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迷子の言葉
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ぷるぷる震える拳(とチョキ)を構える先輩を力ずくで押し留めること一時間、
追い出されたカフェで本日二度目のお茶をしてると、「お待たせ」って…バカップルが戻って来た。
人目もはばからず仲良く手なんか繋いでるふたりは微笑ましい。
満面の笑みの七瀬くんとは打って変わって、
頬を赤く染めただけの仏頂面の庄司先輩はどことなくチグハグな感じがするけど、
それを『かわいい』って言う七瀬くんの気持ちはなんとなくわかる気がする。
『わかる気がする』んであって、決して『かわいい』と思ったわけじゃないけど。
「仲直りできて良かったね」って和やかなムードに持ってこうとする俺の努力も虚しく、
めちゃめちゃ不機嫌な先輩は終始無言でアイスコーヒーを啜った。
そんでもって「俺先出てる」と言い捨ててさっさと席を立っちゃうし。
俺と先輩の分の飲み物代をテーブルに置いて、仕方なく俺もそれに倣った。
「じゃ、またね」
「色々…どうもありがとう。
これ良かったら持って行って」
「えっ?」
店の外に出ると、先輩は正面の木に寄りかかって待っててくれてた。
すかさず「じゃーん!」ってもらったばっかりのそれを突き出す。
「何…チケット?」
「ワンダーランドのフリーパス!
お礼にってもらっちゃった。今から行きません?」
「いいけど、って…今から?」
「今から! これから!」
ダメ元で「ねっ」とか言って小首を傾げてみる。
さすがにそれは引かれたのか(わかってる俺だって先輩意外の人にこんなことされたらドン引く)、渋い顔で断られた。
「ダメですか…」
「行かないとは言ってないだろ。
今日はもう疲れたし…人も多いだろーし嫌だって話」
「えっ」
それって、
「せっかく行くんだったら計画立ててさ、どこ回るとか何食うとか決めて遊び倒す勢いで行く方が絶対楽しっ…」
やった!って思ったのと、体が動いたのは同時だった。
自然に、それこそ万有引力の法則に従って、先輩を力の限り抱きしめる。
細身の体は簡単に腕の中に収まってしまった。
「おっ、おい篠!?」
「せっかくだから映画観て帰ります?」
「ちょっ…ここ道…!」
「どうします?」
「なんでもするから! 離せってば」
「じゃあ今日先輩の部屋に泊まりたい」
「はあ!?」
「男に二言はないでしょ?」
「お前…あーもうわかった、なんでもいいからとりあえず離せバカ!」
もっかいだけギュッと力を入れてハグして渋々離れる。
先輩は思いっきり俺を睨んだけど、それでも大人しく俺と一緒に歩いてくれるらしい。
ちょっと前だったら絶対置いてかれてたなー。
丸くなったなあ、なんて思ったら口元が緩んだ。
***
翌日。
七瀬くんと庄司先輩の一件でゴタついちゃったけど、定期試験も終わって今は体育大会に向けて大わらわだったりする。
この学校は何かと行事がたくさんあって、その全てで生徒の自主性を求めるとかなんとかで学生に運営させるんだけど、
近隣校と提携したり父兄の参加を求めたり近所の住民まで呼んじゃうんだから、結構やりたい放題だなあと思う今日この頃。
普通科・理数科関係無く一日準備日に当てられたこの日、テントの設営とか校門に飾るオーナメントの仕上げとか、
学校中『あんなに時間はあったはずなのにどうして?』って感じの慌てぶりで、
俺はと言えば委員会の方で競技の進行をひたすら確認する、っていう地味な作業に追われてた。
これ文化祭前とかどんな事になるんだろう…考えただけでゾッとする。はあ。
そんなこんなで昼休みになって、
あんまり天気が良いから、空見ながら食べませんかって先輩を屋上に誘った。
風がそよいで通り抜けるこの場所は、昼ごはんにはもってこいだ。
入り口のドアの壁にふたり並んで「超天気いいですね」とか「鳥飛んでる」とかものすごくどうでもいい会話のキャッチボールをしながら食べる。
ついでに(調子に乗って)先輩の肩にぽてんと頭を預けたりしてたら(屋上には誰も居ないからお咎めはないっぽい)、
なんだか地球に俺と先輩だけみたいな錯覚を覚えた。
だって目の前には真っ青な青空が広がってて、なんにもない屋上は現実味が無いし、
隣の先輩の体温と呼吸の音だけが耳に障るもんだから。
「篠?」
声は直接体に響いた。
この声好きだ。
気だるくなって「なんですか」と平坦に返すと、「何、また情緒不安定?」って笑われた。
…情緒不安定、ね。
そうかも。
「悩み事が…」
「悩み?」
「いや、悩んでんのかな?
