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穏やかな日々 4
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「そうか……。お前を助けてくれたのかもしれないな」
「俺もそう思った。あっちの世界に来ないように、止めてくれたように思う」
隆盛を見上げる。
「言われたんだ、母さんに。
”過去に捕らわれて、未来を諦めてしまうな ”って」
俺は隆盛の頬に手を伸ばした。そして黒い瞳を覗き込む。
「確かに、俺は未来を諦めてた。
でも、隆盛が言ってくれたから。
ずっと自分を赦せなかった俺に、過去は受け入れてるって。未来が欲しいって。
だから、俺は隆盛との未来をみたいと思ったんだ。
ありがとう、隆盛。俺を見つけてくれて、助けてくれて、好きになってくれて」
「聖夜……」
隆盛の腕にそっと包まれ、胸の奥か聞こえる鼓動に耳を寄せる。
そしてこの所ずっと考えていたことを口にした。
「……俺さ。偽るの、止めようかと思って。……素の、本来の姿で、太陽の中を歩きたい」
この街に来てから、自分の本来の姿で歩くのは、いつも闇の中だった。
”白夜”はもういない。
”白川聖夜”として、前を向いて生きたい。
「少し、怖い。もしかしたら、”客”に会うかもしれない。汚い自分を、指摘されるかもしれない。
だけど、隆盛がいるから──強くなれる気がする。
それに、母さんが言ったんだ。”正直に生きて”って。だから、偽るのは、もう止める」
隆盛の腕が、優しく背中を撫でた。
「そうか。お前がそう決めたなら、そうすればいい。
かつての客たちがお前を見つけて何かを言ってこようとも、俺がずっとそばにいてやる」
眠くないと思ってたのに。
隆盛の温もりが優しくて。
背中をなぞる手と、胸の奥から聞こえる鼓動に誘われるかのように、俺はいつの間にか眠りに堕ちていた。
「いつから学校来るんだ?」
「月曜から行く」
今日は土曜日。
隆盛は朝から用事で出掛けていき、昼から部屋に亮平と純が遊びに来た。
自宅療養ならぬ寮療養?も日曜で終了。
ようやく隆盛から登校オッケーが出た。
「聖夜が来たら、言ってる間に青藍祭だね」
ねこじゃらしでマメと遊ぶ純。
そう。
二週間後の金、土、日と3日間、学園祭である、通称青藍祭が実施される。
各クラス、催し物をしなければならないらしい。
「俺らのクラスってお化け屋敷するんだっけ?」
「そうだよー。めちゃめちゃ怖いお化け屋敷にするんだ」
ニッコニコと楽しそうに話す純。意外にも純はホラー系が大好きで、今回は大張り切りだ。
「空き教室二つ使ってやるから、けっこう長いぞ。今装飾真っ最中。リアルですげー怖い」
亮平もホラー系は大得意。ニヤリと笑って楽しそう。
なんでも、クラスの中に特殊メイクやリアルなセットを造るのがウマい奴らがいるらしい。
テレビや映画のセットを造らせたら右にでるものはいない、とまで言われている人物が父親だったり、海外でも活躍する有名特殊メイクアップアーティストが母親だったり。
しかも、自身も俳優として活躍する舞台脚本家が父親な奴もいるため、演出なんかもやたら凝っているらしい。
「準備大変だけどね~」
「放課後居残りだもんな」
「へぇー。そんな本格的なんだな。ま、頑張って」
自分のクラスのことなのに、他人事のように応援する。
だって、俺はクラスの催し物には参加しないし。というか、出来ない。
「生徒会は何するんだ?」
「さー?知らないんだよな」
「そうなの?」
「隆盛に聞いても、相楽先輩に任せてあるから知らんとか言うし」
生徒会は毎年、生徒会だけで何かをするらしい。
しかも、何をするかは生徒たちからアンケートを募る。
アンケートの結果、上位三つの中からどれかを生徒会で選ぶみたいだ。
「今年は何だろうねー。
去年は今の三年が生徒会メンバーだったけど、その人たちはショーみたいなやつをやったみたいだよ。
色んなダンス入れて、すっごいかっこよかったみたい」
「へぇー」
「何するか楽しみだな。でも先に、聖夜を見た他の奴らの反応が楽しみだけど」
「だよねー!月曜日はすごい騒ぎだね!」
