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眠らないまま朝を向かえ、時間になるのを待って俺は銀行へ行き金を用意した
その足でホームセンターに向かい、買い物をして家に戻って来た
幸いこの家の隣は片方が空き家でもう片方は老人夫婦が暮らしていた
買って来た軍手をはめて、まずは庭の草むしりから始めた
クソ暑い真夏に外で草むしりか
暑さで眩暈がしそうだ
「葵ちゃん?」
「こんにちは」
「あらあら、大きくなったわねぇ」
塀越に声をかけてきたのは洗濯物を干しに来た隣のおばあさんだった
俺は、慌てず立ち上がり挨拶をした
「お久しぶりです」
「本当に久しぶり・・・・お母さんは旅行かしら?最近ずっとカーテンが閉まっていたから気になって」
なるほどね
闇金屋に見つからないようにしていたわけか
でも、逆にそれがよかったみたいだ
「はい、今は親戚の家に」
「そうだったの、旦那さんが亡くなられてからあまり話をしなくなったものだから」
「そうでしたか」
「それで葵ちゃんは何をしているの?」
「実は突然母から電話が掛かって来て」
「電話が?」
「暇な時に庭の草をむしって郵便がないか見に来いと・・・ホント、いきなり参りますよね」
「まぁ、大変ね」
「でも、もうすぐ母の誕生日なのでついでに花壇を作ってプレゼント代わりって事で」
「そうなの」
「今まで庭を放置していたので気にはなっていたんです」
「確かに草がそんなに生えていたら蚊も多くなるわよね」
何気ない話に嫌味を入れてくるとはね
「すみません、今日中にむしってしまいますので」
「暑いから気をつけて」
「はい」
確かに蚊がうざい
もう何箇所も刺されていた
荒れ放題の庭の木は蜘蛛の巣だらけ
正直、気持ち悪いけど時間がない
いつまでも部屋には寝かせて置けない
買って来たドライアイスを体に乗せて、部屋のクーラーを最大にした部屋に母親を寝かせていた
この時点で死体遺棄もプラスアルファだ
その時の俺の精神状態は破壊寸前のラインぎりぎりで何とか保たれていた
時折掛かってくる闇金屋の電話に対応しながらその足で近くの銀行へ行き金を振り込んだ
馬鹿らしい利子だけど仕方が無い
体も限界だったけど休んでいる暇はない
隣のおばあさんは夕方洗濯物を入れるとそのまま雨戸を閉めた
昔はこの雨戸を開け閉めする音がうるさくてムカついたけどね
荒れ放題の庭の草はかなり伸びていて、根も深くまで張っていた
草を全てむしり終わったのは夕方
その後、スコップでひたすら穴を掘った
普通の家の庭に深くて大きな穴が掘れるとは誰も思わないだろうけど、かなり深く掘れる事は知っていた
子供の頃、確認済みだ
土は固くても深く掘る事は出来た
「おはよう、今日も暑いわね」
「おはようございます」
「あらあら、立派な花壇が出来たわね」
「ありがとうございます」
「お花も植えたのね」
「ついでですので」
「きっと、お母さんも喜ぶわね」
「だと嬉しいんですけど、実は昨日の夜電話があってしばらく親戚の家にいると」
「あらあら」
「涼しいところですし、一人でここにいるよりはその方がいいかも知れませんが」
「そうね、今日も暑くなりそう」
「ですね、気をつけて下さいね」
「年寄りだから外には出ないわよ」
「その方がいいです」
「じゃ、またね」
「はい」
そんな会話をしながら花壇に水をかけ、じっと花を見つめた
これで俺は完全な殺人者か
チューベローズの香りでむせかえりそうだ
きっと、この選択が正しいと言う奴は一人もいないだろう
だって、自分で自分の首を絞めているのと同じだしね
逃げ切れると言う確信は無い
でも、逃げ切れないと言う確信もないんだ
そしてこの日から俺は混沌とした日々を送る事になった
闇金屋からの電話がなくなるまで庭以外、外には出なかった
庭を見る度に気が狂いそうになった
後悔と言うのは後からやって来ると言うのはこういう事かもしれない
毎日眠りは浅く、野良猫が花壇を荒らさないかとか臭いが漏れていないかとか心配で眠れなかった
買い物の為に外に出ると、更に不安は募った
意味も無く人の視線が気になった
近所の犬が吠える度に、外の様子を伺った
パトカーを見る度に心臓の鼓動が速くなった
本当に俺は小さな人間だと感じるしかなかった
あの日、ここに来なければこんな事にはならなかったはずなのに・・・・なんて、事故を起こした奴が考える心境と同じ
TVなんて見なかった俺が、毎朝ワイドショーやニュースを観ているなんてね
あの仕事は適当に理由をつけてきっぱり辞めた
週一でもいいからと頼み込まれたけど、今の俺は仕事どころではなかった
住んでいたアパートも解約した
まだここを離れるわけにはいかなかったから
でも、これからどうすればいい?
いつまでも旅行では怪しまれてしまう
母親宛の手紙が来るたびにドキドキした
毎日不安だらけで息も出来ないような生活
こんな事なら何故警察に・・・と何度考えた事だろう
蒸し暑い夏が終わり、季節は秋になろうとしていた
庭には念のため、フェイクの花壇を両隣に作り、適当に花を植えた
一見、花好きな家にしか見えないだろう
ただ・・・問題は
「おはよう」
「おはようございます」
「お母さんはまだ親戚の家に?」
「ホントに困ったものです、おとつい電話があって、もうしばらくそこで過すから留守を頼むと」
「そうなの」
「俺も仕事があるのですがここからの方が近いので帰るまでここにいようかと」
「そのほうがいいわね」
「でも、やはりアパートの方が落ち着きます」
「若い子はそうかも知れないわね」
「ですね」
「じゃ、またね」
「はい」
怪しまれないように笑顔で会話する事にも慣れてきたが、不安材料でもあった
そのまま部屋に入ろうとした時
「葵ちゃん」
「・・・・・・・はい」
突然名前を呼ばれて変な汗が流れた
なんなんだ?
足を止め、ゆっくり振り向いた
「実は私達、息子の家に行く事になったのよ」
「えっ?」
「この家から離れたくないんだけど、二人共いい歳だし息子も心配してくれてね」
「そうなんですか・・・・・寂しくなります」
「私も話し相手が出来て嬉しかったのに」
「いつ引越しを?」
「来月かしら」
「そうですか」
「お母さんには直接言おうと思っていたんだけど、戻らないならお母さんにもそう伝えておいてね」
「わかりました、電話が掛かってきたら伝えます」
「お願いね」
「はい」
ラッキーだ
不安材料が消えてくれるなんてね
毎日、たわいの無い会話にも付き合わなくて済む
そして何よりこの家の事を知る人間が消える事が少しだけ心を軽くした
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