わかんないけど、なーんか考え過ぎちゃって堂々巡り、というか。
なかなか解決しないっていうか。
そもそもなんでこんなこと思いついたのかも疑問っていうか」
「ふーん?
お前のそんな話初めて聞いた」
ぼんやりした頭に、程よく低い先輩の声は染み込んだ。
このひとの感情も、表情も、体温さえも好きだと感じるのに、
そばに居てなんで寂しいんだろう。
『大切な人』でカテゴライズするなら間違いなく一番に名前が挙がる。
好きなところだってたくさんある。
目と目が合ったら嬉しいし、話せたら幸せだし、体温を感じることで安心する。
それって、これってつまり俺は先輩のこと好きって事でしょ?
七瀬くんが、庄司先輩のことを…好き、みたいに。
『好き』がゲシュタルト崩壊してきたから慌てて「そういえば、」って制服のポケットを探った。
ちょっと返すのが名残惜しいけど、はい、と手渡す。
「先輩がこの前の委員会で忘れてた…シャーペン。渡すの遅くなってごめん」
「あー…拾ってくれたんだ。サンキュ。
それ、もし良かったら篠にやるけど」
「そうなんだ、えっ!? うん!?」
ギョッとして先輩を見つめると、「なんだよ」と視線を逸らされてしまった。
いや、なんだよって言うけど、いやいやなんだよじゃなくて、俺にとってはオオゴト!
なんだよ!
「これ、結構いいモノ…でしょ?
高かったんじゃないの?」
「いいよ。どーせ篠に買ったんだし」
「お、俺に?」
「そ。誕生日用に。結局俺が使ったんだけど」
「なんかタイミング逃したからさー、包装もしてなくてごめんな」と頭を撫でられて、
なんでかな、顔が熱くなる。
ほらやっぱ俺先輩のことすっごい好きじゃん。
シャーペンもらって泣きたくなるくらいには好きだよ。
大好きなんだよ、誰に言うでもないけど。
震える声で「大事にします」を伝えると、先輩ははにかんで立ち上がった。
俺のが移ったのかちょっとほっぺ赤い。
…そうじゃないか、日に焼けたのかな。
ここ日当たりいいし。
「じゃあそろそろ戻る?
昼休み終わるよな?」
「あ、はい。
先輩、」
「んー?」
出入り口のドアノブに手を掛ける…そんな仕草に目を奪われて、呼んでみたはいいけど言葉に詰まってしまった。
先輩の不思議そうな顔。
そんな顔もかわいい。じゃなくって、
「えーと…体育大会、理数科勝つと…いいですね」
あれ俺何言ってんだろ。
「そだなー。でも俺らなんだかんだ体力ねえし厳しいかもな」
「ああ、そっか…でも水無月先輩はやる気っぽかったですよ」
「水無月?」
「『死んでも勝つ』って昨日廊下で息巻いてたけど」
「えっアイツそんなキャラだっけ?」
「穏やかな感じ? だよね。
でもこの前もなんか電話越しに怒鳴ってんの見たなあ」
「み、水無月が?」
「『いい加減にしないとお前をシチューにして煮込むからな』って」
「シチュー!?」
引きつった顔で「柏木の影響かなあ…」とぶつぶつ呟く先輩に続いてドアを抜けた。
動揺がそのまま口に出て、ただでさえ抜ける敬語が綺麗さっぱり剥がれ落ちてずっとタメ口、
長い道のりを経て普通科棟の会議室に辿り着く頃には、先輩に何を伝えたかったのかを忘れてた。
多分呼吸するのと同じ位どーでもいいことだったんだろうな。
なんて、
その時の俺は、随分うっかりしてたと思う。
呼吸しないと人間は死んじゃうってこと、生まれた時から誰もが知ってる周知の事実なのに、
そんな風に比喩するくらい、それは大事なことだったはずなのに。
そして俺は、それを6日後に…そりゃもう嫌んなるくらい思い出すコトになるのだった。
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