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第7章―闇に蠢く者―1
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閉ざされた牢獄には、たった一つの天窓があった。そこから蒼白い月明かりが部屋の中を僅かに照し出した。外は無数の雲に覆われていて、夜空には蒼い月が不気味に浮かんでいた。シンと静まりかえる夜の大地に、どこか遠くから狼達の遠吠えがタルタロスの牢獄まで聞こえた。
夜も深まる頃、看守達は交代しながら要塞の中と外の周辺を見回りした。松明を持ちながら見回りをすると、そとから突然と聞こえてくる狼の遠吠えにゾッと寒気を感じながら震えあがった。大陸の孤島と呼ばれるこのグラス・カブナンには、人も街も余り少なかった。あったとしても僅かな街しか無かった。そして、この凍てつくような厳しい寒さに耐えられなくなった人々は次々にこの大陸から出て行った。彼らは故郷を棄てると、船に揺られながら他の大陸を目指して移住したのだった。
人が住まなくなった街は無惨にも荒れ果てた。そして、極寒の大地には冷たい雪だけが降り続けた。雪は滅多な時にしか降り止まなかった。それ以外は毎日のように降り積もった。それはやがて人が住まなくなった街を真っ白な銀色の世界へと変えた。雪は深々と降り積もり、全てを真っ白く染める。雪に覆われた建物は、かつて人がそこに住んでいた証さえも消して行く。そして、一つずつ雪の中へと街は姿を消して行った。まるで一つに溶け込むような、そんな銀色の世界がグラス・カブナンの周辺には広がっていた。そして、故郷を捨てずに残った人々達は、身を寄せるように小さな街に住んでいた。そんな雪に覆われた大地には、獰猛な狼の群れがいた。それは野生の狼だった。野生の狼達は食べ物に困ると、たまに家畜や人間を襲ったりした。彼らは非常に獰猛で、人を食い殺すことにも一切ためらいもなかった。
狼の群れに襲われた人々は、やがて数も徐々に減って行った。そして、人々はこの極寒の大地で生きて行く中、狼からもどうやって生きて行くのかを頭を抱えて悩まされたのだった。狼の群れは、時たまタルタロスの方にまで現れることもあった。彼らは人間達にここは自分達の縄張りだと主張するかのように闇の中を蠢いた。外で見回りをしていた監守達は、狼の遠吠えに身を震わすと足早に建物の中に入って行った。そして、彼らが姿を消すと遥か頭上の空を一羽の黒き鳥が羽ばたきながら飛んでいた。鳥は羽ばたきながらタルタロスの牢獄の方へと向かって行った。そして、要塞の一番上に建てられている塔へと向かったのだった。
――塔の上には誰もいなかった。見回りは愚か、人影すらいなかった。静けさと共に辺りには、不気味な気配すら漂ったのだった。タルタロスの牢獄には、一つの塔が天辺に向けて建てられていた。そこは孤立したような場所だった。
一体それがなんの為に建てられたのかは、誰も知る者はいなかった。ただ一つだけ言えるのは、そこには高貴な身分の皇族の大天使が囚われていた。彼は戦に敗れて囚われの身となった。両手を鎖に縛られて、両羽には鋭い杭が打ち付けられていた。彼は壁に貼りつけにされたまま、何年もそこにいた。体力も気力も徐々に衰えて、もはや朽ち果ててしまいそうなほど、彼の命の灯火は消えかけていた。そんな彼を助ける者は誰もいなかった。ただ1人を除いて――。彼は何年も囚われの身になりながらも、生きる希望だけは捨てなかった。それが彼の唯一の心の支えだった。暗闇の部屋にある小さな天窓を見ながら、彼はそこで自由を夢見た。いつかあの空へ。彼はそう思いながら塔の中で生き続けたのだった。
鳥は闇に紛れながら彼が囚われている塔に辿り着いた。そして、割れた天窓の隙間から中へと忍び込んだ。囚われの身となった男はその鳥が中に入ってくると瞼を開いて気がついた。上を見上げると黒い鳥が、彼を天窓からジッと見下ろしていた。彼は鉄格子の中から鳥に話しかけた。
「お前か…――」
鳥は彼のかけ声に黙ったまま其処にいた。そして、黒き翼を羽ばたかすと、地面に向けて着地した。黒い羽は怪しさを秘めながら宙を舞った。そして、静かに羽が地面に舞い落ちると、黒い鳥は本来の姿へと戻ったのだった。静けさが漂う部屋の中に月明かりが天窓から差し込んだ。そして、暗闇の中に溶け込むように月明かりが招かれざる者の顔を照らしだした。黒い鳥は、人の姿に戻ると黒い布のローブを身に纏いながら暗闇の中で話はじめた。
「偉大なる誇り気高き天使の血筋を受け継ぎし者、大天使カミーユ様。能天使であり、破壊の天使と呼ばれた貴方様が何故ゆえ戦に敗れてこのような牢獄に1人で囚われておいででしょうか?」
招かれざる者は、暗闇の中から彼にそう問いかけた。男は虚ろな瞳をしながら返事をした。
「おぉ、やはりお前か…――! ああ、そうだ。遥か昔にカミーユとも呼ばれていた事もあった……。今では己がカマエルかカミーユかさえも分からなくなってしまった。今では屍になるのをただ待つ哀れな者でしかない。まさかお前の声が再び聞けるとは、ゆめゆめ思いもしなかったぞ。我が愛しい息子よ…――!」
彼はそう言って返事をすると、ぼやけた視界の中で必死に我子の姿をさがしたのだった。
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