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影 2
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肩で息をする俺の頬をそっと撫で、額や目元にちゅ、ちゅとキスを落としてくる隆盛に、俺は笑いかける。
「お風呂、入ろっか」
後ろの処理や頭や体をかいがいしく洗ってくれるリュウに、されるがままの俺。
リュウも洗い終わり、少しぬるめのお湯に浸かる。
普通に並んで座ろうとした俺をリュウは自分の足の間に俺の体を座らせ、後ろから抱きしめてきた。
俺はそのまま後ろに体を預け、もたれかかる。
「なぁ」
「なんだ?」
「いつから、俺の事気になってたの?」
ふと気になったことを聞く。
「あぁ……そういえば、聖夜を見かけたのは今から一年ぐらい前だな。その時に興味がわいた」
「へ?そんな前だったの?」
「中央区に用事で出向いた夜、路地裏から男が吹っ飛ばされてきて。出てきたお前に目が釘付けになった」
中央区……?”白夜”の格好では行かないはず……あ、陽炎に混じってケンカしてたとき、中央区行ったか。
すぐに帰ったけど。
「俺、この姿で中央区行ったの隆盛が目撃した一回きりだ。すげー偶然だな」
「なんで、中央区には行かないんだ?そういえば北区でもお前を見かけないと聞いたが」
「中央区には母さんがいたから。北区は俺が住んでたからだよ。そのふたつでは商売はしなかった」
今の体勢だと隆盛の顔は見えないけど、きっと眉間にシワが寄ってるんだろうな。
「……そうか。今は南区でしか見かけなかったのは?」
「南区が一番商売がしやすかったから。顔のきく知り合いがいてさ」
「へぇ」
「他に質問は?」
そう問うと、隆盛は少し考えたあとに思わぬことを聞いてきた。
「なんで、あんなに風呂に入れたことに怒っていたんだ?」
「へ?」
「初めてお前を抱いた日も、二回目も。余計なことをするな、と怒っていただろ?」
「……あぁ」
俺が、行為後に、シャワーを浴びないワケ、か。
「戒め、なんだ……」
「……戒め?」
「俺はいつも行為後にシャワーは浴びない。それは、商売を初めてからずっと。
俺のやっていることは、決してキレイなもんじゃない。体を売って、金を稼ぐなんて……汚いことなんだよ」
俺を抱きしめる隆盛の腕に、力がこもった。
「俺はこの行為が”日常”になってしまうのが怖かった。
汚さを感じなくなってしまったら、もう元の自分に戻れない気がした。
だから、”俺のやっている事は汚いことだ。キレイになる必要はない”そう言い聞かせるように、すぐにシャワーを浴びないようにしたんだ。
──不快感を、持っていられるように。そうやって自分を戒めてた」
「そうだったのか……悪かった」
「まぁ、隆盛が謝る必要はないんだけどね。意識を飛ばした俺が悪い。
客の前で意識飛ばしたなんて、隆盛が初めてだっつの」
「そうなのか?」
「ホント、手加減なしだっし」
俺が後ろを振り返ると、少し気まずそうな顔があった。その顔がおかしくて、思わず笑いがこぼれる。
俺は再び前を向いた。
「……まぁ、いくらそうやって戒めても、俺がしてきた行為の汚さは体に蓄積してる。
今更キレイにもならないし、白にも戻れない。──俺は、汚れてる」
その言葉にピクリと反応した隆盛は、腰に手を回し俺の体を浮かせると、体を反転させ向かい合わせになるように座らせた。
隆盛の瞳が俺を捕らえる。
「お前は、汚くなんかない」
「隆盛……」
「綺麗だ、聖夜は」
真剣な顔の隆盛。隆盛の言葉が、沁み渡る。
「……ありがと。」
俺は微笑み、隆盛の頬を撫でる。その黒い瞳を見つめていたら、思った。
「隆盛は、”黒”だな」
「黒?」
「あぁ。総てを覆い尽くす、揺るぎない、黒。何にも染まらない強さがある、黒。
隆盛のイメージ」
俺はそう言って隆盛の腕から逃げ、立ち上がる。
俺の言葉に固まっているらしい隆盛に声をかけた。
「そろそろ出よう。のぼせる」
「あ、あぁ」
隆盛も立ち上がり、俺たちはバスルームから出た。
脱いであった自分の服を着ようとしたら隆盛のシャツを渡され、俺はそれを身につけた。
隆盛が着替えてる間に、俺は自分の服を畳む。そしてポケットからあるものを取り出し、左手に握った。
ソファに座り隆盛になんか飲みたいと告げると、待ってろ、と入れに行ってくれる。
しばらくしてカップを二つ持ってきた隆盛は俺の前にひとつ置き、隣に座って自分のコーヒーに口をつけた。
手を伸ばし、カップを持つ。
───あ。この、香り……。
一口、含む。やっぱり。
「なぁ。このコーヒー、いつも隆盛が使うホテルと同じやつ?」
初めて美味しいと感じたブラックコーヒー。それと同じ味がする。
「ん?あぁ。あそこは黒沢系列のホテルだからな。
このコーヒーは気に入っているから、ホテルにも置いてもらった」
「隆盛が置いてって言って置いてもらえるもんなの?」
「経営の手伝いをしているからな」
ホテル経営の手伝いって。すげーな。
「そいや本田家って黒沢財閥の親戚筋なんだっけ」
「あぁ」
「黒沢財閥って、子供いないの?」
「いるぞ。俺と同じ年齢と、三つ下の二人。どっちも男だ」
へぇ。ん?同い年ってことは同じ学校?学校にいたっけ、黒沢の子供。聞いたことないよな。
「違う学校にいんのか?」
「今は兄弟揃ってイギリスに留学している」
「留学かぁ。隆盛は会ったりするのか?その息子たちと」
「いや、今まで二回ほどだ。会ったのは」
「二回?たったの?」
「黒沢財閥の息子を狙う輩は少なくはない。だから未だに世間に息子の顔は公表していないんだ。
留学先でも偽名を使ってる。親戚でもなかなか会えないんだ」
「そうなんだ……」
大変なんだな……。
「寂しく、ないのかな」
ポツリ、と零れた言葉。
それは、しっかりと隆盛の耳に届いていた。
「寂しく……?」
「だってさ。自分を偽らなきゃならないってことだろ?
