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狂愛
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「だいぶ薄くなっちゃったね、ここ」
左手首にうっすら残る傷跡に舌を這わせながら、クスクスと笑う。
この傷を見つけたこいつは。
”僕も見たかったなぁ。母親を亡くし、絶望に打ちひしがれる聖夜を。
きっと美しかっただろうね?この傷から滴り落ちる赤い血は。
死にたくなったら、僕を呼ぶんだよ?君の血だって、僕のなんだからね?”
そう言ってぞくりとする笑顔を浮かべたんだ。
「君は僕のだ。傷をつけるのも、血を流すのも勝手にしちゃだめだよ?」
怖い。こいつが、怖い。
「……なんで、そんなに……」
「執着するのかって?」
止めた俺の言葉を引き継ぎ、ふふっと笑う。
「理想の人形なんだよ、君は。
銀髪も翡翠色の瞳も、白い肌も均整のとれた体も声も何もかも。
こんな美しい人形は見たことがない。
僕はね、美しいものが歪む瞬間が好きなんだ。
傷つき、壊れていく様に堪らなく快感を感じる」
──狂ってる。
「君は、今までで一番のお気に入りだ」
──じっくり、じっくり…壊してあげるよ──
そう耳元で囁き、俺の顔から血の気が引いていることを満足そうに眺めてから、部屋を出ていこうと立ち上がる。
部屋の前に待機していた八澤に何かを告げ、軽く頷いた八澤が入ってきた。
じっと俺を見たあとに、ニヤリと笑う。
「今日はひどくしてやれだとよ」
その言葉に、俺は長い地獄が続くことを悟った。
後ろには玩具を入れられ、前は根元を紐できつく結ばれ、後ろ手に縛られた状態で畳の上に転がされていた。
必ず飲まされる媚薬。
いつもより体が熱い。
せき止められているモノはじわりじわりとしか放つことが出来ず、狂おしい。
「苦しそうだなぁ、オイ」
壁にもたれかかり、酒をあおる八澤。
俺を眺めるその顔には、笑みが浮かんでいる。
──歪んだ笑みが。
「なぁ、何で誠也がてめぇを抱かねぇか教えてやろうか」
八澤はグラスをテーブルに置くと懐から煙草を取り出し、火をつける。
薄闇の中、煙草の先端に赤が灯った。
「誠也はな、人形が壊れた時抱くんだよ。
そして抱いたらもう用済みだ。さて、誠也に飽きられた人形はどうなると思う?」
問いかけておきながら俺からの答えを待つことも催促をすることもなく、言葉を続ける。
「人にやるんだよ。
”僕が可愛がっていた人形です、でもいらないから、あげる”ってな。
誠也から解放されても”人形”は続く。
廃人になるヤツもいりゃあ、バラされて臓器を売られるヤツもいる。
もちろん、自ら命を絶つヤツもなぁ?さて、お前はどうなるだろうなぁ?」
──歪んだ人形遊び。腐りきっている。
「まぁ、俺としてはーーー」
そこで言葉を止めた八澤の顔から、突然笑みが消えた。ゆらりと狂気が孕む。
「死んでくれりゃ嬉しいがなぁ」
ゆらりと立ち上がったハ澤。
「なぁ、坊や」
俺の頭の横に片膝をついたハ澤は、俺の髪を掴み上に引っ張り顔を上げさせた。
「ぐ、ぁ──っ、」
「死にてぇなら、殺してやるよ。今すぐにでもなぁ」
目の前に迫った顔。瞳に宿る、狂気。
「だが飽きる前に殺しちまうと、誠也が不機嫌になっちまうからなぁ。
生殺し程度で我慢しなきゃなんねぇ」
そう言って指に挟んでいた煙草を口にくわえると、空いた手を俺の首にかけた。
「ぐぁ、は……っ」
力が入り、喉を圧迫され、息がつまる。
「でも、殺したくて殺したくて仕方ねぇ。てめぇら人形を。誠也が気に入るヤツらを」
「───っ、」
息が、できない。苦しい。
──狂気が、俺を包む。
「一番の、お気に入り、ね。……気に入らねぇ。気に入らねぇっ。気に入らねぇ!!」
生理的な涙が溢れ出る。
視界が霞む。
汗が噴き出る。
死を覚悟した、瞬間──
「──がはぁっ、げほっ、」
髪と首から手が離れ、床に崩れ落ちた。
一気に空気が気管に流れ込み、激しくむせる。
まだ息の整わない俺をうつぶせにし、腰を掴みナカに埋まる玩具を取り払ったかと思うと、八澤は自分の中心を一息に埋めてきた。
「がっ、うぁ……っ、は、かはっ……」
死の恐怖から解放され忘れ去られていた媚薬による熱が、少しずつ再び灯りだす。
「てめぇに突っ込むなんざ、虫酸が走る。
だが、てめぇの初めてを奪ったのも今も、誠也の命令だから仕方ねぇ。
俺ぁ、あいつには逆らえねぇ」
後ろ手に縛られているため、体を支えるのは、頭のみ。
乱暴に突かれるたびに、こめかみがこすれ痛む。
「あいつの為なら、憎いヤツも抱く。
人だって殺せる。
死ねと言われたら、喜んで死ねる。
誠也の望むまま、誠也が喜んでくれるなら」
小笠原に執着し、崇拝するがごとく言葉を並べる八澤。
それは──歪んだ、愛情。
