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想いのすべて
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ひとしきり泣いた俺は、隆盛のぬくもりに少しずつ落ち着いて行く。
俺がようやく落ち着くと、隆盛はナースコールで俺が目覚めたことを告げた。
しばらくすると、木宮センセイが病室に入ってきた。
「良かった……聖夜くん」
センセイは安心したように微笑み、そして瞳孔や胸の音やなどを診察される。
「うん。大丈夫そうだね。次は傷見るよ」
その言葉に、隆盛の眉間に皺が寄った。
それを気にしながら、俺はセンセイに言われるがままじっとしていた。
包帯を外され、ガーゼを取られる。
じくじくと、痛む傷。
下を向くと、左のわき腹に二カ所。
「かなり出血していたからね。一時は危なかったんだよ?」
センセイのその言葉に、あの真っ暗闇な世界で母さんが、こっちに来るなと言ったことを思い出した。
もしかしたら、父さんと母さんが守ってくれたのかもしれない。
「っ……、」
傷口に消毒液をふくんだガーゼか当たる度に、ビリ、ビリと痛む。
自然と歯を食いしばり、息を詰めた。
新しいガーゼが当てられ、包帯を巻かれる。
「うん、おしまい。じゃあ、ちょっと質問するね。気持ち悪い、とか吐き気とかはない?」
「はい」
その他にもセンセイの質問に答え、渡された体温計で熱を計り、カルテに記入していくセンセイ。
「しっかりご飯を食べて、しっかり寝ること。いいね?」
そう言ってセンセイは病室を出て行った。
俺はさっきから眉間に皺を寄せたままの隆盛をチラリと見る。
……なんだか、機嫌が悪い……ような……?
だけどどこか思いつめた表情をする隆盛。
「隆盛……?」
呼びかけると、俺の手を取りギュッと握った。
「……傷、痛むか……?」
「……ん……まぁ、じくじくするけど……薬効いてるのか、大丈夫」
「そうか……」
そう零したあと、隆盛は黙り込む。
俺もどう言葉を繋いでいいか分からず、口をつぐんだ。
訪れる静寂。
「すまなかった」
そんな静寂を破った、隆盛の突然の一言。
「……?」
どうして隆盛が謝るのか分からず、首を傾げる。
そんな俺を見つめ、そして辛そうに顔を歪めた隆盛はぽつりと漏らした。
「……お前を、守れなかった……」
「隆盛……」
「……俺のツメが甘かったからお前を……っ」
俺の手を握る隆盛の手に、力が入る。
「……俺が、刺されてりゃ良かったのに……っ!
すまない、聖夜。俺は……っ」
「隆盛」
俺は隆盛の手を力いっぱい握り返した。
「ごめん」
俺の言葉に、今度は隆盛が戸惑った。
「心配かけて、ごめん」
辛そうな表情から。
手を握ってくる力強さから。
自分を責める言葉から。
ものすごく心配をかけたことを、悟った。
「だけど、隆盛。俺だって守りたかったんだよ」
「聖夜……」
「それに隆盛は、たくさん守ってくれた。
だから、自分を責めないで。お願いだから 」
そう言うと隆盛はぐっと目を閉じ、そしてゆっくりと目を開けると俺頭を撫で、わかった……と頷いた。
「だけど……もう二度としないでくれ。あんな姿を見て、俺は生きた心地がしなかった。
頼むから……」
今度は俺がわかった、と頷き返す。
すると安心するように目を細め笑った隆盛。
頭を撫でていた手は頬をすべり、そして親指がスルリと唇を撫でた。
だんだんと隆盛の顔が近づいてくる。
一瞬、流されかけた俺。
だけど寸でのところで思いとどまり、隆盛の唇を右手で抑えた。
「……何だこの手は」
「う、いや、だって……」
俺は目を反らして下を向く。
隆盛は自分の口元を押さえている俺の手をそこから外し、ギュッと握った。
頬を撫でる手は、そのままにして。
「聖夜」
「……なに」
下を向いたまま、言葉を返す。
「顔を上げろ」
催促をするように、頬をくすぐる手。
俺は少し躊躇ったあと、そろりと顔を上げた。
じっと俺を見つめる、黒い瞳。
ドクン、と胸が鳴る。
「聖夜。俺はお前が好きだ」
「……っ!」
突然の、言葉。
「お前を縛るものは、もうない。だから、お前の気持ちを聞かせろ」
俺の、気持ち……。
『あなたの、その気持ちを隠さず伝えてみなさい』
母さんの言葉が、浮かんだ。
「……言う……言うから……手、離して……」
隆盛は頬から手を離し、椅子に座り直した。俺の右手を握る手は、離さずに。
