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宿泊研修 5
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side Ryu
新歓の事件からはとくに揉め事は起きていないようでとりあえず安心する。
俺はパソコンに向かい作業を続ける白川を見た。相変わらずのうざったい前髪に、眼鏡。
それに隠された白夜と瓜二つの顔。
白川の情報を手に入れるために祐輔が動いているが、依然白夜とのつながりは見つからない。
ただ祐輔曰く、白川の情報は誰かの手によって操作されているように思えるらしい。
どこから探っても、答えの書かれた解答用紙のように同じ内容ばかりだからだと言う。
違う方面から探れば、大なり小なり違う情報が出てくるはず…。
白川、お前は一体…?
何故、白川が気になる。
白夜に繋がっている可能性があるからなのか。
白夜に似ているからなのか。
ただ、白川が震える体で縋り付いてきたとき、涙を見たとき──俺は守ってやらねば、と何故かそう思ったんだ。
警戒心が強く、あまり関わろうとはしてこなかった。だがそんな白川が、怪我をしてても俺と戦いたかったと言った。
俺はその時、無償に抱きしめたくなった。
白川と出会ってからずっと感じる違和感。
フィルターがかかったようで、ハッキリしなくて気持ちが悪い。
「月曜から宿泊研修だねぇ。っても個人旅行みたいで好きに行動できちゃうからラクだよねぇ」
「明良の場合、ホテルで寝てばっかでしょ」
「だからラクなんじゃーん。団体行動苦手ー」
「まったく…。白川くんはどんなとこを観光するの?」
祐輔が隣にいる白川に問う。
「俺たちは先に市街地なんで、市街地の観光スポット回ります。
セントーサでは水族館とかテーマパークとか。
班のみんなシンガポールは初めてなんで、とりあえず有名なところを制覇しようって」
「俺は先にセントーサ組だよ。白川くんとは入れ違いだね」
「俺は先に市街地組だよー。しろっち会えるといいねー」
「そうですね。…会長は、どっちなんですか?市街地?セントーサ?」
俺はパソコンから白川に目を向けた。
今までなら、絶対に俺に話し掛けたりなどしなかった白川。
だが最近はこうやって会話をふってくることが多くなり、少しだが警戒心が薄れたように思う。
それを、嬉しく思う自分がいた。
「しろっち、隆盛は不参加なんだってー。仕事なんだよね?」
「え?そうなんですか?」
「…あぁ」
「…大変ですね。頑張ってください」
そう言って、白川は笑った。
前髪でほとんど見えないが、確かに口角が上がっていたから──。
そして生徒たちがシンガポールへと行く月曜日。
俺は実家に戻りマメを預けたあと、仕事へ取り掛かる。
朝から夜遅くまで休む間もなく働き、問題もなくスムーズに進んだおかげで、4日間を予定していた仕事は2日で片付いた。
後はパソコンでチェックするだけだ。
「…行ってみるか」
俺は電話をかけ、便をおさえた。
シンガポールへの往復チケットを。
午後2時の便でシンガポールへ向かい、着いた俺はセントーサのホテルへ向かった。
日付が変わる寸前、夜も遅いためホテルの従業員を見かけるだけ。
チェックインを済ませ、宛がわれた部屋でパソコンを開き、作業をする。
「…ふぅ…」
一息着いたところで時刻を確認すると、午前1時過ぎ。
飛行機に乗っている間ずっと寝ていたからまったく眠気はない。
俺は気分転換に外に出てみることにした。
エントランスをくぐり外に出ると、広がる自然溢れる緑。心地好い風が吹き、空には月が浮かんでいた。
ふと、看板が目につく。
「…ビーチ、か」
海へと続く道を歩きながら、俺は白夜の事を考える。
白夜に連絡を取ったあの日。
今月は無理と言った白夜。それよりも、泣いたような声が気になった。
泣いたのか、という問い掛けに、白夜は否定はしなかった。
どうして泣いた?何があった?
そのあと何度かかけ直したが、白夜は一向に電話に出ることはなかった。
涙を拭ってやれるのは、自分でいたい。
涙を拭ってやれる、距離にいたい。
ひとりで、泣かせたくない。
俺の腕に抱いて、泣かせてやりたい。
白夜…お前は今どこで何をしている…?
そしてふと浮かぶ、もう一人の人物。
白夜と、同じ顔の──。
もうすぐで林を抜け、ビーチに出る。海が視界に広がりかけた、その時。
誰かの、囁くように歌う声が、聞こえてくる。
それは英語の歌詞の、今まで耳にしたことのない歌。
─ひとりで泣かないで─
─ひとりで悲しまないで─
まさに今、俺が思っていたこと。
俺は思わず足を止め、その歌に聴き入った。
それは、ひとりで泣いている人に贈る、優しい歌。きみはひとりなんかじゃない、と呼びかける歌。
俺はその歌が、そして歌う人物が気になり、再び足を進めた。
広がる海、砂浜。そこにひとり座る、人物。
──あれは…。
歌が途切れ、空を見上げる人物。そして、つぶやかれる言葉。
──ひとりに、しないで。
その背中が孤独を感じているようで、胸が痛む。
そして父を乞うつぶやきに、耐えきれず俺はそいつの名前を、呼んだ。
「──白川。」
俺の呼びかけに、弾かれたように振り向く。
いつもと違い、前髪が左右に分かれている。眼鏡もけかていないため、いつもは隠されている顔が露わになっている。
だから、その両目から溢れる涙が、よく見えた──。
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