亮平と純は顔を見合わせて笑っていた。
二人にも、もう変装はしないで素で過ごすと話してある。
もちろん、奏や肇、葵にも。
葵は泣いて喜んでた。うん。ウザかった。
「生徒会で何やるか分かったら教えてくれよ。聖夜のとこ見に行くし」
「うん」
「聖夜もお化け屋敷来てね!」
純。きらっきらな笑顔だな。そんなに好きか、お化け屋敷。
だけど。
「イヤ。行かない」
「へ?」
「は?」
即答した俺を見て、なんで?って顔を向ける二人。
「絶対行かない」
そんな二人を見ながら、再度断言する。
何が何でも、行かない。
自分のクラスがお化け屋敷をすると聞いて、生徒会はクラスの催し物には参加しないことに、この時ばかりは生徒会で良かったと心底思った。
もしクラスの催し物にも参加だったとしたら、俺は学園祭が終わるまで登校拒否をしていただろう。
「……聖夜さ、もしかして」
「苦手なの……?」
亮平の言葉を、純が引き継ぐ。
いやいや、純。違う。
「苦手じゃない」
そうだ。苦手じゃない。
そんなもんじゃない。
「嫌いだ」
というか、大っ嫌いだ。
お化けとか意味わかんねー。
死人がでしゃばってくんな。
血、流して笑ってんなよ。
目ぇ見開いたまま迫ってくんな。
色、白いんだよ、体、半分消えてんだよ、何してんだよ。
つーか、怖いんだよ!
人脅かして何が楽しいんだ。
想像しただけで、泣ける。
そう力説すると、二人は目を点にして、その後何故か俺の頭を撫でた。
「半泣き……かわいくね?……会長が知ったら、無理やり連れてきそう」
「うん、かわいい。
あー…うん。あの人、Sっ気あるもんね。聖夜の反応とかで楽しんでそう」
頭の中に広がってしまった恐怖を祓うことに集中していた俺。
そんな俺を見ながら二人がそう囁きあっていたなんて、まったく気づいちゃいなかった。
日曜日。
今日は隆盛も外出する用事はなく、1日寮にいるみたいだ。
と言っても、朝からずっとノートパソコンとにらめっこしてるけど。
そんな隆盛にもたれながら、俺は隆盛の部屋にあった本を読んでいた。
定位置のように、マメはあぐらをかいた俺の足の中で丸まっている。
療養中の生活は、もっぱら読書。
寮から外出禁止って言われてたし、暇だし、本棚に並んである本左から順番に読み漁っている。
隆盛の持ってる本、小難しいのばっかなんだよな。
主に政治経済関係。
英語は読めるが、ドイツ語、イタリア語、フランス語、中国語なんかもあった。
さすがに英語以外の本は読めないしとばしたけど、隆盛、お前何カ国語話す気だ。
文字を目で追っていると、上から声がかかる。
「聖夜、昼何食べたい?」
そう聞かれて、本から目をあげ、時計を見る。
もう11時半か。
「んー…パスタ!クリーム系の」
「ん」
少し考えたあと答えると、頭をくしゃっと撫でられ、隆盛が立ち上がる気配。
隆盛から背中をソファの背もたれへと移す。
隆盛の姿はキッチンへと消えていった。
なんと隆盛は料理が得意。
寮へと戻ってきて、隆盛がご飯を作ってくれた時は意外すぎて、思わず隆盛と料理を交互にガン見してしまった。
隆盛が昼出掛けていないときは、ちゃんと作っていってくれたりする。
なんつーか、隆盛って意外と過保護。
そんでかまいたがり。
人をイジるのも好きだが、甘やかすのも好きっぽい。
なんか、こう真綿でぐるぐる包まれてるような気になってくる。
それが、こそばゆい。
いや、ま、嬉しいんだけど。
甘えられる存在がいるってゆうのは。
「んまい」
「そら良かった」
鮭とほうれん草のクリームパスタ。
マジうまい。
「昼過ぎに祐輔が来る」
「何しに?」
「お前に話があるらしい」
「俺?なに?」
「祐輔が話す」
「ふーん」
その後黙々とパスタを食べ、食後のコーヒーを飲みながらゴロゴロしていると、部屋のベルが鳴った。
「お邪魔します」
「おじゃま~」
にこやかな笑顔で現れたのはやはり相楽先輩で、後ろには木宮先輩もいた。
そして。
「すまないね、休みのとこ」
「……理事長?」
相楽先輩と似た笑顔で現れた理事長。
「白川くん、君に話があるんだ」
向かいのソファに座り、そう切り出した理事長。
「はぁ…」
なんだろ?
