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投球練習を終え、集合がかかった時、コーチからスタメンの発表があった。
「先発は三滝。行けるな?」
ドキッとしつつ「はい!」って答えると、目が合った。
「おっ、気合入ったイイ顔してんな。その調子で頼むぞ!」
肩をぽんと叩かれて、もっかい「はい!」って返事する。認められると嬉しい。気が抜けてるって言われるより、気合入ってるって言われた方が、断然いい。
チームの正捕手も、ニヤッと笑ってた。
「お前、コントロールいいもんな。リードの見せ所だ」
って。
「スカウトも何も関係ねぇ、みんなにイイトコ見せよーぜ!」
誰かの言葉に、全員が「おお!」と声を合わせる。チームだ、って感じてゾクゾクする。
オープン戦だし、投手もオレひとりって訳じゃないから、9回まで完投ってことには多分ならないだろうけど。
交代までは1点も入れないつもりで、頑張ろうと思った。
平日の昼時だから、そんなに期待してなかったけど、内野席はそこそこ観客で埋まってた。
ブルペンで投球練習してると、夏休み中の子供たちが「すごーい」って誉めてくれて、ちょっと嬉しい。
名前までは、知られてないみたいだけど。
「ピッチャー、頑張って―!」
そんな声援を貰って、うへっと手を振り返した。
気にしないって決めたハズなのに、子供たちの後ろに黒シャツの人を探して、無意識に目が泳ぐ。
ああ、やっぱいないんだ。分かってたけどホッとして、同時にちょっとガッカリした。
もう帰っちゃったのかな? それとも、対戦校の方にいるのかな?
今日は何しに来てたんだろう?
オレは……何を期待してたんだろう?
観客席から目を戻すと、正捕手が立ち上がってバックネットの方をじっと見てた。
「どうかした?」
スカウトの人がいたのかな?
そう思って声をかけると、緊張した顔でこっちにカチャカチャと、防具の音を立てながら駆けて来る。
そして、ボールを直接オレに手渡しながら、ミットで口元を隠してぼそっと言った。
「羽部がいる」
ドキッとした。
結局、羽部さんがどこにいるかは探さなかった。
バックネット裏だとは思うけど、そこはほぼ満席だったし。屋根のせいで陰になってて、黒シャツの人がいるかどうか、ちらっと見たくらいじゃ分かんない。
気にしない、って決めたんだし。
けど、羽部さんがいるかも知れないって思うと、今まで以上に気合が入った。
腑抜けた投球、見せられない。
がっかりされたくない。
プロの1軍投手と比べて、明らかに劣ってるって思われたくない。
いいとこ、見せたい。
今度、いつ会えるか分かんなかったけど。その日のために精一杯、オレのできること、やろうと思った。
試合は、何本かヒットを打たれたものの、巧みなリードのお陰で得点に結びつかせず、5回裏まで終わって、失点0。
3回にうちの3番が2塁打で出ると、続く4番がホームランを打って、2打点をつけた。
「スカウトなんかは関係ねーけどさ、やっぱ、気合入るよな」
ベンチでのチームメイトの言葉に、みんながうんうんとうなずいた。
「三滝も頑張ってるもんな」
そう言われると、嬉しい。
正捕手には、「羽部が見てるからか?」って、こそっと言われたけど、特に他意はなかったみたいだ。
「だよなー、オレも気合入るもんな」
って。プレッシャーよりも、むしろ励みになってる。オレと同じだなと思った。
5回が終わった後、監督が別の投手に、ブルペンに行くよう指示をした。
「三滝の好投、ふいにするなよ」
そう言ってんのを聞きながら、マウンドに向かう。6回表。
次、交代だと悟ると余計に、最後までキッチリ決めようって、ピリッと気が引き締まった。
足場を丁寧に慣らし、右手の中で白いボールをくるっと回す。正捕手のサインは、インコース高めに速い球。
オレはこくんとうなずいて、ピッチャープレートを踏みしめた。
両手を高く上げて振りかぶる。脚を上げて体重移動、軸足を倒し、腰を引き込み上体を残して……着地と同時に腕を振る。
反動でぐるんと体を回しながらも、ボールの軌跡から目を離さない。
相手の打者がバットを振るのが見えたけど、力一杯投げたボールは、バットの1つ上を飛んで、バシィッとミットに納まった。
「ナイスボール!」
捕手の掛け声とともに、今投げたボールがグローブに帰る。
オレはまた、その球を右手に持ち替え、縫い目を指先に感じながら、捕手からのサインにうなずいた。
同じ所へ、今度はシュート。
あと、アウト3つ。今日はこれ以上、打たれる気がしなかった。
7回からリリーフに出た2番手の投手が、8回に連打を浴びたけど、9回にうちのチームも連打を打って、3ー2で試合は終わった。
ダウンとグラウンド整備の後、反省会を終えて、着替えて球場を出たのが16時。
後は合宿所に戻って、夕飯まで自主練習だ。
羽部さんは、今度こそもう帰ったかな? 帰り支度をしながら、ぼんやりと彼のことを思い出す。
いつまでいたんだろう? 最後まで試合、見たのかな?
でも羽部さんだって忙しいんだし、明日から3連戦のハズだ。いつまでも大学野球の試合なんて、そうそう見学できないよね。
そう思ったけど――。
「三滝、お疲れ」
「先行くぞー」
ランニングで帰るっていう仲間を見送り、球場のトイレで用を足すと、1歩出たところで突然、ぐいっと腕を引かれた。
「うっ……」
驚いて声を上げようとした瞬間、大きな手のひらに口を塞がれる。
同時に耳元で聞いたのは、記憶にある低い声。
「しーっ、静かに」
抑えた声でたしなめられ、振り向くと、そこにいたのは黒シャツに黒いサングラスの男、で。
ビックリして言葉もないまま、腕を引かれて、強引にトイレに連れ戻された。
個室に連れ込まれ、戸を締められる。
カギの音を聞いたのと、唇を奪われたのは、ほぼ同時だった。
夢にまで見た肉厚の舌が、強引に捻じ込まれる。舌を絡められ、甘い唾液を送り込まれて、カッと体が熱くなる。
深く口接けられたまま、たくましい腕に抱き締められると、頭の中が真っ白になった。
「羽部さん……」
キスの後、上ずった声で呼んでから、しまったと思ったけど――。
ここは、名前も肩書も関係ない場所じゃなかったから、たしなめられはしなかった。
「会いたかった、三滝」
初めて名前を呼ばれて、全身が震えた。
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