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その3
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視界の端に映ったのは、唇を噛み締めながら瞳に怒りを滲ませているチワワ君たちの姿。確か僕の親衛隊の子たちだ。どうやら罵りたいのを必死に抑えているらしい。僕の親衛隊は実は隊長の功績でかなり統率がとれているから、下手に騒いだりはしないのだけど……それも時間の問題かも。
その代わりと言うのもあれだけど、他の親衛隊の子は般若みたいになってます。
どうしようか、と司たちとはまた違う面倒事に辟易し始めた僕を余所に、古谷はにっこにこだった。この状況でその態度は逆に凄い。
とりあえず、じんじんしてきた手を離してもらうところから始めよう。そう思って意識的に諭すような口調にしてみたんだけど。
「……古谷」
「な、なんだよ他人行儀だな! 俺のことは瑞季で良いって!!」
話を聞いてくれません。むしろ周りを煽るような台詞を吐いてくれました。いやいや、僕の親衛隊が怒りに震えてるからね。危険だからね。そして腕が痛い。小柄なのにどこからこんな力が湧いてくるんだろう。
「古谷」
「瑞季だって! あ、もしかして照れてんのかっ? 気にすんなよ、友達だろ!」
友達なの!? 昨日会ったばかり、しかもロクに会話してないんだけど……古谷の友達って範囲広いなあ。
ってそうじゃなくてね!!
親衛隊の目線が殺人鬼レベルになってることに気付いてもらいたいんですが! 司と柏木の強い視線が背中に刺さってるし、役員もじっと見てるし。恥ずかしくなってきたよ。
……それと、今気づいたけど、僕の親衛隊隊長もめちゃくちゃこっち見てますね。視線で穴が開きそうだ。これは間違いなく後で問い質される。
四面楚歌っていうのはこういうことか、と半ば他人事のように、というか現実逃避で考えながら、救世主はいないかと視線をずらした。ら、今度はこちらをめちゃくちゃ睨み付けている御古柴(推定)と目が合ってしまった。ここにも般若がいる。
「……」
「…………」
「………………」
「……ッチ、何見てんだよ」
ごめんなさい!!
ななな何で睨まれてるんだろう。僕何か悪いことしたっけ。してないよね? 今会ったばかりだもんね? なんで舌打ちされたの?
内心半泣き状態の僕を、御古柴(推定)は親の仇を見るような顔で睨んでいる。それを咎めたのは、不満そうに口を尖らせた古谷だった。
「こら、龍輝! 久遠にそんなこと言うなよ!」
お気遣いありがとう。古谷は優しいね。ついでに腕を離してくれると嬉しいな。
なんて、蛇に睨まれた蛙状態の僕には言うことができなかった。
「あ? ……瑞季、んな奴に触ってんじゃねえよ。手ぇ離せ」
ちょ、御古柴(推定)! その言い方は流石に傷付くよ! 人を菌みたいに言わなくても!
でも手を離すのには諸手を挙げて賛成です。
「なっ……! 龍輝、友達にそんな言い方しちゃ駄目なんだぞ! 久遠、こいつ同室の御古柴龍輝ってんだけど、ちょっと口悪いだけでホントは良い奴なんだっ。怒らないでくれよ!!」
どうやら御古柴(推定)は御古柴(確定)だったようだ。いや、ていうか別にこの際何言われてもいいから離して。切実に。結構我慢できないレベルで痛くなってきた。
後ろで柏木の殺人的オーラを感じる。何に怒ってるか知らないけど、後ろに柏木、前に御古柴って軽く泣きたいシチュエーションなんですが。
僕、本当に何か悪いことしたっけ?