首を傾げると、ふっと笑う。
「君の後見人に、私がなろうと思ってね」
「へ?」
唐突な内容に、思わずマヌケな声が出た。
「君はまだ学生だし、大人が対応しなきゃいけない場面は色々とあるだろう?」
「……いや、まぁそうですけど……なんでわざわざ理事長が……」
そんな事をしてもらう縁も義理もないのに。
言葉を返せない俺を見て、横から相楽先輩が口を挟む。
「深く考える必要はないよ。
この人、初の特待生だからさ、白川くんを気に入ってるんだって。
後見人だって喜んでなるって言ってるし。
めんどくさいことをやってくれる、人のいいオッサンぐらいに思ってればいいんだよ」
いやいやいや。オッサンって。
相楽先輩、自分の親に向かってオッサンって。
「まぁ、祐輔の言った通りだよ」
ニコニコと人好きのする笑顔で頷く理事長。
オッサン呼ばわりはスルーなのか。
「……確かに、そうしていただけると助かりますけど……」
いいんだろうか、本当に。
窺うように理事長を見ると、ニッコリ笑い頷いた。
「じゃあ、決まりだ。
私がいろいろとやっておくから、白川くんは気にしないでいいよ。
明日から登校するんだよね?くれぐれも、無理しないようにね」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
頭を下げお礼を言うと、理事長はこちらこそ宜しく、と俺の頭を撫でた。
その後理事長は帰っていき、部屋には相楽先輩と木宮先輩が残る。
「ホントはね、白川くんを息子にしよう!って勢いだったんだけどね」
「ゲホっ……はい?」
優雅に紅茶を飲みながら片方の手でマメの喉をくすぐる相楽先輩からのビックリ発言に、むせた。
「ま、それでもいいんだけど」
相楽先輩はふっと笑って俺を見た。
……え、なに。それって相楽先輩がお兄ちゃん?
うわ、なんか逆らえなさそう。
「ねぇ、白川くん。”祐輔お兄ちゃん”って言ってみて?」
きらっきらスマイルで首を傾げながらそんなことを言い出す先輩。
「……祐輔、お兄ちゃん……?」
いや、有無を言わさない笑顔って、あんなのを言うんだと思う。うん。
「うん。いいかも」
「いーなー!俺も!俺もお兄ちゃんって呼んでー!」
満足そうに頷く相楽先輩、自分を指差して叫び出す木宮先輩。
何がしたいんですか、あんたたち。
「ズルいズルいー!俺もお兄ちゃんって呼ばれたい!」
「明良はお兄ちゃんじゃないし」
いや、相楽先輩も違います。
「えー。じゃあしろっちウチの子にする!」
「もう俺のとこがもらったし」
木宮先輩まで何言い出すんですか。
いや、だから違いますって、相楽先輩。ってか犬や猫か、俺は。
と、心の中でツッコミを入れていたら。
「お前ら、うるさい。何の話をしてる」
と、隆盛の一喝が入った。
そうだよな、色々間違ってるよな、二人の会話。
「聖夜は俺のだ。誰がやるか」
……いや、お前もか。そこ張り合わなくても。
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