「だから、誠也がてめぇをもういらないと言ったときは──」
視界が反転し、仰向けに転がされる。
体に、白濁が飛んだ。
意識が朦朧とする。
そんな中、八澤の憎しみのこもった瞳と視線が重なる。
「───容赦なく地獄を見せてやる」
そこで俺の意識は──途絶えた。
目が覚めると部屋には誰もおらず、腕は解放されていた。
体に残る情事のアト。着物や畳にも、同様のアト。
のろのろと起き上がりブランケットを掴むと、それを羽織り風呂場へ向かう。
きっと風呂に入っている間に、組員の誰かが部屋を掃除しているだろう。
常に誰かが見張りについている。
頭からシャワーを浴び、思うのは小笠原からの執着、そして八澤の執着。
さすが兄弟と言うべきなのか、狂った精神の持ち主たち。
一体なぜ、八澤はあんなに小笠原に執着するのか。
兄弟を思う気持ちとは違いすぎる、歪んだ愛情がそこにはあった。
目の前にある鏡を見る。
首にかすかに残る、指の跡。
手をかけられた瞬間を思い出し、身震いした。
部屋の前、人の気配に障子を開ける手を一瞬止める。
障子を開けると、そこには予想に反した人物が座っていた。
「やぁ、白川くん。久しぶりだね?」
こっちを見てにこやかに笑うのは──鷺ノ宮。
「君がここにきて二週間が経つけど、どう?調子は」
ニコリと笑い、問いかけてくる。
その問いに、眉間にシワが寄ったのが自分でも分かる。
「あっは!嫌そうな顔。
誠也さんにさー、俺もヤリたいって言ってんのに、君は駄目、なんて言うんだよな。
八澤さんはいいのに」
ちぇー、と子供のように口を尖らせる。
まるでオモチャを貸してくれないことに、拗ねているように。
そんな鷺ノ宮に、吐き気がする。
「学園は夏休みに入ったよ。
君が突然居なくなったこと、みんな気にもしてないよ?
あぁ、でも中には身を寄せ合って、心配そうに君の話をしている子たちもいたけど」
そう言って、何かを企んでいるような顔で俺を見た。
「ほら、木崎に矢追。あ、あと町田に高遠、一色。
君が仲良くしていた子たち。すごく、心配してるみたいだよ?」
俺はじっと鷺ノ宮を見た。
「誠也さんには、必要最低限として仕方なしに友人として接していたって言ったんだって?
自分は友情なんて持ちあわせちゃいないって。
ははっ、笑える。必死だね?守ろうとして」
拳をぐっと握った。
我慢しろ。こいつを殴っても、いいことなんか、ない。
「俺が言ったら、どうなるかな?
”白川くんは友情なんてないって言ってるけど、周りは違うみたいですよ”って。
”白川くんが心配で仕方がないみたいです”って。
”もし白川くんがあの子たちに会ってしまったら、絆されてしまうかもしれませんね”って。
”あの子たちは白川くんが好きみたいですよ”って。
言ったら、誠也さんは、潰しにかかるかな?」
ギリ……っと唇を噛む。
「守ろうとしたもの、なくなっちゃうかもね?」
「何が、言いたい──っ、」
軽い口調で告げる内容は、脅しだ。
「あ、わかっちゃった?ははっ。頭、いいもん当然か。
なに、単純な話だよ。今、誠也さんは君に執着してる。だから、俺は手を出せない。
俺は君に興味がある。君みたいに綺麗な子、初めて見たしね。
誠也さんはいつか君に飽きたとき、誰かにあげるよね?その時、俺が欲しいんだ。
だから、君はその時言うだけでいい」
俺のそばまで寄ってきた鷺ノ宮は、指先で俺の頬をするりと撫でた。
「俺の人形になりたい──って、ね」
こいつの目に、狂気が孕む。
「あ、八澤さんに殺されないでね?ちゃんと足掻くんだよ?」
そう言って、部屋を後にした。
ゴロリと寝転がり、天井を見上げる。
浮かぶ、みんなの顔。
友達なんて、作る気はなかった。
転校した中学でも噂話は絶えず、みんな俺を遠巻きにした。
そんな中で友達なんて出来るはずもなかった。そして、これでいいんだ、と思った。
だけど、なんの先入観も持たず、見た目で判断せず、周りに感化されることもなく接してくれた純や亮平。
そして奏に肇、葵。
小笠原から逃げれるとたかをくくっていても、それでも危惧していたはずなのに。
誰にも心を許さず、一線引いてきたはずなのに。
みんなと過ごす時間が楽しくて、嬉しくて。
その居心地のいい空間に、甘えてしまった。
言うことを聞いていれば、みんなを守れるだろうか。
お願いだから、みんなに牙を向けないで。無力な俺は、ただ願うことしか、できない。
海に行く予定、だったのにな。
デザート制覇、しなきゃなのに。
組み手、やりたかったな。
スイーツの店、楽しみだったのに。
約束、守れそうに、ない。
「ごめ……、みんな……ごめんな…っ」
俺の言葉は──届かない。
狂気に包まれた空間で、俺は泣いた──。
──声を、殺して。
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