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宿泊研修 6
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呼ばれた名前に振り向くと──そこにはリュウがいた。
──え?なんで…ここに──?
リュウは一歩一歩近づくと、俺の前に膝をついてしゃがんだ。そして、おもむろに伸びてきた親指で、そっと俺の頬を撫でる。
「…泣くな。」
頬をすべるその体温。
そこで俺は、あぁ泣いていたんだ、と他人事のように思った。
月が歪んでいったのは、涙が溢れてきたからか…。
リュウの出現にどうやら涙は止まったらしい。
瞬きをすると、目に溜まっていた涙が2、3粒落ちた。
改めてリュウを見ると、どこか辛そうな、歯痒そうな顔をしていた。
どうして、そんな顔をする──?
戸惑っていると、リュウが俺の顔を覗き込む。
「辛い事があるなら、吐き出せ。──ひとりで、泣くな」
その言葉に、ドクンッと心臓が跳ねる。
──なんで、そんな事を言う?
──どうして、そんな目で見る?
俺は、じっとその黒い瞳を見つめた。
静まり返るこの夜の闇よりも深く、何事にも左右されない、揺るぎない──黒。
「分かったのか?分かったのなら返事をしろ」
「…はい」
その瞳を見つめながら、俺は何故か頷いていた。
俺の言葉に安堵の表情を現したリュウは、俺の前から横に移動して横に座る。
すぐ横にある体温に未だ戸惑うなか、一番最初に疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「……会長、どうしてここに?」
だって、不参加だったはずじゃ…。
「仕事が予定より早く終わったんでな。たまには学生らしく過ごそうと来てみたんだ」
「…そうなんですか」
そこで、また会話が途切れる。
何故ここにリュウがいるのかは分かったが、リュウの行動や言葉が理解できない俺は、会話を繋ぐことができないでいた。
すると、今度はリュウが質問をしてくる。
「さっきお前が歌っていたは、誰の歌なんだ?」
思いもよらぬ質問に、俺は目をパチクリさせる。そんな俺の表情を見たリュウは、クっと笑った。
「なんだ、その顔は。ただ、良い歌だなと思ったから気になったんだよ」
¨良い歌¨
その言葉に、俺は自分の表情が緩むのが分かる。
以前の俺なら、きっと教えなかっただろう。
だけど、リュウの優しさに触れてから、警戒心が緩んでいるのが自分でも分かっていた。
それにストレートに良い歌だと言われたことが、嬉しかった。
「…母が…作った歌なんです」
「…母親?」
「はい。母は…歌が大好きで。さっきのは、一番思い出に残ってる歌なんです」
素直に話してしまう自分がいる。
俺にとって、リュウはやっかいな人物に変わりはないはずなのに。
「母が作ったんですけど、歌詞の内容は父に言われた言葉らしいです。
だから、父もあの歌が一番好きだった…」
父さんは、この歌を歌う母さんを、いつも優しい眼差しで見つめていた。
──幸せな、あの頃。
「ありがとうございます」
「…なにがだ?」
何に対してのお礼の言葉なのか分からない様子のリュウ。
「良い歌って言ってくれて。今度母に言っておきます」
「…あぁ。」
それから俺たちは少しの間一緒に、夜空に浮かぶ月と、散らばる星と、深く暗い海を眺め、リュウの戻るぞの声にホテルへと帰る。
部屋に入ると、相変わらず規則正しい寝息をたてる二人。
寝不足で動けないとなると亮平が怒りだしそうだ、と思いベッドへと入る。
いつもなら、母を思い、そして父を思い出すと寝付けずにいるのに、今はスッと瞼が下りていく。
なんでだろう。
──¨ひとり¨じゃなかったから、かな──…。
それ以上考えることができず、俺はそのまま眠りについた──。
翌日。
「おぉーっ。映画の世界!」
亮平の希望であるテーマパークへとやって来た俺たちは、半ば亮平に連れ回されるように園内を回った。
日本にもあるこのテーマパークは、日本に比べてシンガポールの方が規模は小さい。
ガイドブックには4時間程で全て楽しめると書かれてあったため、俺はテーマパークの後は適当にどこかに行くんだと思っていた。
──そう思っていた俺が、甘かった。
「りょ、亮平…。また行くのか…?」
「ん?あと2回は行くぞ?」
「…聖夜、諦めて?」
「いや、純も止め…」
「ほら、二人とも行くぞー」
「「…ハイ…。」」
全てのアトラクションを回りきった俺たち。亮平は次は逆回りで再び園内を回りだしたのだ。
しかも気に入ったアトラクションには再び入場。
さらに気に入れば連続。
気がつけば閉園時間になっていた…。
「…亮平ってテーマパーク好きなのか?」
帰り道。両手一杯にお土産を抱える亮平を横目に純に聞く。