食堂の雰囲気が前代未聞な程に悪くなっていて、それに比例するように僕のやる気が下がっているのだけど、古谷はそんなことをお構い無しで聞いてもいないことをペラペラ喋り出した。悪気が無いのは分かるんだ、ただもう少し周りの雰囲気を見てくれると嬉しいな。
「あ、あのなっ! こいつは卯月忍っていうんだ! 俺の隣の席で大親友なんだ、なあ忍っ!!」
いきなりお友達紹介を始めた古谷が、御古柴の隣でひたすら顔を俯けて我関せずを貫こうとしていた黒髪の男子生徒に目を向けた。卯月と呼ばれた生徒は、周りに比べれば少々素朴な顔立ちを目一杯歪めて顔を上げた。
その表情が全力で訴えている。
早く消えてくれと。
「……古谷君、生徒会の方々は忙しいんだから迷惑かけない方が……」
卯月は淡々とした口調だったけど、言外ではこの状況を早くどうにかしたいと切実に訴えていた。ちなみに視線はこちらに向けられず、じっとテーブルの上の食事を凝視している。
周りの生徒から「あの平凡、雨宮様の視界に入るなんて許せない!」という囁きが聞こえたので慌てて視界から卯月を外す。平凡な容姿ってどういうことなんだろう……司とかがキラキラし過ぎなだけなんじゃないかと思うけど。まあとにかく、彼までそういう対象で見られてしまうのは避けたい。
古谷は、ちょっと、手遅れかもしれないけど。困ったな。
そんな古谷はといえば、また少し不機嫌そうに唇を尖らせていた。
「なっ、忍! 名前で良いって言っただろ!! 瑞季って呼べよ!」
そこにツッコむんかい。
思わず裏手ツッコミをかまそうとするのを抑えて、何とかならないものかと再び視線を動かす。ちなみに意識的に御古柴は避けた。だってまだ睨んでるんだもん。
次に目が合ったのは、困ったように眉を下げて金森だった。
僕の意識が卯月から金森に移ったのに気が付いたのか、卯月と「名前で呼べよ!」「古谷君」「いや、だから名前で」「古谷君」「忍、瑞季って」「古谷君」という漫才のようなやりとりを続けていた古谷がにっこり笑う。凄い変わり身だ。
というか卯月の一貫した態度はちょっと尊敬できる。見習おう。
「あ、久遠! こっちは金森尋斗って言って、最初に仲良くなったんだっ!」
なっ、と古谷に笑いかけられた金森は、僕と古谷を順に見渡してからとても爽やかに笑った。
「瑞季、俺は雨宮副会長と面識あるよ」
「へっ? そうなのか?」
「ああ、この前委員会で。そうだ副会長、書類はちゃんと渡しておきましたよ」
古谷とはまた別種の満面の笑みは実に金森らしいけど、この状況でここまで自然体にできるのはある意味凄い。マイペースというべきか、なんというか。
「……そうか、わざわざすまなかった」
「いえ、委員長が直に受け取れなくて悪いって言ってました」
「気にするなと伝えてくれ」
「わかりました」
ってなんか流されて普通に会話しちゃったよ。凄いな金森、笑顔からマイナスイオンが出てる気がする。僕のこと怖がってないし。良い人認定をしておこう。
そんな僕たちのやりとりをポカンと見つめていた古谷が、慌てて割り込んできた。いや別に割り込まなくても良いんだけどね。
「な、なんだよ! 知り合いならそう言えって!!」
「はは、悪い悪い。……なあ瑞季、腕離しなよ。ずっと掴んでるのも悪いだろ?」
「えっ? あ、うん……」
金森、物凄く良い人にランクアップ確定。
然り気無い気遣いに感動している僕の前で、古谷はすっとんきょうな声を上げると妙に歯切れ悪く頷いた。この距離からならかろうじて見える分厚いレンズの奥の瞳がきょろきょろとひっきりなしに動いて、どこかを凝視するように一時停止して、それから何事も無かったかのように再び僕を真っ直ぐ見つめた。
その時はもう満面の笑顔だったけど。なんだろう、少し、違和感。
「久遠、ごめんなっ!!」
古谷の様子が多少気にはなったけど、腕が解放された喜びの方が僕の中では勝っていた。
今日は腕を掴まれやすいなあ、なんて思いながらようやく解放された部分をそっと撫でる。地味に痛くて泣きそうだ。痣にならなきゃいいけど……なったら朔夜が怖いし。
古谷はそんな僕に気付いていないのか、ずっとキラッキラな笑顔だった。眩しい。
「尋斗は職員室まで案内してくれた良い奴なんだぞっ!」
なっ、と笑いかけられた金森が「大したことはしてないけど」と照れたように頬をかいた。
そうか、昨日古谷が走り去った後にどうなったか心配だったけど、金森が拾ってくれたのか。本来僕の役割だっただけに申し訳なさ倍増だ。ありがとう金森。そしてごめん古谷。
一応僕も謝っておいた方がいいかな、でも親衛隊の子たちを煽ったらまずいから後にしようかな、と頭を悩ませていたとき。
古谷がふと何かに気付いたように「あ、」と声を漏らして、それから。
「久遠、昨日は置いて先行っちゃってごめんな! でも久遠が悪いんだぞ! いきなり俺に、あ、あんなこと、するからっ!!」
物凄い爆弾を投下してくれました。何故か古谷は真っ赤になってしまっている。
……え、何? 僕古谷に何かしたっけ? そんな赤面されるようなことはしてないんだけど……。あれ?
