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その3
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司は僕から離れて、そのままドアへ足を向けた。
……ん? どこに行くつもりだろう。司が昼休みに生徒会室から出るのは珍しい。なんだかんだで彼は真面目な男なので、昼休みはがっつり仕事をしているのだ。
僕と同様に役員も同じことを思ったのか、僕から体を離した双子が顔を見合わせる。里桜はまた期待いっぱいのキラキラした笑顔に戻っていて、聖は訝しげに様子を見ていた。
「「会長ー、どこ行くのー?」」
双子が役員を代表して声をかけると、司は面倒くさそうに振り返って僕たちを一瞥し、僕と視線が合った瞬間にすっと目を細める。途端に物凄く嫌な予感が全身を駆け巡る。
そして僕の予感は、司が酷く愉悦めいた笑顔を浮かべたことで確信に変わった。
「……見に行くんだよ。古谷って奴をな」
な ん で す と ! ?
目を見開いた僕を見て、司は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
いやいやいやいやいや、ちょっと待った。本当に待ってくれ。何がどうなって司の中でそんな結論になったの!?
双子たちも驚いたように「「ええー!?」」と揃って声を上げた。「キター!!!」と叫んだ里桜は置いておくとして、言うだけ言ってさっさと生徒会室から出ようとする司は僕としては非常にまずい。
何故って、それは。
僕たち生徒会役員の影響力が半端ないからだ。
「――っ司、」
「……なんだよ?」
慌てて駆け寄り、腕を掴んでひき止める。司は再び不機嫌そうに顔をしかめた。低い声で言葉を返されて気圧されそうになるけど、ここはどうにか考え直してもらわないといけないのだ。
生徒会役員は、自分で言うのもどうかと思うけど、本当に人気がある。「ちょっとモテる」じゃ済まないほどの人気振りなのだ。僕も入学して驚いた。役員それぞれに親衛隊っていうものまでできていて、まるでアイドルみたいな扱いを受けていたりするのである。
そして問題は、その親衛隊だった。
彼らは僕たちを慕ってくれるから、凄くありがたい。頼めばいろいろと手伝ってくれるし、時には僕たちに危険が迫った時に助けてくれたりもする。しかしその反面、僕たちに近寄る生徒に強い警戒心を抱くことも、ある。
更に、僕は現場を見たことはないけれど、『制裁』とやらがあるそうだ。噂ではリンチとかもやっちゃうらしい。暴力はいけません。
前年度なんかは、退学者が出たとさえ聞いたことがある。いやいや、たかが生徒会のために何をしてるんだ。僕たちはただの高校生なのに。
呆れてしまえばそれまでだけど、僕たちの言動がそこまで影響してしまうんだと考えると、些細なことでも気を付けないとまずいことになる。
司も、それはよくわかっているはずだ。彼は去年も生徒会に所属していたんだから、僕たち以上に危険性を知っているはず。
だからこそ。
「……っ、古谷に近寄るな」
生徒会長が一人を気にかけたなんてことになったら、きっと学園が揺らいでしまう。司は学園で一番の人気を誇っているのだから、余計に影響は大きいだろう。
だから僕にしては必死に司を引き止めようとしていたんだけど、司が舌打ちをしたせいで僕の勢いは削がれてしまった。思わず口を噤む。
……あ、あれ?
な、なんか司が更に不機嫌になっているんですけど……。なんで?
司の冷たい視線を一身に浴びて、僕の心臓は凍りついた。いや、これは、怖いよ、うん。かなり怖い。竦み上がった僕に気付いているのかいないのか、司はじろじろと僕の表情を観察している。顔が強張るのがわかった。どうしよう。何か言わないと。
「……何故、腹を立てているんだ」
沈黙と視線に堪えられなくなった僕は、結局当たり障りのない質問を投げかけることにした。
今のところ一番の疑問であったのは確かだ。司は変なところで沸点が低いけれど、最近ようやく見極められるようになってきた。なのに、今回ばかりはさっぱりだ。……そんなに転入生が気になるのかな? ちょっと意外だ。
「……ッチ」
僕の問いかけで更に機嫌を損ねてしまったのか、司はもう一度舌打ちをして視線を逸らした。射竦めるそれが外れたことで金縛りのような緊張が解けて、僕は軽く息を吐いた。
あんな目は久しぶりに見た。司が怒るととても怖い、ということを改めて感じた。
役員はといえば、固唾を呑んで僕たちを見守っていたようだった。あの里桜でさえどこか戸惑いを隠せない様子だったから、もしかすると相当緊迫した空気が流れていたのかもしれない。
「……んなもん、俺が知るかよ」
ぼそり、と軽く空気を揺らす程度に呟いたのは司だった。さっきまでの威圧感は薄れて、珍しく言い淀んでいるようだ。なんだか今日の司は様子がおかしいぞ。僕まで調子が狂ってしまう。
「…………」
「…………」
なんとも言えない沈黙が流れた。
腕から手を離しても司は動こうとしないから、多分古谷の元に行こうって考えは改めたんだろう。それは良いとして……ちょっとだけ、気まずい。
普段生徒会でこんな空気になんてならないから、役員全員がなんだか持て余しているようだった。かくいう僕もその一人だ。
そんなわけでどうしようかな、と考えていると。
「失礼します、体育祭の風紀委員の配置案をいくつか持ってきました――って、どうしました?」
生徒会室の微妙な空気を打ち破ったのは、書類の束を持ってやって来た瑠依だった。
「……あの?」
困ったような声を上げた瑠依に、ようやく止まっていた室内の時間が動き出した。僕も心底ほっとする。
「……ああ、ご苦労だったな」
「「瑠依っちやっほー!!」」
「瑠依クン今日もかわいーねー」
「…………こんにちは」
突然の来客に我を取り戻した司がいつもの横暴な態度で書類を受けとる。他の役員の挨拶に笑顔で「こんにちは」と一言で返事をした瑠依は、僕の方を気遣わしげに見た。
「……昼休みに生徒会室にいるのは珍しいですね、久遠」
「ああ……」
先ほどの気まずい雰囲気を思い出し、つい歯切れの悪い反応をしてしまう。そのせいで瑠依に心配をかけてしまったらしく、彼は僕の元に真っ直ぐ歩み寄ると、傷ひとつない手で僕の肩に触れた。
心配そうな色を宿した瞳が覗き込んでくる。里桜が何故か凝視しているのが視界の端っこでわかった。どうしたの。
「……お昼、食べました?」
「え、いや……まだ」
いきなり昼食の話を出されて、そういえばまだ食べてなかったなあと今更ながら気付いた。朝から転入生を待って、そこから生徒会室に直行したからね。改めて認識すると身体が空腹を訴えている気がする。どうしよう、お腹鳴るかも。
「俺もまだなんです。一緒に食べましょうか」
朔夜が待ってるかな、なんてぼんやり考えていたら、瑠依がキラキラした笑顔で僕の腕を引いた。引く力は弱いけれど、なんだか逆らえない。
「瑠依、」
「数学準備室で朔夜さんも待っていますよ」
ああやっぱり待たせちゃったか。申し訳なさが勝った僕は抵抗を止めて瑠依の後についていく。
生徒会室を出る瞬間に振り向くと司と目が合った。その瞳にはさっきまでの苛立ちとか戸惑いとか、そういった感情は一切無くて、普段の自信に満ちた目で僕を見返していて。
どういうわけか、僕は心からほっとしてしまった。
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