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気持ちの行方 4
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煙が天高く昇ってい様を、見上げる。
「聖夜くん、中に入らない?」
木宮センセイが紹介してくれた、代理人である杉崎さんが声をかけてきてくれた。
「……いえ、ここに居ます」
「…そう、分かった」
俺に笑いかけ建物の中へと入っていく杉崎さんの背中から、再び俺は昇っていく白い筋へと視線を移す。
母さん、今まで苦しかったよね。いっぱいいっぱい、頑張ったよね。
でももう、薬に苦しむこともないよ。
母さんも、怖かったよね。ううん、母さんの方が、俺の何倍も怖かったはず。なのに、目を開けるたびに母さんは笑ってくれた。
昨日、涙が枯れるまで泣き続けたはずなのに。それでも涙が頬を伝う。
少しだけリュウのベッドで眠り、まだ生徒たちが眠る早朝に寮を出た俺たち。
こんなに朝早くに向かう理由を尋ねると、まずは荷物を置きに俺のアパートへ行き、次に南区に置いてあるバイクを取りに行くという。
アパートまで道案内をし、荷物を置いたあと南区へ。
大通りで車を降りリュウに着いていくとそこはマメを発見した路地裏付近で、駐車場には見覚えのあるバイク。
バイクの後ろに乗り病院に向かうと、ちょうどいい時間になっていた。
そこで、杉崎さんを紹介され、アパートまで葬儀屋が母さんを運んでくれた。
そこからは一人ですると言った俺を、そばにいたいからと一蹴したリュウはアパートに泊まってくれて、ずっと手を握っていてくれた。
そのぬくもりに、俺は安心した。
結局、お葬式はしないことにした。
呼ぶ親戚はいないし、友人と呼べる人物はこの街にはいない。
火葬をしてもらい、供養の為にお経をあげてもらうだけにした。
墓は地方にあることを告げると、杉崎さんは母さんを眠らせてあげに一緒に行こうと言ってくれた。
俺はまだその場所に行く勇気が、ない。でも、母さんの為に───だけど…。
返事をできないでいると、杉崎さんはまずは自分だけで行ってくるから、落ち着いたら参ってあげなさいと言ってくれた。
「父さん、母さんが今そっちに行くよ……。迎えに来てあげてね」
まだ梅雨明け宣言は出されていない。
だけど、今日は青空が広がり、夏特有の陽射しが降り注いでいる。
──母さんは、夏が好きだったな……。
「白川」
振り返ると、電話をかけにいっていたリュウが戻ってきていた。
「見送っているのか」
リュウは俺の横に並ぶと、昇っていく白い筋を見た。
「……うん」
「晴れてよかったな」
「うん。母さんは、暑い夏が好きだったから……」
「そうか」
俺は母さんが昇っていくのを見上げたまま、言う。
「……ありがとう、会長」
「……何がだ?」
「そばにいてくれて」
俺は右手でそっと左手首を握った。
大げさに包帯を巻いているけど傷は浅く、すぐに治るだろう。
リュウがいなかったら、俺はきっとあのまま死を選んでいたと思う。
今もまだ、母さんを失った悲しみは、深い。
だけど、この場にこうやって立てているのは。
母さんを見送っていられるのは。
──リュウがいたから。リュウが、気づかせてくれたから。
俺は、”ひとり”じゃないって──。
「当たり前だ。礼を言う必要はない」
”当たり前”と言ってくれたことに、嬉しさが込み上がる。
──あぁ、俺は……。
「祐輔から電話があった。木崎たちが心配しているみたいだ。
自分たちもそばにいてやりたいと言っていたそうだ」
「亮平たちが……」
亮平たちには、相楽先輩が全て説明してくれていた。
「せめて、花は贈りたいと。連絡してやれ」