昨日の出来事を掘り起こしていたので、食堂のざわめきが大きくなっていることに遅れて気が付いた。「雨宮様を置いていく!?」「雨宮様を非難するなんて……!」といった内容が耳に入ってくる。どうやら僕が原因らしい。
まずいな。呑気に会話してる場合じゃなかった。早く帰らないといろいろ大変になる。
そう思って、適当に挨拶をして引き上げようと口を開きかけたとき。
今度は、今までやけに静かだった司が古谷とは比べ物にならないくらい巨大な爆弾を投げ入れた。
「……そうだ、もとはといえば久遠がそこのマリモにキスしたっつうから俺様がわざわざ見にきてやったんじゃねえか」
はあああああ!?
何言ってんの司ー!?!?
ちょ、してないって言わなかったっけ!? あれ、何で勘違いしてんの!? マリモって古谷のこと? ていうかそんな理由で古谷に絡んだのか司。
完全に思考が停止した僕とは正反対に、食堂内のテンションは最高潮に達した。罵詈雑言の嵐だ。どうしよう、司の発言が全体的に悪い気はするけど僕も関係している以上かなり責任がある。
視界に映る僕の親衛隊が真っ青になっていた。いまにも崩れ落ちそうだ。違うよ、してないからね。後でそれに関しては説明した方が良さそうだ。普段大人しい人が怒ると怖いから。
……ああ、親衛隊隊長の視線が一段と強くなりました。すみません、後で話すから睨むように見つめないでください……!
完全に事態が悪化してしまった。これは僕のせいかな……うわああ申し訳ない。全然役に立ってないじゃないか。ごめん柏木!
八つ当たりのように恨めしげな視線を司に向けると、以外にも酷く不機嫌な顔とご対面した。もっと揶揄するようなニヤニヤ笑いかと思ったけど……何に怒ってるんだ。むしろ僕が怒りたいよ。
どうしよう、と頭を抱えそうになったとき、柏木が一歩前に出た。
「ッチ……黙れっつったのが聞こえなかったのか!? 次騒いだら全員人前に出れねえ顔にすんぞゴルァ!!」
このまま収まらないかと思われた大騒ぎも、再び声を張り上げた柏木のおかげで綺麗に静まった。発言内容は恐ろしかったけどね。脅しだよねそれ。
今なら視線で殺人できそうな柏木が、憎々しげに司を睨み付ける。司も同じような視線で返すが、今度はさっきみたいな殺伐とした言い争いにはならなかった。お互い今の状況はまずいと分かっているようだ。
「梅之崎、今すぐてめえをぶっ潰してえがなあ、事態の鎮圧が先だ。てめえの発言がどれだけ周りを揺らすか知ってんだろ。わかったらさっさと失せろやカス」
最後の「カス」発言に司の柳眉がピクリと反応した。不穏な空気がまた二人を包んだけれど、流石に司も冷静になったのだろう。盛大な舌打ちをして柏木から顔を背けた。
「……ふん、さっさと行くぞお前ら」
早口にそれだけ言って、司はさっさと出口に向かって歩き出す。いつもより歩幅が広いことから察するに、やはり苛立ちは収まっていないようだった。また柏木と喧嘩が始まらなくて本当に良かった。
「ま、待ってよ会長ー、おいてかないでー!」
「「会長横暴ー!!」」
「……っ…………」
今まで固まっていた役員もようやく我に返り、それぞれの反応を示して司の後を追った。
そして、食堂に妙な沈黙が流れる。
僕を除く役員が去ったことで、生徒たちも多少は落ち着いたらしい。あくまでも多少は、だけど。柏木の怒声が効いたのか騒ぎ立てはしない。しかしみんな古谷を睨み付けている。
良いとは言えない雰囲気だ。
古谷は状況についていけていないのか、ぽかんとしたまま黙っていた。
なんだか帰るタイミングを逃してしまい、どうしたものかと手持ち無沙汰に立ち尽くす僕を救ったのは柏木だった。
静かに近寄ってきた柏木は、軽く僕の肩を叩く。
「何突っ立ってんだよ。後は俺が片付けるから、面倒が起きる前にあんたは戻れ」
え、良いの?
