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宿泊研修 1
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いつもと変わらぬ一日が流れ、ー授業が終わると一度部屋に戻り私服に着替えた俺は必要な物を持ち、再び学園に戻り既に通い慣れた保健室を訪れた。
「失礼します」
「おお、白川。今日生徒会なのに悪いな、俺の都合で」
椅子に座ったまま振り向いたのはここの住人である保健医、桐生貴明(キリュウタカアキ)。
茶色い髪に、二重の瞳。背も高く、顔も整っている。
一見チャラそうに見えるがサボる奴には容赦しない、それでいて気さくな所が生徒に人気のある先生である。
「いえ。先輩方もかまわないと言ってくれたので」
「そうか。それじゃ行くか」
白衣を脱ぎハンガーにかけると、先生は部屋から出るように促してくる。桐生先生の後ろを歩き、学園内の駐車場へ。
そこに停めてあった、先生の車である黒いワンボックスカーの後部座席のドアを開けてくれた先生。
そこに乗り込むと、先生はドアを閉めて運転席に座りエンジンをかける。
先生に送られる先は、病院。
怪我をした日に通うように言われたため、火曜と木曜に桐生先生が病院まで送ってくれていた。
最初は自分で行くと言ったんだけど、これも仕事のうちだ、と一蹴された。
本来なら木曜である昨日に病院に行くはずだったのだが、桐生先生が用事で出られず今日に伸ばしたのだ。
病院に着き、診察を受ける。先生は駐車場で待機中。
「うん。もうシップだけでいいね」
白髪まじりのおじいちゃん先生が足を見ながら言った。
患部に超音波をあてた後、シップを貼ってもらう。
松葉杖ももう使わないでいいらしい。
助かる。松葉杖ってめんどくさいんだよな。腕痛くなるし。
「温シップは必ず貼ってね。お風呂で温めた後は、関節の屈伸運動を行うこと。
でも無理はダメ。わかった?」
「はい」
「じゃあ今日はこれでおしまい。来週からは週一回でいいよ」
「分かりました。ありがとうございます」
お大事にね、と柔和な笑み浮かべる先生に頭を下げ診察室を出ると、そのまま病院の外へ出た。
代金は学園持ちなので、何もしないで帰りなさいと言われている。
車に近づくと桐生先生が外でタバコを吸っていた。俺の姿を目に止めて、タバコの火を消す先生。
「どうだった?松葉杖はもういいのか?」
「はい。もうシップだけでいいって。来週からは週一回でいいそうです」
「そうか。まぁ回復に向かってるってこったな」
良かった良かったと頷いた先生は、はい乗ってとドアを開けてくれた。
俺が後部座席に乗ったあとドアを閉めて、運転席へ。
「んじゃ行くぞー」
「はい。すみません、お願いします」
公道に出た車は、学園とは反対方向の道を走る。そして着いた先は、さっきとは別の病院。
「ほれ、着いたぞ」
「ありがとうございます」
一時駐車スペースで降りた俺は先生に頭を下げる。
「門限までには帰れよ。タクシー使うこと。分かったな?」
「はい」
俺は先生の車を見送ると、病院の裏から病院内に入る。
病室に着くといつものように消毒をすませ、中に入った。
「母さん、来たよ」
そう。来たのは母さんがいる病院。
週二回病院に行くついでに、俺は母さんの病院にも寄ろうと思っていた。
だから、診察が終わった後は用事があるので先生は帰ってくださいと桐生先生に告げる。
すると、用事は何だ、怪我をしている生徒を置いて行くわけにはいかない、理由を説明するように、と言われた。
仕方なく母が入院していることと、そのお見舞いに行きたいことを告げると、病院まで送ると言ってくれたのだ。
最初はそんなことしなくていいです、と断ったのだが、俺にも生徒を預かる責任がある、と押し切られてしまった。
さすがに母に会っている間何時間も先生を待たせるわけにはいかず、帰ってくださいと言うとどこかに電話をしだした先生。
俺が話した内容を話した後、分かりました、と電話を切った先生は帰りはタクシーで帰るように、と告げられる。
理事長がそうおっしゃった、と続けた先生。
重症人ではないんだし電車で帰ります、と言うとまたしても大人の責任だとか、学園からの配慮だとか、理事長の面子だとか言い、最後に子供は素直に甘えてろとグシャグシャ髪の毛を混ぜられた。
そのかわりに門限までには帰るように、という約束だ。
ぼーっと母さんの寝顔を見ていると、今日が何日だったかを思い出す。
「……。母さん、ちょっと待っててね」
俺は病室を出て、銀行ATMがあるフロアに向かう。そして鞄から封筒を出し、お金を取り出す。
その金額は50万円。
ボタンを操作し、八澤の口座に確かに送金されたことを確認した俺は、ハッと自嘲の笑いがこぼれた。
母さんが入院する病院から母さんの入院費をあいつの口座に振り込むなんてな、と虚しくなる。
俺は何かを吐き出すように深いため息をついたあと、同じ階にある花屋に行き花束を作ってもらった。
その花束をガラス越しに起き、再び消毒をした俺は病室の中に入る──と。
「きれい…ね」
「──母さん…、」
母さんが、起きていた。目を開ける母さんを見るのは久しぶりだ。
「聖夜…よく顔を、見せて」
