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過去 2
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「だったら、違うって、みんなに言えば……!」
「聖夜、そうしたいけど……一度そういう目で見られてしまったら、話なんて、聞いてもらえないのよ……」
そう言って肩を落とす母さん。
母さんは一度誤解を解こうとしたんだろうか……。
「引っ越す先はね、隣町なの。アパートになるから狭くなるけど……新しくやり直しましょう。
きっと環境が変われば、よくなるわ」
ね?と笑う母さん。不安ながらも、頷く。
そうしてアパートへ引っ越してきた俺たち。
横領した犯人は未だ見つからず、ニュースに取り上げられることもなくなった。
新しい土地、心機一転頑張れると思っていた。
だけど──。
”ほら、噂の──”
”怖いわねぇ”
”この街から出て行ってくれないかしら”
新しい土地には、すでに噂が広まっていた──。
それは、転入した中学校でも同じだった。
生徒だけじゃなく、先生までもが俺を敬遠した。
「すまんな、父さんのせいで……」
夕食の時間、父さんがこぼす。
「あなたのせいじゃないわ。みんな、そのうち忘れるわよ」
「そうだよ。父さんがやったんじゃないんだから」
俺と母さんは父さんを励ます。
「だけど、父さんがミスしたりしなきゃ……」
「してしまったことを言っても仕方ないわ。今後、気をつければいいのよ」
「だけど、慎重派の父さんがミスするなんて、どうしたの?」
不思議だった。
父さんはとにかく細かくて、慎重で、何度も確認をしなきゃ気が済まない性格をしている。
そんな父さんが、そんな大きなミスをするとは、思えなかったんだ。
「いや……、父さんも、記憶が曖昧なんだ。
残業中、眠気が襲ってきて……その間にミスをしていて、気がつかなかった……。
言い訳のしようもない」
落ち込む父さん。
「あなた。
会社の方もこのまま居てくれていいと言って下さってるんだし、信用を取り戻して行けばいいわ」
「そうだな……」
損害を出した分は、会社の人が紹介してくれた金融会社から借りたらしく、返済をした。
その金融会社も無理な返済は要求せず、だいぶと親身な会社みたいだった。
責任を取って辞表を出した父さん。
だけど、会社側は辞表を受け取らず、もう一度挽回のチャンスをくれたらしい。
夕食を終え、父さんはお風呂へ、母さんは片付けをしていた。
俺はぼーっとテレビを見ていた、その時。
テーブルに置いていた携帯が鳴る。
ディスプレイに映る名前に、俺は即座に携帯を手に取った。
俺はリビングを出て隣の部屋に向かう。
「も、もしもし……」
『聖夜?』
「誠さん……」
久しぶりに聴く、声。
嬉しくて、叫びたい気分だった。
「ごめんね、なかなか連絡出来なくて」
コーヒーを入れてくれたあと、隣に座る誠さん。
次の土曜日に家においで、そう言われ訪れたマンション。
「大丈夫?……色々、噂聞いたから……」
心配そうな顔を浮かべ、覗き込んでくる。
「……うん、平気」
「……無理、しちゃ駄目だよ。
早く犯人が特定できれば、白川課長の噂も無くなるんだけど……ごめんね」
「誠さんが謝ることじゃないよ!……噂は、気にしない。
だって、父さんは、やってないんだから」
「君は強いね」
そう言って誠さんは俺を引き寄せ、抱きしめられる。
優しく背中を撫でる手に、安心した。
「でもね、聖夜。僕は心配なんだ。だから、僕には甘えて?」
体を離され、ね?と顔をのぞき込まれる。
「……うん」
「僕は、ずっと聖夜のそばにいるから」
近づく、気配。
反射的に、目を閉じる。
唇に、初めて他人の熱が重なった。
優しく触れて、離れていく。
目を開けると、猫目がちな瞳が、弧を描いていた──。
「ふぅ……」
湯船に浸かり、ボーっと天井を眺める。
無意識に、指が唇をなぞった。
──キス……
「したんだよな……」
あの後、恥ずかしさとむずがゆさと嬉しさがごちゃ混ぜになった俺は、誠さんをまともに見れず……。
そんな俺をクスクス笑いながら、時折優しい手つきで頭を撫でていた誠さん。
好き、なのかな。俺は、誠さんが、好き──?
