタッフの1人や2人で動揺したりはしなかった。
一緒にブルペンにいた捕手も、特に緊張はしてなかった。
「珍しいな、こんなトコに」
って、言ったのはそれくらいで。
オレも、「だね」、とうなずきながら、フェンスの向こうに目をやった。
「誰か、呼ばれたりするかな?」
今の時期はどうしても、高校野球の方に目が行きがちだと思うけど。でも、だからこそ、気の抜けたとこ見せられないと思う。
夏キャンプは遊びじゃないし、オープン戦だって、真剣だ。
目の前の捕手も、同じこと思ったらしい。
「まあ、誰目当てなのか分かんねぇスカウトより、取り敢えずは目先の試合だな」
そう言って、左手のミットでオレの頭を、キャップの上からぼふんと叩く。
ホームに駆けてった捕手の代わりに、オレに話しかけて来たのは、横にいた投手仲間だ。スカウトが気になるのか、フェンスの向こうをちらちら見てる。
「なあ、三滝、あそこにいる黒シャツにサングラスのヤツさ、あれ、羽部選手じゃねぇ?」
その言葉をちゃんと理解するのに、10秒くらいかかった。
「……は、べ?」
羽部っていったら、今のオレに思い浮かぶのは1人で――。
……え? 誰がいるって? 緊張に息を詰めながら、仲間の目線の先を探る。
そこには確かに、黒いシャツに黒いサングラスをかけた、黒い髪の男がいた。
高い背、がっちりと鍛え上げた体。サングラスをかけてても、端正だと分かる顔立ち。何より気配っていうか、たたずまいが、羽部さんそのもので。
ああ、羽部さんだ。そう思った瞬間、心臓がぎゅうっと縮んだ。
指を、唇を、肉厚の舌を、一気に思い出してしまって、一瞬で体温が上がる。
甘い吐息を嗅いだ気がして、うろたえてキョドった。
「そういや、明日からこっちで3連戦なんだっけ?」
呑気に話す投手仲間に、曖昧な笑みしか向けられない。
オレを見に来たんじゃないかも知れない。今日の対戦相手のチームに、有望な投手でもいるのかも。
そう思っても、ドキドキは止まりそうになかった。
オレを緊張から救ったのは、投球練習の合図だった。
「三滝ィ、10球!」
捕手がオレに声をかけ、座ってミットをパシンと打つ。
オレはハッとしてうなずくと、ボールを握って1つ、2つ、ゆっくり深呼吸を繰り返した。
深く息を吸って、肩からストンと息を抜き、チームの捕手に向き直る。
今、気にしなきゃいけないのは、行きずりに出会ったプロ1軍の捕手じゃなくて、目の前にいるチームメイトだ。
オレの為のミットが、オレの投げる球を待つ。
練習の1球も、公式戦の1球も、おろそかにしていい球なんてないから。
オレはいつも通り真剣に、捕手のミットをまっすぐに見つめて、まず1球、振りかぶって投げた。
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