その言葉に俺は眼鏡をはずした。そして前髪を横に流して耳にかける。
「…なんで、かくしちゃう、かなぁ…。せっかく、母さんに似て、美人…なのに」
「…言ったでしょ。目立つんだってば。俺は地味に生きたいの」
「…ふふっ。まぁ、聖夜の好きに、したらいいわ…」
柔らかい、優しい笑顔の母さん。言いたいことが、聞いてほしいことが沢山ある。
「…母さん。高校、入学したよ。特待生。すごいでしょ?」
「…そう。頑張った、わね」
俺は手を伸ばし母さんの手をギュッと握る。母さんも握り返してくれた。
その力が以前よりも弱くなていて……グッと胸がつまる。
「友達も出来たよ。亮平に純っていうんだ。それに仲良くなれそうな奴にも会った」
亮平と純の顔、そして昼食を供にした三人の同級生を思い浮かべる。
「しかもね、そのうちの一人が母さんの好きなエレン・バーキンさんの息子さんなんだ。
同い年の子がいたなんてビックリだね」
奏は、母さんが大好きなオペラ歌手の息子だった。純に奏の母親の名前を聞いてビックリしたんだ。
小さい頃母さんとよくエレンさんのコンサートDVDを見ていた。
だから思わず奏の顔をじっと見てしまった。どことなく、エレンさんに似ているかなぁ…と。
「まぁ、そうなの…。もしかして、お名前は…音楽を奏(カナ)でる、の奏(ソウ)…?」
「うん。なんで知ってるの?」
「昔見た、記事に、載ってたの…。子供が、出来た、ら、つけたいって…、」
「…母さん、話すの辛い?無理しなくて…」
すると母さんはキュッと俺の手を握り返した。
「聖夜、と、話したい、の」
「…うん。」
母さんは俺と同じ翡翠色の目を優しく細めた。
「聖夜は、優し、い、わね…」
「…母さんにだけ、ね」
あら、マザコン、だったかしら…?と母さんは笑った。
もっと学園のことを聞かせてと言うので、俺は母さんに話して聞かせる。
「俺、生徒会役員になったんだ。母さんゆずりの特技が役に立ってるよ」
「そう…」
「先輩たちもいい人だし、」
俺はリュウを思い浮かべて言葉を途切らせた。少し不思議そうに俺を見つめる母さんに笑いかける。
「…うん。優しい、先輩たちだよ」
母さんは良かったわね、と笑う。
「学校行事もあってね。この前は新入生歓迎会があったんだ」
何をやったのかを話す。自分の意見が採用されたことや、バスケは楽しかったこと。心配はかけたくないので、怪我をしたことは言わなかった。
「それに今月は宿は…」
宿泊研修があるんだ、と言おうとして俺は言葉を止めた。宿泊研修には行かないし、母さんに話さなくても、いいことだ。
違う話へと切り替える。
「あ、夏休み明けには、文化祭みたいなのが」
「聖夜。」
あるんだよ、と続けようとしたら止められ、じぃっと俺を見つめる母さん。
「…何を、隠した、の…?」
「…、別に、」
「母さんに、嘘は、通用…しません…」
じっと真っ直ぐに見つめてくる。俺は母さんに嘘を突き通せたためしがない。というか、嘘をついても絶対見破られるのだ。
「…今月には、宿泊研修っていうのがあるんだよ。海外に行って、異文化に触れるんだって…。」
俺は母さんから視線を外して答えた。
「…でも、俺は行かないから」
そう続けると、俺の名前を呼ぶ母さん。俺はそっ…と母さんを見る。
「どう、して…行かない、の…?
…母さん、の、ため…?」
「…そうだよ。母さんの近くにいたいから。すぐに、来れる距離にいたいから…」
そう言うと、母さんは少し悲しそうな顔をした。ツキンと胸が痛む。
「…聖夜、行きなさい。母さんは、だい、じょうぶ、だから…。
ダメよ、行事を、おろそか、にしちゃ。友達、出来た、んで、しょ…?
学生は、学生らしく、ちゃんと思い、出、作りなさい」
「でもっ…」
「大事な、行事を、蹴ってまで、側に、いてほしく、ない。
母さんの、ために、行かないなん、て、母さんは、嬉しく、ない」
途切れ途切れに繰り出される母さんの言葉に、せり上がってくる感情。それを必至に押し込める。
「行って、また、その話を…聞かせて…?どこに、行く、の?」
「…シンガポールだって」
行き先を聞いた母さんの顔に笑顔が戻った。
「だったら、やっぱり、行ってほしい、な。シンガポールは、母さんたち、新婚旅行で、行ったのよ」
「…そうなの?」
「写真、見せたこと、あったわよ…?聖夜が…4歳ぐらい、のとき、かな…?」
「…覚えてないよ」
「ふふっ。それも、そうね…」
ころころと笑う母さんの笑顔。俺は、そんな母さんの笑顔が好きだった。
「素敵な、ところよ…。聖夜の目で、見てきて、もらえ、たら…嬉しい。
聖夜、行ってきて、母さんに、話して、聞かせ、て…?分かった…?」
「…うん、分かった」
「楽しみ、に、して、る…わ、ね──…」
疲れたのか、母さんはスッと瞼を閉じ眠ってしまった。
俺は目を閉じ、渦巻く感情を整理する。
母さんと、久々に話しができた。
母さんに、また嘘を見破られてしまった。
母さんを、悲しませてしまった。
母さんの、笑顔が見れて嬉しかった。
ーーー母さんが、どんどん弱っていってるのが…分かった。
俺の目から、自然と溢れる涙。
帰る時間が来るまで母さんの手を握り、溢れる涙を止められずにいた──…。
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