ぬくもりのない左手でシーツをキュッと握り、口を開く。
「……隆盛。
俺は、お前に相応しくない。俺は、汚れてるから。
色んな男に抱かれて、金をもらってきた。だから……」
「聖夜」
俺の言葉を遮り、名前を呼ぶ。
「お前の過去を、俺は知ってる。
たけど、前にも言ったな?お前は、汚れてなんかない、と」
隆盛の目の前から消えると決めた、あの日。
隆盛は、確かにそう言ってくれた。
「お前は、自分を戒めてきた、と言ったな。
自分で戒律を作り、決して染まらないように、慣れてしまわないように」
シーツを握りしめる俺の左手を、隆盛の大きな手が上から包んだ。
「そうやって歯を食いしばりながらも、母親の為にひとり頑張ってきたお前を誰が責められる。
聖夜。過去は過去だ。
確かに、お前を抱いてきた奴らには嫉妬する。だけどな、お前を嫌悪したりはしない。
それに、お前がこの街に来なければ、俺はお前に出会えなかった。
過去があるから、今お前に出会えたんだ」
「……っ、」
隆盛の手に、力が入った。
俺の手を包み込んでしまう、大きな手。
そして何か思いついた表情の隆盛。俺を見て、笑う。
「聖夜。お前は、俺を”黒”だと言ったな?」
唐突に投げかけられた、問い。
隆盛の前から消えようと決意したあの日、俺は確かにそう言った。
何にも染まらない、揺るぎない、黒。
なぜ今それを問われるのか戸惑いながらも、コクリと頷く。
「俺は、お前が汚れてるとは、思わない。
だけど、お前が自分は汚れてるというのなら……」
そこで言葉を区切り、隆盛の右手が頬へと伸びてきて、優しく撫でられる。
「俺が、黒く染めてやる。
お前が言った、俺の”黒”で。
お前が言う”汚れ”なんて分からなくなるぐらいに。
俺の色で、お前の”過去”を、染めてやる」
その言葉に、俺は目を見開き体を震わせた。
「聖夜。
俺は、お前の”過去”は受け入れてる。そして俺は、お前の”未来”が欲しい」
「……っ!」
コトリ……と。
隆盛の言葉に、心が動いた。
「聖夜。好きだ。
お前が、好きだ」
真剣な、その瞳。
もう、恋なんてしないと誓った。
だけど、誓いとは裏腹に、惹かれていく自分がいた。
気持ちを告げることは、ないと思っていた。
どうしても、過去の自分を赦せなかったから。
だけど──……。
隆盛が言ってくれた言葉の数々が、俺の心にするすると入っていく。
そして、溢れる、想い。
言いたかった、二文字の言葉。
言えなかった、二文字の言葉。
「──……、き……」
言ってもいいの?
告げてもいいの?
「──…す、き……」
止まらない。
言葉にしてしまうと、もう止まらない。
「─…好、き……隆盛が、好きだよ……っ……」
想いが溢れる。
唇からも、瞳からも。
「……ふ、……す、き……りゅ、せ……っ…」
もう片方の頬にも、隆盛の手が添えられた。
両頬を包まれ、親指が優しく涙を拭う。
「……好き、隆盛、す──」
何度目が分からない、”好き”の言葉が、隆盛の唇に吸い取られた。
「……ん、……ふ、」
最初は軽く、そしてだんだんと熱を増していく、キス。
与えられる口づけ。
俺は、夢中で追いかけた。
唇から、隆盛に想いが伝わるように。
「……ん、ふ……ぁ、」
クチュクチュ……と舌を絡め合う音が、病室に響く。
長い間、交わしたキス。
離れた唇の間に唾液が一筋銀色に輝き、プツンと切れた。
傷に障らない程度に、ギュッと抱きしめてくる隆盛。
肩に頭を預け、隆盛の服の裾をキュッと握った。
「聖夜……」
耳元をくすぐる、心地よい低音。
「お前は覚えていないだろうが──俺はお前に囁いたんだ。
お前を呼び出した、あの夜に。俺に、堕ちろ──と」
体を離し、俺の顔を覗き込む隆盛の瞳をじっと見つめる。
「やっと手に入れた。もう、離さない」
隆盛の黒い瞳が、煌めいた。
それを目にした瞬間、心がざわめく。
鼓動は高鳴り、痺れをもたらす。
──あぁ。そうか。
俺は、最初から──。
「……堕ちてた、みたいだ」
「ん?」
「初めて、隆盛に出会ったときに。俺は、堕ちてた。
隆盛の、その黒い瞳に。とっくに、──んっ、……」
──堕ちてたんだ。
俺の言葉は、発するまえにまたしても隆盛の唇に吸い込まれた。
その日、俺は。
隆盛と数え切れないくらい──キスを交わした。
手から、腕から、胸から、背中から、唇から──隆盛すべてから伝わる熱。
泣きそうなくらい、幸せを感じた。
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