好意は持ってる。
憧れもある。
「うーー……」
というか、なんで誠さんはキスなんかしたんだろう。
俺が好き?……こんなガキ相手にするはずないよな。
なぐさめ的な感じ?……そんな感じがする。
あー、だとかうー、だとか言って悩んでいると、早く出なさーい!と母さんの声がした。
「父さんは?」
リビングに行くと父さんの姿はなく、母さんがシャツにアイロンをかけていた。
「もうお休みしたわ。明日は休日出勤みたいだし。ここのところ遅くまで頑張ってるみたいだから」
最近父さんの帰りは遅い。体調壊さなきゃいいけど……。
「よし、おしまい。聖夜、コンセント抜いてくる?」
「ん?おっけ」
「ありがと」
シャツをつかみ、立ち上がる母さん。
するとその体が、傾く。シャツが床に落ちた。
「母さんっ」
慌てて母さんを抱き留める。
ゆっくりと座らせ母さんの顔をのぞくと、血の気の引いた顔をしていた。
「大丈夫よ」
「大丈夫じゃないよ、そんな顔して。俺がやるし、母さんはじっとしてて」
「わかったわ。ありがとう、聖夜」
アイロンを片付け、シャツをハンガーにかけクローゼットに。
それからあったかいお茶を入れた。
「はい、母さん」
「ありがとう」
さっきよりはマシになった顔色にホッとする。
「ねぇ、母さん。一回病院に行ってきたら?最近、ふらついてばかりだよ?」
「ただの貧血よ。若い頃、貧血症だったから……きっとそれね。ゆっくり寝れば大丈夫」
「でも……心配だよ」
「優しいわね、聖夜は」
「……もう。だったら、早く寝て」
「ふふっ、そうするわ。お休み、聖夜」
「うん、オヤスミ」
立ち上がり部屋を出て行く母さんを見送る。
もうふらついたりはしてなかったことに、安心した。
外を歩けば、相変わらず冷たい視線。
学校でも同じで、みんな避けるように俺には関わってこない。
だけど、俺は下を向かなかった。
だって、父さんは犯罪者じゃない。
それに、誠さんが、いる。
俺の心は、すっかり依存していた。
誠さんの、手に、腕に、温もりに。
母さんがスーパーでパートとして働き始めた。
父さんと俺は、度々貧血に見舞われる母さんを心配して働かなくてもいいと言ったが、母さんは頑として受け付けなかった。
逆に気晴らしになっていいと言い、毎日元気に働きに行っていた。
父さんはがむしゃらに働き、母さんは少しでも助けになるようにと働きだし、俺は積極的に家事をした。
5月も半ばを過ぎ、家族三人、頑張ってこの状況を生きていた。
世間の冷たい目、陰湿な陰口、根も葉もない噂。
これ以上、落ちようがないだろう、と明るい未来に向かって頑張っていた。
だけど神様は残酷で。見捨てることもあるんだ、と思わずには、いられなかった。
「誠さんのはめてる時計、カッコいいね」
誠さんのマンションを訪れ、色んな話をする。
そしてふと、いつも左腕にはめられている時計が目に入った。
シンプルなデザインの、だけどどこか高貴な感じが漂う時計。
「あぁ、これ?お気に入りなんだ」
「誠さんによく似合ってるよ」
「ふふっ、ありがとう。
そうだ、聖夜。君が高校に入学式したら、同じものをプレゼントするよ」
「えぇっ!?」
「同じもの、身につけてくれると嬉しいな」
「……いいの?」
「うん」
「……じゃあ、楽しみにしてるね」
誠さんはにこりと笑い、もうこんな時間だから帰りなさい、と言った。
用事があって送れないと眉を下げる誠さんに、いいよ、と笑う。
あ──。
ゆっくりと近づく気配。
重なる唇。
初めてキスをされてから、こうやって別れの挨拶をするのがいつもの流れとなっていた。
夜も12時を過ぎ、父さんと母さんはすでに寝入っている。
俺は携帯をいじりながら、布団でごろごろしていた。
時折、誠さんと交わしたキスを思い返す。
すると───。
ピンポーン、と来客のベルが鳴る。
こんな時間に、誰……?訝しく思っていると、再び鳴るベルの音。
布団から起き上がり部屋を出たら、父さんも部屋から出てきた。母さんも、部屋の中から外をうかがっている。
様子を見ている俺たち。突然、ガン!ガン!とドアを叩くけたたましい音が鳴り響き、俺は体を強ばらせる。
父さんは俺を見たあとそこにじっとしているように言い、ドアに向かっていった。
「……はい、どちら様で……」
「とっとと開けやがれぇ!」
響く怒鳴り声。
「聖夜……」
部屋にいた母さんも、俺の隣に並んだ。
カチャ……と鍵の開く音とともに、開け放たれるドア。
そしてスーツの男が二人、押し入ってくる。
「なっ、あんたたち……っ、うわっ!」
「父さん!」
「あなた!」
