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孤独 2
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「明良から電話があってね。授業は免除扱いになってるみたいだよ。
状況を話してくれた友達たちも心配してるみたいだし、一度帰って休みなさい」
心配をかけてしまっている事に悪いと思いつつも、それでも俺は母さんの手を離せないでいた。
「聖夜くん、これは医者命令だよ。
本当にこのままじゃ君がまた倒れる。君が倒れたら一番悲しむのは誰だい?
私たちが全力を尽くしてお母さんを看てるから。帰って、少しでもいいから何か食べて、寝なさい」
母さんの手を握る俺の手に、先生の手が重なった。
しばらく母さんを見つめたあと、俺はコクリと頷き、立ち上がる。
1階のロビーまで先生と一緒に降り、玄関の所で先生は俺の頭を撫でてきた。
「また明日おいで」
俺は頷き、踵を返し足を進める。
病院の前にはバス停があり、俺はそのバス停のベンチに座りながら前にもこんなことがあったな、と思い出していた。
冷え込んだ、12月のあの日。
あの時も、昏睡状態に陥った母さんの側を離れることができずにいた。
ふと気がつけば自分の腕に点滴の針が刺さっており、看護師から睡眠不足と軽い貧血で倒れたと説明された。
母さんはまだ目が覚めておらず…またそばを離れようとしない俺を、あの時母さんを担当していた先生に強制的に帰らされてしまった。
だけど、ひとりになりたくなくて。ひとりじゃ不安で怖くて。
真吾さんの所に行こうと思い南区を訪れるも、真吾さんのお店には珍しく¨close¨の札がかかっていた。
そのままフラフラと歩いていると、か細く鳴く声が聞こえたんだ。
声のした方へ行ってみると、細い路地裏にちっこく丸まりカタカタと震える子猫がいた。
自分の体をキュっと丸め震える子猫が自分と重なってみえて…俺はその子猫を両手で拾い上げた。
驚いた子猫は少し暴れ、俺の手から逃げて行った。
俺は子猫のそばに座り、怖くないから──と子猫が自ら擦り寄ってくるまでじっと待った。
しばらくすると擦り寄ってきた子猫を抱き上げ、近くで見てみると、薄汚れたためにグレーに見えた子猫は、生え際は真っ白だった。
そっか、お前は¨白い¨んだな。大丈夫、お前の汚れは落ちる。
──俺とは、違う。
お腹にある斑点が黒豆みたいで、マメ、と呼ぶとタイミングよく鳴いた。
それが嬉しくて、マメとじゃれつく。
───あったかい。
ちっこい体。だけど生きてる温もりがある。
それが何だか無性に切なくて、俺はマメを優しく抱きしめた。
なんで、かまったんだ。
なんで、名前を与えたんだ。
なんて、俺は自分勝手なんだろう。
──温もりが、欲しかったんだ。
ちゃんと俺に反応して、俺を目に映すモノからの、温もりが欲しかった。
だけど。
マメが自分と重なって見えたように、マメだって温もりが欲しかったのかもしれない。
だけど俺が与えてやれるのは一時的な温もりで…¨ずっと¨じゃない。
温もりを失ったときの、どうしようもない辛さを知ってるはずなのに。
マメを連れて帰ってやれないのに…中途半端に温もりを与えてしまった。
ゴメン、ゴメンねマメ。
いつの間にか溢れていた涙が、マメの体に落ちる。
マメは一鳴きすると、流れる涙を小さなベロでペロペロと舐めてくる。
──まるで、俺を慰めるかのように。
せめて寒さから身を守れるように、俺は首に巻いていたマフラーをはずし丸めると、その中心にマメを置いてやる。
どうか、心優しい誰かが、マメを拾ってくれますように──そう願ってその場から離れたんだ。
バスが停留所に入ってくる。だけど俺は立ち上がり、そのバスに乗らずに歩き出す。
南区行きの、バス停に向かって──…。
「──いるわけないよな…」
俺は路地裏の壁にもたれて座り込む。
あれから何ヶ月も経ってるんだ。マメがいるわけない。だけどなんとなく来てしまった。
誰かに拾われてるといいな。
一度座り込んでしまった体は、立ち上がることができないでいた。
空を見上げる。
ビルの隙間から見えた天(そら)は、どんよりとしていて、今にも泣き出しそうだ。
病院にいる間も、今もずっと俺の中に渦巻く孤独感。
母さん──。
耳に残る母さんの歌声を呼び覚ます。
その声に合わせて、俺は囁くようにメロディーを刻む。
”ひとりで泣かないで”
だけど、母さんがいなくなってしまったら俺はひとりになる。
抱きしめてくれる腕も、泣かせてくれる胸も、俺にはない。
”君はひとりじゃない”
俺は”ひとり”だよ、母さん──…。
知らず知らず、涙がこぼれていく。
頭に響く母さんの歌が途切れると同時に、俺の声も止まった。
自分の両足に顔をうずめる。
誰か、助けて。
───…。
その時、ふと、ある人物が頭を過ぎった。
その人物に胸がキュッとなった瞬間ーーー誰かに肩を掴まれた。
突然の衝撃に体がビクッとなる。
驚き顔を上げた先にあった顔に、俺は目を見開いた。
なんで、ここにいる──?