「…うん。ここ、まだ規模が小さくて良かったよ…。
アメリカとかのだったら、下手したら他のとこの観光せずにずっとテーマパーク漬けだったかも…」
純のその言葉に、俺は亮平とは絶対に二度とテーマパークだけは一緒に行かないと決意する。
純はもう慣れてしまったようだ。…幼なじみ、ゴクロウサマです。
その日俺はシャワーを浴びた後ベッドに倒れ込み、あっという間に夢の世界へ旅立っていった。
…夢でも、亮平に連れ回されていたような気がする。
そしていよいよ最終日。
今日は午後2時の飛行機で帰る予定となっている。
再び、初日と二日目に泊まったホテルへとやってきた俺たち。
今日は学園の全員がここに集合だ。と言っても、ホテル内での自由行動。
なんとホテルの屋上にあるプールを午前中一杯学園で貸し切ったらしく、プールで過ごすもよし、ショッピングモールへ行くもよし、好きに過ごせばいいらしい。
自由すぎるこの宿泊研修。全然研修になってない気がする。
俺たちはショッピングモールを散策することにした。
亮平はプールに行きたがって言ったんだけど、俺は変装しているので無理、純はショッピングがしたいと主張した。
昨日、僕たち亮平に付き合ったよね?の純の強い一言に、亮平はプールを諦めた。
その変わり、夏休みになれば海に行こうと約束させられたんだけど。
ブラブラとショッピングモールを歩く。
主に純が気になったショップに俺と亮平は着いていくという感じだ。
あっち、こっちとせわしなく周っていれば、気がつけば12時。
レストランの方はきっと人がいっぱいだろう、と俺達はショッピングモールにあるカフェで何か食べることにした。
純がカフェを見つけると、そこには優雅にコーヒーを飲む相楽先輩が。
純が先に声をかける。
「相楽先輩、こんにちは」
「あぁ、矢追くん。それに木崎くんに白川くんも。
こんにちは。君達もショッピング?」
相楽先輩の問いに、純が答える。
「はい。もうお昼だから、何か食べようと思って」
「だったらここに座るといい」
相楽先輩が座っていたのは、4人掛けのテーブル席。
「でも、同じ班の方がいるんじゃ…?」
「同じ班の子たちは集合時間いっぱいまでショッピングするって飛び出して行ったんだ。
俺は何回か来たことあるから、待ってるって言ったんだよ」
「じゃあお言葉に甘えて!座ろ?亮平、聖夜」
「お邪魔しまーす」
純と亮平が並んで座ったので、俺は相楽先輩の隣に腰を降ろす。
「失礼します」
相楽先輩はもう軽く食べたらしく、俺達はサンドイッチやベーグルなど、すぐに食べられるものを頼んだ。
それぞれの前に頼んだ品物が届き食べはじめると、俺も疑問に思っていたことを相楽先輩に亮平が聞く。
「あ、相楽先輩。なんで宿泊研修って言うんすか?
個人旅行みたいで全然研修って感じがしないんですけど」
「あぁ。この宿泊研修の意味はね。
仰々しく言うと、ちゃんと通じる語学力、計画し実行する能力、臨機応変に対応できる柔軟さを養うためのものなんだ」
「へぇ~!そんな意味があったなんて知らなかったです」
純がそうなんだぁと感心していた。
かくゆう俺も、そんな大層な意味がこめられていたんだなと感心。
「まぁ、友達と一緒に過ごせる大切さを学ぶのが、一番の目的らしいけどね。
その目的を達成してるのはほんの一握りだろうなぁ…」
俺を含めてね、なんて言って笑う相楽先輩。
「その目的なら、俺達はとっくに達成済みだよなぁっ」
と亮平がこっぱずかしいことを言っていたが、まぁ否定はしない。
相楽先輩も交えて他愛もない話をしていると、集合時間が近づいてくる。
「そろそろ行こうか」
相楽先輩が立ち上がり、俺達もそれに続く。
集合場所に着くと、既に大多数の生徒が集まっていた。
旅行中学園の生徒はちらほらと見かけるだけだったのに、どこから湧いてきたんだ、という感じだ。
ホテルに預けていた荷物はすでにバスに積まれているようで、俺達はバスに乗り込んでいく。
集合時間にはきちんと集まり、キビキビと行動する様は、さすがに育ちのいいお坊ちゃん達だよなぁ、と思う。
普通なら、誰それがまだ来ていないとか、早くバスに乗れー!とか教師の声が響いているものだ。
行きと同様、空港に着くなりすぐに搭乗手続き、そして速やかに飛行機へ。
あっという間にシンガポールを後にした。
帰りも昼寝をして、雑談をして、映画を見て、機内食を食べて…。
学園に着いた俺達は旅行疲れが一気に来たのか、寮の自室に半ば引き込まれるように入る。
シャワーを浴びながら、明日は一日中母さんの側にいよう、と決め、早々に風呂を出た俺はベッドに倒れこんだ。
母さん、起きてくれるかな。お土産話がたくさんあるよ。
髪を乾かすのも忘れて、意識を失うように眠りについた──…。
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