……なんか、僕が来て益々引っ掻き回しただけな気もするから罪悪感を感じてしまう。
とはいえ、この場に僕がいたところで役には立てないだろう。心苦しいけどここは戻るのが得策だと判断する。これ以上風紀の仕事を増やしてしまったら本当に申し訳ないから。
今回の騒動は全面的に生徒会が悪いし、柏木にはお世話になった。柏木がいなかったらもっと酷いことになっていたかもしれない。
だから礼を言おうと思って視線を合わせた。自然と頬が緩む。
「……では、お言葉に甘えさせてもらう。世話になったな、柏木」
素直に礼を言ったからか、柏木の鋭い目が見開かれた。それからなんとも微妙な表情で「は、」と間抜けな声を発したが、結局言葉が続くことはなかった。
何を言いたかったのかは気になるけど、あまり長居するのも良くない。
「それじゃあ」
「……あ、ああ」
気を取り直すように眼鏡を押し上げて、短く言葉をかける。歯切れの悪い返事が返ってきたのはこの際気にしないでおこう。
柏木に背を向ける瞬間に御古柴と目が合った。
相変わらず物凄い形相で睨まれていたので、内心半泣きになりながらも僕はさっさと食堂を後にした。
食堂を出て、何処へ向かおうかと考えを巡らせる。
まずは妙な誤解をしたままだった司にきちんと説明をするべきだろう。全ての発端はそこにあるんだから。
そう思った僕は、生徒会室に向かうことにした。おそらく役員はそこにいるはずだ。
今の騒動のせいか、食堂に通じる廊下には人の気配が無い。野次馬が来ないように風紀が抑えているのかもしれない。
普段賑わっている場所が静かだと、なんだか落ち着かない気持ちになる。自然と足早になった。
そして、資料室などに通じる横道の前を通りすぎようとした時だ。
「――っ!!!!」
また、強く腕を引かれた。
しかも柏木と古谷に掴まれた部分だ。三度目ともなると本格的に痛い。
なんだこれ厄日か。
驚きに声を上げる前に、背中を壁に打ち付けて息が詰まる。その衝撃で反射的に目を瞑ると、ダン、と鈍い音がして、目の前に影が差したのが瞼越しにわかった。
「――やぁっと会えたネ、『くーちゃん』?」
覚えの無い声音におそるおそる目を開ける。鼻先すれすれに愉悦そうな笑顔があり、思わぬ近さに息を呑んだ。
声の主は僕の身体を挟むように壁に手をついて、覆い被さる格好で僕の顔を除き込んでいる。物凄く近い。
目がチカチカするような明るいピンクの髪。笑みの形に歪む唇を通る一つのピアス。学園推奨の白ではなく、チェックのシャツを着ている。それ以外にも、かなり制服は気崩されていた。
そして、不思議なまでに透き通る、サファイアブルーの瞳。困惑を露わにした僕の顔が映り込んでいる。
そこでようやく、僕は一人の人物に思い至った。
「……き、りゅう……先輩?」
最近聞いたばかりの名前を自分でも驚く程の小さな声量に乗せて告げると、サファイアブルーが驚きの色をちらつかせて。
「へェ、俺のこと知ってるんだァ?」
さっきよりもずっとずっと楽しそうに、その唇を綺麗に歪めて笑った。
新聞部副部長、桐生奏先輩。
朔夜曰く、要注意人物。
……あれ、これは、まずいんじゃないか?
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