事情があるにせよ、本当の自分を見てもらえないのは、寂しくないのなって。
仲間に、本当の自分を見せれないのは辛くないのかな。
……俺は、寂しかった。純や亮平を騙してるみたいで、辛かったから……。
って、立場が全然違うか」
黒沢財閥のお坊ちゃんと俺じゃ、正体を隠す理由が違いすぎる。
そう言って笑うと、隆盛は俺を抱き寄せ頭を撫でてきた。
「……お前は、本当に……」
「隆盛……?」
名前を呼んでも反応はなく、しばらくその状態が続く。
ようやく解放され、見上げると──優しい表情で笑っていた。
その笑顔に、高鳴る鼓動。だけどそれを必死でおさえた俺は、計画を実行すべく…ソーサーから持ち上げたカップを出来るだけ自然に、手から滑らせた。
「っわ…と、ごめ……!」
カチャンっと鳴ったカップは割れることはなかったけど、中身が零れテーブルに黒い液体が広がっていく。
「いい。手にかかってはないな?」
「うん」
「入れ直してやるから、座ってろ」
「……ありがと」
隆盛がキッチンへ行くのを見届けたあと、ソファの隙間からあるものを取り出す。
シャワーのあと自分の服のポケットから抜き出し、そして隆盛がコーヒーを入れてる間にそこに隠していたもの。
ーーー見つからなくて、良かった。
手の中にあるものを見つめて、少しだけ迷ってしまった。
迷いを振り切るように頭を振り、俺は手の中にあるものを使う。
手の中で、クシャ……と紙の音がした。
隆盛が戻ってきて、まずカップを置きテーブルを拭いていく。
「ありがと」
いや、そう首を横に振った隆盛はまた俺の横に座り、自分のコーヒーを飲んでいく。
その姿を見ながら心の中で謝り、そして俺は隆盛に次々と質問を浴びせる。
ここに来た当初の目的を、問われないために。話というのはなんだ?と聞かれないために。
「へぇ。相楽先輩と木宮先輩とは幼なじみなんだ」
「あぁ。だから気を許せる」
「いいなぁ、羨ましい」
俺には、幼なじみと呼べるような奴は居なかったからなぁ。
少しシュンとしていると、隆盛がふわりと頭を撫でてくる。
「俺はお前にも気を許しているぞ?もしかしたら、祐輔や明良以上に」
その言葉に、俺は胸がキュッとなる。それと同時に襲う──罪悪感。
嬉しい。嬉しい、けど。──ごめん、隆盛…。
「なぜ、そんな顔を、する……?」
隆盛の言葉が途切れ始めた。あの黒い瞳が、力を無くしていく。
「隆盛、ありがとう」
俺は、笑った。隆盛に残る俺が、笑顔でいられるように。
「聖、夜……?何を、した……?」
段々と、声も弱くなっていく。それに抗うように、ギュッとキツく拳を握る隆盛。
「何もしてない。隆盛は眠いだけだよ。寝ていいよ?──ここに、いるから」
隆盛を安心させるために、俺は嘘をつく。
「せい、や……どこにも、──……」
”行くな”
声にはならなかったが、口の動きでそう言っているのが分かった。
目が閉じられ、力なくソファに倒れる隆盛。
「隆盛……?」
問いかけに、返ってくる声はない。
「──ごめん、隆盛」
ずっと握りしめていた左手を開く。そこには、丸まる包み紙。
それは木宮先生に処方された睡眠薬で。隆盛のコーヒーに、入れた。
無味無臭、即効性のそれが今、隆盛を眠らせている。
立ち上がり寝室に行った俺は、隆盛のシャツを脱ぎ捨て、着替える。
ポケットに入ったままの財布を開いて中身を確認した。
「……良かった」
ベッドの上にあったブランケットを掴み、リビングに戻る。
ブランケットを隆盛にかけ、俺は財布から紙幣を取り出した。
十枚数え、テーブルに置く。
お金、財布に入ってて良かった──そんな事を思いながら、俺は深く眠る隆盛を見つめる。
たぶん、五時間ぐらいは目を覚まさないだろう。
手を伸ばし、そっと頬に触れる。
そばにいてくれて、ありがとう。隆盛のぬくもりに、俺は救われたよ。
「──…、」
言いたい、二文字の言葉。
言えない、二文字の言葉。
募る、想い。
それを抑え込み、変わりに…言いたくない言葉を告げる。
「──さよなら……」
部屋に戻り、もう一度シャワーを浴びる。
出来るなら、体に隆盛の痕を残しておきたかったけど……それは出来ない。