「……うん」
俺は携帯を取り出し、そして亮平にかける。1コールも鳴り終わらないうちに、亮平が出た。
『もしもし!聖夜っ?』
電話の向こうからも、俺を呼ぶ声が聞こえる。
「亮平……純たちも一緒か?」
今は昼を少し過ぎた辺り……昼休み中かな。
『あ、あぁ、純もいる。奏と葵と肇も』
ちょっと待って、という亮平の声がしたかと思うと、みんなの声が鮮明に聞こえ始めた。
『スピーカーにしたから。…聖夜、大丈夫か……?』
『亮平っ、そんな聞き方は…っ』
『あ、いや、その……』
『ばか…っ』
亮平と純の掛け合いに、思わず笑ってしまう。
「大丈夫だよ、ありがとう」
『……俺たちも、そっちに行きたいけど……迷惑になったらアレだし。花!贈りたいんだけど……いいか?』
『あ、俺たちも!』
亮平の後に続いて、奏の声がした。
「うん。ありがとう。母さんも喜ぶ」
『……じゃあ、送り先教えて』
「うん」
俺はアパートの住所を告げる。
『いつ、帰ってくるんだ?』
肇の声だ。
「明後日には帰るよ」
ずっとアパートにいるわけにはいかない。
母さんとは、今日だけ一緒にアパートに帰る。
その後はお墓で眠らせてあげるまで、お寺で預かってもらえることになっていた。
「もうすぐ夏休みだな」
突然の俺の言葉に、みんなからの反応はない。
「亮平、純。海に行く約束だったよな」
『え?…あぁ』
『…うん』
「奏、夏休み中に、デザート制覇だな」
『……そうだな』
「最近体が鈍ってるから、肇には組み手の相手になってもらおうかな」
『手加減しないぞ』
「葵は……特にない」
『えぇ~…ひどい』
「じゃあ、俺と奏を美味いケーキがあるとこに連れてけ」
『りょ~かい』
──こいつらと、やりたいことが沢山あることに気づいた。
『聖夜、待ってるからな』
亮平の言葉に、胸ががつまる。
俺には、待ってくれている──友達がいる。
「……うん。また、な」
俺は電話を切り、未だ立ち昇る煙を見上げた。
「終わったか?」
気を利かせてか、少し離れた位置にいたリュウが戻ってくる。
そして優しく頬を拭った。
「お前は案外泣き虫なんだな」
そう言って優しく笑うリュウに、俺は胸がキュッとなったんだ。
それは、甘い痛みだった──…。
「……なぁ、会長。もう変なことはしないし、もうやることもないし、帰った方が……」
「俺がそばにいたいだけだ。気にするな」
「…………そーデスカ。」
もう何度耳にしたんだろうか。"そばにいたいだけ"。
ってかさ、あの青藍学園生徒会会長サマがさ。このごくごく庶民的なアパートにいる光景は、やっぱりシュールだと思う。
昨日はまではまだ頭が混乱してたし、精神的にもあんまり安定してなかったから、そこまで考えなかったんだけど。
今日改めて見ると、すっげ違和感。だってココ、リュウの寮の部屋より確実に狭いし。
いいんだろうか……。
「余計なこと考えてないで、シャワーでも浴びてこい」
リュウがパソコンを起動させながら、声をかけてきた。
──あれ…?そう言えば昨日……
「……会長、もしかして、昨日、寝てない…?」
一応、布団は二組ひいた。
だけど母さんのそばを離れたくなかった俺は、母さんのそばに座りながらうつらうつらとしていた。
何度か意識が浮上するたび、頭を撫でる手があった気がする。
目を覚ましたときにはすでにリュウは起きていて、布団はきちんと折り畳まれていた。
リュウは立ち上がり俺のそばまで来てしゃがむと、頭をくクシャリと撫でてきた。
「昨日はお前の横で少し寝た」
「……本当に?」
「あぁ」
「……シャワー浴びてくる」
「ん。行ってこい」
ふ…と笑うリュウから半ば逃げるように風呂場に向かった。
洗面所に入り、鏡に映る自分が目に入る。
