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籠の中 1
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二年ぶりに見る小笠原誠也。
怯える俺を見て心底愉しそうに笑う、悪魔。
この人の優しさに、思いをよせた。温かさに、惹かれた。
だけどそれは全て、この人にとっては…ゲームだった。
全て歪んだ瞬間の絶望は、未だ忘れることが出来ない。
俺は、人を好きになるのが怖くなった。もう誰にも心を許したくない、と思った。
誰にも惹かれない、二度と恋はしない、そう誓った。
こいつの意のまま──存在が、俺を縛った。
障子が開き、八澤が入ってくる。
それをチラリと見た後俺に視線を移して小笠原が笑みを浮かべ、頬を指先で撫でた。
ゾワリと背筋を冷たいものが流れ──嫌悪感が、募る。
「さて、次は君の質問に答えてあげるよ。
どうして僕が日本にいるのか、そしてこの屋敷にいるのか。役者も揃ったことだしね」
新、と八澤を呼ぶ。ファーストネームで呼ぶことに疑問を抱く。
八澤は小笠原のそばに座った。
「本当はね、まだ帰ってこれる状況じゃないんだ。
君に言ったように、最低でも五年はアメリカの支社にいなきゃならないからね」
俺は、自分なりにこいつの事を調べた。
こいつのことは思ったよりも簡単に調べられた。
小笠原財閥は俺が思っているよりも遥かに大きく、力が強かった。
小笠原財閥の嫡男であるこいつがアメリカ支社長に就任したことや、経営の立て直しに数年はかかるだろう、と専門雑誌に取りあげられていた。
だから、俺は少なからず安心していたんだ。
あいつはすぐには戻って来ない。
学園にこいつからの郵便が届いたときも、直接渡すことは出来ない状況にいるんだ、と。
だから、まだ逃げることが出来るはずだ、と。
「だけど君が随分楽しそうに学園生活を送ってるって聞いたからさ。どうしても日本に帰ってきたかった。
だから無理矢理日本企業との提携話を提案して、視察の為に一時帰国したんだよ。
それで今日本にいるんだ」
俺は、部屋の入口付近に座る鷺ノ宮を見る。
おそらく、こいつが……
「かしこい聖夜なら、もう関係性に気がついているでしょう?
鷺ノ宮くんは、僕の代わりに聖夜を見てもらっていたんだ。
鷺ノ宮くんとは付き合いがあってね。
君をどうやって僕のテリトリー内に入れておくか悩んだんだけど……まさか鷺ノ宮くんが通う学園に入ってくるなんてね。
自分から僕のテリトリーに入ってくるなんて思わなかったよ。
鷺ノ宮くんが君とデートすると聞いたときは少し妬いたけど……でも僕の代わりだと思えば、ね。
君の好きなものは変わっていなかったんだね。写真も、動物も、好きな食べ物も。
楽しかったでしょう?僕が考えたプランだったんだから」
その言葉に、目を見張る。
あの時鷺ノ宮に対して抱いた、違和感。
俺の好みを熟知していたんじゃない。全てこいつの言うままに動いていただけだったんだ。
「そして、僕がこの屋敷にいる理由は──簡単だよ。新と僕は兄弟だから」
「───え……?」
兄弟…?
まったく予想していなかった関係。理解が遅れる。
「と言っても、腹違いだけどね。
新は父が余所の女に手を出して産まれた子供。僕は正妻の子供。
兄弟なんだから別にここに僕がいても、不思議じゃないでしょう?」
そう言って笑う小笠原。
逃げてもいいと言ったはずなのに。
初めから、逃げる道なんてーーーなかったんだ。
話しの途中に小笠原の携帯がなり、少し会話をしたあとに残念そうに振り向いた。
「用事で出なきゃならなくなっちゃった。後は二人に聞くといいよ」
絡めとるように俺の唇にキスを落とし、小笠原は部屋を後にした。
そして今、目の前には八澤とぶしつけな視線を寄越す鷺ノ宮がいる。
「残念だったなぁ?逃げれなくてよ」
爬虫類を思わせる細い目を歪め、ククッと笑う八澤。
「初めからあいつは逃がすつもりなんかなかったんだよ。
急遽アメリカに飛ばなきゃならなくなったあいつは、ゲームをじっくり楽しめなくなったって、至極残念そうだったぜ」
「……なんで、アイツと繋がってるって言わなかったんだ。なんで関係のないふりをした」
「誠也が黙ってろってさ。自分が帰ってきたときにバラすんだって。
ずっと自分の監視下にあったんだって知ったときの、てめぇの歪む顔が見たかったんだとよ」
「うわー、誠也さんってえげつないすね」
鷺ノ宮がおっかねー!とケラケラ笑った。
「アメリカに行かなきゃならなくなったあいつは、まず金融会社を潰すように言ってきた」
「……潰す?あの会社は、あんたの傘下じゃなかったのか?」
「ちげーよ。ありゃ真っ当な会社だよ。
ま、てめぇの父親が好条件で契約できたのは、誠也が裏で金を渡したからだけどな」
「なんで、そんな事……」
「すぐに借金を返済させないためだとよ。借金があるうちは、嫌でも負い目を感じるだろ?
