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雨の記憶
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「あ、雨降ってきたよ」
純が空を見上げるのにつられて、俺も上を向く。
授業も終わりもうすぐ寮に着こうとする時、ポツリポツリと雨が降り出した。
「こりゃ本格的に降るな。早く帰ろ」
亮平が足早に歩き出し、純と俺もそれに着いていく。
寮の玄関に入った瞬間にザーッと勢いよく降り出した雨。
俺は空を見上げた。
「うおっ、ギリギリセーフ」
「ホント。わー、すごい雨…聖夜?」
空を見上げたままだった俺を、純が呼ぶ。
「…ん?あぁ、すげー雨だな」
「…どうかした?」
「いや?どーもしないぞ?」
早く部屋に戻ろうぜ、と二人を急かした。
部屋に戻り、ラフな服に着替え俺は窓から外をのぞく。
先程よりも勢いを増し、視界が悪くなるほどの雨。窓を叩く雨の音が部屋にこだまする。
俺はふと、棚に置かれてあるカレンダーを見た。
今日は6月10日。ーーー父さんの、命日。
俺は夕飯の時間まで、何をするでもなくただぼーっと雨を見つめていた。
「聖夜、やっぱり今日元気ない気がする」
「うん、俺もそう思う。朝からぼーっとしがちだったし。どうした?」
俺はご飯を食べる手を止め、心配そうな顔をする二人を見た。
平然としてたつもりだったんだけどな…。
父の命日だ、と言えば二人の事だ、余計な事は聞かずにいてくれるだろうが──気を使うだろう。
万が一、どうして亡くなったのかを聞かれたとき……俺は答えることができない。
まだ、自分の中で消化できていないんだ。
「…雨はあんまり好きじゃないんだ。いい思い出がないから」
そう。
梅雨の季節は、俺にとって悲しみの始まり。
6月10日の今日、という日でなくても雨の日は気分が憂鬱になる。
「…そっか」
「あんまり悩むなよ?」
「うん。ありがと」
何も詳しく聞かないでいてくれる二人に、精一杯の笑顔を向ける。
二人はそんな俺を見て曖昧に笑った。
──自分でも、分かってる。きっと、今の俺の笑顔はぎこちない。
それでもこの二人はそっとしておいてくれた。
ご飯も食べ終わり部屋に戻るためエレベーターに乗ると、途中で鷺ノ宮先輩が乗り合わせてきた。
「やぁ、白川くん」
「こんばんは」
鷺ノ宮先輩とは、すれ違えば挨拶をする程度。あれからとくに関わってくることもなかった。
3階で降りる俺達。鷺ノ宮先輩はいつもの笑顔でヒラヒラと手を振っていた。
自分の部屋に戻り、俺はベッドに寝転がる。すると頭に甦る、光景。
「──…っ…」
ぎゅっと手を握りしめ、腕で目を覆う。
──父さん。父さんは、怒ってるかな。それとも呆れてる?
弱くて、ゴメン。
情けなくて、ゴメン。
親不孝で、ゴメン。
未だ降り続く、雨。その音が耳に鮮明に届く。
…ダメだ。
俺は立ち上がり、カードキーと携帯を持ち部屋を出る。
1階まで降り、ロビーにある自販機を眺めた。
なにか、暖かいものが飲みたい。
じゃないと、冷えきってしまう。──心が。
だけど目を走らせても、飲みたいものが見つからない。ホットドリンクも並んでいるのに、ソレじゃないと心が言う。
飲みたいもの。今、俺が欲しているのは──。
「白川?」
突然背後から声がかかり、体がビクッと震えてしまった。
振り向くと、そこには足元を少し濡らしたリュウ。
「…会長」
「…顔色が悪い。具合でも悪いのか?」
「…いえ、大丈夫です」
俺は自販機の側を離れ、エレベーターへ向かう。
すぐに到着したエレベーターに乗ると、リュウも一緒に乗り込んできた。
「何か買いたかったんじゃないのか?」
リュウが横に並び、俺を見下ろしている。
「…飲みたいものがなかったんで」
「そうか。何が飲みたかったんだ?」
何が。
今、俺が欲しいのは。
「…ホットミルク…」
小さいつぶやきが口からもれた。
「え?」
「あ、いや…なんでもないです。じゃあ…」
3階につき扉が開いたので降りようとすると、グイッと腕を掴まれた。
「来い」
「え?」
「飲ませてやるから来い」
閉まるのボタンを押したリュウは、俺の腕を掴んだまま。
…聞こえていたんだろうか。
やがてエレベーターは生徒会役員専用の階につき、リュウの部屋へと連れて行かれる。
ソファへ座っていろと促され、待つこと数分。
「ほら」
渡されたのは、ほのかに甘い香りがするホットミルク。
「…ありがとうございます」
一口、含む。……優しい味がした。
俺の横に座るリュウの手にはブラックコーヒー。
ブラックが似合うなぁ…などと思っていると、前髪をかきあげられた。
突然クリアになる視界。
ピクっとしておそるおそるリュウを見ると、何かを探るようにじっと見つめてくる瞳とぶつかる。
「何があった」
「…なにも、ないです…」
「何もないのに、お前は不安そうな顔をするのか?」
「…そんな顔…」
してません、そう続けようとしたけど、それより早くリュウは俺の眼鏡を取り払った。
それによって言葉を飲み込んでしまった俺からカップを奪い、テーブルに置いた。
そして両手で俺の顔を包んでくる。
「理由は聞かずにいてやる。だから泣け」
泣け、そう催促をするように、優しく目尻をくすぐる親指。
「溜めずに吐き出せ」
そう言われた瞬間、俺は温かいものに包まれた。
背中にはリュウの両腕、頬には胸板。
ぎゅっと抱きしめられ、片方の腕が動いたかと思うと、優しく頭を撫でられる。
「──っ…」
体に伝わるぬくもりに、堪えていたものが溢れてくる。
次第にこぼれてきた涙を、リュウのシャツが吸い取っていく。
俺が落ち着くまで、リュウは頭を撫で続けていてくれた。
「…すみません」
「いや、気にするな」
冷めてしまったのを新しく入れ直してくれたホットミルクを飲みながら、顔を上げれずにいる俺。
うー…、何か最近リュウの前で泣いてばかりな気がする…。
というか、何でこいつは俺に優しくするんだ!
なんだか気まずい。な、なにか話題…話題…あ。
「会長、猫飼ってるんですよね?」
「ん?何で知ってるんだ?」
「相楽先輩に聞きました」
「そうか。今日も祐輔のところだ。夜出かけるから」
そういえば相楽先輩がリュウは忙しいって言ってたな。
「仕事、ですか?」
「あぁ」
「忙しいのにすみません。帰ります」
立ち上がりかけた俺の腕を掴みんだリュウは、再び俺を座らせると優しい顔で笑った。
「そんなに急いでない。ゆっくり飲んでいけ」
「…はい」
俺は再びホットミルクに口をつける。
心が冷えそうで、何か暖かい飲み物が欲しくて。
でも何か、じゃなくて母さんがよく入れてくれたホットミルクが欲しくて。
だけど、結局心があったかくなったのも、どこかスッキリしたのも…リュウのおかげかもしれない。
温もりをわけてくれて、泣かせてくれたから──。
俺は何故だかもう少し、この空間にいたくて。
少しずつ、少しずつ…ホットミルクを飲んでいったのだった──…。
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