そこには、さっき頭を過ぎった人物。
ーーーーリュウが、いた。
リュウがいることに十分衝撃を受けたはずの俺は、リュウの発した言葉に、さらに衝撃を受けることになる。
「──白夜…」
────え…?
今俺は”白川聖夜”なはずだ。
なのに、なんで──。
耳を疑う言葉にリュウを凝視していると、再びリュウは今度はハッキリとその名前を口にした。
「白夜。そうなんだろう?」
ただただ真っ直ぐ俺を見つめるリュウの瞳。
その瞳からなぜだか逃げたくなった俺はその瞬間、リュウの腕を払いその場を駆け出した。
「待っ…おい!」
制止する言葉が聞こえるも、止まれない。
なんで、どうして。
そんな言葉ばかりが浮かぶ。
うまく動かない足を必死に動かす。
今どこをどう走っているのかも分からない。
「……っ!」
息が上がる。足がもつれ、バランスを崩す。
倒れる──っ、とそう思った瞬間、強い力で腕を後ろに引かれた。
「逃げるな」
息を乱すこともなく、俺の腕を掴むリュウ。
「…っ、離っ…!」
必死にもがくも、俺の腕を掴む力が強く振り払えない。
「白川」
次は学園で耳にする名前を呼ばれ、俺は観念して動きを止めた。
俺は腕を掴むリュウの手をつたって、そのまま顔へと視線を辿っていく。
そしてリュウの瞳とぶつかった、瞬間──。
ポツ、ポツ…と顔に雨粒が当たった。
雨が降り出したと感じる間も無く、急に勢いを増す雨。
その雨が、俺を暴いていく。
着ていた白いシャツに広がっていく黒いシミ。
その間ずっと、リュウは俺を見続けていた。
俺は自分の前髪から落ちていく黒い雫を目で追う。
「やはり、お前だったんだな」
リュウの言葉に、俺は反応ができない。
──どうしよう。リュウに知られてしまった。
戸惑い、不安、恐怖──いろんな感情が渦巻く。
未だ降り続く雨。
既に髪からは透明な雫しかたれておらず、Tシャツには黒いシミが広範囲に広がっていた。
おそらく完全に髪はもとの姿に戻っているだろう。
どうすることもできずに佇んでいると、グイッと腕を引かれ、温かいものに包まれた。
その温もりがリュウの腕の中だと気づくのに数秒かかり、やがて抱きしめられている事に気づく。
「言っただろう。ひとりで泣くなと」
すぐ上から降ってくる声。
雨音の中、リュウの声はやけにハッキリと聞こえる。
ギュッと抱きしめる力が強くなった。
「泣くときは、俺の中で泣け」
その言葉に、無意識にリュウの服の裾をキュッと握っていた。
俺はリュウの温もりと、その言葉に、孤独感が薄れていくのを感じる。
いつしか涙が頬を流れ、雨と同化していく。
そして俺の意識は、リュウの腕の中で途切れていった──…。
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