じっくりといたぶるのか好きだからなぁ、あいつは。
だけど、イレギュラーが発生した。アメリカ行きだ。
だから手っ取り早くゲームを進めるために、金融会社潰して、取り立てを厳しくして、てめぇら家族を追い詰めたんだよ。
あいつは俺に言った。”どんな方法でもいいから、聖夜を縛り付けろ”ってな。
初めは母親を使って脅そうかと考えたんだが……うまい具合に倒れてくれたもんだよ。
身寄りのないてめぇは、頼る大人がいねぇ。そこにつけ込んでやろうってな。
案の定、てめぇは自分の身を捧げた。母親のために、な」
「泣ける話だねー」
そう言いながらも、鷺ノ宮の表情は楽しそうだった。
「……鷺ノ宮先輩は、あいつとどういう関係なんですか」
「ん~…。ま、使いっぱしりってところかな?
三年前ぐらいに街でちょっとヘマやらかして騒ぎになったところを、誠也さんが助けてくれてさ。
これからも助けてあげるから、自分の代わりに動いてってさ。
問題起こしてももみ消してくれるから、すっげーラッキーなんだよねー」
これで納得がいった。
鷺ノ宮が問題を起こしても大事にならないのは、後ろにあいつがいたから、か。
「いつも遠くからしか見れなかったから、ようやく間近で見ることができたよ。
知ってた?君が商売を始めたときから、君を見てたんだ。
遠くからより、近くで見た方がいいね。綺麗すぎて、引き込まれそう……」
近くまで寄ってくると、頬に手を滑らせた。
顔を背け、その手から逃れる。
「止めとけ、綜史。誠也より先に手をつけるとへそを曲げるぞ」
「ははっ。誠也さんは敵にまわしたくないしね。
さて、帰ろっかな。またね、白川くん」
鷺ノ宮はひらひらと手を振りながら、部屋を後にした。
「おい、坊や。てめぇは部屋に戻ってろ」
俺は無言で立ち上がり、八澤の前を通り部屋を出る。
嫌でも覚えている、この屋敷。素晴らしい造りなんだろう日本庭園。だけどそれに感動する余裕は、心にない。
廊下を何回か曲がり、着いたのは屋敷の中でも一番奥にある、窓もない部屋。
明かりもつけず、部屋の隅にうずくまる。
「……っ、」
ずっと握りしめたままだった掌(てのひら)。
爪が食い込んだ痕に、うっすらと血が滲んでいた。
小笠原の幻影。八澤の偽の借金。鷺ノ宮の監視。
それぞれの点が線で繋がり、面となる。
その面の中に、俺はいたのか。──ずっと。
ずっと俺は、囲われていた。……小笠原に。
どれくらいの時間が経ったんだろう。
ただぼーっと爪跡が残る掌を眺めていた。
近づく足音に、顔を上げる。
障子が開き、入ってきたのは八澤だった。
「なんだよ、明かりもつけねーで」
急に眩い光が目に入り、顔をしかめる。
明るさに目が慣れ、俺は目の前に立つ八澤を見上げた。
嫌な笑みが目に入る。この、顔はーーー。
「……何の、用だ」
この、笑みは、嫌だ。心臓が嫌な音を立てる。
「誠也が今日は遅くなるってよ」
「……そう」
わざわざそれを言いに来たのか。早く、出ていけ。
そう願っている俺をあざ笑うように、八澤は口の端を上げ笑う。
「代わりに、遊んでやれってよ」
「──っ、」
思わず後ずさった俺の腕を、八澤の手が掴んだ。
「っ、や!触るなっ」
「はっ。今更、何言ってんだよ」
畳の上に倒され、押さえつけられる。
「久々に遊んでやるよ、坊や」
「いや、やめ……っ」
「てめぇだって、覚えてんだろ?」
片方の手で顎を掴まれ固定される。ギラギラした瞳が、俺を捕らえた。
「ハジメテの野郎の味はよ」
「──っ、」
二年前、中学二年生の夏の始まり。
俺は、こいつに、抱かれた。この、部屋で。
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