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第18章―虚ろな心―5
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夜も深まる頃、誰もが眠りにつく真夜中。タルタロスの牢獄にある塔の天辺に一羽の黒い鳥が舞い込んだ。黒い鳥は姿を現すと幽閉されている父親、カマエルに話しかけた。
「お父上、例の計画ですが順調に進んでおります。今回の計画には獣族と鳥人族に協力を煽りました。どれも父上の古き友人ばかりです。この計画が外部に漏れる事はないでしょう。それに彼らも焦っております。彼らも私と同様に同じ思いを抱えております」
黒いローブを纏った男は、牢屋の中に囚われているカマエルに報告した。
「ご苦労であった息子よ。では、引き続き計画を進めるのだ」
「御意…――!」
男は、父の話しに跪いて返事をした。
「この計画には彼らの助けと協力が必要です。そして、この計画は天界の方にはまだ見抜かれておりません。ですので出来るだけ早く計画を進める為にも今暫くご辛抱下さい」
「お前には迷惑をかけるな――」
「いいえ、全ては父上のご帰還の為でございます。貴方様の身体は長い地上での束縛により。体力ともに落ちて今ではその体は蝕まれております。一刻でも早く天界にご帰還して、ラファエル様の治療を受けなくてはなりません。ラファエル様だけには、すでに話しておりますのでご安心下さい」
息子の話しにカマエルは、そこでジッと考えこんだ。
「本当でしたら誰にも頼らずに貴方様をこの牢屋から出して差し上げたですが、この牢屋には目には見えない強力な呪文が施されております。残念ながら、我ら鳥人族や半獣族や天使でさえも、この呪文がかけられた牢屋に触れる事は敵いません。この牢屋に触れることは、人間族でしか触れられないのです。さらにこの牢屋を開けるには――」
「息子よ、解っておる……。この忌まわしい牢屋こそが我が肉体を内側から蝕んでおるのじゃ。出来ればこの牢屋を自身の力で打ち破りたいが、それは敵わん。それにここでは、どんな能力も封じられる。悪の力は巨大だ。そして、その力を操る者の手により。この牢屋には強力な呪文がかけられておる。やはりお前の言ったとおり、あれを手に入れるしかあるまい……」
誰もいない塔の天辺でカマエルと黒いローブを纏った男は、神妙な顔で密会を重ねた。彼らはそこで、ここから脱獄するための密かな計画を企てていた。
「では、私は引き続き計画を進めます――」
彼は父にそう言い残すと、黒いローブを翻して後ろを向いた。するとカマエルは一言彼に話しかけた。
「息子よ、お前は何か内に秘めていることがあるな?」
「私がですか……?」
「ああ、そうだ。その浮かない顔こそが、私に言いたげな|表情《カオ》をしている。隠しても私にはわかるぞ」
「――やはり父上は、全てをお見通しのようです。では私ごとですが、お父上に話したいことがあります」
「それは何だ?」
「私は父上を助ける為に地獄門を叩いて来た次第です。計画を無事に成し遂げる為にも、それなりの犠牲を払ってでもこの計画を進めるつもりでした。しかし、いざ犠牲者を出したとなると、私はどうも浮かないのです」
「そうか…――」
「しかしその犠牲は必要だっただけの事だ。決してそれはお前のせいではない。それにその犠牲となった魂は、すでに冥界へと行くはずだった魂だ。いずれは業火の炎に焼かれるとなる身だった。そして、その犠牲となる魂を選んだのは運命のノルンの天秤。お前はミカエル様がお持ちになっている天秤で、魂の善し悪しを秤っただけのことだ。最後にそれを決めたのはノルンだ。しかし、選ばれた魂が最後の行く末をたどるのは誰にもわからない。そして、その魂がどんな最後の審判を受けたかもな…――。それがミカエル様がお持ちになられているノルンの天秤の力だ。ノルンの天秤を決してあなどるではないぞ。ミカエル様がお持ちになっている天秤は、すべての生きるモノの魂の大罪を見透しておるのだ」
「父上――」
彼はその言葉に沈黙してうつ向いた。
「息子よ。そのような事を話すのは、お前の心に迷いが生じているからだ。少しでも迷いがあるのなら、引き返すことだって出来る。どのみち私の身体はここで朽ち果てる運命にある。ならばお前はお前の道を進むがよい。私に構うな――」
カマエルは自分の息子にそう諭すと瞼を閉じて沈黙した。彼は父のその言葉に再び決意を固めた。
「いいえ父上! 私は引き返すことなど考えておりません。前に突き進むだけであります。それが我が道なら、どんなイバラの道でも切り開きましょう。どんな手を使ってでも、父上を見捨てたりはしません!」
「息子よ、ならば私はこの身が朽ち果てるまでお前のその言葉を信じよう――。さあ、行くがよい。もうすぐ夜明けが訪れる。お前の姿は決してだれにも見られてはならぬ。姿を消して、息を殺し、すべてを欺く者となれ」
「ハッ…!」
「さあ、行け…――!」
父のその言葉に男は、強い志を内に秘めて翼を広げてそこから飛び立った。人から鳥の姿へと変身すると彼は小さな天窓から天へと向けて飛び去った。そしてその姿は闇の中へと紛れた。
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