父さんの体が押され、飛ばされた。
「白川サン。これは、アンタのだよな?」
一枚の紙を広げ、父さんの前にかざす。
「それは、」
「借用書~。アンタのだよな?」
「た、確かにそうだが……」
男はニヤリと笑い、その紙をスーツのポケットにしまう。
そしてタバコを出した。
「てめーが借りたローン会社、潰れたんだわ。で、俺たちが業務を引き継いだわけよ」
カチン、とライターでタバコに火をつける。
「てめーが借りた、五千万。きっちり俺たちが徴収すっから。
今日は挨拶に来たんだわ」
タバコの煙を吐き出し、笑う。
「俺たちの徴収は前の会社みてーにあまっちょろくねーからな?トイチの利子はきっちり徴収させてもらうよ」
「トイチ……?」
「あ?んなもんも知んね~のかよ。十日で一割っつーことだ」
「なっ!そんなの、契約にない!」
「なーに、言ってやがる。そりゃ前の会社だろーが。今は俺たちがてめーに金貸してんだよ」
「そんなの、横暴だ……ぐはっ……っ」
男のつま先が、父さんのお腹を突いた。
「あなた!」
「父さん!」
叫ぶ俺たちを、ちらっと見るスーツの男。
「よーく考えな?てめーが払えねぇってんなら、家族に危害が及ぶかもなぁ?」
「……っ!」
「ま、今日は挨拶だ、邪魔したな。──逃げる、なんて考えんなよ?死にたくなけりゃ、な」
俺たちはただ呆然と、帰っていく男を見送った。
その日から、世間の目はいっそうひどくなった。
冷たい視線、陰湿な陰口。
大家も直接”出ていけ”とは言わないが、俺たち家族を疎ましく思っていた。
学校でも、理不尽な暴力、悪質ないやがらせを受けるようになった。
教室にいたくなくて学校にいる間、ほとんど図書室で過ごすようになった。
そんな俺に対して、教師は何も言ってこなかった。
父さんは会社には何も言わなかったそうだ。
自分のミスが招いた結果。会社の恩情で自分は会社を辞めずにすんだ。
これ以上、迷惑はかけられない。そう考えて。
父さんは夜間は警備のバイトへ行くようになり、母さんもパートの時間を増やした。
俺だけ、何も出来なかった。
はがゆくて、情けなくて。
でも父さんも母さんも、まだ子供のお前が気にする必要はない、と言ってくる。
誠さんに相談したかった。
だけど、会社には話していないと父さんが言っていたため、誠さんにそんな相談は出来なかった。
口数の少ない俺を誠さんは心配していたけど、何でもないよ、とごまかすしかなかった。
誠さんはただ俺を抱きしめ、”辛いときは僕を思い出して”と繰り返し言ってくれた。
どんなに辛くても、その言葉が、救いだった。
それに父さんも母さんも、どんなに苦しくて辛くても、決して弱音をはかなかった。
”今は辛くても、先には明るい未来が待ってるから”
父さんは、笑ってそう言った。
笑って、いたんだ。──なのに。
なんで、悲劇は起きるんだろう。
明るい未来に向かって頑張ってる人を、神様は、救ってはくれないのか。
だったら、もう──。
俺は、神、なんて信じない。
その日は、朝から雨だった。
じめじめした空気、不快指数は上がるばかり。
母さんは休みで、俺は学校をサボっていた。
そろそろお昼作ろっかな、と母さんがつぶやいた瞬間、電話が鳴り響く。
母さんが受話器を取った。
俺は、ぼーっとテレビを見ていた。
ガタン!という音に振り向く。
「母さんっ?」
受話器を落とし、座り込む母さんに慌てて走り寄る。
「母さん?大丈夫?母さん?」
母さんは震え、”あなた……”と繰り返しつぶやいている。
受話器を取り耳に当てた。
まだ繋がっていたようで、男性の声が聞こえる。
「もしもし……、え?あの、息子ですが、はい、─────え………?」
何を言っていたかは、よく覚えていない。
ただ、耳に残ったのは──
”亡くなられました”
────誰が?
”お父様が”
───なんで?
”飛び降りたようです”
産まれたときから住んでいた家が無くなった。
近所との交流が無くなった。
友達が無くなった。
父さんと話す時間が無くなった。
母さんの歌を聞く機会が無くなった。
家族三人出かける日が無くなった。
無くなったものは、沢山ある。
だけど、父さんと母さん。
家族が”あった”。
無くなった。
違う。
亡くなった。
無くなったものは、取り返せるチャンスがある。
だけど、亡くなった命は、もう二度と……戻ってこない。
なんで、どうして。
明るい未来が待ってるって笑った父さんが、なんで。
──自殺なんて、するんだ。
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