「──っ、」
見られて……ないよな?──情けない顔。
服を脱ぎ捨て、少し温めのシャワーを浴びる。
風呂から出ると、リュウは携帯片手に右手だけとは思えないほどものすごい速さでキーボードを叩いていた。
会話を聞いていると、フランス語らしい。
日常会話ぐらいならなんとか理解できるが、どうやら専門用語で話しているらしく、さっぱり分からない。
窓辺に寄って座り、頭を拭きながらコンビニで買ってきたスポーツ飲料水を飲む。
ぼーっと空を眺めているとタオルをとられた。
「拭くか飲むかどっちかにしろ。零すぞ」
いつの間にか隣に来ていたリュウ。タオルで頭を拭いてくれる。
「……もう終わったのか?」
「あぁ」
俺の横に座ったリュウは、俺の髪を優しくすいた。
「柔らかいな。髪も目も母親譲りか。どこの国だ?」
「ノルウェーだよ」
「そうか。……なぁ。気になっていたんだが……」
少し言いにくそうなリュウ。
「何?」
「……このアパート、何故電気もガスも水道も通ってる?寮で暮らすなら、必要ないんじゃないのか?」
「……あー、うん、」
「……いや、別に言わなくてもいいんだが…」
気まずそうな表情のリュウに、思わず苦笑がもれる。髪を撫でる手がいっそう優しくなった。
「母さんと、いつかこのアパートで暮らしたかったんだ」
俺の言葉に、俺の髪を撫でていた手が止まった。
「病気が治って退院したら、母さんが帰ってくる場所をつくっておきたかった。
そしてまた、一緒に暮らせたらって」
俺は再びスポーツ飲料水に口をつけた。
「だからずっとアパートの家賃も払って、いつ帰ってきてもいいように電気も何もかも止めないでおいたんだ。
──願掛けの意味合いも込めて」
食器も、布団も、生活に必要なものは全部二人分揃えて。
「……結局、母さんがここで暮らすことはなかったけどな……、わっ」
グイッと腕を引かれ、抱きしめられた。
「……お前は、親孝行な息子だな」
背中を優しく撫でられる。
「……、そー、かな」
「あぁ。特待生にも選ばれているし。自慢の息子だよ、きっと」
優しいその仕草に、心がほぐれていく。
リュウに聞いて欲しくなった俺は、誰にも言ったことのない母さんのことを話し始めた。
「……母さんさ、事情があって、高校に行ってなかったんだ」
ノルウェーで産まれて、イギリスで過ごした母さんと家族は日本文化に惹かれて来日、母さんが13歳の時に永住を決めたと聞いた。
だけど、住みだして間もなく不幸な事故で両親は亡くなり、また母国にいる親戚たちは母さんの引き取りを拒否。
だから母さんは施設で育ったらしい。中学までは義務教育なので通えたけど、高校までは通えなかった。
「だから、俺にはどうしても行って欲しいって言ってた。
だけど母さんが倒れて…俺は高校なんて行かなくてもいいって思った。
でも母さんがさ、俺が高校に通う姿が見たかった、こんなことになってごめんねって謝るんだ…。
だから、母さんの為に頑張って特待生制度があった今の学園を受けた」
高校に入学した事を言ったら嬉しそうな顔をしてたな、母さん。
「そうか……。よく頑張ったな」
リュウの手がくしゃっと頭を撫で、優しく背中を手が伝う。
俺はその手の温かさとリズムの心地よさに目を閉じる。しばらくすると、急激に眠気が襲ってきた。
「……会長、俺──母さんの分まで、頑張って、生きる……」
「…あぁ。」
さらさらさら……とんとんとん……
俺の眠気を誘うように、リュウの手が動く。
「……ありがと…、かいちょ……」
瞼が上がらない。
そのまま心地よさに身を任せ──俺は眠りに墜ちていった──…。
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