バスルームを出て、服を着る。髪を乾かし、スプレーをふる。予備のコンタクトを装着し、眼鏡をかける。
何も考えないで、ただ淡々と準備する。
寝室へ行きクローゼットの奥に隠したものを取り出した。
少し呼吸が荒くなる。
深く深呼吸をして、その伝票の名前に目を走らせる。
”小笠原 誠也”の文字。
届けられた荷物。震える手で包みを開けていく。
現れた白い箱。蓋を取り現れたものに……息を呑む。
──黒い、薔薇。
あいつの声が蘇る。
『黒い薔薇の意味はね、”束縛”だよ、聖夜』
箱の中に入れられたそれ。未だに枯れていないそれは、造花なのだろう。
枯れない、黒薔薇。
あの人からの”束縛”も、一生枯れることがない。
そう意味しているようで、体が震える。
その黒い薔薇の中央に埋もれるように、革の造りの箱がある。
その蓋を開け、中身を見た瞬間──。
──あぁ。やっぱりあいつは、俺を逃がすつもりはないんだ。そう感じた。
心に、影が、さす。
”欲しい”と口にしたもの。”あげる”と約束してくれたもの。
時間を告げる為じゃなく、”縛る”意味合いのもの。
手を伸ばし持ち上げた。
濃い茶色のベルトの、シンプルなデザインの腕時計。
まるで枷でも嵌める気分だ。
そう思いながら左手に嵌めたところで、ベルが鳴った。
ドアを開けた先には──鷺ノ宮先輩。
「迎えに来たよ。行こっか」
朝5時過ぎの寮内は、シンとしている。
寮を出ると玄関前に黒い高級車が停まっていた。
「さ~乗ってー」
促されるがままに後部座席に乗り込むと、隣に座る先輩。
学園を出たところで、先輩は俺の左手を指差した。
「つけたんだね、ソレ」
俺は自分の左手首をチラリと見た。
「聞かないの?あの人との関係」
「……別に。」
「ま、今から会うしね~」
俺は右手をギュッと握りしめる。
車に乗ってから50分は経っただろうか。
あれからとくに会話もなく、ただ流れて行く風景を眺めていた。
けれど、徐々に見たことのある町並みに変わり、俺は眉を寄せた。
「──どこに、向かってるんですか」
「ん~?俺より、君の方が詳しいでしょ?」
その言葉に、俺は体を強ばらせる。
──なんで。なんで、あそこに行く必要がある?
嫌な汗が吹き出てくる。体が拒否反応を起こしていた。
「着いたよ」
車が停まった場所に、俺の体は震える。
もう二度と、踏み入れたくなかったこの場所。
門が開き、車が中に入っていく。砂利道を抜け、玄関先で車は停まった。
「はい、おりて」
その言葉に、俺は震える体に力を入れて外に出る。
重厚な造りの日本家屋。
見事な松の木、石畳。
ししおどしの音が連続的に響いている。
玄関先に掛かる、木の表札に掘られた、三文字。
『黒金組(くろがねぐみ)』
カラカラカラ──と扉が開き、出てきたのは。いつぞやのスーツとは違い、黒の着流しを着た男。
「よぉ、坊や」
俺をそう呼ぶのは、ただ一人。
──八澤。
「ご苦労さん、綜史」
「いえ。あの人の頼みなら、いくらでも」
──なんで、なんで、なんで。
喉が、渇く。
心臓は脈打ち、冷や汗がにじむ。
なんで、どうして。
頭に浮かぶのは、そんな言葉ばかり。
視線で中に入るように促され、重い足に力を入れる。
俺の前を歩く八澤。そして俺の後ろを歩く鷺ノ宮。
──繋がって、いたのか。そして──…
「来たぞ」
二人に挟まれ連れて来られた部屋。襖を開け、八澤が声をかけた先にいる人物。
その人を目にした瞬間──俺は息を忘れた。
「聖夜。いらっしゃい」
柔和な笑みを浮かべて、立ち上がたそいつは。──小笠原誠也。
ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
俺は思わず、後ずさった。
けれど、そいつの顔に一瞬歪んだ笑みに…体が硬直する。
「ふふっ、怯えてるね?僕が、怖い?」
そっと手が伸びてきて、すっと指先が頬を撫でた。
ヒヤリとした指先に、体が大げさな程にびくつく。
「──おかえり、聖夜」
そう言って微笑む。だけど瞳の奥は…冷えていた。
俺は、影に身を投じた。
きっと、もう──抜け出せない。
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